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第六話 魔王様、お礼ですか?

 俺はアスラルドに尋ねる。


「これ以上聞くと後悔することになると思うが……」


 その俺の言葉に、アスラルドはかぶりを振った。



「なら良い。俺は命を懸けてまで好奇心を満たそうとは思わない」


「懸命だな。……では、俺からも一つ良いか?」

 アスラルドの少しばかり強張った表情を見つつ、俺は言った。



「お前、何故こんなところで山賊稼業などをしている?」

 俺は人間になぞ、興味はない。


 だが、人間側の弱点を知れるのであれば話は別だ。


 この雄――アスラルドは馬鹿ではない。頭も回るし、危険に自ら飛び込む愚を犯さない。

 本来ならば、山賊などという底辺稼業に堕ちないほどの実力を備えている。


 ではなぜこんなところにいる?

 俺がもしも人間側であったのならば、有能な人材を遊ばせておく余裕はない。


 今、現在、人間側の被害は大きいはずだ。

 何故なら数ある有能な勇者を俺たち魔王軍が屠ってきたからだ。


 アスラルドは勇者ほどの有能さを持ち合わせてはいないものの、こちらの戦力を削れるだけの一兵としては十分な実力を持っている。


 しかも、聞けば元・宮廷騎士だと言う。

 こいつは少なくとも一度、表側の舞台に立っていた。つまり評価されるはずの舞台に立っていたのだ。


 アスラルドは俺の問いに、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。



「……お前、今の宮廷の現状を知っているか?」


「いや、特には」


「あいつらは……糞だ」

 アスラルドは吐き捨てるように、そう言った。



――――




 アスラルドは元々、才能ある若者だった。



 生まれつき《隼の加護》と呼ばれる特殊な加護を持ったアスラルドは剣士としての才能を開花させる。一農村の出身であった彼が宮廷騎士にまで認められたのはその為だ。


 病弱だった母を抱える中、宮廷騎士の地位を手に入れたアスラルドは喜んだ。

 父を早くに亡くしたアスラルドは、育ての母である彼女を大事にしていたからだ。


 これで病気を治療するための薬も手に入る。そう思っていた。


 しかし、それは甘かった。

 一農村の出身――平民でしかない彼が、認められるのは至難だった。



「どういうことですか!?」

 そう上役である兵長に問い質すのは若き日のアスラルド。


「私の給与は他の者に比べて何故こんなにも低いのですか!?」

 激高するアスラルド。

 アスラルドの受け取った日々の給与は、他の同年代の宮廷騎士に比べてもはした金と言えるだけの額しかなかったのだ。


「不満か、アスラルド」

 兵長の言葉に、アスラルドは頷いた。

 当然だ。アスラルドの働きは他の者と比べても群を抜いていた。


 強さこそ宮廷騎士の中では平均的であったが、熱意については誰にも負けないほどのものがあったからだ。

 朝も夜もなく、働き、かなりの貢献をしてきた筈だ。


 それに実力も段々と成長していた。このまま行けば、兵長にも迫るだけの実力がある。驕りでも慢心でもなく、アスラルドにはそれだけの伸びしろがあったのだ。


 しかし、兵長は言った。


「貴様は農村の出身だったな」


「……ええ」


「農民よりも余程立派な給与を貰っているとは思わないのか?」


「……なッ!?」


 確かにアスラルドは農民に比べれば、多くの給与を貰っていると言える。

 だが、努力を重ね、やっとの思いで宮廷騎士になった自分が、他の宮廷騎士よりも遥かに劣る給与を貰っていることには我慢がならなかった。


 故郷に残してきた病弱の母の治療には、もっとたくさんのお金がいる。

 これではまだ足りない――――もっともっと、多くのお金が必要なのだ。


 にも関わらず――――この現状。アスラルドが不満を抱くのも当然だった。


 だが、

「アスラルド。私は貴様を評価している。今後の働き次第では昇進を考えてやっても良い」

 兵長の言葉に、アスラルドは渋面を浮かべた。



「違います! 私が欲しいのは正当な報酬! 昇進は嬉しいですが……しかし!」

「…………。所詮は山猿か」


「…………え?」


 アスラルドは一瞬、何を言われたか分からなかった。

 しかし、兵長は言葉を続けた。


「農村出身の貴様が《隼の加護》に恵まれたのは幸運だろう。しかし、所詮は平民。家督も地位もない貴様が宮廷騎士をやっているという名誉。これだけで給与以上の価値があるとは思わないのか」


「…………ッッッ」


 兵長の言っていることをアスラルドは理解した。

 

 兵長は「名誉だけで我慢しろ」と言っているのだ。

 アスラルドは下唇を噛む。確かに農民である自分が、宮廷騎士に選ばれるなど異例だ。


 加護や祝福の類は本来、親から子へと受け継がれる。故にアスラルドが加護を持ったのはただの偶然である。

 だが、それで納得しろという方が無茶だ。


「では、こうしよう」

 兵長は思いついたかのように、言った。


「次の模擬試合で、貴様が勝利すれば給与について今一度検討しよう」


「……その言葉、忘れないでください」

 アスラルドはそう言って、兵長の元を去る。


 宮廷騎士はその実力を落とさないために、定期的に模擬試合を行う。

 模擬試合でのアスラルドの勝利は四割程度。だが、悪くない賭けだ。


 ――――誰が相手であっても、例え兵長相手であっても絶対に勝つ。

 

