第四十四話 魔王様、伝説ですか?
「騙されたァ――――――ッ!! サタ――――ン!!」
ダンジョン内にレマの絶叫が響き渡る。
ここはダンジョン『火溜まりの洞窟』。地下深くにあるダンジョンで、大きな岩山がゴロゴロと転がっている他、すぐ下にはマグマが見えている。
燃え盛るマグマの熱によりダンジョン内の気温は常に高く、常人であればすぐにでも倒れてしまいそうだった。
とは言え【熱耐性スキル】などの環境適応系スキルはちょっとレベルの高い冒険者や勇者にとっては初歩スキル。魔王である俺ならば当然、取得している。
この『火溜まりの洞窟』はかなり強力な魔物が湧いてくる他、道も険しい。恐らくはAランク、あるいはそれ以上のレベルである冒険者、あるいは勇者でなければ攻略できないだろう。
そんな場所に俺達はやって来ていた。
そのダンジョン奥深くでエンカウントしたのは竜種であるフレイムドラゴン。
翼が無いタイプの竜種だが代わりに後ろ脚が発達しており、ニ足歩行で動き回る。
物理耐性、魔法耐性の両方に優れ、超級の火属性魔法を使いこなす厄介な相手だ。
何故、こんなダンジョンへとやって来たか。
それは勿論、このフレイムドラゴンの魔石を貰うためだ。
ティアルカから魔力感知をした際、『回復魔法を使う、強力な魔物』という条件で引っかかったのがこいつだったのだ。
どの魔石であれば回復魔具の魔石として相応しいのか。俺はまず強力な魔物による魔石を試してみることにした。
「なんで私、こんな所でドラゴンに追いかけられてんのよォオオオオ!!!」
そして現在、レマと俺はそんなレッドドラゴンに追い回されていた。
レマの隣で走りつつ、俺は彼女の質問へと答える。
「そりゃお前、旅行に来たんだから多少のトラブルくらいあるだろう」
「多少のトラブル!? 限度があるでしょ!? と言うか旅行って言えばどっかの街に行って温泉にでも入ったり、美味しいものたらふく食べたりするのが普通じゃないのぉおおお!! 何よ、これ! 多少のトラブルって言うかあんた、真っ先にこの場所にやって来ていたわよねぇええ!!!」
「そりゃ旅行の目的地がまずはここだったからな」
「何でこんなトラブルばかりの場所に来てんのよぉぉおお!!!」
「あいつの魔石が開発中の回復魔具作成に必要なんだよ」
「自分からトラブルに遭いに来てんじゃないのよ! 私、こんなのに付き合うなんて一言も言ってないんだけど!?」
「言ったじゃないか。旅行以外にも『色々』付き合うって」
「その『色々』の方がメインになってどうするのよォオオオオ!! 騙された! 何が旅行よ! 騙されたわァアアア!!!」
そんな事を言うレマに俺は呆れる。
……むしろ今まで騙されていないとでも思っていたのか。すげぇな、こいつ。
「まあまあ。アルバイトの報酬はちゃんと払ってやるし、心配するな」
「アルバイトの報酬はどれぐらいくれるの? 血液五千CCくらい?」
それはさすがに暴利すぎないだろうか。
「それはお前の頑張り次第だな」
「本当よ! 約束だからね!?」
「ああ。ちゃんと身体を張ってくれるならな」
「身体を張る!? 一体なにさせるつもりよ!?」
「まあ、色々だ」
「その色々はもううんざりなのよォオオオオ!!!」
そう言いつつ、涙を流すレマ。
取りあえずはレマの相手を放っておいて、フレイムドラゴンの方を何とかしよう。
俺はくるりと振り返るとフレイムドラゴンの方へと向かって跳躍する。
ドラゴンも追いかけてきた相手がいきなり向かってくるとは思わなかったのだろう。一瞬、身動ぎしてしまう。
それを俺が見逃さずにフレイムドラゴンの頭へと向かって思い切り蹴りを叩き込む。
魔力をありったけ籠めた蹴りによってフレイムドラゴンの巨体が浮き上がる。
その浮き上がった着地点へと、俺は具現魔法にて鋭い刃のある巨大な剣を出現させた。
上向きになった刃の上へとフレイムドラゴンの巨体が突き刺さる。
巨大な剣が墓標となって、フレイムドラゴンを絶命させた。
「……フレイムドラゴンを蹴り上げるなんて。あなた、相変わらずムチャクチャするわね」
「そうか?」
とりあえずこれで魔石を入手する。
早速、持ってきた金属破片とフレイムドラゴンの魔石を用いて、回復魔具を作成した。
「これで良し。じゃあレマ、この回復魔具が使用できるかどうか試してみてくれ」
「……あんた、もしかしてまたこの前みたいな事をやれって言ってんの?」
「勿論」
「嫌よ! 何で私がこんな事を――――」
「ちゃんと報酬の血はやるから頼む。力を取り戻したくないのか?」
「……そりゃ取り戻したいけれど」
「それに本当に危なくなったらちゃんと助けてやる。頼むからやってくれないか?」
「…………でも」
それでもレマは渋っている様子を見せる。
どうやら選択肢が他に無いということには気付いていないらしい。
「レマ。ちなみにここがどこだか分かるか?」
「ここ? そりゃあダンジョンでしょ? どっかの」
「そうだな。だが、ここがティアルカからどれぐらい離れているか本当に分かっているのか?」
