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異世界おっさん、日本転生して「魂の仲間」を再結集 ――誰が俺の嫁かわからなくなったし、好き勝手に生きるわ!  作者: 猫目少将@「即死モブ転生」書籍化
06 「俺の嫁」を巡る「女たちの円卓会議」

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06-2 女の子の秘密の場所

「だあーわかったよ、もう。要するに、婚約者の可能性があるのは……」

「全員」

「ありがと、みんな。一気に話が進展したわ」


 あかねはがっくりと背もたれに倒れ込んだ。


「待ちなさいよあかね。別の見方をしてみましょう」

「……なに、ルナ」

「理由を探っても難しいのはわかったわ。それでは次に、誰が消したか考えましょう」

「誰が……?」

「いい。ここまでの検討で、転生時の偶然ではなく、どうやら誰かが意図的に記憶を封印したのではと判明したでしょ」

「確かに」

「パーティー全員の記憶を操作し、婚約に関する記憶を厳選して消すなんて、とても高度な技よ」

「そりゃそうだ」

「それに、なくなった記憶は婚約だけではないわ。一部の戦いで、どうしても思い出せない部分があるじゃない」

「そうそう。最後の戦いだってそうだもんね。バリボリ。邪神の涙目の遠吠えはよく覚えてるのに、邪教総統がニヤニヤしながら告げた前口上、思いっ切り忘れてるし」


 絵里はまた、煎餅討伐に戻っている。


「たしかに変ですよね。もっとも強大な敵である邪神の言葉を消されたならともかく、その露払い的な総統の言葉が消去済みなんて」

「きっと、あのハゲがなんかすごーく大事なことを言ったんだよ、邪神の弱点とか宝物のありかとか。だから記憶を消されたの」

「陽菜、あんた仮にも極悪非道のラスボスのこと、ハゲとか呼ぶんじゃないわよ。なんかあたしたちの戦いの価値まで下がっちゃうじゃない」

「思うんですけど」


 陽菜が注いでくれたコーヒーのおかわりを飲んでから、空がゆっくりと話し出した。


「それだけの高度な技を使える術師は限られると思うんです」

「それに術者にとてつもない負荷が生じるよね。並の人間だったら死んじゃうくらいに。術式を施した側は、命懸けだったはず」

「となると、まず可能性があるのは、やはり大きな力を発揮できる邪神か総統ですよね、イヴルヘイムの」

「そりゃわかるけどさあ……」


 あかねが、チョコレートを摘んだ。


「安い割にいけるね、このチョコ。……最後の戦いの会話を消したのは、なんかワケがあるんでしょうよ、陽菜が挙げたような。でも婚約に関する記憶って、イヴルヘイムが消す理由がある?」

「あはっ。この美少女軍団にホレちゃったんじゃないの。だもんで思音に嫉妬して消しちゃった」

「……まあ、絵里の冗談は置いといて」

「ちぇっ半分くらいは本気だったのに。バリボリ。……あらっ、もうおやつ切れるじゃん。今日はみんな、よく食べるよね」

「あんたがいちばん食べてるけどね」

「現実的に考えて、婚約のことを考慮に入れると、敵が消したとは思えないわよね」


 ルナが発言すると、空が引き取った。


「最後の戦いの直後に、多元宇宙を探って転生作業に入ったわけですよね」

「そうだよ。なんたってすぐあの世行きの『死の呪い』をかけやがったし、あのいけずハゲ。時間なんてなかったもの。怪我の治療すらロクにできずにあたふた進めたわけで。あたし腹裂けてたし、痛くて死ぬかと思った……」

「絵里も、ハゲやめなさい」


 優しい声で、ルナがたしなめる。


「最後の戦いの記憶を消されてるってことは、相手を倒してから転生するまで、そのわずかな間に術式を施したってことですよね」


 空が続けた。


「……だから?」

「敵の本拠地で」

「そりゃ転生機は、あいつらが南方の部族から奪い取って本拠地に後生大事に抱え込んでたんだもんね。ラッキーだったよ、あそこにあって。なかったら全員死んでたもん」

「先を話して、空」

「転生の手順に入ったとき、まわりには誰もいなかった」

「手順はよく覚えてないんだけどさ、全員、深手で朦朧としてたわけで。せいぜい総統の死体くらいじゃん。あのハゲの。邪神は負け犬の捨て台詞残して煙と消え去ったし。ザマミロっての」


