第八話 魔王様、冒険者ランクですか?
魔王様が嘘偽りなく、全力を出す回です。
「ちょっと良いか? 冒険者を志望したいのだが……」
俺は受付に座っていた女へと話しかけた。
人間の齢にして二十歳中頃くらいだろうか。顔立ちはそれなりに整っていて、男にモテそうな外見をしていた。
ボーっとしていた彼女は、俺の言葉に我へと返り、話し始めた。
「あ、はい! 冒険者の登録ですね、はい、すいません!」
「……別に謝らなくても良い」
「あ、いえ! すいません……冒険者の登録は久々でつい……、来たとしても大体、あちらの冒険者さん達に煽られて帰っちゃうんですよね……あはは」
苦笑いしつつ、受付の女性は言った。どの顔には苦労が滲んでいるようにも見える。
……どうもこの人も冒険者の扱いには苦労しているらしい。
まあ、あの冒険者たちの様子を見ればさもありなんと言ったところだろう。
女性は俺を少しばかり眺めつつ、そして言った。
「私はこの冒険者ギルド、ティアルカ支部で受付全般を担当しております、マリナです。以後お見知りおきを」
女性、もといマリナは丁寧に頭を下げた。
やはり挨拶は大事だ。例え相手が人間であっても一応の敬意を払いたくなる。
「俺はサタンだ。宜しく頼む」
「あ、はい。宜しくお願いします、サタンさん! では、ええと……早速のことでその、失礼なのですが、今から冒険者を始めるにしては大分お歳が……、今の年齢とかって聞いても問題ないですか?」
その質問に俺は少しばかり逡巡する。
この俺の外見からするに……大体――――
「三十五歳だ」
まあ、このくらいの年齢としておくのが無難だろう。
「三十五歳……ですか。冒険者を新たに始めるにしては大分……あ、いえ! すいません! 馬鹿にするつもりは! それにダンディズムって私は素敵だと思いますし! で、でも……その、やっぱり若い人に比べると評価にハンデが……」
「承知の上だ。問題ない」
どうやら冒険者は若者の職業であったらしい。これは少々リサーチ不足だった。
いや、まあ、よく考えてもみればそうだ。歳を取ってなお、命を危険に晒すような仕事に就いているのは珍しいのだろう。それが今から始めるのであれば尚のことだ。
……若者の外見に変えた方が良いだろうか。いや、これも経験だ。壁にぶち当たったからと言って逃げていては、魔王の名が廃る。
「あ、それとも……もしかして一度冒険者を引退して再度、冒険者を始めるってことですか? それならランクも引退した時のものをある程度反映できるのですが……」
「いや、冒険者をするのは初めてだ」
俺は正直に答える。嘘を吐いたところで見抜かれるのがオチだろう。
「そ、そうですか……。今まで何かされていたことは? 冒険者に近い職業……例えば、衛兵とか兵士とか……そういう戦闘職っぽいものであれば、冒険者ランクも上位から始めることが可能なのですが……」
「いや、そういうのは……。それより冒険者ランク?」
「あ、すいません! 冒険者ランクというのは冒険者の格付けみたいなものです。登録するに当たってこれらのランク付けをしておくことで、皆様にはご自身にあったギルド依頼をすることが可能となっています」
「低ランクの冒険者で、難しい依頼をこなすことはできないということか?」
「まあ……そういう事です。より正確に言えば紹介が来ないと理解して戴ければと。偶然、他冒険者と共に高ランクの依頼をこなした場合は、共に報告することが可能です」
「なるほど」
つまりは高ランクの方が依頼を受けるに当たっては都合が良いということらしい。
俺であればまず間違いなく高ランクの依頼でも熟せるのは間違いないが……、ただ、まあ目立ちすぎるのは問題だろう。
「一つ尋ねたいのだが……冒険者ランクの段階とは、どうなっている?」
「はい。冒険者ランクはAからFまで、となっています」
「Aランクは国内にどれぐらいいるんだ?」
「Aランクですか? えーと……確か百人もいなかったはずですが」
「百人か……いや、ありがとう」
百人しかいないのであればかなり注目されてしまうはずだ。
少なくともA、Bランクというのはマズイ。D、Cランクくらいがベストだろう。
「では、俺はどのランクに当たるんだ?」
「それはええとですね……」
マリナは奥へと引っ込むと、すぐさま取って返してくる。
その手には水晶を抱えていた。
「サタンさんは今まで冒険者の経験がなく、さらには実力を証明する経歴もなし、あと新たに冒険者を始めるにあたっては大分お歳のようですので……、期待値というのも上乗せできません。この水晶による鑑定がランク決定の基準となります」
「水晶での鑑定? これは一体どういうものなんだ?」
俺が尋ねると、マリナはハキハキと答えた。
「ええ。この水晶は特殊な鉱石で作られており、手をかざした者の魔力を図ることができます」
