03-3 ラブレター差出人「超推理」合戦
身内ばかりになると、正体や能力など、もうなにも隠す必要はない。ラブレター(?)を受け取った真弓ちゃんに遠慮することもない。さっそく俺達の推理が始まった。
「あたしはラブレターじゃないと思うよ」
エリス――美里絵里先生が決めつける。
「たしかにあの真弓ちゃんはかわいいから、ラブレターもらったって不思議じゃない。とはいえ、あまりにもアホみたいじゃん、文面が」
「まあそうだな」
「でも、さっき言ってた『果たし状』にしてはホンワカしてる気がするな、陽菜」
「それもそうだな」
「あまりにブツ切れすぎるよね。続きの便箋、入れ忘れたんじゃないの。それか真弓って子が落としちゃったとか。なんかちょっと抜けてる雰囲気だったし」
「美里。お前、先生のくせにいいのかよ、そんなこと口にして」
「いいのいいの。生徒の本質を掴むのは、教師の重要な資質だから」
また適当なことを。
「ともかく、続きの便箋に『お前が嫌いだ』ってあったら果たし状、『お前が好きだ』ならラブレター」
「そのひとことだけで、果たし状とラブレターが分かれるのかなあ……」
「ルナの言うとおりだね。便箋一枚開いただけで、もっと明確にわかるものでしょ。絵里、あんたも勘が鈍りまくりじゃないの。平和な時空に来てから」
「ほらほら、突っかかるなって。俺はどっちの意見もありだと思うぞ」
「なに思音あんた、さっきから適当に相槌打ってるだけじゃん。それでもリーダーなの? あたしたちパーティーの」
「たしかに、今の思音がリーダーでここに邪神が復活したら、私たち瞬殺されて終わりね」
ルナにも非難された。いや命のやり取りもないガキの果たし状とかラブレターとか、全然興味がないんでさあ。俺、通算六十歳のおっさんだぞ。ま、このままだと分が悪いので、少し考えてるふりでもしとくか。
「ちょっと不思議な感じがするのは確かだよな。この手紙読んでみると」
「うん。それに字が丸っこいのも変。そこだけ女の子みたいで」
「オカマじゃないの」
能天気に言い放ち、あかねは愉快そうに、にやけている。
「オカマが女の子にラブレター出すかよ。あんなかわいい娘に」
あかねに睨まれた。――いかん、しくった。
「ほ、ほら、話を戻そうせ。男が女子に果たし合いを突きつけるわけもないし、やっぱりラブレター路線で間違いはないとは思うんだ。ただところどころ変なだけで」
「……それもそうか」
空気が変わってほっとした。
「思音あなた、氷の書の『栞』でしょ。便箋を詠んで、なにか感じない?」
ルナに促され、便箋を手に取った。
「声かけるなよ、集中するから」
窓際に立ち、夕方前の陽に、紙を晒す。左手に載せ、右手でそっと挟んだ。目を閉じて心を開き、紙の奥に隠れた書き手の精神を受け取ろうとする。
……。
……。
……。
――くそっ。
「だめだ……」
自分の声が、想像以上に悲しげで驚いた。たしかにこれは本じゃない。でも栞の力を持ってすれば、書き手の心の浅い部分を感じ取ることなど、たやすい作業だったはずだ。転生によって、最終戦でもがれた左腕は復活したものの、能力のほとんどは失われてしまった。いつか復活するのかもしれないが、それは神のみぞ知るってことさ。
多元宇宙から選んだこの平和な日本で、戦いに特化した異能力など不要なのは、もちろん確かだ。だが自らの大事な部分を失った欠落感もまた、はっきりと俺や仲間の心に刻印されている。
そう、俺達は終わってしまった。これでいいんだ。きっと。
俺は、あの戦いの日々を思い返した。それは――。
邪教イヴルヘイム総統を狙う多くの少人数パーティーが次々倒され消える中、女の子ばかりの俺達は、パーティーを組ませた側にも意外なことに、死ななかった。よろよろと辺境や荒野を放浪し、機会を掴んで絶望の大河を渡ってついに敵地へと進んだ。
そこからは味方の兵站やサポートも途切れ、筆舌に尽くしがたい苦難を味わいながら敵地奥深くまで隠れ進んだ。最後は自分たちでも不思議なほど幸運に恵まれたこともあり、ついにはイヴルヘイム総統と邪神を滅ぼし、世界を救う務めを果たしたのだ。
その日々は残酷なものではあったが、赤く焼け爛れる溶岩の上、渡されたただ一本の針金の上を綱渡りしているような生の実感はあった。
今はもうすべてない。敵も戦いもないが、力も消えた。命の輝きも。線香花火の燃えかすと同じさ。
俺達は「現代日本生存研究会」だ。終わった心を、この世界で休めたいんだ。