 心底楽しそうに、絵里の声が弾んでいる。


「ねえ思音、玄米茶淹れてよ……って、リーダーいないんだったか、今日」

「最後の戦いを終えて、傷だらけであわてて生まれ変わりの作業に入った。周囲は無人。――つまり」

「私たちの誰かが、記憶消去だか封印だかの術を施したのかもしれないってことね」


 ルナの発言に、五人は互いの顔を見回した。


「……ちょっと、その線洗ってみる?」


 絵里が、自分で茶を淹れてから言う。


「あー喉乾いた」

「あんた煎餅食べすぎ。お腹ぽっこり怖くないの?」

「ふふん。この学園の男子生徒の八%はあたしに憧れてるもん」

「弱気な自慢ですー。消費税みたい」

「もうすぐ十%に増えるもん」

「ますます消費税だあー」


 陽菜がくっくっと鳩のように笑った。


「それに肝心の思音には……」

「なにあかね、ケンカ売ってるわけ?」

「もういいわ、ふたりとも。今、大事なところでしょ。空の意見を聞きましょう」

「はい、ルナさん。真実かは後回しにして、可能性だけ考えましょう。私たちの中で、そうした術を使えるとしたら、誰でしょうか」


 それぞれ天を見上げたり下を向いたりして考えている。


「陽菜……かなあ」

「えっあかねちゃん、なんで?」


 陽菜が目をぱちくりする。


「まず、思音は除外できるでしょ。本詠むしか能のない男だし」

「なによあかね、あなた身も蓋もないわね。ホレてるくせに……」

「……それはそれで、その……かわいいっていうか。ムカつく奴だけどさ」

「やだーあかねちゃんのエッチ」


 あかねは頭を振った。


「とにかくよ。思音は無関係。それで、あたしもオリガミ使いだから、そんな術なんて無理。でも陽菜は、武器召喚が能力でしょ。しかもときおり、自分でも知らない武器を間違って召喚しちゃうし」

「そうそう、前、カラオケで山のように大きな蜘蛛型多脚砲台召喚しちゃって、大騒ぎになったし」

「はうーっ。ルナちゃんまで」

「だから、なにか記憶を消す武器を深いところから召喚したのかも」

「考えられなくはないね」


 絵里も同意した。


「そうなのかなあ……」


 陽菜は首を傾げた。


「他の可能性はどうかしら」

「ルナはガーディアン。ニンジャで体術中心だから、考えにくいじゃない」

「う、うん……そう……かな。あれっ?」

「絵里も、多少は可能性があるよね。記憶を消すドーピングとか、ないとは限らないし」

「うーん。たしかにありそうだけどさ……。でも聞いたことはないかな、あたしたちダークエルフの一族に、そんな力あるなんて。まあこれも忘れちゃっただけかもしれないけどさ」


 絵里は腕を組んだ。


「……それと空ね。空って、氷の書に位相転換して、しおりに頁を詠んでもらっていろんな武器になるでしょ」


 空は頷いた。


「まず書物になって、それから武器になる。そこでなにか記憶を操れる武器になって、思音に詠まさせたとか」

「そうですね。でも記憶を触る武器とか、自分でも知らないですけど」

「でも、前教えてくれたじゃない。書物になったとき『絶対に開けない頁がいくつかある』って」

「え、ええ……そう……です」

「その頁って、なんなの?」

「そ、それは……」


 斜め下を見て、なにか考える仕草になった。


「空、恥ずかしがってる場合じゃないよ。いい、重要なことなんだから」

「そ……そこは……」

「そこは?」

「お、女の子の秘密の場所だとしか……」


 前のめりになっていた一同、どーっと椅子に倒れ込んだ。


「なにそれ。まさかとは思うけど、エッチな意味?」


 絵里は、興味津々といった様子だ。


「いえ、そうではなくて。自分でも知らないんです。そこになにが書かれていて、どんな武器に変身できるのか。しかもそこを開くのは極めて困難で。『書物詠み』には、ごく稀にそうした頁を持つ術者が生まれるの。私もそう」