 その気概で当日の模擬試合へと臨んだ。



 そして結果は――――惨敗だった。


 相手は宮廷騎士ではない、知らぬ男であった。

 しかし…………、強すぎた。所詮は一つの加護しか持たぬアスラルドが必死に戦ったところで、彼に一本ですらも入れることは叶わなかった。


 彼は俺をコテンパンにした後、言った。



「駄目じゃないか、アスラルド君。僕は言われたんだよ、君の上司にね」


「…………何を」


「『農民出身でありながら生意気なことを言っている者がいるから根性を叩き直してくれ』と。僕ほどの強さがあるのであればいざ知らず…………君程度ではね」


 そう言い残し、彼はアスラルドの元から去っていった。


 後日、彼が有名な『勇者』であったことを知った。

 多くの優秀なスキルを持ち、加護や祝福にも恵まれた彼にアスラルドが勝てないのは当然であった。


 その勇者はアスラルドとの一件でたくさんの礼金を貰って、魔王討伐の旅に出たという。



 この模擬試合から一年の月日が経った頃、アスラルドは母が病気で亡くなったという知らせを受け取った。


 許せなかった。宮廷騎士もそして――――勇者も。

 この後、アスラルドは宮廷から財宝を盗み出し、お尋ね者になった後、山賊へと身を堕としたのだ。




――――





「お前が何故こんなところにいるかは知らないが強いってことはお前も優秀な家柄の出身のはずだ。どうだ? お前も軽蔑するか? 名誉で満足できなかった俺を……」

 アスラルドは自虐交じりにそう口にする。


 そんな彼に向かって、俺は言った。



「下賤だな、下の下」


「……やはりお前もそう思うか」


「勘違いするな、下賤なのはその兵長と勇者の方だ」


「え?」

 アスラルドは意外そうな表情を浮かべた。


「家柄や地位で判断するのが悪いとは言わない。家柄や地位は言ってみれば責任だ。家柄や地位に縛られるからこそ、その者は身勝手な行動や責任のない言動をしなくなる。しかし、だからこそ正当な評価や給与を与えねばならない。名誉などという不確かなものを有難がるのは人間の特徴だが……くくッ、ここまで腐っているとはな。名誉や使命感を人に押し付けてはいけないと何故気付かない?」


 恐怖だけでは、部下を従うことはできない。


 カリスマだけでは、部下を縛ることはできない。


 名誉だけでは、部下は動かない。


 責任だけでは、部下は働かない。



 だからこそ、それに見合った報酬を用意する必要があるのだ。


 見返りがあるからこそ、その者は懸命に努力する。それは魔物でも人でも、知恵ある者は皆、一緒だ。

 なればこそ、上に立つ者は部下の生活を保障する義務がある。


 それを怠った者に上司としての資格はなく、また、そんな者を放置している国にも未来はない。



 くくッ……これは朗報だ。この現状を放置しているようでは魔族が人間に敗北する日はまだまだ遠いようだ。


 結局、上司だけでは成り立たないのだ。優秀な部下がいなければ、組織は成り立たない。

 そして優秀な部下を育てるためには、上司の努力が必要だ。



 …………まあ優秀な部下を育ててなお、それを活用しきれなかった俺がそれを言う資格は無いかも知れないが。



「では……そろそろ行くとしよう」

 偶然にも人間側の現状を聞くことができた。魔族の発展のためにも人間には、いつまでも自滅の一途を辿っていて欲しいものだがな。



「ま、待ってくれ!」

 俺が立ち上がり、その場を去ろうとする中、アスラルドが俺を呼び止めた。



「あんた、名前は?」

「名前、か……」

 そう言えば決めていなかった。

 さすがに「魔王」と名乗るわけにはいかないだろう。


 俺は百年以上も前に呼ばれていた名前を言った。


「サタンだ」


「偽名か?」


「…………」

 俺はそれには答えない。


 もちろん、偽名だ。相手が誰であっても真名を知られるわけにはいかない。


 だが、この偽名を知っている者はほとんどいないだろう。

 俺は魔王軍では魔王と名乗っていたし、部下もそう呼んでいた。人間相手にサタンを名乗ったことはない。いや、例え名乗っていたとしても俺はおそらくそいつを殺している。


 この名を人間が知っていたところで俺が魔王だと気付くことは無いだろう。


「サタン。俺は正直、この国が憎かった。だから山賊なんてモノをやっている。貴族はぶち殺してやりたかったし、他の奴らも似たようなもんだ。だが……」

 アスラルドは言った。


「あんたみたいな人がいるってだけでも知れて良かったよ。ありがとう」

「礼なぞいらない」

 これは本心だ。それに事実を言っただけ。

 


 人間はやはり、どこかおかしい。


「――――ところで」

 俺はもう一つ尋ねたかったことがあるのを思い出した。


「その勇者とやらの名前を聞いて良いか?」

「……? 別に良いが……」

 アスラルドは話に出てきた勇者の名前を口にした。


「くくッ……なるほどなぁ、ありがとう」

 俺はその名前を聞いて、思わず笑みを零してしまった。


 そいつは俺の部下に挑み、そして俺の命令で屠られた者の名前だった。


「知り合いか?」

「いや……、ちょっと会ったことがあるだけだ」


 ほんのちょっと。

 伏した彼を見下し、そして「殺せ」と命じただけのことだが。


「色々とありがとう。では」


 そう口にしつつ、俺は山賊のアジトを発った。

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