04-3 雑魚寝パーティー、「もう女はいい」の下り
「お泊まり会」、それからは想像のとおりだったんだけど、実は陽菜が……。
その晩、空は俺にべったりくっついたままメシを食って、べったりくっついたまま銭湯まで行って(男湯に入りそうになって、あかねに引き剥がされたが)、べったりくっついたまま昔話して、べったりくっついたまま布団に入った。裸になろうとして、今度は絵里に頭をはたかれてたけどさ。
俺と女どもの微妙なバランスが崩れて、みんな戸惑っているようだった。けどようやく合流した仲間を立てたい気持ちもあり、俺と空の関係を知っていることもあり。空が雑魚寝の布団に入るなり俺に抱きついてきたのは「しぶしぶ容認」といったとこ。
その代わり今日は全員が妙に積極的というか、反対側を奪い合って、一時間ごとに交代するみたいな話に。なんだか荒野での野宿思い出すな。交代で見張りに立って。
――たしか絶望の大河を渡った直後、野宿で俺と陽菜が立哨を務めたとき、案の定陽菜が寝ちゃって。それでホムンクルスのドラゴンがいきなりそっち側からブレス攻撃を……。あのとき陽菜の髪が焦げたらあいつ急に怒り出して、凶悪な多弾頭誘導弾を召喚して、ドラゴンごとひと山ふっとばしたっけ。
俺が思わず笑うと、俺に抱きついているあかねが囁いた。
「……ちょっと、笑わないでよ。胸がくすぐったいじゃない」
「なら押し付けるのやめろよ。俺だって苦しいじゃないか。そんなに締められたら」
「なに、文句あんの。ならまず空に言いなよ。あたしよりくっつけてるじゃない」
空はすやすや寝息を立てている。
「仕方ないだろ、あいつ、お前よりずっと胸大きいし」
「なにあんた、胸のことばっかり言ってさ、生意気に。ならこれでどうよ」
ムキになって胸を擦りつけてくる。
「いいかげんにしろっての」
ぐいっとあかねを遠ざけた。
「な、なにすんのよぉー、胸を触って」
暗闇でも、まっかになってるのがわかる。
「さんざん当ててきといて、今さらなにを」
「あ、あたしがくっつけるのと揉まれるのは違うもん」
「揉んでないだろ」
「いや揉んだ。手が動いた。もみもみって」
なんだこいつ、面倒な奴だな。
「ならもういいよ、それで」
あかねに背を向けると、空を両腕で抱いてやる。夢うつつに、空が微笑んだ。
「これでいいだろ、お前には手出しできないし」
「なにさあんた。思音のくせに生意気に」
言いながら、背中に抱きついてくる。
「あかねちゃんあかねちゃん、陽菜の番だよー」
「うるさい」
「陽菜の時間だよー」
「……わかったよ、もうっ」
鼻息も荒く、敷き詰めた布団の向こう側にごろごろと転がっていった。器用な奴。
「えへっ」
にこにこしながら、陽菜は俺の腕をそっと取った。
「空ちゃんと三人、楽しいねー」
「……そうか?」
「そうだよー、昔みたい」
左右でもの凄い胸の違いだけどな。「胸圧」の差で、思わず陽菜のほうに転回しそうになるし。
「……ねえ、陽菜の気持ち、変わらないからね」
「……気持ち?」
「うん、ラブレターの」
こそこそ小声だ。
「わあー言っちゃった、恥ずかしいー」
「そうか、ありがとう……と言いたいところだけど」
「陽菜のこと嫌い?」
悲しげな顔になる。
「好きだけど。でもそういう色恋は、もういいんだ」
「ええーっ……」
「俺はもうおっさんだ。そういうのはいらない」
「高校生じゃん」
「体はな」
「ぶー」
不満気だ。
「……じゃあいいよ。陽菜を女の子だって思わなければいいじゃん。お……おっぱいだって小さいし」
涙目になってる。悔しいなら言うなっての。
「キュッポン」
「は?」
「キュッポンする?」
「?」
「だからあ、陽菜の胸が大きくなるように……」
言いながら、パジャマのボタンを外し始めた。胸を大きくしたら女っぽくなって逆効果じゃないのか? 今までの話だと。……もう忘れてるのか、陽菜の奴。あひるの脳だな。「あひる脳、陽菜」――思わず笑ってると、その隙に胸を触らさせられた。鉄板……より少しは柔らかいか。
「なにすんだよ、陽菜」
手をひっこめる。
「早くう、ねっ、キュッポンって……」
「向こうで寝るわ」
起き上がると、空には悪いが、隣の部屋に退散した。このアパート、二階に住んでるのは俺だけ。こんなこともあろうかと、隣室の鍵はこっそり解錠してある。
隣室に敷いてあるせんべい布団に潜り込むと、俺はようやく安息を得た。
――向こうの世界でも、こんな男女のアヤがあったよなあ……。
暗い天井を見ながら思い返した。たしかにいくつかのエピソードは頭に浮かぶ。でも、決定的な記憶には欠けている。ただ思うのは、「もう女はいい」ってことだけだ。
どうしてこんな考えが胸の底から湧き上がってくるのか、中学の頃は不思議だった。同級生はなにかといえば女子の話しかしなかったし。でも俺は違っていた。もう女はいい――女子と付き合ったことすらない中坊が、なんでそんな感情を持つのか。あの夢が真実と判明した今でもわからない。もしかしたらあの多元宇宙でもこんな日々が続いて、もう懲りたのか。あるいは「婚約者」絡みでなにかあったのか。
深い泥の河、ぬめっとした底を手探りするような、そんな気持ちの悪い記憶の探索を続けたが、いつものように無駄だ。俺は、いつの間にやら眠りに引き込まれていたようだ。
――翌朝、俺が逃げたことに関し、能天気に「キュッポン」のくだりを明かしちゃった陽菜の頬は、まっかに腫れ上がってたけどな。絵里の奴も、もう少し手加減してつねればいいのに……。




