第四話 魔王様、お頭ですか?
引き続き山賊たちとの対峙です
まず山賊たちの強さを見る限りにおいて、この辺が魔族領近くでは無いことが判明した。
魔族領に近ければ近いほど、人間も強くなるのが道理だ。前線が雑魚では話にならない。
しかしながら、こいつらの強さ、装備、気概などを見る限りにおいて、前線地域にいる人間とはとても思えない。
おそらくはレベルの低い魔物と比べても、まだ魔物の方が強いであろう。身内贔屓するつもりはないが、こいつらよりはうちの新人の方がよほど強い。
正確な位置は分からないものの、魔物領より遠ざかっているということが分かっただけでも僥倖だ。魔王である俺が前線近くをウロウロとしていたら、それだけで魔王軍に迷惑がかかる。それだけは避けたい。
――――とは言え。
「悪いが……部下に手出ししたんだ。生きて返すわけにはいかねぇな」
山賊のリーダー。こいつだけは他の奴らよりも数段上であることは分かった。
リーダーは細剣を構え、こちらをジッと睨みつけている。
そこに無駄な動きはない。洗練された強者の構えだ。
「はッ! 糞野郎! お頭が来たからには終わりだぞ、テメェ!」
「お頭はその昔、宮廷騎士に選ばれたほどの腕前! もう観念した方が良いんじゃないか!?」
山賊たちは口々に叫んだ。……頼れる者が来て、勢いづいた様子だ。
「馬鹿野郎! テメェら、余計なこと喋るんじゃねぇ!」
リーダーのその言葉に山賊たちは口を噤んだ。
どれ、こいつなら、サーチスキルを使っても良いだろう。
そう思い、俺はサーチスキルを用いて、リーダーの持つ能力を覗いてみることにした。
……なるほど。筋力、体力など、どれも悪くない数値だ。中でも速さはズバ抜けている。
さらに中級魔法、使い勝手の良いスキルなどを複数持ち、さらには加護までをも備えている。
《隼の加護》――――なるほど、速さの理由はこれか。
基本的には加護と祝福と呼ばれる特殊なものは、かなり選ばれた人間でしか持ちえないものであったはずだ。また、これは人間のみが備えるものである。
加護や祝福は神や精霊と言った忌々しくも特殊な存在を背景にして成立している技能だ。それらの対になる存在である俺達魔族がそれらを持ち得るはずがない。
それだけに加護・祝福は強力な効果を齎す。様々な運命・背景を持ち、さらには多くの女神や神、精霊と契約している勇者たちが我々魔族にも匹敵しうる力を持っているのはこの為である。
とは言え魔族の強さはその圧倒的な魔力量や魔法抵抗力、身体的優位、頑強さにこそ、ある。魔族の中でも圧倒的な強さを誇る俺には勇者にはもちろん、加護を一つだけ持ったくらいの人間一人に負けるはずがない。
また、サーチスキルにて、相手の名前が判明したことが致命的だ。
魔族と対峙する場合において、もっとも気を付けなければならないのは名前を知られることだ。名前を知られることで強力な呪いに付け入られる隙を作ってしまいかねない。
当然、俺も名前を知ることにより、死どころか存在すらもこの世全てから抹消させるクラスの呪いに幾つか覚えがある。当然、使う気などないが。
これに備え勇者などはサーチ対策などを万全にして攻めてくる。抵抗スキルや『完全魔法防御』などの呪文を使えば、一応サーチなどで名前を知られることはなくなる。
これを怠っている時点で、この者がそれほど脅威にならないことは明らか。
だが、この地で出会ったそれなりに強い相手。遊んでやるのも悪くはない、か。
俺は山賊のリーダーである雄――アスラルド=トーチカに対して、堂々と向かい合った。
――――
山賊のリーダーを務める男――アスラルド=トーチカは一人の壮年男性に対して、細剣を構えていた。
手下の山賊たち数名をあしらった辺りで只者でないことは分かる。
しかし、対峙した事により改めて、この男が想像以上の強者であることが分かった。
アスラルドは細剣を構え、彼の一挙手一投足に対して最新の注意を払う。
だが――――斬りこめない。斬り込んで、相手を切り伏せるビジョンが何故か湧かないのだ。
一対一で構えてからの切り伏せはアスラルドが一番得意とするところだった。
《隼の加護》は初撃に対して速さ、威力、などに大きな補正を持つ加護。
常人を遥かに超えるスピードでの初撃は何度となく敵を斬り伏せてきた。
今回もそれで何の問題もないはず――――しかし、踏ん切りがつかない。
こう言ったことはアスラルドにとって珍しくはなかった。元・宮仕えの騎士にまで選定されたことのある彼は、強者と相まみえることなど日常茶飯事だ。
ただ、武器も持たず、構えてもいない相手に対してこんな感情を抱くのは初めてだった。
おかしい……何か、が。何故、自分はこんなにも相手に呑まれている?