「そう……。でも焦っちゃだめだよ。いつか戻るから」
ルナが優しく微笑んだ。
「私は体ひとつだから、練武を繰り返す間に感覚が戻ってきた。思音だって、ソオルが来れば、なにかが起こる」
俺は、ソオルの藍色の瞳を思い返した。深い、深い群青の。奥に金色の輝きのある。
「あたしがやってみるわ」
沈黙を破って、オリガミ使い、あかねが便箋を手に取る。
「折ってみれば、なにか感じるかも」
便箋を手に取ると、その長方形のまま、器用になにかを折り始めた。
「わあーあかねちゃん、やっぱりほれぼれするわあ、その折り方」
「そう?」
陽菜の感想を軽く流すと、細かく折り目を入れ、紙を膨らますように器用に立体化させてゆく。
「あっ、だらりんクマさんでしょ、その形」
「陽菜、気が散る」
叱責され、陽菜はしゅんとした。助けを求めるように俺を見ている。
「そうとがるな、あかね。陽菜だって悪気はないんだし」
無言で眉をしかめると、そのまま折り続ける。陽菜がうれしそうに俺を見たから、これでいいや。
あかねが折ったのは、燭台らしい。装飾性豊かな模様を折り目で表現し、もちろんろうそくの炎が揺らめく様を紙で描き出して。
折り上がると、あかねは目を閉じて、燭台に手をかざした。一心になにかを祈っているかのように見える。
「……少し……。そう、少しだけわかる」
「なにが見えたの、あかね」
「ろうそくの炎は、右にも左にも揺れていない。まっすぐ上に立ち上って……」
「だからなに?」
おやつが散乱するテーブルを、あかねが指差した。
「ここよ」
「ここ?」
「この部室に関係があるわ」
「なにそれ。幽霊みたいで気味悪いじゃん」
絵里が身震いする。もちろん胸が揺れた。
「ええーっ。陽菜、こわーい」
陽菜もぎゅっとカップを握りしめた。当然、胸は揺れない。鉄板。
「用務員室だからじゃないのか」
「どういうこと?」
「だって待ち合わせ場所も焼却炉だろ。焼却炉って昔実用にしてただけで、今はもう公害とかなんとかで使ってないわけで。当時使用してたのは用務員。紙が指し示すこの部室も、元用務員室。つながりがあるじゃないか」
「でもそれが本質かしら。用務員の亡霊がラブレター出したとでも言うの、思音」
ルナはけんもほろろだ。
「けど先生……あっ他の生徒がいた癖が出ちゃった。あたし、ここに関係あるのはポイントと思うんだ」
「なにか考えがあるの、絵里」
「うん。ここは用務員室だけどさ、現代日本生存研究会の部室じゃない。だから関係あるのは部室じゃなくて、部員のほうとか」
四人がさっと俺を睨んだ。すげー棘のある視線。えとあの……。
「いや、俺じゃないし」
「あんたまさか……」
「あの真弓ちゃんに……」
「さっきかわいいとか思わず漏らしたし……」
「陽菜、なんか召喚しちゃおうかなーっ」
「と、とにかく、俺のわけないだろ。……陽菜、お前、詠唱やめろ。床に五芒星浮き出てきたじゃないか」
「……では調べましょ」
あっさりとルナが言う。
「絵里、あなたあかねのオリガミ能力、ドーピングして」
「……嫌だね」
ひとり八年先行して転生したエンチャンターーが、顔をしかめる。
「もう、あんたらをむりやり戦わせるのはイヤ。みんなが悲鳴を上げながら敵に向かって行くのを、後ろから見る気持ちなんてわかんないだろ。苦しいのわかってるのに、それを感じさせなくさせて賦活して、戦いに追いやる気持ちが」
絵里の葛藤は、痛いくらいに知っている。戦闘が終了し、泣きながらパーティーの深手を治療するエリスの姿を、俺は絶対に忘れられない。エンチャンターは、ヒーラーでもあるのだ。
「……なあ、絵里」
心して穏やかに話しかけた。
「その気持ちはわかるんだけど、今は妙に俺が疑われてるわけで。なにも戦いのサポートを頼んでるんじゃない。いいか、これは現代日本生存研究会の平和な部活だ。ちょっとだけこの推理に協力してくれよ。頼むからさ」
瞳を閉じていた絵里が、ちらりと薄目で俺を見た。
「……たしかにまあ、思音が犯人かどうかは気になるか。……じゃあ、いいかっ」
ほっと一息、溜息をつく。
「あかねの能力を高めればいいんだろ。やってやるよ。……さっあかね」
気分の転換が早い。さすが沖縄育ちの楽天家だ。彼女はあっち側でも基本はそうだったんだけど、なんたって戦乱の時代でささくれてたからなあ……。初めて会ったときとか、やたらと噛みついてきたし。
そうしてあかねがラブレターの残存思念を読み取ったんだけど、それがまたとんでもないことに……。




