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01-1 絶望パーティー集合するも、ひとり足らず

「ねえ思音しおん、今日はなにして遊んでくれんの?」

「そうそう。陽菜、退屈かも……」


 あかねと陽菜、それにルナ――。女三人が、俺に熱視線を送ってくる。全員、「絶望パーティー」仲間だ。前世のな。


 そこそこ美少女といっていい三人に囲まれたこの状況は、「勝ち組」と言っていいのだろうか。俺は前世おっさんとはいえ、今は高校生。同級生から見たら勝ち組筆頭だろう。だが、俺はもう女はいい。そういうのは前世で充分だ。今はただまったり、この平和な時空でスローライフを送りたいだけだ。


「んねえ、思音ん」


 両側から腕を引っ張られた。どっちも胸が当たったな。


 今は、あかねと出会って二年後。私立円城寺学園高校。ゴールデンウイーク明けの放課後には、暖かく幸せな空気が漂っていた。受験を控えた高三連中を除けばだが。


 校庭や体育館では運動部の生徒が声を枯らして練習に励み、屋内プールでは水泳部が大会前の調整に余念がない。文化部は部室棟にそれぞれが拠点を持ち、お茶など飲みながら部室でわいのわいの騒いでいる。


 陽の射す校庭側から校舎の影で薄暗い裏庭に回ると、環境に配慮してもう使われなくなった焼却炉の脇に文化祭のかぶりもの残骸が打ち捨てられていたりして、なかなかにうら寂しい。もちろんほとんど人は来ない。気のせいか、春なのにうすら寒い気すらする。歴史を持つ学園だけに敷地は広く、関連大学の新設計画がある。裏門を出てからもしばらく、そのための空き地が広がっている。


 裏門の隣には、傾きかけた用務員室がぽつんとたたずんでいる。今どき用務員などいない。セキュリティーは大手警備会社直結だし、細かな用には出入りの業者がそれぞれついている。しかし、この「用務員室」は空き部屋ではない。古臭い引き戸の脇に真新しい看板が掲げられている。そこにはなんだか丸っこい字で、ちんまり「現代日本生存研究会」と書かれていた。


「あーあ、退屈ねえ……。思音はかまってくれないし、もうトランプも飽きたし」


 不揃いのティーカップが並ぶ古いテーブルにカードを放り出すと、あかねが大きく伸びをした。あくびしている。制服のブレザーの間から、形のいい胸が、俺の目の前に突き出された。いつものことと、残りの三人は、黙っていた。


「……なに思音、あたしの胸に釘付けになって。このドスケベ」

「いや別に、そんな発展途上の奴、今さら見せつけられても」


 それにさっき胸を押し付けてきたのはお前だろ――とは言わないでおいてやった。


「バストAAのミュジーヌ……てか今は陽菜ひなか。陽菜よりマシだし」

「俺、四十プラス十五の人生生きてきたんだぞ。あっちと現代日本、両方足したら六十近い、大おっさんじゃん。胸くらい、死ぬほど揉んできたっての」

「そういうのは、おっさんじゃなくてもうジイサンだよね。それにあんたの人生暗かったんだから、あたしたちと会うまでに揉んだのは、せいぜい娼館でだけでしょ。おまけに今は童貞の高校生だし。あたしたちはチート能力を持ってる。あんたも持ってるはずだけど、『武器』がないとね……」


 俺、つまり吉住思音よしずみしおんが工藤あかねと初めて(?)会ったのは、二年前。とあるターミナル駅で、スマホ片手に不機嫌そうな顔で俺を待っていた。


 あんときゃ安カフェで話に花を咲かせたもんだ。あの頃はかわいかったのに、今じゃすっかり部活の世話役気取りでうっとうしい。……あれからスタイル良く育ったのだけは、ほめてやってもいいが。


「やだあかねちゃん。陽菜のこと、子供みたいに……。エ、AAじゃないもん。こないだ初めてAカップの奴買ったもん。……ちょっとだけ緩かったけど」


 自慢のAカップ……じゃなかったティーカップをテーブルにそっと置いたのは、未由路陽菜みゆじひなだ。背が低いので、とても高一には見えない。カップはだらりんクマのイラスト入りで、なんだか子供じみてる。それに胸が「アレ」だし。あかね正解というか。


「ああっ思音までそんな、哀れむような視線でえ~っ」


 イヤイヤしてみせるが、もちろんその程度では胸など揺れない。てか、この胸硬そうだし、震度測定に使えるな。陽菜の胸でさえ揺れるくらいの大地震なら、震度七、激震だ。耐震性の高い建物ですら崩壊し、山崩れや地割れが起きる。東京で多分二万人死ぬ。この世の終わりかと。


