05-2 現代日本生存研究会の「顧問特権」
「わあー、きれい。海が真っ青」
陽光弾ける白砂の海岸を、大きな浮き輪を抱えた陽菜が、波打ち際に駆け出して行く。ここは沖縄中部西海岸にある、一文字ファミリーのプライベートビーチ。背後にはちょっとした城並みに大きな別荘がそびえている。
「ちょっと陽菜。初日から飛ばしたら、明日からのトレーニングに響くわよ」
背後から声をかけたのは、ルナだ。白無地のワンピース水着を着て、ビーチパラソル下のテーブルで、キンキンに冷えたアイスティーを飲んでいる。
「ルナあんた、なんと言うか色気のない水着ねえ」
もっとも着替えに時間がかかった絵里が、ようやく別荘から出てきた。
「どう? 思音」
ぐっとシナを作るようにポーズする。
「いや、どうって言われても……」
絵里の水着は黒地のワンピースで、艶やかなハイビスカスの花柄が大胆にあしらわれている。胸が砲弾のように張り出して、むっちりした下半身にはパレオが巻かれている。「部活引率の教師」枠で参加したとは思えないハジケっぷりだ。
「あかねのフラワー迷彩は、たしかに熱帯地域での偵察行動には役立ちそうね」
ルナが無骨な感想を口にする。それとも皮肉かな。
「えへっ。さすがの思音も悩殺だな。この美少女教師に」
ルナをガン無視してシナを作り続けている。ま、まあバストの破壊力はハンパないけどもさ。ここはプライベートビーチだから他に人はいないが、普通の海岸歩いたら、ナンパの嵐だろ、これ。あのパレオをひっぺがしたいーとかさ。
「教師に美少女って形容、付けるのかなあ……」
渋い顔なのは、あかねだ。俺ンジのビキニにポニーテール。肌がピチピチだな。触ると甘いジュースがしたたりそうな気がする。
「ねっ沖縄に来て肌が白いのも恥ずかしいから、思音、オイル塗ってよ」
「日焼け止めでなくていいのかよ」
「はあ? あたしたち、荒野では野宿でシラミ湧きながら戦ってきたじゃない。風呂だって敵地では水浴びがせいぜいだったし。今さら美白とか」
鼻で笑われた。
「それに、この美少女の魅力は、焼けたくらいでは消えないわよ。――むしろ輝きが増すくらいで」
「そうかなあ……」
「なに、あかねだって自分のこと美少女だとかさ」
絵里がぶつくさ言う。
「ほら早くっ」
腕を取ってせっつかれた。たしかに胸も腕も、俺に吸いつくばかりのみずみずしさだ。それに柔らかくて温かいし。
「……あ、あの……」
背後から声をかけたのは、空だ。
「あの……思音さん。わ、私の水着は……」
そういえば、空がいたのに気づかなかった。
「空は……」
目を疑った。ものの見事にスクール水着だったからだ。なんたって、胸に「野原」とか縫い取りまであるし。恥ずかしいのか猫背になっている。
「……か、かわいい」
「そ……そんな」
顔を覆ってイヤイヤする。
「そんなに恥ずかしがらずに、胸を張れよ。世界を救った勇者なんだから」
肩を掴んでぐっと広げてやる。
「あっいやっ」
大きな胸がようやく俺の前に晒された。空の甘い匂いが立ち昇る。
「ご……ご主人様」
うつむいてしまった。
「空……」
「だあーーっ。また始まった」
あかねが俺達を引き剥がす。
「あんたたち、いい加減にしなよね、本当に。遊びに来たんじゃないし」
「いや、遊ぶ気マンマンのお前に言われても」
「いいから。ほら空も海に来てまでメガネなんか……。外してほら。そうそう。で、あんたはこっちよ」
波打ち際のシートまで、あかねに引きずられた。絵里がニヤニヤ手を振っている。嫌な教師だな。
「はい。ほら塗って」
勝手に横たわると、ビキニの紐まで解いちゃって、背中丸出しにしてやがる。本来なら色っぽいシチュエーションだが、事務的に強制されてるから、なんだか科学の実験みたいだ。
「そこのオイル」
「……わかったよ。これだな」
手に取って蓋を外す。
「ひゃうっ。なにすんの思音。冷たいじゃん、そんなにブチ撒いたら」
「……やかましいぞあかね。少しは口を閉じてろよ」
背中に垂らしたオイルを塗り広げてやる。
「う、うんっ。……あっ……うまいじゃないの。そうそう……。やっ。やだっ横はだめっ。胸でしょ、ほぼそこ」
うるさいなあ……。こないだは寝てたときに胸押し付けてきたくせに。これだから女はよくわからん。
