03-1 トンデモない「依頼」を持ち込んできた女子生徒
「あーあ、退屈ねえ……。もうトランプも飽きたし」
「あかね、それ前も聞いたぞ」
いつもの部室、いつものメンバー。そしていつもの放課後。いつまで経ってもスタートの号砲が鳴らない俺達の毎日だ。あかねの気持ちはわからなくもない。
「あかねってば、無聊に沈んじゃってさ」
絵里が、なんだか難しい言い回しで受ける。「一応」レベルとはいえ、さすが教師だ。
「もっと気楽に生きたほうがいいよ、あかね。あたしなんか、ほんっと、こっちの宇宙に来られてよかったなあって」
「……そりゃ、絵里の言うのもわかるけどねえ……」
あかねは、新発売のジンジャエールをひとくち、ぐいっと飲んだ。
「そうだよ。だって元の次元では、あたしはエンチャンター。サイキックドーピングで、パーティーをむりやり戦わせてきたじゃん。後ろから。みんなが深手を負っても痛みを忘れて戦えるようにエンチャントして」
はるか遠くを見通すように、エリス――美里絵里は、目を細めた。
「今でも覚えてる、あかねの血。ざっくり裂けた肩から怖いくらいに噴き出して、砂漠の白い砂の上で、思音の血と混ざり合ってた……」
そこで少し言葉を切った。皆、口を開かない。
「――とにかく、こうしてあの頃の仲間とくだらない軽口を叩いていられる毎日が、あたしは好き。それになんたって教師だからさ、あんたたちを幸せな生活に導いてあげるからよ。進路相談とかしちゃってさ」
部室を沈黙が支配した。トランプを置き、それぞれ思うがままに、深い記憶を巡る旅に出ている。
「……そうだよね。この平和が捨て難いのは事実かも」
俺を横目でちらりと見て、あかねがぽつりと言う。
「考えてみたら、あたし、あっちで両親、虐殺されてるし。……天涯孤独で地獄を見た思音よりはマシだけど」
「陽菜、別に戦闘が怖くはなかったけどなあ……」
「そりゃあんたは特別な傭兵一族の生まれだもん。しかも天才って呼ばれてたし」
「どちらかと言えば『天災』のが近いけどな。戦闘中にドジ踏むから。召喚した武器の銃口が無差別に攻撃してきたりとかさ。敵方に召喚したこともあったな。……何度死にそうな目に遭ったことか。どっちが敵だよと」
俺が茶化すと、ボロい部室に乾いた笑いが広がった。
「ひ、陽菜、だから戦いなんて嫌いだもん」
小さな手でだらりんクマさんカップを抱えると、ぷいと横を向いてしまう。
「……でも、あなたたちも覚えてるでしょ。邪神の最後のセリフ」
ルナのひとことで、あの激しい戦いがまた、頭に蘇った。
「邪神は言った。いつか自分は復活する、そのときこそお前たちの最後だって」
「そりゃ覚えてるけどもさあ……」
思い出したくもないといった風情で、絵里が溜息を漏らした。
「あんなの、悪党おなじみ、いつもの負け犬遠吠えでしょ。邪神本体と戦うまで、何万回と聞いたじゃん。腹が裂けてるってのに、涙目の捨て台詞とか。笑っちゃう奴」
あくびする。
「あー涙出てきちゃった。マスカラ直さないと」
絵里を睨むと、ルナが口を開く。
「だから私たちは備えておくべきなのよ。邪神の復活に」
「邪神が仮に復活するとしてもさ、ルナ。それは『あっち側』だろ。こっちの俺達には関係ないじゃないか。な、俺達は死ぬ思いで邪神を倒して、世界への義理は果たした。実際死にかけたしな。俺なんか腕もがれたし」
「そりゃそうだけど……」
「だいたいルナはいいよね。ニンジャ系サムライガーディアンは、体術で戦うから。この多元宇宙に転生しても、まだルナ、それなりに戦えるじゃん」
絵里がツッコんだ。続ける。
「でもみんなは無理。あかねだってオリガミ使いとしての折り方を再現できたの、たった十かそこらだろ。毎日折り紙折って研究しても。信じられる? ただひとり、唯一無二の存在として武名を欲しいままにしてた、オリガミ使いアカネが」
「そう。陽菜は割と武器召喚できるみたいだけど、この日本では意味ないし」
「ああ。それに武器が暴走して実家壊したり街破壊したりしてるから、陽菜のが『邪神』って感じだからな、むしろ」
「思音まで、そんなあ……」
陽菜がイヤイヤする。
「だいたいソオル――空だってそう。あたしが聞いてみたけど、位相変換どころか、氷の書になること自体、できないってよ。ソオルが武器化できなけりゃ、思音だって、ただの高校生だろ。負け犬の捨て台詞なんかより、大学受験でも心配してたほうがいいって。ルナは勉強大丈夫だけど、陽菜と思音は問題だよなあ……」
自分の超絶トンデモ授業を棚に上げて、現代日本生存研究会顧問がお気楽な受験指導を開陳しだした。
「まず最初のレッスンね。いいこと、受験で大事なのは、なんと言ってもカンニングペーパーだよ」
「教師がそんなイカサマ伝授して……」
「これが極意なんだって! カンペを作るってことは、教科書一冊を紙切れ数十枚にまとめ直すことじゃん。その過程で、歴史の流れとかを凝縮した形で脳に投入できるわけよ。で、受験直前に、それを読み返せば、脳内栄養濃縮ジュースも同然。もちろん試験中に使っちゃだめ。それじゃ本気のカンニングだから」
「絵里は使わなかったんだな、本番で」
「あ、あはははははーっ」
「汗かいてるじゃん、絵里ったら」
「陽菜は、絵里ちゃんが受験にサイキックドーピングも使ったと思うな。少しは能力残ってるんだし」
「あははははははははははは」
「絵里が壊れたー」
なにか口からでまかせの言い訳を絵里がしようとした、まさにその瞬間。引き戸をガタピシ言わせて、女子生徒が入ってきた。
「あ、あの……。ここ、現代日本生存研究会の部室ですよね」
緊張した顔で、あたりまえのことを言う。
「部室ってか、厳密には研究室だけど、なに?」
閉鎖サークル「現代日本生存研究会」に、来客は稀だ。驚いたあかねが、いつもよりオクターブ高い声で受け答える。この調子なら、オペラでソプラノ取れるな。
「……ちょっと、相談があって」
「相談? わかった、任せて。ねっ、この美里先生に話してご覧なさい。全部解決。解決解決、解決美里頭巾よ。あはははははっ」
「カンニング&ドーピング疑惑」の窮地から脱してほっとしたのか、ことさら大声で笑ったりして。――絵里お前、のどちんこ見えてるぞ、はしたない。それになんだよその古臭いたとえ。さすが八年早く転生しただけはあるな。
「その……、一年A組の入船真弓と言います」
勧められたボロ椅子に座ってコーヒーをひとくち飲むと、女生徒が話し出した。ちょっとおとなしそうだけど、かわいい子だ。
彼女は、トンデモない相談を、俺達「現代日本生存研究会」に持ち込んできた。




