07-1 地獄の福引>部室破壊>絵里先生暴走
「たたた、大変だあーっ」
現代日本生存研究会のなんちゃって部室に、陽菜が駆け込んできた。よせばいいのに戸を思いっ切り引いたから、曲がったレールから外れて、どかーんとか倒れちゃったじゃないか。もちろんガラス部分は全面的に砕け散ったし。
「あぁーあっ……」
陽菜を除く五人の溜息が、完璧にシンクロした。
「どうすんのさ、陽菜。あんた窓落とすだけで気が済まなくて、とうとう扉ぁ?」
「これから寒くなるってのにねえ……」
絵里が頭をポリポリかく。
「隙間風どころじゃないね、これ」
「そそ、そんなことより、これっ」
はあはあ言いながら差し出したのは、なんか熨斗袋だ。
「……なに、これ」
「なに、あたしと思音の結婚式のご祝儀、もう持ってきてくれたの?」
「絵里ったら、また妄想……」
あかねが睨む。
「ふーん……」
受け取ったルナが中身を開いた。
「旅行券ね、これ」
「うん。狸穴商店街、秋の大感謝セールの福引で、当たっちゃったあー」
陽菜はうれしそうだ。
「あんた、昔っからヘンに運がいいもんねえ」
「そうそう。陽菜が召喚失敗したせいでパーティーが全滅する寸前になってから、見たこともない超強力な武器を喚び出して、敵を一発で蹴散らしたり」
「あれ、絶対わざとやってるって思うよなあ」
「そうですよね。私たちだけじゃなくて、敵まで『今さらかよっ』とか、ツッコミの表情のまま死んでたり」
「はうー、空ちゃんまでそんなあ」
「それより、この陽菜の旅行券、どうするかね」
「二十万円分だから、そこそこ豪勢に遊べそうじゃない」
あかねの声は弾んでいる。
「はいー、陽菜の功績。えへへ」
「……って、そういえば陽菜あんたない胸張るよりさ、おやつはどこ置いたの。罰ゲームで買いに行かされたんでしょ」
「えへっ、それでもらった福引券だもん。おやつは……おやつは」
「……」
頭の中で、五人は次の展開を予想した。もちろん全員一致だ。わざわざ聞かなくてもわかる。
「ああっ、当選がうれしくて、福引コーナーに置いてきちゃった」
「……だと思った」
「こりゃ、罰ゲームの罰ゲームが必要だな」
「あうーっ。それより……ドーナツが」
涙目になってやがる。それでも天才武器召喚師かよ。ドーナツで泣くなっての。
「まあいいじゃない。二十万円なら元は取ったし」
「ルナの言う通り。――じゃあ、どこ行く?」
しばらく考えた。
「海はこの間行ったばかりだし……」
「季節考えると、山じゃないの。富士山どう? 眺めもいいし、気持ちいいよ」
あかねが提案した。
「なら須走ルートで砂走りね。トレーニングにも役立つし……」
「富士山なら登ったことないし。みんなもそうでしょ」
「決まり。須走ルート、三時間で登って、一時間で降りるわよ」
ルナの提案に、全員が首を振った。
「そりゃ無謀だろ……」
「あんたはサムライニンジャのガーディアン。肉体派だからいいけどさあ……。先生、仕事の合い間に行くんだから。疲れも溜まってるじゃん」
「都合のいいときだけ、教師になるのねえ……」
ルナがあかねを睨む。
「ならもういいわ。絵里はともかく、たしかに空に過激な行軍を強いるのも無理っぽいし」
「平気……。だめになったら、思音さんに背負ってもらうし」
「空……」
「だから、いちいち見合うなっての。いいじゃん。別に頂上目指さなくても。五合目から六合目くらいまで歩いて、そこでお弁当食べていい空気と高山植物でも楽しんでさ。あとは下山すれば。で、軍資金もあるし、山中湖のホテルで一泊して豪華な食事とか」
あかねが顔を輝かす。
「うん。あかねの言う感じでいいだろ。なっルナ」
「……そうね。なんなら六合目で格闘の稽古したっていいか」
あくまで練武にこだわるニンジャだかサムライだかである。融通の利かない奴だな。
「それに山中湖なら、一文字家の別荘があるわよ」
「別荘より豪華ホテルにしようよ。別荘だと料理とかしないとならないし……。旅館ならさあ……。上ーげ膳っ、据ーえ膳」
「そうそう。昔から『据え膳食わぬは男の恥』と言って……」
「絵里はもう、美里絵里先生でなく、美里エロ先生だな」
「絵里さん、それ、意味違う……」
空が赤面する。
「違わないんだな、これが。だってその夜、あたしと思音は教師生徒の禁じられた一線をついに越えて――」
ほっとくと限りなく妄想が続きそうなので、ルナが割り込んだ。
「それなら、そうしようか。車だけ出してもらうわ、父に。五合目までの足が必要だものね」
「ちょっとルナ、ちゃんと聞きなさいよ、あたしの計画」
絵里の鼻息は荒い。
「……エロ教師の妄想かなにかかしら?」
「なに、やる気? あたしだって自分をドーピングして、あんたに逆ドーピングを施せば、けっこう戦えるんだからね」
「もうよせって。それより、引き戸直しちゃおうぜ、まだ陽が高いうちに」
「リーダーだ」
「さすがリーダー」
「リーダーは絵里先生の下僕ね」
「じゃあ下僕ですー」
「ご主人様は奴隷さん」
「だあーっ。なんだよそれ」
そうして俺達は富士山に向かったんだが、……当然これが騒動の始まりでさあ。それもマジ騒動の。