「これでいいのか? 横は自分で塗るんだろ」
「……あと足も」
なんだかむかついてきた。俺はパーティーのリーダーじゃないのかよ。召使いじゃん、これだと。太ももの裏にオイルを垂らすと、乱暴にゴシゴシ塗ってやる。
「ちょっと、根本に塗らないでよ、ドスケベ。ヘンなとこ触ったでしょ、今。もっと先のほうやってったら……」
「はいはい……」
溜息が出てきた。
「ああーっ。あかねちゃんずるーい」
海から上がった陽菜が寄ってきた。ひらひらした装飾がてんこ盛りの緑のビキニを着ている。といっても胸がアレだしウエストは「どすん」だから、縞柄の「うまし棒」といった雰囲気だが。
「次は陽菜ねっ」
うれしそうに俺の顔を覗き込む。はいはいやればいいんだろ。陽菜の鉄板アーマーに錆止め潤滑油塗れば……。
「陽菜あんた、胸ないのにチューブトップなんか着ちゃって大丈夫? ポロリするよ、それ。おまけにカップもでかすぎるじゃん」
「大きくないもん。Aカップだもん」
「Aだからでしょ」
「はうー。あかねちゃんの意地悪」
ぴょんぴょん飛び跳ねる。と、言ってるそばからビキニが落ちたりして。
「はわわわわーっ。み、見ちゃだめ~っ」
ビキニが腹まで落ちたから、腹巻巻いた間抜けなカエルみたいになってる。グリム童話かっての。
「そんなツルペタ見てもしょうがないだろ」
「あわーっ思音が苦笑いしたー。くそーくそー、それならもっと見るですー」
胸を覆っていた手を外して突き出したりして。
「どっちだよ」
「はいタオル」
「はわ?」
見かねて走ってきたルナがタオルを巻いて、一件落着さ。……陽菜は「微少女」だな、見た感じ。まっどうでもいいけど。
「陽菜、楽しむのはいいけど、はしゃぎすぎはだめよ。明日から訓練なんだから」
「はーいっ。わかってるよルナちゃん」
しかしまあ、俺達現代日本生存研究会が、それで済むはずはなかった。なんといっても寝ている間すら気が抜けない「戦いの日々」を過ごしてきた身。どんなに無防備にふるまっても命の危険のない楽しい南国旅行ともなれば、それは仕方のない面がある。
●
「ちょっとみんな、どうしたの。ひそひそ話して」
翌朝、一文字家沖縄別荘の食堂で、ルナが眉をひそめた。一応一文字家のお嬢様に転生したからか、豪奢な内装を前にしてても、俺や陽菜みたいな「場違い感」はないな。
「どうしたもこうしたも、絵里が起きてこないし」
「絵里ちゃん、寝すぎだよねーっ」
クマさんパジャマを着たままの陽菜が、あくびする。
「陽菜もちょっと眠いかも」
ルナと一緒に、俺は絵里の様子を見に行った。部屋をノックしたが、返事はない。
「開けるわよ……って、どうしたの絵里」
ボサボサ頭のまま、絵里はベッドから起き上がれないでいた。
「ああ……。思音にルナ……」
「ガラガラ声じゃないか。風邪でもひいたのか?」
「飲みすぎー。今日は寝てるわ……」
「まったく……」
ルナが腕を組んだ。
「勝手に『ひとりオトーリ』とか言って飲みまくるからだろ、五十度の泡盛を」
「そうよ絵里、あなた昨日の夜の大騒ぎ、覚えてるの?」
「少しくらいは。……ねえ、あんまり大声で話さないで。頭痛い」
「あきれたっ」
「絵里お前、顧問特権とか宣言して俺に迫ったの忘れたのかよ」
「そうよ、それであかねとバトル寸前になって」
「陽菜が冥界の武器召喚しそうになって」
「あなた『初物は頂いた』とか叫んで、思音にむりやりキスしたじゃない」
「……そうだったっけ」
「女教師が男子生徒にセクハラって、バレたら大問題だぞ」
「ああーっ」
枕をかぶっちゃった。さすがに反省したのか、「円城寺の暴れん坊将軍」も。
「なにそれー。キスしたんなら覚えてないと。もったいないーっ」
「そっちじゃなくて、飲んだこととキスしたこと反省しろよ」
セクハラ教師は、突然、跳ねるように起き上がった。
「覚えてないんじゃ仕方ないっての。思音、今から再戦だよ」
「断る」
「……」
また倒れ込んだけどもなあ……。起き上がりこぼしかっての。
「……ならいい。先生、今日は産休を取ります」
ルナの眉がぴくりと動く。
「だめ? じゃあ生理休暇」
「一生寝てろ」
珍しく、ルナが捨て台詞を吐いた。




