06-1 教師と生徒の「禁じられた遊び」ってなんだよ、絵里
二学期に入った。一年生がもうすっかり学校になじみ、学園のメジャー生徒に親密な一体感が生じる季節だ。ただしもちろん俺達絶望パーティーは学内カースト欄外扱いだから、相手されてない。怪しい噂はそろそろ飽きられたようで、ただの「放置サークル」として、現代日本生存研究会は無視されるだけとなった。ルナに告白しては病院送りにされる奴だけは、まだ続出中なんだけどもさ。
そんなある日、俺は風邪の高熱で学校を休み、アパートでうなされていた。
となると現代日本生存研究会の部室は、部員四名、顧問一名。つまり女だけが集まり、楽しい(んだかなんだか)ティーパーティーに励んでいたらしい。
●
「ねえちょっと」
あかねが、ペットボトルをドンとテーブルに叩きつけた。
「なに。あかね。またガラス落ちたらどうすんのさ。今日は思音いないじゃん。あたしたちのリーダーかつパテ職人が」
エリス――この時空では美里絵里先生――が、化粧を直しながら興味なさそうな声を出す。
「そのリーダーの話だよ」
「リーダーがどうしたのーあかねちゃん、いやん」
まったく色っぽくないあえぎ声を陽菜が漏らしてるのは、自分でバスト増大マッサージをやっているからだ。唯一の男がいないと、みんな恥も外聞もない。
「はい、モミモミー、モミモミー、うふん」
「陽菜あんた、キュッポンはどうしたのさ」
「あれは夜だもん」
「それで、思音がどうしたって?」
なんとなく心が抜けたような顔で、ルナは紅茶を味わっている。
「空が合流して、ようやくパーティーが全員揃ったじゃない。おまけに都合のいいことに、今日は思音がいないわけだし。誰が思音の婚約者か、ここでじっくりみんなで考えようじゃないの」
「俺の嫁って奴かあ……。なんだかロマンチックに響くかもね」
絵里がにやりとする。
「でも冗談抜きに、いい機会なのは確かかな。思音抜きなら本音ベースで進められるし。バリボリ」
最後のは、絵里が煎餅を口に放り込んだからだ。
「具体的には、どこから考えるわけ? あかね」
「そうね。まずは常識的に考えて『婚約者になりそう』な線から考察しようよ」
「――となると、やっぱり空かな。ダントツで」
四人の視線が、空に集まる。
「え……えっ」
空がみるみる赤面する。
「は、恥ずかしい……」
「子供の頃から思音になついてたんでしょ。しかも彼専属の武器であって、精神も深くつながっている」
「思音は常々、拾われた自分の心を救ったのは空だって語ってたしさあ」
「そ、そんな……」
「仔猫にエサ与えてなつかせる作戦ですねー、空ちゃんの。あっだめっ」
「陽菜あんた、いい加減、そのエッチなマッサージやめなよ、気が散るじゃん」
「はーい」
手持ち無沙汰になった陽菜が、不揃いなカップにコーヒーを注いで回った。
「ありがと。……とにかく、素直に空と婚約しちゃったってのは、大きな可能性だよね」
「でも空だったとしたらよ、なんで記憶がないのさ誰にも。バリボリ」
「それは……」
「記憶がないってことは、なにか理由があるはずじゃん。空が婚約者だったら意外性もへったくれもないし、隠す必要もないからさ。バリボリ」
「絵里も煎餅そのくらいにしときなさいよ」
溜息をつくと、ルナが続けた。
「転生の影響で記憶が消えたのか、誰かが意図的に消したのかはわからない。でも絵里が言うように、記憶が飛んだ原因を考えたら、俺の嫁問題の真実に到達できるかもしれないわ」
「そうじゃん。……で、嫌だけどあえて考察のために述べるけどさ。あたし、絵里がポイントじゃないかと思うわけよ」
あかねの言葉に、ルナは、かすかに悲しげな表情になった。
「あたし? どうして?」
驚いて、絵里は煎餅を取り落とした。
「だって、転生であんた、年増になったじゃん」
「……なんかムカつく言い方だけど、まっいいわ。先を続けて」
「全員同い年に転生したのに、あんただけ数年ずれた。……あんただけ変わったのには、理由があるはず。となると、この謎ふたつの関係は――」
「あたしが婚約者だ。やったー。先生、思音と結婚する。初キッスも奪っちゃったし。……正直、覚えてないんだけどもさ」
「どこの淫乱教師よ、あんた」
「それは私も考えた。あかねが婚約者で、転生のときに偶然、時空がひとりだけずれた結果、因果律に歪みが生じ、婚約に関する全員の記憶がおかしくなったという可能性」
