第九話 魔王様、諍いですか?
俺が冒険者となって、三日目の朝が来た。
陽が上ると共に俺は目を覚ました。日を遮るものがほとんどないので、起きざるを得ないのだ。
風の音がうるさく感じられた。そんな吹き曝しの中で、俺は朝の冷たさを感じる。
今が温かい季節で助かった。ここは四季が色濃く出る地域らしく、今は比較的暖かい季節ということだった。変身した身体であっても、ベースは人間そのもの。気温もほぼ、感じ取れてしまう。
詰まるところ、俺が寝ているのは馬小屋だった。
ギルドの職員であるマリナに最低限の金銭で泊まれるところが無いかを相談したら、
「あの……その、冒険者が文無しになった時に泊まれる場所として……馬小屋があるのですが……、そこで良ければ」
と三日前に紹介されたため、依頼、俺はそこで寝泊まりしている。
マリナからはその時、再度、転職を勧められた。
まあ、現状を考えればそうだろう。俺の冒険者ランクである「冒険者見習い」は言わば、『魔物と戦わせるわけにはいかない実力』を指すらしい。
ちなみにこのランクと判断された者が転職をしないケースは初であるそうだ。
「くくッ……この俺が、馬小屋で寝泊まりをするなんてな……」
思わず笑みが零れてしまう。部下であったグレゴリウスをはじめ、幹部連中が聞けば、おそらく卒倒してしまうことだろう。
だが、俺にしてみればこれで構わなかった。
元から贅沢な暮らしなど望んではいない。貧乏でもゆったりとした暮らしこそ、俺が望むものなのである。
さすがにこれから先、何年も馬小屋暮らしをするつもりはないが……、このゼロからスタートというのが、逆に新たな生活を始めた感があって良い。
――――とまあ、俺自身は現状をポジティブに捉えていたのだが、
「おい、見習いのおっさん! 惨めだろ、早く辞めちまえよ、冒険者!」
残念ながら周囲はそう思わないようだった。
朝日が登り、軽い身支度を整えた後、俺はギルドへと顔を出していた。
俺みたいな「見習い」でも受けられるような依頼を探すためだ。
しかし、ギルドへと顔を出した途端、俺は他の冒険者に暴言を吐かれてしまった。
初日に俺が「見習い」であることが判明して以降、ティアルカの冒険者は俺に冷たかった。
特に嫌味なことを言ったつもりはない。そもそも人間に嫌味なことを言うほど、俺は暇でもないし、彼らに対し悪感情もない。
だが、ある初日の一件が、この状況を招いていた。
――――
「なあ――――おっさん」
俺が「冒険者見習い」というランク決定をギルドから貰った直後、冒険者の一人より話しかけられる。
それは先程まで偉そうにしていた冒険者の男であった。
「なあ、おっさん。お前、今すぐこの村から出てけ。その歳で冒険者とかどれだけ無謀なのか分かっただろう? テメェみたいな糞が冒険者を名乗ったら俺達まで馬鹿にされんだよ。例えそれが見習いであってもな」
「ど、ドルガさん! ギルド内では……その、出来れば暴れないようにお願いしたいのですが……、それに、その……他冒険者に対しての脅迫はギルド内規定に違反して――――」
「あぁ!?」
おっかなびっくりながら粗暴な振舞いを注意するギルド職員のマリナに対し、冒険者――ドルガと名乗る男は睨みつけてみせる。
「ギルド職員だか何だか知らねぇけど、この村を守ってんのがどこの誰だと思ってんだぁ!? 俺にこの村を出てって欲しくなかったら引っ込んでろ!」
「ええと……」
それ以降、何も言えなくなったマリナは黙りこくってしまう。
「なぁ、おっさん! テメェが居なくなればこの騒ぎもすぐに終わるんだよ! 早く居なくなってやれよ、なぁ! ほらぁ、ギルド職員も困ってんだろぉ!?」
ドルガはこちらを睨みつけ、凄んで見せる。
