04-2 「俺達の旅」……ただし転生の
吉川が図らずも指摘したように、空が合流したことで、少し現代日本生存研究会の雰囲気バランスが変わったのは確かだ。実際、初めて空を案内したときも――。
「ここが部室よ。あたしたちパーティー専用の」
うれしそうにあかねが部室を手で指し示す。
「ここですか?」
なにか見定めるかのように、メガネの奥で空は目を細めた。
「そう。ほら、勇者の間にようこそっ」
渋い引き戸に配慮して勢いよく引いたわけだが、なぜだかその日だけはスムーズに扉が動いたものだから、勢い余って枠にぶつかった。それだけのことでボロい部室は大きく揺れ、どこやらのガラス窓が外れ落ちて割れてしまう。
「……」
なんだか気まずい雰囲気に。
「あかねちゃんだって、窓、割るじゃない。陽菜のときは、あんなに怒ったのに……」
陽菜はふくれている。
「……悪かったね、陽菜。まっ、とにかく入りましょ」
ボロ屋で休息でも、屋根があるだけましさ。お茶を淹れて六人で飲むと、いつもの現代日本生存研究会らしく、のんびりした空気が広がった。
なんたって邪教イヴルヘイムの総本山に潜入して行く過程では、荒野に隠れての野宿が普通だったし。虫に食われて痒くてさあ……。雨が降れば寒いし。闇の火山周辺まで進むと、雨すら臭いし酸性だから肌がぼろぼろになって……。それと比べれば。
「――だからこうして、あたしたちはこの部室で、傷を癒したり、昔のことや技を思い出そうとしてるわけよ」
あかねの説明が続いている。
「皆さん、やっぱり昔の力は使えないんですか」
「そうだね。ルナは体術だから、もう八割方戻ってる。あたしは折り紙のカタ、いくつか再現できた。毎日折ってたら。でも、まだまだね。絵里は――」
「あたしはそう。ちょっとだけドーピング使えるわよ」
「受験に使える程度にはな」
「あ、あはははははー」
「また汗かいてるー」
「絵里――エリスは本気になってないもの。本気になれば、すぐ能力が戻るわよ」
ルナは棘のある口調だ。
「だってみんなを傷つけ――」
「もういいわ。あと、陽菜の召喚能力はそれなりに残ってる。ただ、召喚に失敗することが多くて。……あっちの戦闘と同じね」
「そうですか」
空が微笑んだ。
「努力しているんですね」
「こいつはだめよ」
あかねが俺を顎で示す。
「なんたって、空、あんたがいなかったし。武器がないんじゃあ……」
空が俺を見つめた。なんだか恥ずかしい。
「それよ。空あなた、氷の書に転化できないんですって?」
ルナが尋ねた。
「はい……。転生前の生活を夢で見るようになってから、ずいぶん悩みました。頭がおかしくなったと思って」
「生理が始まった頃でしょ。あたしも悩んだわー、あれ」
絵里は開けっぴろげだ。
「本当に悩んだのか、お前」
「本当だよ。可憐な美少女なのに、ストレスでハゲができたもん」
言ってから豪快に笑う。
「そうね。たったひとり先行して転生した絵里が、沖縄の離島で楽天的に育ったのは良かったわよね。私たちと違って、転生前の記憶が蘇ってからも長い間、仲間が見つからなかったわけだもの」
そう言うと、ルナはチョコレートティーをひとくち含んだ。
「続けて、空」
「それで心理学とか調べてるうちに、ミステリーやホラーにハマっちゃって。自分の『妄想』をノートに延々書き移したり。……なんだか、自分を生かすご主人様がどこかにいるに違いないって確信があったんだけど、冷静に考えるとそれも気味悪くて、ますます小説に逃避して」
空は、俺に視線を走らせた。無言でそれを受け止めてやる。
