第四十九話 魔王様、握手ですか?
「……ッ、それは」
アスラルドは下唇を噛んだ。
俺は知っていた。彼らの『仕事』が順調ではないことを。
ここ最近で、この山道が危険だという噂はティアルカにも広がっていた。
以前からそんな話はあったが……それが顕著になったのもここ最近のことだだった。
この噂によって警戒度が上がったこの山道を無警戒で通るような奴はそう多くは居ないだろう。
当然、山賊稼業なんてやりづらくなっているのは聞かずとも分かること。
「それにお前らへと向けた討伐隊が組織されているのを知っているか?」
これは冒険者ギルドを通して知り得た情報だ。
この山に近いギルドではBランク以上の冒険者を対象として討伐隊の募集が呼びかけられていた。
これらで集められた冒険者と、王国軍による討伐隊が近々、この山へと入る。
それまでに手を打たなければまず間違いなく、この山賊たちは死ぬだろう。
「…………。俺達だって馬鹿じゃない。幾つかの情報網からそれがある事には気付いていた。近い内に縄張りを変えるつもりだ」
「そうか。しかし、新しい場所でまた山賊稼業が出来るとも限らないんじゃないか?」
「……何が言いたい」
「これを機に転職したらどうだ? 俺なら十分な仕事を用意してやる」
「……俺達は皆、脛に傷を持ったはぐれ者だ。見つかるだけで死刑、なんて奴も中にはいる。そんな俺達が今更、真っ当な職に就けると思うか?」
アスラルドは自嘲気味に言う。
そして、それは事実だろう。だからこそ、こいつらは山賊稼業なんてモノに手を染めている。
「俺は気にしない。それにお前らの過去なんてどうでも良い。俺にとっては役に立つかどうか、それだけが重要だ」
俺がそう言うと、アスラルドは息を吐いた。そして、こちらを真っ直ぐに見つめる。
「……どういうつもりだ?」
「どういうつもり、とは」
「何故、俺達を助けるような真似をする。お前にそんなメリットはない。そもそもその額ならあては他に幾らでもあるだろう」
「…………」
「俺達に頼んだ理由を言え。そうでなければこの仕事は請けられない」
「どうしても、か?」
「勿論だ。俺は腐ってもここに居る山賊、十三名のリーダー。俺の決断一つであいつらは死ぬ。ただ、山賊として死ぬなら仕方ない。山賊なんて糞な商売やっている以上、それは織り込み済み。畢竟、討伐隊によって皆殺しにされることすら、俺達にとっては想定内だ」
しかし、とアスラルドは続けた。
「こんな美味い話に乗って騙されて、結局死ぬのだとすればそれは別。俺はあいつらに顔向けが出来ない。だからこそ、俺はそれを聞く必要がある」
「そうか」
俺は納得した。
……まぁ正論だ。むしろここまで考えてくれるのであれば好都合だ。
それに「何かあった時」のリスクを明らかにしておくのもまた、コントロールがしやすい。
「理由は三つある。一つ目は勿論、お前らがこの仕事を熟せると思っていたからだ」
それなりの人数が居て、それを絶対的なリーダーが上手く統率している。
それに加えて荒事にも強い。職業上、危険にもそれなりには敏感だろう。
普段からサバイバルのような生活をしているのもポイントだ。運び屋は言うなれば定住しない旅人のような暮らしを強いられる。
それに耐えるのであればタフな奴が良い。
だからこそ山賊をやっているこいつらであれば適任だと思った。
「そして、二つ目の理由。これは俺に商売の知識がほとんど無いこと」
「……、それが俺達に頼むこととどんな関係が?」
「下手な柵に捕らわれないで済む」
「成程」
俺の答えにアスラルドは頷いた。
俺は組織を運営していた経験はあるが、それは金儲けとはあまり関わり合いにならない場所にある。
商売、しかも人間相手ともなれば経験は皆無と言って良い。
人間との生活にも慣れたとは言え、それでもここでは未だ世間知らずも甚だしいはずだ。