「その頁、思音は開けるの」

「……無理だと思う。そこの情報を読むには、よっぽど深い絆を持つ『栞』じゃないと」


 空は溜息をついた。


「思音……さんと、心の底までつながりたいと思ってる。彼は私のご主人様だもの。でも、生死を懸けた戦いをあれほど繰り返しても、だめだった。だから私の『秘密の場所』は、きっともう誰にも開けないの。武器として悲しいことだけれど、私はこのまま年老いて死んでゆくんだわ」

「そう……」

「あの……」

「なによルナ、あんたさっきから青い顔して黙ってたけど」

「唐突に記憶が蘇ったんだけれど、それ、私かもしれないわ」

「なにそれ」


 パーティー全員が気色ばんだ。


「選ばれたガーディアンだけが、記憶操作術を伝授されるのよ。隠れ里の長から」

「なんでそんな大事なこと忘れてたのさ。あんたバカ?」

「ヘンですうー。ルナちゃんらしくない」


 陽菜もあきれている。


「……わからない、私にも。なんで忘れてたのかしら。考えると頭がずきずき痛くなって。――なんだろ、この感覚」

「はあー……。陽菜、ルナちゃんが自分の記憶も封印したんだと思うな。その術に関して」

「そんなとこかもねー」


 絵里が腕を組んだ。


「きっと、あたしという婚約者に嫉妬したのよ。それで、嫉妬からそんな行為をした自分が許せなくて、自分のも消したの。ルナったら、めんどくさい性格してるから。――いやー、あたしも罪だわ」

「……それはありえない」


 あかねに一刀両断されている。


「ルナがそんな感情で仲間の記憶に触るなんて、絶対ない。絵里、あんただって逆の立場だったら、そんなことしないでしょ」

「そりゃ……するわけないけど。恋敵ってこと以上に、みんなは大事な『魂のかたわれ』だもの」

「結局、堂々巡りですー」

「でも、一歩進んだよ、陽菜。誰が婚約者だったかはわからなかった。記憶を消した理由も不明のまま。ただ、もしかしたら記憶を消去したのは、ルナかもしれない。なにか切実な理由があって、ルナは記憶を消した。自分も含めて」

「そう……なのかな、私」


 ルナは首を傾げている。


「今度ゆっくり考えてみてよ、ルナ。記憶操作術の記憶が蘇ったように、次は消した理由を思い出すかもしれないし。いよいよ嫁の謎に迫れるじゃん。そうしたら、遠慮なくあたしも思音に迫れるからさ」

「……なにあかね。今なんか、ものすごく直球の宣言してたけど」

「あっ言っちゃった」

「言っちゃったはないでしょ、この子は。陽菜かっての」


 あかねのおでこを、絵里が指で弾いた。


「ちょっと絵里ちゃん、陽菜のこと引き合いに出さないでよ。陽菜、あんな間抜けなこと言わないもんっ」

「間抜けなこと……ねえ。陽菜、あんたラブレター事件覚えてる」

「えっなんだっけ、それ」

「……もう忘れてんの? だからドンガメって言われるんでしょ」

「もうーっ。またそれを……」


 いつもの騒ぎが繰り返される中、ルナはじっと思索の海に沈んでいた。


「どうしたの、ルナ」

「うん……。なんで記憶術の一件を忘れていたのかしら。それに、私がパーティーの記憶を消したとしたら、それはなぜなんだろう」

「ルナも抜けたとこあんじゃんってことでしょ。気にしない気にしない」


 絵里が豪快に笑い飛ばした。


「でも、この気持ち悪さはなにかしら。大切なものをどこかに置き去りにした気がするし」

「あたしも飲むと記憶なくなるし」

「もういいわ、絵里。あなたと話してると、なんか悩んでるのが馬鹿らしくなる」


 ほっと息を吐くと、ルナはコーヒーを口に運んだ。

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