第三十六話 魔王様、マジックアイテムですか?
「き、きききき……貴様ァ――――ッ!! わ、わぁ、私の研究素体を――――ッ!! 勝手に処分するなんて! 酷い、酷すぎる! 横暴だ! これが、これがに、人間のすることなのですか!? 怖い、怖いィイイイイイイイ!! こんなことをへ、へ、平気で出来るなんてぇえええええ!!」
俺を苦々しい表情で睨みつけていたかと思うと、いきなり堰をきったかのように涙を流し始めるグラスラ。
おいおいおい、と膝から崩れ落ち、知的そうに見えた顔は涙でぐしゃぐしゃ。
……ヒステリックな奴だ。
「わ、私のきょ、許可ぁなしにぃ、なんてことを……。…………。――――ま、良いでしょう」
かと思えば、いきなり真顔を浮かべる。
感情表現が豊かすぎてついていけない。
「あれは瑞々しくも新鮮な個体ではありましたが、如何せん頭が良くなかった。それにしても一体何が駄目だったんでしょうねぇ……。貧者な人間に素晴らしい肉体を与えてやったのです。普通は泣いて喜ぶものなのではないでしょうか? そうは思いませんか、貴方」
「さぁな」
いきなり話を振られ、俺はぶっきらぼうに返した。
と言うより、早々に会話は打ち切りたかった。
こいつと話していると頭が痛くなりそうだ。
「それにしても……。私は貴方に興味津々ですよ。あなたぁ、ただの人間ではありませんね? あれですか? 巷で噂の『勇者』という奴ですか?」
「……違う。俺は勇者などではない」
さっきまでなら見習いながら『勇者』と言える存在がいたにはいたが、今は俺の作った異空間にてお休み中だ。
「ほう。勇者ではない……とするならば、貴方は一体……。……いや、良いでしょう。それは素体となった貴方を調べながら、悲鳴と共に存分に聞くとしましょう」
グラスラはそう言って獰猛な笑みを見せると、頭上に高密度のエネルギー体を作り始める。赤黒い光を発するそれは次第に大きくなっていく。
「くふふふ……先程の攻撃とは比べ物にならないほどの破壊力の魔法。少しばかり腕に自信があるようですが……、はたしてこれを受けて無事でいられますかねぇ? いや、良いのですよ。すこーし身体が半壊する程度であれば、私がきっちり『修理』してあげますから。ただーし、その身体は今よりももっと恰好良くなっていることでしょうが――――」
「ほう……高密度の魔力集合体か」
威力としては超級魔法クラスだろう。
さすがは俺達魔王軍の「リスト」に入っているだけはある。
それなりに使える奴であるらしい。
しかし――――
「それならこれで十分……ッ」
俺は中級魔法である『フレアブラスト』を発動させる。
すると俺の右手に紅い火の弾が浮かんだ。
着弾地点に爆発を生む魔法。それなりの威力があるが、それを見たグラスラはきょとんとした様子を見せた。
「は……? 十分? そんな雑魚魔法で私の魔法に対抗しようとしているのですか?」
「ああ」
「く、くくく、クハハッハハ! 面白い、面白いですねぇ! 実にユニーク! 私の超級魔法を前にして頭がおかしくなったのですか!? よろしい、上等です! 貴方は私の部屋に飾るオブジェにでも改造してあげましょう! 私と共に半生を生きるおしゃべり相手としては実に相応しい会話上手さんです! 貴方ぁ!? その一撃、しっかりと味わうのですよ? それが貴方が人間としていられる最後の感覚でしょうからねぇ!」
「それは――――どうかな?」
俺は火の弾を奴の赤黒い光を発するエネルギー体へと投げつける。
すると奴の超級魔法と共に爆発を生み、やがて二つの魔法ははじけ飛んだ。
その爆発の威力を結界魔法にて防ぎながら、グラスラはぽかんとした表情で見つめていた。
「え、え……えぇ……。ど、どうして!? どうしてなのぉ!? わ、私の魔法が、そんな雑魚魔法にィイイイイイイイ!!」
「どうして、だと? それが分からないなら貴様は三流以下だ」
魔法は基本的に同じ威力、効果をもたらす。
それは誰が発動しようと変わらない。
しかし、魔法はスキルによる付加効果によってその威力、効果を倍増させる。
俺のスキルは《魔法威力増加》や《火属性魔法支援》などをはじめ、多くの威力倍増のスキルを積んでいる。
これらは常時、俺の魔法に影響を及ぼすスキルであり、それはただの魔法であっても超級魔法に威力を齎すほどの破壊力を生む。
俺は多くの加護、祝福スキルを持つ勇者へと対抗するために徹底的にスキルを磨いている。特に戦闘系スキルについてはほぼ極めたと言っても過言ではない。