ルナが早口で考察を述べた。
「ふんふんふーん。あんたら、結婚式には呼んであげるからね。思音もあんたたちも教え子だしさあ……。あーそれともバリ島でふたりっきりの式のがいいかも」
煎餅をバリ島に見立てて、皆に見せつける。
「絵里、あんた上機嫌ねえ。てか、頭から湯気が出てるじゃん。イヤだ……」
「でもおかしくないですか?」
空が手を上げたので、思わず絵里が反応した。
「はい、野原空さん」
「はい先生。……えーと、因果律が狂って偶然記憶が歪んだんだとしたら、なんで『婚約』なんてピンポイントの記憶だけ消えたんでしょう。変ですよね」
「……それもそうか」
絵里は、コーヒーをぐいっと飲んだ。空が続ける。
「それに『俺の嫁』ですからね、話は。男ひとり女五人のパーティーで、中の誰かと婚約するのって、けっこうな騒ぎになるのではないでしょうか」
「まあ……そうかな」
「ですから、騒ぎを鎮めるとかの目的で『わざと記憶を消した』と見るのが自然ではないかと」
「ちっ。なんだ、あたしじゃないのか」
「いえ、まだ絵里先生の可能性だってあるわけです」
「はい、空さん正解。――二学期の日本史、満点あげとくわ」
「いい加減ねえ、絵里」
「騒ぎを鎮めるためと仮定すると、どうなのよ」
「それなら私の考えを聞いて」
ルナが手を上げた。
「はい、一文字ルナさん」
「……授業ごっこはもういいわ。要するに、その人物との婚約が、かなり危険だからではないかしら。婚約するとふたりの命が危ないとか。あるいはパーティーが全滅するとか」
「わあー。じゃあ、陽菜だあ」
陽菜が大声を上げた。
「だって陽菜と結婚したら、毎日命の危機だもん。お父さんの比じゃないよねーっ」
「陽菜あんた、自慢してどうするのよ。連れ合い殺す話とか」
「いいもん。今度キュッポンしてもらおーっと」
「やっぱりあたしじゃないの? だって教師と生徒の禁じられた遊びだもの」
「……教師になるって、転生の段階でわかるはずがなさそうな……」
あまりにずさんな絵里の推理に、空があきれている。
「あ、あたし……かなあ。あたしパーティーの世話役みたいな感じだったから、思音とくっついたら、世話役いなくなってパーティー崩壊、みたいな」
「あーっあかねちゃん、むりやり」
「わ、私かもしれないでしょ。パーティーの前衛は私と思音しかいなかったんだし。前衛同士が、け……結婚すると、パーティーの信頼関係が……」
「なにさルナ、今日は積極的じゃん。……そんなに赤くなって」
「い、いいでしょ。わ、私も少しは本音を出そうかなあって、この間から考えていて」
あかねが眉をひそめた。
「……どうにも怪しいなあ。ルナあんた、沖縄でなんかあったでしょ、思音と」
「えっ……、な、なにもないけど」
「嘘っ。ますます赤くなったもん。キスしてないでしょうね」
「し、してないもんっ……まだ」
ルナはあわててコーヒーを飲み、熱くて噴き出した。
「……なにその口調。全然ルナらしくないじゃない」
愚痴りながら、あかねがテーブルを拭いた。
「もういいでしょ、あかね」
珍しく、絵里が教師らしい発言をする。
「いいことじゃん。この時空のルナ見てて、心が痛いことも多かったし。なんたってガチガチに自分を律してるしさあ」
「そ、それならもっとまじめに鍛練しなさいよ、絵里」
「まっかな顔のルナに説教されてもねえ……あはっ。まっ、それはそれで……」
「その線を辿るなら、私も可能性が高いですよね」
じっと成り行きを見守っていた空が、参戦した。
「……なによ空。嫌な予感がするけど」
「だって、思音さんともっとも精神的な絆が強いのは私ですし。その上に婚約となったら、皆さん発狂レベルではないかと」
「おとなしそうな顔して、あなた、けっこう言うわねえ……」
ルナは白けた顔だ。
「だあーわかったよ、もう。要するに、可能性があるのは……」
「全員」
「ありがと、みんな。一気に話が進展したわ」
あかねはがっくりと背もたれに倒れ込んだ。
「待ちなさいよあかね。別の見方をしてみましょう」
「……なに、ルナ」
「理由を探っても難しいのはわかったわ。それでは次に、誰が消したか考えましょう」
「誰が……?」
パーティーの視線が集まった。
本作は基本、平日更新ですが、明日の祭日も夜に次話公開します