「私はその頃、父について海外で生活してたわ。不思議な夢と妄想に悩んでてね。異国で誰にも相談できなかったし。だからとにかく不安を消すようにトレーニングに励んでた。習ってもいないのに格闘の技が使えるのは、やはり夢になにか根拠があるんじゃないかとか……」
思い返して、ルナが眉を寄せた。
「その頃にはもう、あたしは絵里と知り合ってた。ネットで検索して、同じような妄想を絵里が書いてたから」
あかねが割って入る。
「そうそう、いきなりあかねからメールが来て驚いたんだ。だって妄想の登場人物から行動から、ぜえーんぶ同じだったじゃん」
「絵里のブログ、面白かったけどね。血なまぐさい妄想を書き連ねた翌日に、いきなり海辺の飲み会で長老を飲ませ倒したとか書いてあるし」
「あたし、地元じゃ有名だったからなあ。酒は強いし、水泳は世界トップランカークラスだもんね。……まあちょっとだけドーピングするんだけど」
「お前、ヒーラーやエンチャンターから前衛にジョブチェンジしたほうがいいんじゃないか?」
「いやだよ前衛なんて。魔物の血を浴びるし。臭くて毒がある奴」
「水泳選手にはならなかったんだろ」
「うん。あんなめんどくさいのは嫌。人生、のんびりやりたいだけなんだから。思音と会ったのは、もっと後だったっけ」
「そう。俺もちょっと遅れて、同じようにあかねと知り合った。それで絵里とも。――ちょうどその頃、絵里が陽菜を見つけてたんだよな」
「うん。『イヴルヘイムって、グラニュー糖デコレーションみたーい』とか、陽菜がちょっとだけ呟いたら、なんだか絵里ちゃんがDMしてきて。怖かったあー、ナンパかと思って」
いやツルペタ中学生なんか、誰もナンパしないだろ。――と、俺は心の中でツッコんだ。おそらく空以外の全員も同じだろ。
「それで、陽菜のケーキ屋の近くの学校に、全員で集まることにしたんだ。この時空でも協力して生きるために」
「そう、思音はご両親に頼んで下宿。あたしは親が離婚しちゃって母さんとふたり暮らしだったんだけど、ルナのツテで奨学金もらって。空と同じね。ただ、あたしは実家通いだけどさ」
「それと、ルナは大変だったんだ、親を口説くのが。なんたって一文字ファミリーのお嬢様に転生しちゃってたから」
「でもご両親もほっとしてたみたいよ、内心。自分から『この学園がいい』って言い出してくれて。蝶よ花よと育てたつもりの愛娘が、なぜか強烈な格闘マニアに育っちゃって持て余してたみたいだから。……それに偶然、この学園、一文字の息もかかってたしね。それなら安心だってことになって」
面白そうにあかねが笑った。
「それで……空あんた、やっぱ無理だったの? 位相転換」
「うん。最初は妄想だと思ったし本気で試さなかったんですけど、絵里さんに連絡もらって現実だってわかってから、必死で感覚を思い起こしてやってみた。……でもだめ。なんにも起こらない」
「でも、こうして自分を武器として用いるジョブ「栞」の思音に会えたんだからさ。試せばうまく行くかも。思音のほうだって氷の書が手元に戻ったわけで、力が戻るかもしれないじゃん」
「そうですね。本来、思音さんに抱いてもらって転換するわけだし……」
空は、熱い視線を俺に送ってきた。
「こうして私を生かすご主人様も見つかったし、あの頃のように、その……か、かわいがってもらえるかなあ……」
まっかになって下を向いてしまった。パーティーは皆、俺と空の関係を熟知しているが、それでもなんだか少しだけ白けた空気になる。
「それで……空、改めて尋ねるけど、あんたも全然覚えてないの? その……『アレ』については」
言いにくそうに、あかねが訊く。
「アレ?」
「アレよアレ……。つまり……思音の嫁というか、婚約者」
ボロい部室に、緊張が走った。空――ソオルの答えは――。