 ちなみにあかねの胸が揺れたら、それは震度四の中震。運の悪い奴が死ぬ。ここにはいないがソオルのが揺れたら……っていつでも揺れてるんだけど、そうだな、震度二クラスか。特に注意深く胸を見ていた奴が、地震に気づく。


 謎の震度階級について考えを巡らせていると、あかねがびしっと言った。


「ほらほら、どうでもいことでケンカはやめ。――今日はなんだっけ、オーバーロードのウエイトレス新制服考えるんじゃなかったっけ、現代日本生存研究会としては。なんたって今後食ってく手段のひとつだからねー」


 俺達「絶望パーティー」は、結成のあの日以来、十年間も苦闘した末、ようやく邪神と邪教イヴルヘイム総統を倒し、現代日本に転生した。全員転生したはずだ。まだソオルだけ見つかっていないが。


 それぞれの痕跡を探し当てた俺達は、この高校に集合し、パーティーとしての活動を再開した。ここ現代日本で、全員幸せに生き残っていくために。


 俺シオンは、吉住思音として転生した。東方オリガミ使いのアカネは、工藤あかねに。西方密教ガーディアンのサムライ、ルーナは、一文字ルナ。ダークエルフのエンチャンターであるエリスは、美里絵里みさとえり。ロリ傭兵のミュジーヌは、未由路陽菜みゆじひな。書物詠みのソオルは、また見つかっていない。


多くがちゃんとそれっぽい名前に転生したところなんか、やっぱ神様がいるって気がする。同時に転生したんで、みんな同年齢だ。エリスだけは、なぜか違うんだけどさ。


「どうでも良くないもんっ」


 おやつ鉢からマシュマロを掴み出すと、陽菜はもぐもぐと食べている。柔らかそうな栗色の巻き毛がぽそっと顔にかかったりして天然ロリ属性爆発中だから、アレな奴が見たら陽菜フィギュア買い占めてついでにメルカリ転売まで始めるんじゃないか。まあフィギュアなんてないんだけど。


「……でもウチの制服も大事だし、その話にしますー」


 陽菜の家は家族経営のこじんまりとしたケーキ屋で、カフェコーナーがある。


「ルナ、あんた考えてくるって言ってたけど」


 あかねに促されて、鞄から出した紙を、ルナがテーブルに広げた。簡単なイラストと名称が書き込まれている。一文字って名字で気づく人も多いだろうけど、あの一文字ファミリーのお嬢様に転生したわけさ、ルーナは。早い話、大金持ちだな。ちなみに胸震度は……五か。ただスレンダーだから、実態より大きく見える。得な野郎だ。


「胸見てるの、わかっているからね」


 長くストレートな髪をかき上げながら、ぼそっと言ったりして。


「それより制服ですー。どれがいいかな……」


 陽菜がうれしそうに言って、みんな紙を手に取った。


「……ちょっと、なにさこれルナ。どれも露出キツすぎるんじゃないの。これなんか、かがむと絶対パンツ見えるし」


 あかねが絶句している。絵を描いた当のルナは、悪びれる様子もなく澄ましている。


「調べたの。制服というのは、その職業が目指す目的を迅速、かつ効率良くこなすために設計されるでしょ」

「うん」


 さすが討伐パーティーの参謀役ルナは、しっかりしている。いつもなんだか少しだけズレるんだけど。


「ウエイトレスに求められる機能は、単に飲食物を運ぶだけじゃないわ。顧客から金銭を奪取しないと」

「……ニュアンスがアレだけど、たしかにそうだね」

「そのためには色仕掛けが基本で鉄板、最終奥義ね」

「なんでそうなるかなあ……。まっいいか、見せパン穿いときゃ。男なんかそれで喜ぶんだから、バカばっかで」


 あかねは身も蓋もない。


「わあ、これ素敵」


 幸せそうな顔で、陽菜が一枚手に取る。ピンクとオフホワイトのミニスカドレスにダークブラウンのニーソックス。それにソックスと同色の長いエプロンドレスを重ね着した奴だ。名称は「木ノ葉隠れ」となってる。


「いいでしょ、それ。陽菜の専用装備だよ」

「ええーっ陽菜だけなの? うれしいかも……」


 興奮したのか、陽菜は顔を赤らめている。


「そうそう。陽菜は一時間あたり平均三・一回の頻度で転んで、そこらにケーキだのコーヒー撒き散らすでしょ。色の濃いエプロンとソックスで武装しとかないと、汚れて衛生状態が悪化し、ケーキ屋部隊に全滅の危機をもたらすから」

「ルナちゃん、なんで……」

「うーん、たしかに」


 あかねも納得の表情だ。


「陽菜が給仕する以上、本当はお客さんにも防具を装着してもらいたいんだけれど。……一応考えたのよ、ケーキアーマー」


 パラッともう一枚紙を出した。えーとなんだこれ、頭から顔から、全身長い草みたいなので覆われてるけど。目だけ出てるな。毛虫のゆるキャラか?


