04-3 現代日本生存研究会、転生の謎を大いに語る。陽菜の胸問題も
「それで……空、改めて尋ねるけど、あんたも全然覚えてないの? その……『アレ』については」
言いにくそうに、あかねが訊く。
「アレ?」
「アレよアレ……。つまり……思音の嫁というか、婚約者」
ボロい部室に、緊張が走った。絵里やルナですら、飲み物を置いて、静かに待っている。
「……覚えてない」
「そう……やっぱり」
溜息を漏らしながらも、あかねはなぜか安心したようにも見える。
「この中の誰かが、ご主人様の……思音さんの婚約者だった。そこまでは覚えてる。でもそれは誰だったのか……。考えようとすると、頭の中にもやがかかったようになって……。変ですよね。少なくとも自分かどうかくらいはわかりそうな話なのに、それすらもわからない。誰がいつ婚約して、それに関して仲間がどう行動したのかとか、全然思い出せない」
「同じね、私たちと」
ルナは、またチョコレートティーを飲み始めた。絵里は羊羹をもぐもぐ食べている。
「記憶がないのは、なにか理由があるはず」
「こいつがあたしたちとまたハーレムになろうとして、記憶を飛ばせちゃったんじゃないの、転生のとき」
「俺が知るかよ、絵里。だいいち、パーティーで決めたんじゃないか、転生する時空を」
俺は思い返した。
イヴルヘイム総統と邪神を、長く辛い旅の末に、俺達は倒した。しかしその最後の戦いは、極めて苛烈。戦闘にかろうじて勝ったとはいうものの、俺は左腕を失い、残りの五人も深手、おまけに死の呪いまでかけられていた。
時間はない。転生機を用いての転生しか、俺達が生き残る術はなかった。戦いの毎日で体も心も深く傷ついていた俺達は、多元宇宙から迷わず平和な時空を選択。この宇宙の現代日本に集中して転生を遂げることとなったのだ。
シリアスな負傷を負ったせいか、全員最後の戦いの記憶はあいまいで、細部をよく覚えてはいない。でも、おおむねそんな流れだったはずだ。
「そうだけど、この転生も、なんだか変でしょ。全員、誕生日は誤差レベルに集中したのに、絵里だけ大幅に時間がずれたし」
「そうそう。あたしの寂しさ、知らないだろ、あんたたち」
「そこだよ問題は。陽菜のおっぱいがアレなの、絶対絵里ちゃんに吸い取られたんだと思うな、陽菜」
「へっ?」
「今、真面目な話だぞ、陽菜」
「真面目だよ、これだって」
ぷくーっとふくれると、陽菜は腕を組んだ。
「だって、絵里ちゃんだけ年上に転生したでしょ。多元宇宙に移るとき、陽菜の成長も吸い取ったんだよ。だから陽菜のおっぱいは――」
「でも陽菜、あんた向こうではいちばん年下だったけど、こっちではみんなとおんなじ生まれ年になったわけで。むしろ転生で歳取ったじゃないの」
「歳のことじゃないの、おっぱいだよ、陽菜の。わかってるでしょ、あかねちゃんの意地悪。――絵里ちゃん、おっぱい陽菜に返してよ」
「いや返してって言われても。それにそもそも……」
その先は言わなくてもわかる。そもそもあっちの世界のミュジーヌもツルペタだったし、今さらなにを。
「陽菜だって苦労してるんだからね。インターネットで買ったんだから、おっぱいをおっきくする機械。こうやって胸に吸いつけて、ポンプで吸う奴。キュッポンって」
――そんなの買ったんだ。
――無駄だ。
多分全員が頭の中でツッコんだはず。きっと早くも空まで参加しているに違いない。
「キュッポン、キュッポン。Bカップになれー。いやまずAカップで余らないように……」
「う、うーん……陽菜の良さはその体型だから、維持したほうがいいと思うけど」
「だって赤ちゃん生まれたら困っちゃうじゃん、思音の子供。陽菜、おっぱいあげたいよう。えーん」
――そんとき悩めし。
――そもそも赤ちゃん産めるのか、その体型で。
――生理があるかすら、クラスで疑われてるのに。
――未由路さんの良さがだいなし。
最後のは、脇で聞いていたら口にするに違いない、吉川の感想だ。俺の想像。
「それよりあんたなに、思音の子供とか。どさくさに紛れてこの絶壁っ」
あかねが陽菜のほっぺたをつねった。
「あんたラブレター事件、全然反省してないじゃないの」
「ひぃたい、ひたい、あかねちゃん、やめへ……」
手をばたばたして抵抗する。
「もういいでしょ、あかね」
ルナが止めた。
「……それじゃ空、あなたも覚えてないのね」
「はい」
「まっいいわ、いずれ思い出すかも」
「ええ、だから、さっそく試したいなって」
「試す……」
「はい。私は、使ってもらってこその命。書物詠みの一族は武器として、栞に生かしてもらうんです。……だから、思音さんに詠んでもらうテストがしたい」
「そう……。それは私も賛成だわ。なら今日の部活は、戦闘訓練ね」
「ええーっ、先生、勉強とか訓練とかダルいのはいやーっ」
お前それでも教師かよ、絵里。しかも部の顧問なのに。そりゃ俺もあんまりやりたくはないけどもさ。
「でも、敵もいな思音の平和な日本で、切った張ったの訓練しても仕方ないだろ。おまけに全員、まだ技が不完全なのに」
「たまにはいいじゃない、思音」
いつもの厳しい眉を開いて、ルナが優しい顔になって促す。
「……」
「私と訓練するのは嫌ですか? 思音さ……ご主人様」
「嫌じゃあないけどもさあ……」
「では決まりですね」
俺の手を取った。温かい。――くそっ。空……ソオルに頼まれると弱い。
「決まりー」
あかねは妙にうれしそうだ。
「あたし、春からもうひとつ、折り方再現できたんだよ、個別にガードするんじゃなくて、戦闘フィールド全体にバリアー張る奴。それ試したいし」
「では始めましょう。空と思音は、武器化のテスト。あかねは折り紙のヒトガタ使役訓練。私はサムライだから体術……うん、あかねと連携のチェックするわ。絵里はドーピングよ。私たち全員が戦っていると仮定して、後方から本気でドーピングで支援して。……それで空が書物化できるかもしれないし」
「ひ、陽菜は? 陽菜だって戦うよ」
「そうね」
ルナは、俺達の顔をひととおり見渡した。
「……みんな反対みたいだけれど」
ひきつった俺達を見て、苦笑いしている。
「まあ、たまにはいいか。飛び道具や魔法系は危険だから、自動律ブレードあたりを召喚してみて。それなら万一のときも、死人は出ないでしょ、せいぜい誰かの腕か足が落ちる程度で」
物騒なことを言う。
「わーい。陽菜、頑張る」
無邪気に喜んでどうする。全員顔がひきつってるのが見えないのか、お前。光物がバンバン後ろから飛んでくるんだぞ、しかも味方の。まあこの時空でも、特殊部隊でもっとも危険なのは実戦より訓練中とか言うしな、仕方ないか。
俺が目配せすると、絵里は渋々といった体で頷いた。これで、陽菜を除く全員のフィールドをバリアしてくれるだろ。
平日掲載のため、次話公開は3/12月曜夜になります。