相手は見る限りにおいてただの壮年男性。おっさんである。
何の変哲もない、ただの――――
だが、アルラルドは強者であるが故に、強者であればこそ。
その違和感に対して、鋭敏でありすぎた。
一度だけ……アルラルドは一度だけ、この感覚を味わったことがある。
アスラルドは宮廷騎士の間、自分よりも遥かに格上の人間と対峙したことがある。
後にその男は勇者を名乗り、魔物相手に天下無双の活躍をしていた。
そんな彼に、アスラルドは歯が立たなかった。いや、遊ばれた。
《隼の加護》を持ち、決して誰にも負けることがないと息巻いていた、あの頃。
そして、その鼻っ柱を見事に折られた、屈辱。
とある出来事により宮廷騎士の地位を退き、こんな山賊稼業をやる羽目になった後も……アスラルドはあの感覚を忘れてはいなかった。
この壮年男性からは「あの男」に感じた強さを感じる。
いや……それ以上の何かを――――
壮年男性と対峙している内に感じたのは…………凶悪な、禍々しいナニカ。
勝てない……この男には、絶対に――――
アスラルドは斬り込む前に勝負に負けていた。
――――
「……お頭?」
山賊の一人が、アスラルドに声をかける。
どうやらこの雄は、存外、危機意識が強いらしい。
「……止めだ」
アスラルドは呟いた。山賊たちが渋面を浮かべる。
「手下に手こそ出されたが……、あいつは……、何でなんともない?」
アスラルドは俺から決して目を離さず、少しだけ顎を動かし、俺が投げ飛ばした手下の方へと顎を動かす。
「へ、へぇ……それは、その……、こいつが回復魔法を使ったからで……」
「そんなら今回は止めだ。手当までしてもらっては……、殺すのは憚られる。あんた、俺に掛かってこないようだが……もしかして戦う気はないのか?」
俺へと尋ねるアスラルド。俺はそれに答える。
「ああ、穏便に済むのであればそうして貰いたい」
「そうか」
そう言ってアスラルドは剣を修めた。
アスラルドの言葉は決して本心ではなかっただろう。
こいつは最初、間違いなく俺を殺そうとしていた。
しかし、俺と対峙して、その強さに気付いて急いで剣を修めたのだ。
部下の手前、体裁を取り繕うための理由を作って。
この判断力、意外と悪くない。どうやら他の奴らに比べれば頭もキレるようだ。
しかも、山賊という身分上、例え下手なことを掴まれても消してしまえば良い。他の奴よりもよっぽど騒ぎにはなりづらいはずだ。
……情報収集の相手には持ってこいだな。
「ちょっと待ってくれないか」
山賊を従えて帰り支度を始めようとしていたアスラルドを俺は呼び止めた。
「……なんだ?」
以前、警戒色を務める目つき。俺は安心させるために、僅かながらに笑顔を浮かべてみる。
「実はこの辺の土地柄になれていなくてな。良ければ情報が欲しい」
「あぁ!? テメェ何を偉そうに! お頭が見逃してくれたんだぞ! 感謝してとっととこの場を去れ――――」
「ああ、良いだろう」
「お頭!?」
アスラルドの意外な答えに、山賊は驚く。
しかし、俺にしてみれば驚くことではなかった。
こいつは最早俺には逆らえない。階級が決まってしまったのだ。
多少無理なことでなければ、こいつは使える。
「恩義もある、俺らのアジトに来い。歓迎する」
アスラルドのその誘いを、俺はありがたく受けることにした。
本日はまだ更新します!
夕方くらいになると思いますので、どうぞ宜しくお願いします!