商人と言えば基本的には相手を言葉でやり込める職業。その為には多くの知識と経験がいる。
そんな奴らを相手に俺が太刀打ちすることは難しいと考えた。
だからこそ、その道に疎いであろう山賊相手の方が仕事相手としやすいと考えた。
その道に慣れた相手だと何だかんだと言って結局はこちらが損することになる。それも経験だと考えれば良いが、どうせならば最初から成功したい。
こちらとしてはそこそこの利益を上げることが目標で、大成する気ははなから無いからな。
「最後に三つ目だ。これは――――」
少しだけ間を開けた後に、言う。
「何かあった時、『処理』しやすいからだ」
この三つ目の理由が大きい。
と言うよりこの理由に比べれば先の二つは些細なことだ。
最悪の場合、簡単に処理することが出来る。
脛に傷を持ち、例え死んだとしても誰からも見向きもされないような、そんな人間。
そういう奴の方がこちらに都合が良い。
何故ならこちらの持っている力を振るっても、支障が無いからだ。
俺はアスラルドの方を見遣る。これにどういう反応を見せるか……。
「まあ当然だな」
アスラルドは冷静だった。
俺の言葉に動揺すらも浮かべていない。
こいつは聡明だ。恐らくその可能性を当然のものとして予測していたのだろう。
「……それなら俺達に依頼したのも頷ける。あんたはその力を出来るだけ周囲に隠しているんだろう? でなければティアルカなんぞに行かないだろうし、そもそもこの依頼を俺達には持ってこない。何せ俺達はあんたの力を一端ながら知っているからな」
それに気付いてくれるならば話は早い。
俺は一度、こいつらを相手にして力を少しばかり見せたことがある。
それはほんの少しではあったが、しかし、こいつらのしてみれば抵抗するのも馬鹿馬鹿しいと思えるほどの、そんな力であった筈だ。
こちらが持っている手札の内、切られたら困る『切り札』があると分かっている交渉相手。
これほどまでに与しやすい相手も他にいない。
しかもこちらはほぼリスク零で切り札を使えるのだ。
こうなってしまえば交渉はこちらにとって驚くほど、有利だ。
「……しかし、それならば一つ解せない」
「何がだ?」
「それなら俺達をもっと利用すれば良いじゃないか。報酬の額も一桁、……いや二桁ほど下げたって良かったはずだ。そうであればあんただけが得する」
「当然だな。だが」
「だが?」
「それであれば長期的にはお前らと良好な関係を築けない」
「…………ッ!」
当然、そういうプランもあった。
俺だけが利益を貪る、そう言った方法が。
もしも短期的なものであればそれで良いのだろう。
しかし、長期的に利益が欲しい場合は、この方法では続かない。
不満や体調不良、人の入れ替わりによる教育へのコストなどが嵩んだ結果、どこかで結局破綻する。
それに、
「そういうのはビジネスなんかじゃない。ただの詐欺だろう。良い働きには十分な金を払う。金を払うからこそ、良い働きをする。お前がそれを一番、分かっているんだろう?」
「……そうだな」
俺のそんな物言いに、アスラルドは微笑んだ。
「ひとまずあんたが俺達を利用したいのは分かった。しかし、俺達もあんたを利用する。……それで良いか?」
「最高だ」
俺とアスラルドは固い握手を交わした。
「じゃあ、詳しい話は出荷までの準備が整い次第させて貰う。それまで討伐隊に殺られるようなヘマはしないでくれよ」
「勿論だ。こちらも情報網を駆使して何とかやり過ごすつもりだ。……ところであんた」
アスラルドはくっくと喉を鳴らした。
「ティアルカでの生活はそれなりに楽しんでいるらしいな。以前あった剣呑さが無くなっているような気がする」
「……そうか?」
「ああ。前なら兎も角、今のあんたとなら楽しい仕事……いや、酒すら呑めそうだ」
アスラルドはそう言って笑うのだった。
ようやく再登場させられました、アスラルド。
当初から再登場予定だったのですが、思った以上に間が空いた……。