「この世界の軍服のギリースーツを参考にしたわけよ。これだけ広範囲に分厚く防護しておけば、陽菜コーヒーの熱湯攻撃にも耐えられる。口は開けてあるからケーキも食べられるし」


 名称は「オーバーロード顧客軍標準採用防護スーツ」か。紙の隅にもっと毛深いイラストが小さく描いてあって、そちらには「オーバーロード顧客軍防護スーツ冬季仕様ウインターカモ迷彩」とあるな。子供向け番組の着ぐるみに、こんなのいた気がするが。


「こちらの冬季仕様なら、迷彩で陽菜から隠れられるから、より危険を避けられるわ。あと対ABC防護服を着込めば、タバスコ化学兵器にも……」

「客がウエイトレスから隠れてどうするんだよ」


 思わずツッコんだ。


「……この『水遁アーマー』ってのどう?」


 あかねが一枚拾ってひらひら振っている。スクール水着だな、これ。どう見ても。胸の真ん中に名前が縫い付けられてるし。


「いいでしょ、これも。スク水は旧仕様でマニアも納得。水着だから、陽菜が味方に向かって放つ無差別液体攻撃にも耐えられるし。なんなら女性のお客さんにも、これに着替えていただいて……」

「待てって」


 参謀役ルナのタワゴトが延々続きそうなんで、口を挟んだ。


「ルナは戦闘が頭から離れないから、平時に着用する防具の設計には向かないだろ」

「でも……」

「いいからいいから」


 反論しようとする震度五を遮った。


「これでいいじゃないか。かわいいぞ、これ」


 俺が取り上げたのは、「対人格闘用装備・くのいち」って奴。名称は凄いが、見たところ普通のかわいらしいウエイトレス制服だ。ブラウスを締めつけるエプロンドレスを使った胸の強調に、フリルが豪勢に施されまくったミニスカ。といって、メイドカフェ制服ほどまでは萌え強調でない程度の。


「あら、たしかに」

「わあ、いい感じ。陽菜、うれしいー」

「……それは女性らしさを思いっ切り強調して、客を油断させる装備ね。警戒を解かせて素手格闘の間合いまで敵に近づいたら、髪留めとかに仕込んだ毒針で喉を突き通すわけよ」


 例によって物騒なことを言う。客を打ち倒してどうするんだよ。


「ただ、このアーマーには致命的な欠陥が」

「なにそれ」

「陽菜がこれを着ると、胸が残念すぎてブラウスがすかすか。それじゃ敵を心理的に無防備にさせるのが無理」

「そんなことないもんっ。ひ、陽菜だって、こうやって胸に手を入れて突き出すとかすれば……」


 陽菜が服から腕を抜いて、ブレザーの下で握った手を胸に当てている。なんか知らんが、巨乳になれてうれしそうだ。


「アホか、陽菜。両腕ブラウスに入れちゃって、どうやってケーキとか運ぶんだよ」


 陽菜の頭をぽんと叩いた。恨みがましい目で俺を見る。


「陽菜はパットで増量すればいいじゃないか」

「待って」


 あかねの大声に、皆が振り向く。


「それだと陽菜の魅力が消えちゃうわ。陽菜は今のロリ属性でアーリーアダプター層の顧客に熱烈に愛されてるんだから、胸になんか詰めるとか、もっての他でしょ」

「うーん……」

「あかねそれ、アーリーアダプターって、使い方間違えてるぞ。ロリ志向がアーリーアダプターだったら、十年後には日本滅亡だ」


 とはいえ実際オーバーロードでは、三種の顧客+一種が、その覇権を競い合っていた。もっとも多いのが、「おいしいケーキを食べたい」女性客。続いて「お茶で一息入れたい」近所の人や一見さん。最後が「陽菜のロリっ娘艶姿を愛でる」マニア層。


「プラスワン」ってのはごく少数派で、「陽菜のドジっ娘テンプレを楽しむ」方々。このマニア二種が敵対し合って、時には店内が一触即発、ついには血を流すことも……ないか。こんな平和な街で。せいぜい陽菜がコーラ流すくらいだな店中の床に。うん。


「そもそもロリの本質はだなあ……」


 この世界で会得した自説を思わず展開しようとしたところで、突然、引き戸が音を立てた。


「みんな揃ってるの~」


 建て付けの悪い引き戸を鳴らしながら、震度三がひとり入ってきた。転生で同年代になった俺達パーティーで、唯一、なぜか十年近く転生がずれて年上になったエンチャンター、エリスこと美里絵里だ。


 絵里は、唯一行方不明のままの「俺の武器」、ソオルの重大情報を持ってきた。

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