06-3 邪神討滅の瞬間、俺達は「死の宣告」術を浴びせられた
謎の「俺の嫁」をめぐり五人が推理に励んでいる頃、俺は三十九度の高熱に汗を滝のように流しながら、悪夢にうなされていた。
目の前に、イヴルヘイムの総統がいる。小柄で、柔和にすら見える笑顔を浮かべて。ただし瞳は荒んでいる。どこまでも寒々しい空虚が続く冬の空のように。
すでに奴の側近は皆、倒れたか逃げ去った。人間も、ホムンクルスも。総統自身、相対したときは、側近のとんでもない化物連中よりは、はるかに弱い術者としか思えなかった。――邪神を呼び出すまでは。
その邪神は今、総統の背後に巨大な躯体を顕現させている。それぞれに異なる形の二本の腕、不規則に裂けた口。もやように、不定形に形を変えてゆく胴体。なにか特別な効果を持つようで、五つの目で睨まれると、それだけで心が折れそうになる。
――血、血だ。お前たちの血をよこせ。
頭の中に、よこしまな声が響き渡る。ぞっとするその感覚に、武器召喚で戦う傭兵ミュジーヌが、頭を押さえてうずくまった。
邪神の攻撃、最初の一閃で、オリガミ使いアカネが張ったヒトガタの結界は、あらかた撃破されてしまった。その隙間からなにか嫌な臭いのする飛沫が飛んできて、よりにもよって最後部のエンチャンター、エリスが負傷させられた。脇腹を押さえ唸ったまま自らとパーティーにドーピングを施しているが、効果が弱々しい。
一瞬の隙をついて、ルーナが跳躍した。妖刀ムラマサで邪神の頭を斬り落とす。
「やったわっ」
ごとりと落ちた頭はしかし、そのまま何事もなかったかのように楽しそうに笑っている。そして呪詛の言の葉を紡ぎ出した。自らに傷を負わせた者に降り注ぐ呪いだ。苦しそうにルーナが倒れ、アカネが助け起こして後方へと退避させる。
自らは防御結界の中で成り行きを見守っていた総統が、呪文を唱え出した。総統の周囲に大量の文字が出現し、高速に回転を始める。
ミュジーヌはなんとか立ち上がると、武器召喚の詠唱を再開した。地表に六芒星が展開する。回転も速い。邪神の体から多くのジャベリンが出現し、詠唱するミュジーヌを襲う。アカネが素早くオリガミを振りまくと、ヒトガタがミュジーヌを護る。
ミュジーヌのオクタグラムからは、避けようのない攻撃が可能な、マーキュリーブラスターが浮き出しつつある。あれだ。あれさえ出現させられれば……。
そのとき、総統の詠呪が止まると、回転していた文字が、四方に弾け飛んだ。同時に、俺の脳内に、あざけるような笑いが響いた。「死の哄笑」だ。パーティーは皆、青くなった。死の呪いをかけられてしまっては、今の俺達では逃れる術を持っていない。
――もう時間がない。俺達はここで死ぬ。しかしせめて、せめて邪神と総統を道連れにはできるはずだ。
俺は、手にした氷の書に手を当てた。
――ソオル、行くぞ――
――はい、ご主人様――
心にソオルの返事が響く。「ヴォイニッチ手稿」の頁を開き詠むと、氷の書から目に見えない強大な力があふれ、前方に津波のように広がってゆく。防護結界が破れ、総統がうめいて苦しげに顔を歪める。急いで頁をめくり、「九つ世界の書」を詠む。この頁は、詠唱に時間がかかるのが欠点だ。その間、アカネが俺とミュジーヌをヒトガタで護る。
――早く、早く詠まないと。
ようやく詠み終わると、氷の書が俺の手から浮き、パタパタと不思議な形に小さく折り畳まれ、一転、音を立てて展開してゆく。青く輝く両手斧の形へと。このハルバートには、物理攻撃と同時に属性攻撃や範囲攻撃を加えられる力がある。手強い敵に邂逅したときの、俺の切り札だった。野太い柄を握り締めると、体の奥から力が湧いてくる。斧の内側にソオルが在るのを感じる。
ひと声叫ぶと突き進む。首のない邪神の胸のあたりに斧の刃を叩き込んだ。破魔の属性を与えられた刃は、肉に食い込むと奇妙に振動し始めた。邪神は二本の腕で斧を引き抜いた。……と同時に、体の奥から、隠されていたもうひとつの腕が出てきて、斧を取り戻そうとする俺の左腕を握り潰した。
たまらず悲鳴を上げて飛び退く。なんて奴だ。
俺に攻撃を集中させている隙をつき、ルーナが地で笑う邪神の頭に攻撃を加える。俺は右手一本で斧を持ち直し、横に飛んで先端の槍を総統の腹に深く突き刺した。もう左腕には感覚がない。ただ熱いだけだ。肉も骨もえぐり取られ、ただ皮一枚でつながって垂れている。総統は苦痛に顔を歪めながらも、俺の耳に何事かを囁いた。それを聞かず、俺は斧の先端の槍でえぐった。
そのままルーナと俺で後衛を護る形に戦線を縮め、間接攻撃の間合いに戻った。頭がふらふらする。吐き気がして、膝を着いて倒れそうだ。背後から、エリスが俺に集中してドーピングを施しているのがわかる。ルーナとの間から、ミュジーヌのブラスターが、猛々しい銃口を見せている。
「いっけーっ」
――一閃。
ミュジーヌの構えるブラスターから、熔けた金属が激しい雨粒のように、敵に襲いかかった。
そして邪神は……。総統は……。
……いつも、このあたりで記憶があいまいとなってゆき、途切れてしまう。切れ切れに思い出す。戦闘に決着が着き、崩折れ溶け消えながらも、復活を告げる邪神の言葉。……なんと言ったか。あかねが言ったとおり、たしか「いつか自分は復活する、そのときこそお前たちの最後だ」とか。そう。その形に邪神の裂けた口が動いた。腕の負傷があまりにも痛んで、俺はよく覚えてはいないが。そして……そして。
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――目を開いた。天井が見える。パーティーの仲間五人も。なんだかとっても目が回る。俺はどうなるんだ……。




