05-4 一文字ルナ、俺に本音を明かす――明かしたはずだ
夢から醒めると、真夜中だった。手を顔に持って行くと、涙に触れた。
――泣いていたのか、俺は。
深呼吸すると、寝台に起き直った。思えば、ずいぶん遠くまで来た。邪神を倒した、あの旅。十年もモンスターや邪教の地をさまよったのだ。……そして転生しての、この時空。
目が冴えてしまったので、海辺に散歩に出た。大きな満月が高く天空にあり、太陽に負けるかとばかり冷気に満ちた光を、熱帯の浜辺に注いでいる。月で明るい浜辺に、影がぼうっと見えていた。ルナだった。
「なんだ、起きていたのか」
「思音……」
ルナの隣に座った。
「……なんだか眠れなくて」
「今日はごめんな。訓練に付き合えなくて」
ルナは、頭を垂れた。月の光で、髪が銀色に輝いている。
「付き合う……。思音も付き合ってる感覚なのね、一文字家お嬢様の、奇妙な道楽に」
「ごめん。そういうつもりじゃ……」
「はがゆいの。あんなに戦いで助け合って、生き死にを共にしてきたのに。たしかに平和な時空への転生を望んだわ、私もみんなも。でも、まだ邪神の言葉が気になる。私たちは生贄でしょ。世界が平和を得るための捨て駒だったはず。捨て駒なら捨て駒らしく最後まで意地を見せて、自らの幸せなんて後回しにするべきだわ」
肩が震えている。
「……泣くなよ」
「だって……」
「ごめんな、ルナひとりに悩みを押し付けて。無理に心を抑え込んでるだろ、お前」
「……」
「俺達絶望パーティーは、魂の仲間だ。俺だけじゃなく絵里――エリスやアカネ、ソオル……誰でもいい。なんでも悩みを打ち明ければいいだろ」
ルナは下を向いたままだ。瞳から大きな涙の粒が落ちて、砂浜にぽたぽたと不思議な模様を形作ってゆく。
「それにルナお前、自分がこの平和な日本で楽しく暮らすのを恐れてる。……なぜだ」
「私……私……」
砂浜に着いた俺の手に、自分の手を重ねてきた。
「……本当は、私こそ思音と遊びたかったの。部活の強化合宿ということにすれば、輝く海に一緒に行ける。思音に水着姿を見てもらって、一緒にビーチでジュースを飲むの。もしかしたら、あかねのように体を触ってもらって。それに絵里みたいにキスだって……」
気持ちがあふれたかのように、一度言葉を切った。
「……私って汚いわ。遊びたいと本心を晒せる陽菜や絵里のほうが、よっぽどきれい」
「よせよ、自分を責めるんじゃない」
「わ、私だって……」
抱きついてきた。ルナの体は熱く火照っている。
「私だって、願いはあるの。あなたの……。でも我慢しなくちゃ……」
「ひとりで……独りで背負い込むな。現代日本生存研究会だろ俺達は。お前のその焦りだって、心の傷から来てるんだ。気にせず仲間に晒せ。この世界で、平和に心を癒そうじゃないか」
「思音……」
唇が近づいてきた。ルナの瞳は月光を受けて妖しく光っている。吸い込まれそうだ。邪神に切断された左腕が疼く……。もう優しい息遣いすら感じ取れる。
「……だめだよ」
夏の果物を注意深く慈しむように、ルナの体をそっと離した。傷つけなければいいがと願いながら。
――なぜ?
そう言問いたげに、黒い瞳が潤んでいる。
「ごめん……」
無言で、ルナは視線を逸らした。その先には海が優しく波を寄せている。
「俺はだめなんだ。自分でもわからないけれど。もう俺の心は終わってるんだ」
「……そう」
「もう眠るよ」
「そう……」
「……ほら、空が澄んでいて、月があんなに見事だ。明日もピーカンだぜ。今度こそお前と練習するよ。誰がなんと言おうと。なっ。だからお前も早く寝とけ。パーティーの軍師が寝不足だと、大変だしさ」
「思音……」
「苦しくなったら、こうやって吐き出せばいい。連中には言えない本音だっていいさ。いつだって聞いてやるから」
「……ありがと」
後味の悪さを浜辺に残しながら、俺はゆっくりと別荘へと向かった。明日、明日こそ、ルナの傷ついた心を癒してやる。共に戦闘訓練をして、一緒に遊んで。すべてを抱え込んでしまうルナを救ってやるのは、俺の務めだ。
振り返ると、平和な浜辺に場違いなガーディアンは、まだ動けずに佇んでいた。
心が痛いんだなと、俺は思っていた。しかし……。




