第三十八話 魔王様、新たな幕開けですか?
グラスラとの戦いから早二週間が経過しようとしていた。
「アルカ。お前に一つ、言っておきたいことがある」
俺は予め自分の部屋へと呼んでいたアルカへと向き直った。
「何ですか、ししょー? も、もしかして大規模討伐にでも参加するのですか? それともダンジョンへの遠征? いや、とうとう強力な魔物へと戦いを挑むんですね!? こ、これはボクの勇者としての血が騒いできましたよ! くぅー、ワクワクしてきますねぇ!」
アルカはウキウキとした様子で随分と血の気の多いことを言ってくる。
……こいつは将来、マジで戦闘狂になるかも知れんな。
「いや、それのどれも違う」
「え、では何ですか? ししょー? ボクの準備は万全ですよ?」
「俺は暫くギルドからの依頼を休もうと思っている」
俺の言葉にアルカはまるでこの世の終わりかと言わんばかりにショックを受けていた。
「ガーン! ど、どうしてですか!? な、何故……」
「俺は気付いたんだ」
「な、なにに……」
「俺は最近――――働き過ぎだ」
そう――――俺は気付いてしまった。
休暇としてこのティアルカに来てからと言うもの、俺は何だかんだと忙しくしていたために、そこまで休めていないのではないだろうか。
当然、それは金が無かったとか、ドルガとの面倒ごとが目の前にあったから、とか魔物の強化騒ぎ云々でグラスラと戦っていたからとか、色々な理由がある。
しかし、それを差し引いても尚、俺は全然休暇を満喫出来ていないのではないだろうか。
しかもグラスラの時は体感時間にして一ヶ月も戦いっぱなしであった。
こちらがピンチになるような事は一切無かったから、気を張り詰めるような真似はしなくても済んだわけだが……。
それでも戦いっぱなしで消耗しない訳じゃない。
こうなってはそろそろ本格的な休暇を楽しむ必要があるのではないだろうか。
俺はそう思い至ったのだ。
「じゃ、じゃあ……」
放心ぎみの表情のまま、アルカは俺を見遣る。
「じゃあ、ボクは……ボクはこの剣を一体どこに向ければ良いのですか?」
「いや、戦う相手のいなくなった戦闘狂みたいなことを言うな」
ブルブルと震える手で柄に収まっていた長剣を抜き差ししているアルカ。
ドルガとの戦闘で壊れていた剣だがどうやら修理に出していたらしく、最近になって直ったと喜んでいた姿を俺は見ていた。
新たに修繕した武器を使いたくなる気持ちは分からないでもないが……、宿屋で剣を抜き差ししているような奴がいるのはちょっとばかりシュールすぎる。
「とは言え心配するな。ドルガが居なくなった後だ。必要とあれば依頼は熟すし、お前の稽古も引き続きつけてやる」
現在、ドルガ連中が居なくなった事によりティアルカの冒険者は不足している。
しかも、高難易度の依頼とあればそれなりの実力を伴う奴でなければ熟すことは不可能だ。
それをアルカだけに押し付けるのはちょっとばかり気が引ける。人手が足りないのであれば、それを熟すのは義務のようなものだ。
色々あったとは言え、結果的にドルガを殺したのは俺だしな。それくらいのフォローはしても良いだろう。
それにアルカとの件にしたってそうだ。
今回も俺がグラスラを葬った件はそっくりそのままアルカの功績としてもらった。
これはアルカとの契約上問題ないことだが、それの見返りとして彼女に何かしらのアドバイスやら稽古をつけるなりしないといけない。
これも義務と言って良いだろう。
「だが、それ以外の依頼は暫くは控えておこうと思っている」
「ししょーがそう言うのであれば。……それに魔族との一件の疲れがあるでしょうから、それに関してはボクから言えることは何もありません」
稽古をつけてやるなどの説明辺りでは一瞬だけほっとしたような表情を見せていたアルカだったが、しかし、やはりと言うか何というか落ち込んだ様子だった。
