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「絶望パーティー」六人の出会い

「まずリーダーを決めましょう」


 安宿屋の薄汚い食堂で、小生意気そうな女が言い出した。ルーナという名だ。鋭い瞳で、戦士には珍しく金属製の鎧ではなく、なにか特別な品らしき布で体を覆っている。


 俺はシオン。北方図書館から派遣された。邪教「イヴルヘイム」に君臨する邪神討滅のため、急遽集められた即席パーティー、それが俺達だ。中年の俺以外は、全員若い女の――というより少女くらいの見た目ばかりだが――六人パーティー。初対面で、まだ名乗りあっただけ。これからいろいろな戦略を考えるはずだが、のっけから雲行きが怪しい。


「リーダーは私、ルーナがやる。……私は西方密教のガーディアン一族で最強と讃えられている。問題はないでしょ、エリス」

「勝手にしたら? あたしの部族は、元はイヴルヘイムの傍流出身だし。そこでひどいめにあって追い出されたわけだけどもさ。邪教出身なんだから、どうせこのパーティーで誰も信用してないだろ。それにあたしはエンチャンター。後方から全員をむりやり戦わせる役だからさ。嫌われて当然」


 エリスというダークエルフのエンチャンターが、錫のジョッキを一気にあおって、強い酒を流し込んだ。赤い瞳が、炎のように強く輝いている。髪も燃えるような赫毛だ。


「エリスは邪教徒……イヴルヘイムなの」


 アカネとかいう、東方から来た女が睨みつけた。茶色の瞳。多くの「隠し」をしつらえた革ジャケットを身にまとっている。オリガミ使いだから、おそらく魔術紙を収めているのだろう。


 イヴルヘイムは邪教だ。モンスターや悪鬼、堕落人類を束ね、人魔大戦を起こした究極の悪。人魔大戦は長きに渡る。人類やエルフの地が焼かれて略奪され、すでにこちら側の二割もが虐殺されていた。


「あたしの両親は、エリス、あんたらイヴルヘイムへの協力を断って拷問され、首を刎ねられた。絶対に許さない」

「ふん。アカネか……。聞いた名だ。世にたったひとりの『オリガミ使い』だな。ならあんたがやんなよリーダー。あたしは部族の長に命令されたから参加しただけ。勝手に嫌えばいいじゃん」


 エリスは、またジョッキをあおった。たった三口で大きなジョッキを空にして、追加を注文している。大男の獣人給仕が、面倒臭そうに頷いた。


「それに、あんたたちはわからないだろうけど、あたしはイヴルヘイムに所属していたから、奴らの恐ろしい内部を知ってる。どうせ総統だの邪神だのまで辿り着けるわけがない。あたしたちは皆、死ぬ。戦いで野に倒れるのか、捕らえられて拷問の果てに地獄行きか。だから誰がリーダーだって、同じこと。かまやしない」

「エリス。死ぬとか失敗するとか、やってみないとわからないでしょ。それでなけりゃ東方の、あたしの親は浮かばれないわ」


 オリガミ使いアカネは、ムキになって反論した。


「失敗に決まってるじゃん」


 エリスは言い切った。ダークエルフならではの、深い瞳が輝いている。


「知ってるだろ、あたしたちみたいなパーティー、何百も放たれてるの。ホムンクルス相手の大規模正規戦で押されて滅ぼされる寸前だから、少人数のゲリラで直接向こうの中枢を叩くなんて夢物語にすがってるのさ。成功すると信じてたら、百も二百もバカを送り出さないだろ」


 刺々した空気が、パーティーの間に漂った。


「そっちの女は? 意見はないの?」

「ミュジーヌは、リーダーなんか誰でもいいな。だって大事なのは戦闘だもの」


 かわいらしい感じの娘、ミュジーヌが、どうでもいいといった口調で答えた。その外見に似合わず、着ているのは無骨な傭兵の着衣だ。一族の紋章が、革に焼きつけられている。


「リーダーが阿呆だと、すぐ地獄行きだよ」

「別にぃー。死ぬのはどうでもいいし……ちょっと痛いだけだよねーっ」


 名物の丸い菓子をくるくる回して、ぱくりと食べる。


「無駄だよ、ルーナ。その子は根っからの傭兵だもの」


 エリスが口を挟んだ。


「……ああ、始祖が『魂が宿った武器』だったっていう、例の氏族の」

「ミュジーヌ、たしかあんた、天才なんだって?」

「ミュジーヌ知らない。だって戦いなんて嫌いだもん」

「なに、この娘。ヘンな傭兵ね」

「変わってるんだよ。一族が両陣営に分かれて戦うのも普通らしいし。それで仲違いしないんだから」

「それにたしか……いつの日か始祖を召喚するのが一族の目的だとか」

「『はじまりの剣』って奴ね」

「どうでもいいでしょ、そんな噂は。それよりリーダー決めないと。そっちの……北方図書館のふたりはどうなの。おっさんと子供」

「わ、私は……」


 助けを求めるように、ソオルが俺を見た。俺専用の武器でもあるソオルが、どこまでも深い群青の瞳で俺を見つめている。


 ソオルは「書物詠み」の一族だ。自らが書物となって武器化する能力を持つ。彼女の一族は、北方の辺境図書館で代々書物管理をしていた。俺は、思い出したくもない獣のようなみじめな放浪の果て、くたばる寸前にソオルの父親に助けられた。そのとき、初めて彼女と会ったのだ。