脅迫どころか、自分のかけている迷惑を他人に擦り付けてみせるとは恐れ入る。
……こいつは少しばかりお灸を据えておく必要があるか。
俺はドルガへと向き直った。
先の言い分を聞いている限り、こいつは冒険者としてそれなりに格があるらしい。だが、所詮は前線から離れたこの村でくだをまいているような雑魚。
少しばかり、「教育」してやるくらいはどうってことはないか……。
「へぇ……俺とやりあおうってのか? 見習いとかいう雑魚中の雑魚の癖によぉ! お前、俺がどの程度のランクか知っているのか!?」
「知らないな。興味もない」
「くひひ! 上等だよ……新人は早めに締めてやんねぇとなぁ!」
ドルガは腰から剣を抜いた。刀身が波打っている。フランベルジュとかいう剣だったか。
「知っているか? これで斬られた奴は治療できずに傷口から壊死してくんだぜ! 治癒魔法でも使えれば話は別だが……お前みたいな魔力ゼロの雑魚が使えるわけもねぇ! 斬った後は村中の奴に言っとくぜ? 『お前を助けるな』ってなぁ! ……くくッ、イキった態度を取ってっからこうなんだよ! じゃあ――――」
「待ってください!」
どう料理してやろうか、と考えていた最中、俺の前に立ちはだかるようにマリナが飛び出してきた。
「冒険者同士の死闘は禁じられています! 剣を修めてください!」
「おい、どけ、小娘! お前もこの剣で斬られてェか!」
「か、構いません! ですが……そうなれば、貴方のこの行い、ギルド本部に報告します。そうなれば貴方は冒険者を続けていくことは不可能ですよ!」
「くくッ……良いのか? 俺はこの村で一番ランクの高い、Bランクの冒険者! 今までだって何度も強力な魔物を倒して、この村を守ってきただろう!? 俺がいなくなったらこの村も困るんじゃねぇのか!?」
「……か、構いません! そうなれば私が責任を持って高ランクの冒険者をこの村へと派遣してもらうように努めます」
「ホントかぁ!? 新人のギルド職員ごときにそんな力があると思ってるのか!」
「……………」
ドルガが捲し立てる中、マリナは無言のまま、立ちはだかっていた。
暫くマリナを睨みつけた後、ドルガは「ちッ」と舌打ちしつつ、剣を修める。
「命拾いしたなァ、おっさん! だが……このままこの村で何の問題もなく冒険者稼業を続けていけると思うなよ!」
そう言ってドルガは踵を返すと、元の席へと戻っていった。
ドルガが席へと座った途端、マリナは腰を抜かし、ペタンと床へと座り込む。
「どうやら世話になったようだな」
俺は座ったアルカを助け起こしつつ、言う。
ここまでされては……ドルガへの「教育」も、保留とするしかないだろう。
「いえ……ギルド職員として、その、当然のこと、ですから……」
そう言って笑おうとするマリナだったが、その顔は引きつっているのだった。
――――
この一件以来、俺はドルガの取り巻きから蛇蝎のごとく、嫌われているようだった。
まあそれは当然だろう。むしろ疑問なのは、当のドルガだった。
あの一件以降、俺に何の接触もしてこない。
取り巻きの冒険者による俺への威嚇を、ただ遠巻きに眺めているだけだったのだ。
この前のように向かってきてくれればやりようがあるのだが……。
それにドルガと会うのはギルド内でのみ。
ギルド職員がいる手前、ギルド内にて俺から奴に突っかかるのは止めておきたいところだ。
なにせ俺はギルド職員に対して、借りができてしまっている。
取り巻きの冒険者による罵倒を躱しながら、俺は受付へと向かう。
「サタンさん! どうも、おはようございます!」
今日も今日とて受付に座っているのは、俺が借りを作っている相手、マリナだった。