「…………え?」
「あと、お前は俺の助けなしでこのダンジョンから生きて出ることが出来るのか?」
「ね、ねぇ……あんた、何言って――――」
「『転移』」
俺は近くの岩場の陰まで転移してみせる。
だが、レマから見れば、俺が近くにいるのか、あるいはティアルカまで戻ってしまったのかは分からないだろう。
「え、え!? ちょっと!? サタン? サターン? 近くに居るんでしょ? 分かっているわよ、私。ほら、早く出てきなさいよ。……え、え? 待って! ちょっと!? サタン! サタン様ァアアアアアア!! 分かった、分かったわよ! やる! やるから! ちゃんと付き合ってあげるから! お願い、早く戻ってきてェエエエエ!!!」
「ありがとう、レマ。じゃあ宜しく頼む」
俺は岩場の陰から現れる。それを見て若干ながら目に涙が浮かんでいたレマはほっと胸を撫で下ろした。
「…………私、何だかんだであんたの事、丸くなっていると思っていたけれど。でも、分かったわ。結局、何十年経ってもそいつの本質って変わらないのね。鬼、悪魔、外道!!」
「魔王にとっては誉め言葉だな」
硬軟織り交ぜた交渉も時には必要ってだけのことだ。
――――
結局、フレイムドラゴンの魔石で作成した回復魔具では、満足に回復魔法が発動しなかった。
強力な魔物からは強力な魔石が採れるとは言え……、今回の回復魔具作成において強力な魔石が必要とは思えなかった。
強力という意味ではフレイムドラゴンよりも強力な魔物はまだまだ居るだろうが……、しかし中級の回復魔具を作成する程度で強力な魔石を必要とするとは思えない。
「ほら、次行くぞ」
「……え? 次?」
散々魔物に嬲られていたレマはうんざりとした表情を見せる。
「当然だ。回復魔具に適した魔石が手に入るまでこの旅行は続くぞ」
「何が旅行よ! こんな地獄ツアーがあってたまるもんですか!」
「『転移』」
今度は転移で一メートルほど移動する。
だが、それで十分だった。
「…………付き合えば良いんでしょ。付き合えば」
「ああ」
分かって貰えて何よりだ。
結局、俺達は各地における魔物を次々と倒しては魔石を回収。レマによる回復魔具のテストをも同時に行うという旅を続けることになった。
転移魔法で移動を繰り返しているために移動時間は節約出来ているが、それでも回復魔具に合う魔石を探し当てるのに五日ほどの時間が掛かってしまった。
「リカバリースライムの魔石か……。こいつから採れる魔石なら回復魔具が正常に機能するな」
このリカバリースライムに辿り着くまでに占めて二百九十八体の魔物を倒すことになった。
……こんな苦労があるならば回復魔具が今まで開発されなかったのも納得だ。
五日もの間、ほぼ寝ずに魔物を狩り続けなければ得られない結果。こんなの人間に出来なくて当たり前である。
転移魔法を使わなかったら一体何ヶ月……いや、何年掛かっていたのだろう。
「…………終わった、の?」
息も絶え絶えになったレマが尋ねる。
綺麗だった金髪のツインテールはボサボサになっていて、綺麗だった黒色のゴスロリ服は所々が破れたり、溶かされたり、えぐられたりしていた。幼くも可愛らしい顔立ちだったのも疲労からか幾分か老けたようにも思える。
「ああ、終わった。助かったよ、ありがとう。報酬は色付けて払うから楽しみにしていてくれ」
「報酬とか別に……良いわよ。終わったなら、それで良いわ」
消耗が激しいらしいレマはウザいくらいの元気をも失っていた。
「あの……サタン? いや、サタン様?」
「ん? 何だ?」
何故か様付けで呼び始めたレマに気味が悪くなる。
「いや、その……これは私の予想なんだけど……。あんたって魔王やってた時もこんな風に休みなしで働いてたの?」
「え? いやいや、そんな訳ないだろ」
「そ、そうなの? 良かったわ……こんな激しい働きしてたら死んじゃ――――」
「もっと忙しかったさ。一年くらいほぼ寝ないなんてザラだったぞ」
「…………」
レマは何故か絶句していた。
「サタン様」
「だから何だよ、いきなり様付けしやがって」
俺の質問などお構いなしとばかりにレマは言葉を続ける。
「私、ちょっとだけあんたを見直したわ」
「……良く分からんが、そりゃどうも」
「あと、今ってあんた、休暇中なのよね?」
「ああ。それがどうかしたのか?」
「…………。あんたって魔族一、休暇が出来ない奴なのかも知れないわね」
「そりゃ一体、どういう事だ」
「分からないからあんたは魔王なんてやってたのかも知れないわね」
そう言ってレマは苦笑いを浮かべていた。
余談ではあるが、この五日間。各地のギルド支部において強力な魔物たちが次々と倒されたという報告が相次いだ。
しかも、討伐した人物が誰であるかは一切不明であるらしい。
広範囲の地域において一斉に報告されたこの事件は五日間続いたかと思えば、その後はぴったりと止んだ。
この謎の連続魔物討伐事件は暫くの間、各地のギルドにおいて大きな話題となり、結果として一つの伝説として語り継がれるのだった。