とは言えこれは仕方ない。俺も血気盛んな歳は過ぎた頃合いだ。
そろそろ落ち着いていきたいところである。
「でもししょーはその間何をするんですか? ずっと寝ているんですか?」
「……いや、そこまで極端じゃないかな」
隠居するにしてもそこまで極端な休養の取り方をするつもりはない。
「元々、このティアルカでずっと冒険者をやるつもりはなくてな。何かゆっくりとやれるような商売でも始めようかと思っている」
「商売、ですか?」
アルカの言葉に俺は頷く。
「その元手としての資金もそこそこ貯まった。色々考えているが……それは追々実行に移す。まず目標は一戸建ての購入だ」
「一戸建て、ですか!?」
驚くアルカ。
冒険者で一戸建てを持っている者は少ない。そもそも根無し草となる冒険者が同じ場所に留まることはそう多くないからだ。
だが、俺は休暇中の身。ゆっくり過ごすのであればまずは自分の家くらいは欲しい。
家を手に入れて悠々自適に暮らす。
まさにスローライフに相応しい暮らしぶりではないか。
「それではボクもお手伝いしますよ! ししょーを手伝うのは弟子の役目ですから!」
「いや、それはいい」
「ど、どうしてですか?」
小動物のように身体を縮こまて、シュンとするアルカ。
……どこか庇護欲をくすぐられる姿だ。
人間相手とは言え、そういう姿になられてはこちらも罪悪感に駆られてしまう。
しかし、これは断るのが筋だろう。
「お前はお前で自分のやるべきことをしろ。お前は勇者なのだろう? なら、他人にかまけてばかりではいられないだろう?」
「自分のやるべきこと、ですか?」
「ああ。そうだな……まずは高難度の依頼を請けて、自分を鍛え上げてみてはどうだ?」
「高難度の依頼……そうですね! ではそうすることにします! 見ていてください、ししょー! ボクはししょーにも負けないくらいの力を手に入れて見せますから!」
そう言ってやたらと張り切った様子を見せるアルカ。
……ま、正直、こいつの言動を見る限りにおいて商売の役には立ちそうにないからな。
それよりも下手な事をされてフォローに回る方が厄介そうだ。
「手に余りそうな事があれば相談しろ。いつでも力を貸してやる」
「はい、分かりましたです、ししょー!」
そう言って元気よく返事をするアルカ。
そんな中、部屋の戸が叩かれた。
「来客か? 珍しいな」
俺は訝しみながらも部屋の戸を開けた。
「あ、あああの……お久しぶりです、サタンさん!」
そこに居たのはギルド職員であるマリナだった。
マリナは顔を真っ赤にしてこちらを見ていた。
走ってきたのだろうか……。さすがはギルド職員は多忙だな。
「ああ、久しぶりだな」
「あ、あのえっと、その! い、いきなり来てしまってすいません! で、でも今日はギルド職員としての用で来たのであって、変な理由とかそういうのは無いので安心してください!」
「変な理由?」
むしろギルド職員として以外、どんな理由があって俺の元へと来るのだろうか。
「あ、いや……忘れてください。それより、あの、多分ですが……サタンさんにお客様が来ているのですが……」
「客?」
俺がそう言うや否や、マリナの後ろに居たのか、控えていた女性が姿を現した。
金髪ツインテールで、真っ白な肌をした女性。長袖の真っ黒なコートを羽織り、ショートパンツを履いている。
そんな彼女はこう言った。
「ふっふっふ……、久しぶりね、サタン! 遠路はるばる貴方に会いに来てやったわ! ここで会ったが百年目、覚悟しなさい!」
彼女はビシッと指先を突き立て、そんな事を言い放った。
……俺の後ろにいたアルカへと。
「どうやら変身スキルを使用しているようね? でも無駄よ……例え女の子に変身しても、私のこの魔眼からは誰も逃れられないんだから!」
……俺は果てしなく面倒なのがやって来たと頭が痛くなる思いだった。