「魔力だけで強さを図るのか」
「ええ、まあ……。我々ギルド職員は戦闘については素人も同然ですので、剣技などを見せられたところでその人がどの程度の強さかは分かりません。
それに、スキルや使用魔術などを教えるのは冒険者にとってリスクに繋がりやすく、加護や祝福に至っては知られるだけで敵に不利になるようなものも多いです。
よってそれらをギルド職員が聞くこともできません。こちらがそれを周囲に漏らすようなことは決してないのですが……、まあ万が一ということですね。
そこで知られても問題の少ない魔力鑑定を強さの基準としているのです。
幸い、スキルや使用魔術、加護、祝福もそれなりの魔力がなければ成り立ちませんから。強い人ほど魔力は多くなるの普通です」
「なるほど。理解した」
魔力を図ることでランクを決定する理屈については理解した。
ただ、俺はどれだけ手加減すれば、俺の求めるC、あるいはDランクになれるのだろうか。
ちなみに俺は現時点でかなり魔力を抑えている。でなければ、こんなあばら家のような建物も魔力で吹き飛んでしまいかねない。
今の俺は周囲に影響を与えないように全力の一割ですら出していない。これはまあ、人間の領土で生活するにあたっての最低条件だろう。
「では、水晶に右手を翳してみてください。あ、当然、魔力は思い切り右手に集めても構いませんよ?」
そんなマリナの言葉とは裏腹に、俺は魔力を現状のままで抑えつつ、水晶に右手を翳した。
一割ならば魔力が大きくなり過ぎるということもあるまい。
これで精々、Dランク相当の魔力になっていれば丁度良い。足りない分はちょっとずつ足して、Cランクに持っていけば十分だ。
「はい、ではサタンさんの魔力は――――え?」
マリナは唾を飲み込んだ。
「ちょ、ちょちょちょ待ってください!? こ、これは――――こんな、え?」
マリナは眉間に皺を寄せて、信じられないと言わんばかりの表情を浮かべる。
水晶はいつしか目が眩むほどの光を放っていた。
「こ、こんな……まさか、あなたAランク、いやそれ以上――――」
マリナがそんなことを呟いた。
――――マズイ。俺の一割程度の魔力で……まさか、Aランク魔力相当に達しようと言うのか。
つうか人間ども、どれだけ弱いんだ!
そして、そんな俺と対峙することができるほどの実力を誇る勇者が、人間の中で一体どれほど飛びぬけているというんだ!?
俺は一気に魔力の放出量を引き絞る。全力で魔力を放出することはあれども、魔力を引き絞るという経験はしたことがなかった。
俺はそもそも隠密に動くという経験がほとんどない。魔王である以上、常に大きな魔力で相手を威圧しなければ。そうでなければ他の魔族にすらも舐められかねない。
常に全力。それは魔王として当然の責務である。
よって俺は初めて、魔力を限界まで引き絞るという経験をしなくてはならなくなった。
大量の魔力を生んでいるであろう魔力回路を引き絞る。息が詰まりそうで、吐き気を催した。
人間で言うなれば心臓を止めているほどの無茶に相当するのだろう。
だが、そうしなければ俺はここでの暮らしを早々に終わらされてしまう。Aランクになって持て囃されてしまっては魔王であった頃と何も変わらないではないか。
俺は誰に構われるでもなく、静かに暮らしたいのだ。忙しいと感じる日々はもうコリゴリである。
そんな風に必死に魔力を引き絞った結果――――
「え、えーと……あ、やっぱりさっきのは水晶が誤作動していたみたいですね。今は……え、えぇと……言いづらいのですが、搾りかすみたいな魔力しか感じません。いや、これ、……魔力、あるんですか?」
水晶はさっきの白々しい光を失い、今はただの石ころのようであった。
どうやらやり過ぎてしまったらしい。
「あのもしかしたら……その、水晶が故障しているかも知れないので……、もう一回他の水晶で検査しましょうね」
「良い。この結果で構わない」
「え? あの、でも……この結果ではFランク……、いえ、それ以下の冒険者見習いというランクから始めるしか……」
マリナは困惑した表情を浮かべる。
彼女の様子を見る限り、それがマズイことは分かった。
だが、魔力を引き絞るのはもうたくさんだった。正直、もう一度あれをやれと言われたら、出来ないかも知れない。つうか単純に疲れるので嫌だ。
それくらいの全力で、力を隠したのだ。
「えっと……じゃあ、サタンさん。貴方の冒険者ランクは……その、冒険者見習い、です。その……良ければ、今からでも他の仕事を探しませんか? 微力ながら私もその……力になりますよ?」
お世辞ですらも「頑張って」と言えない様子になったマリナ。
そうして俺は冒険者最低ランクである「冒険者見習い」という底辺からのスタートとなってしまった。