05-1 突如浮上した沖縄合宿案
「空はちょっと目に余るよね」
陽菜実家のケーキカフェ「オーバーロード」で、あかねが切り出した。カフェバイエルンのグラスをかき混ぜながら。もちろん俺達絶望パーティー勢揃いでお茶にしているところだ。
「毎日イチャイチャしてさあ……」
「……そうね、気持ちはよくわかるんだけれど」
考えながら、ルナが応じる。目の前にはフルーツケーキと一番摘みダージリンのセット。紅茶をひとくち含んだ。
「ねえ空、どうなの、そのあたり」
「わ……私は」
空は下を向いた。目の前で熱いコーヒーが湯気を立てている。
「ただ、早く武器化して、思音さんやパーティーの役に立ちたい一心で……」
「そこはまあわかる」
パフェに豪快に貪りつくと、絵里が続けた。
「だってあたしもみんなも、転生して十五年経ったし、そこそこ技を使えるようにスキルと勘所が戻ったじゃん。まったく話にならないのは思音と空だけで」
「思音はなんたって、自分の武器――つまり空が見つかってなかったからね」
「そうそう。だから気持ちは汲んであげなよ。……ただ、思音はあたしとも『仲良く』するべきだけどさ」
「それにつるっとウソついてたし。あんただけは、転生して二十三年でしょ」
「あははは。あたしは美少女同然だから」
あっという間にパフェを完食すると、ひと息ついた。豪快な教師様だ。
「はあー、暑くなってきたよね」
「あかね、あなたお腹壊すわよ」
「空ちゃんと仲良くできれば、陽菜は、それでいいけど……。別に空ちゃんと思音がキュッポンしても……」
あかねに睨まれて、陽菜は言葉を切った。あわててプリンを口に運んでいる。
「おとうさーん、やっぱりプリンだめー。おいしくないー」
他に客もいるのに叫んだりして。親父さんも、お気の毒に。
「肝心の思音はどうなの」
あかねが目で促す。
「俺か? 俺は……そうだなあ。正直、女子として迫られても困っちゃうんだけど、空は特別というか」
そこでひと息入れて、ビターなアイスコーヒーを飲んだ。うまい。
「すごく大事な存在なんだ。書物詠みと栞は、精神のどこかを共有するような感覚になる。それでないとうまく行かないんだ。俺にとって空は、外側にある『もうひとつの俺の心』なんだよ」
五人は静かに俺の告白を聞いている。
「……それに、プライベートでもそう。たったひとり、追い込まれたハリネズミのような心で北方辺境に流れたときに、俺の絶望を溶かしてくれたのは、幼なかったソオル――つまり空だ」
一息つくと続けた。
「ボロボロの俺に、ソオルの父親は、人間として接してくれた。子供だったソオルは、誰にでも牙を剥く狼のような俺にも物怖じしなかった。……俺が人間らしい気持ちを取り戻せたのは、ソオルと父親のおかげなんだ」
半死半生で助けられたとき、俺はどこの誰かもわからなかった。ただ言葉に北方訛りがあったことと、北方民族と外見上の特徴を共有していたこと、唯一覚えていた母の名が北方系だったことから、イヴルヘイムに根絶やしにされた部族のたったひとりの生き残りではないかと推測されただけ。世界から見捨てられなにも信じられない俺を救ったのは、ソオルの優しさだった。
「ご主人様……」
瞳を潤ませて、空が俺の手を取った。そのままふたりで見つめ合う。
「だあー、これだから困るんだっての」
あかねが手を振り回した。
「そりゃ全部わかるけどさ、気持ちは。なんたってあの時空で一緒に生死を共にしたんだから。……でもなんだか男女関係みたいじゃん、あんたたち。それは現代日本生存研究会では禁止事項でしょ、『アレ』がわかるまで。だ……だって、もし、もしよ。万一あたしがその……こ、婚約者だったら、空はどうなるの」
頬が上気している。
「わあーあかねちゃん、大胆発言」
「うるさい、陽菜っ。そうだって……わかったら、……傷つくのは空じゃない」
女どもに、沈黙が広がった。
「逆に空が婚約者だってなったら……、あ、あたしが……傷つくもん。だ、だから……」
「……」
「……」
「お前ら考えすぎだって」
割って入った。
「いいか、空はたしかに俺も少しうっとうしいけどさ。でも武器の本能で行動してるんだ。嫁がどうとかじゃなくてな。もちろん女子としてでもなく。ならその間は許してやれよ。まず大事なのは、武器として役立ちたいっていう空の考えだろ」
「思音……さん」
瞳が潤んでいる。
「……たしかに、思音が言うのもわからなくはないわね。私も、空の前向きの気持ちは大事だと思う。だってこのパーティー、すっかり戦う心をなくしてたでしょ」
ルナが続ける。
「ねっ提案があるの。すぐ夏休みじゃない。合宿しましょ、現代日本生存研究会で」
「合宿?」
「うん。沖縄にある一文字家の別荘で。飛行機は父のビジネスジェットを借りればいいし」
「沖縄?」
「ビーチ?」
「熱帯魚っ?」
「オトーリ?」
歓喜の声が上がる。
「……えーと、遊びじゃないからね」
注意深く、ルナが釘を刺しにくる。
「戦闘訓練の合宿よ。……もちろん少しくらいは海で遊ぶにしても」
「やたーっ。陽菜、浮き輪持ってく、クマさんの」
「スキューバの道具持って行こうかなあ、せっかくだから」
「向こうに行ったら、まず泡盛ね。三十年ものの古酒をなんとか手に入れて……。この際離島まで足を伸ばして、あんたたちちを実家に案内してもいいか。あたしの教え子だしさ」
「練習だからね、戦いに備えての」
「はーい」
女どもが声を揃える。
もちろん、そうは単純に事が進まなかった。なんたって俺達は、十年も地獄をさまよった絶望パーティーだからな。現代日本生存研究会として、みんなしてこの時空でのまったりスローライフをどう実現するかを研究してるわけで。