「俺達は、戦いは嫌いだ」

「やーだ、こいつらもかよ」


 白けた口調で言うと、エリスが、脂っこい肉を手づかみで口に放り込んだ。


「なにさみんな。そんなんじゃ勝てるわけないでしょ」


 オリガミ使いのアカネは、どうやらけっこう真面目なんだな。ダークエルフの厳しい歴史のせいだと思うが、エンチャンターのエリスは自暴自棄になってる。ガーディアンのルーナは使命感に燃えているようだが、ちょっと自己中心的か――。


 放浪で身についた処世術か、俺は他人の性格を読むのが得意だ。俺はもう中年だ。連中は俺のひとまわりかふたまわり下。その意味でも、よく見通せる。ダークエルフのエリスだけは、俺の何倍も生きてるだろうけど。ただ見た目は少女だ。子供じみた傭兵、ミュジーヌについてはキャラが特異で、まだどうにも見透かせないが……。


 ダークエルフのエリス以外は、全員ヒューマン。ウェアウルフとかの鼻の利く獣人がいないスカウトパーティー、つまり斥候編成は珍しい。男だって俺だけだ。編成バランスが悪いのは仕方ない。なにせ急造だからな。その分、それぞれの性格を生かして、戦いの戦略を編み出していかねばならないだろう。


 一同を見回してから、俺は口を開いた。


「……でも、負けるのはもっと嫌いだ」

「だから?」


 興味なさげに、エリスがまぜっ返す。


「だから全力を尽くす。なるだけ戦闘せずに敵陣に進む。俺は孤児だ。両親は顔も覚えていない。おそらくイヴルヘイムに殺された。物心つく頃には、もうそこらを這いずり回ってた。生き残るために砂漠で水源や虫を探し、獣や魔物、危険な人間を、すべての感覚を駆使して避けてきた。……今回も、そうやって淡々と進めばいい。ここにいる六人は、たしかにそれぞれの一族で、突出した実力を持つ使い手だろう。それでこそ選ばれたわけだからな。でもこの長い旅では、むやみに戦っちゃだめだ。敵に情報が広がるし、自殺行為でしかない」

「……続けて」


 探るように、アカネは俺の瞳を覗き込んでいる。


「全員、辛い過去があるはずだ。でもこの際、イヴルヘイムへの復讐だとか恨みとかは忘れるんだ。頭と心を空っぽにする。ときには回り道して平和な海に遊び、旅を楽しんだっていい。しずしずと悟られないように中枢へと進み、いよいよ最後の戦いのときに、俺達の恨みも、苦しみも、悲しみも、全部ぶつければいいじゃないか。イヴルヘイムの総統と邪神に」

「……」

「……」


 皆、無言で飲み物を味わった。店の隅で、酒に酔った商人と女衒ぜげんが言い争っている。


「ふん。これでいいや、リーダー。――そこの生意気な女に任せると危険そうだし」


 沈黙を破ると、アカネが、俺を顎で示してきた。


「なに、あなたやる気?」


 ルーナは立ち上がった。剣に結ばれたアクセサリーが、金属性の高い音を響かせる。


「ほら、冷静なフリして、実は頭に血が上りやすいし。ケンカの前に聞こうじゃん。そっちはどう思ったのさ」

「あなたはムカつくけれど……。私は……」


 ルーナが眉を寄せて俺を見た。注意深く、ゆっくり口にする。


「……私も、それでいい。私たちはスカウトパーティー。攻撃力より行動力や隠密性に重視を置いた編成だから、敵地をだましだまし抜けて行くには、たしかに男の知恵と力が必要かも。このパーティーに男はひとりだし。それに最年長で放浪経験も豊富だから、スカウトのリーダーには向いていると思う」

「エンチャンターは?」

「言っただろ。あたしはリーダーなんて誰でもいい」


 気だるそうに、エリスは長い赫毛をかき上げた。


「傭兵の娘はどうなの。ミュジーヌだっけ」

「ミュジーヌは戦いが嫌いだよ。だから避けて進んでくれるなら、その人がいい」

「ソオル――図書館の女はおっさんの武器だから反論もないだろうし。じゃあ決まり」


 アカネは立ち上がった。


「乾杯しましょ、あたしたち『絶望パーティー』に。いつか荒れ野に倒れ果て、しゃれこうべに草が生えるまで、共に助け合い、戦い抜くと誓って」


 傷だらけで大きさもまちまちな酒器を、各々手に取った。強い酒、弱い酒、発酵蜂蜜、果汁、そして獣の乳。


「乾杯。あたしたちの戦いに」

「乾杯。荒野をさまよう、父祖の亡霊に」

「乾杯。『はじまりの剣』に誓って」

「乾杯。邪教に倒されたすべての人の血に」

「乾杯。北方図書館の護り精霊導くまま」

「乾杯。俺達の絆に」


 皆がぐっとあおる。酒器を食台に叩き置く音がばらばらに響いた。その後、誰もなにも話さない。しかしそれは決まりの悪い沈黙ではない。魂の支え手同士の、親密な空間を物語るものに、すでに変わっていたからだ。


 こうしてその始まりの日、俺達は不揃いの絆を手にしたのだ。どこまでも長く続くことになった、その絆を。ニホンという異世界に転生した後までも。

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