魔王として百年もの連続勤務を行っていた、最初の十年はそれこそ死闘の連続だった。そもそも俺の相手は勇者だけではない。他の領土にて幅を利かせている魔物たちと戦うことも多かったのだ。
しかし、俺は魔王。決して負けることは許されない立場にあった。
だからこそ、俺は寝ずにスキルを鍛え続けた。
必死にスキルを鍛え続け、それが五十年を超える頃にはようやく楽を出来るようになっていた。
結果として戦ってきた魔物たちよりも凶悪な奴らである『勇者』に対して常勝でいられた。加護や祝福などであぐらをかいている奴らには努力というものを教えてやりたい。
そして、やがて魔法の威力は中級魔法程度で超級魔法を超えるほどの威力に達した。
超級魔法を使った程度で勝った気でいるような奴を相手に負けることはない。
「わ、私の魔法が……いや、しかし、でも! 私は死なない、滅びないのです! 私にはこの無敵の身体が、ある!」
「無敵?」
俺は疑問を口にしつつ、下級魔法である『ファイヤーボール』を奴に向かって放つ。
すると奴はそれを結界で防ぐことなく、まともに喰らってみせた。
上級魔法であれば奴の結界ごと砕くくらい訳はないだろうが……、しかし、何故、一々魔法を喰らったんだ?
魔法の衝撃によって爆発が起こるが、それが晴れた先には焼け爛れた身体をしたグラスラがいた。その内、左足と右腕は吹き飛んでおり、顔も半分がぐちゃぐちゃになっている。
しかし、グラスラの怪我は一瞬の内に修復される。
魔法を使った様子はない。
つまるところ、こいつも再生スキル持ちであるらしい。
「ふ、ふ――――ッ! くく、アハハハ!! いい、良いですよォ! この痛み、この熱さ! ふふふ、生きているという実感が、がァ! 湧きますねぇ! 気持ちいい、この痛みが私を生かしていると言っても過言では――――ない!」
「…………変態、か」
どうやら痛みを快感に変えるタイプの変態であったらしい。
しかし、魔族ではこういう奴はそこまで珍しくはない。
さらに強い魔族であればあるほど、痛みを忘れていくものだ。
そうなってくるとこいつの用に、変な性質に目覚めるような奴が現れる。
しかもこいつは再生スキルの熟練度を相当あげているらしい。
こうなってくると筋金入りだ。
となると、こいつの処分をどうしようか、という話になってくる。
先ほどのドルガと同じように、異空間に送っても良いが……。
だが、こいつにはまだ用がある。
こいつからは敵国の魔物について強化できるという真偽を明らかにしなければならないからだ。
この件について部下のアマベルに頼まれた際、彼女は「冗談だ」と口にしていたが、さすがにああ言われてはやらざるを得ない。
いや、本来はやらないつもりでいたが、ドルガの一件により「ついで」の用事が出来た。
なら、やるのが元・魔王としては当然だろう。
そこまで考えたところで、俺は先ほどから考えていた手を使用することにした。
「貴方はァ、少しばかり強いようですが、私は気が長いんですよ? さぁ、さぁ、さぁ、さぁ、さぁ! 私と一緒に死のダンスを一生踊り続けようではないですか?」
「そうだな」
奴の狂言へと俺は乗ることにした。
「お前のような奴は普段、さっきのドルガのように異空間へと放り込むか、超々火力で瞬間的に滅してしまうのだが……。お前にはドルガの件で礼がある。一つ、貴様の遊びに付き合ってやろうじゃないか」
そう言って倉庫代わりにしている空間の中から、とあるアイテムを取り出した。
それは杖だった。杖の先に立派な宝玉が嵌め込まれており、それが神々しい光を放っている。
「これは俺の愛用するマジックアイテムの一つだ。この道具にはとある結界を張る力がある――――このように」
俺は俺を含めた周囲へと結界を張った。
範囲はこのダンジョン全体。通常の結界とは違い、大量の魔力を必要とするが……それはまあ、仕方ない。
こいつの特殊な効果を考えれば……これくらいは安い代償だ。
「ふむ。何かしたようですが……興味深いですねぇ、一体何をしたんですかぁ? こんなもので私をどうにかできるなど――――」
「ああ。このアイテムじゃあ、お前をどうにかすることなんて出来はしない」
俺はグラスラの言葉へと重ねるようにして、言う。
「これはお前に何か危害を与えるような、そんなアイテムじゃあ、無い。これは時空に干渉できるマジックアイテムでな」
「……時空?」
聞きなれない単語を聞いたのか、グラスラはそれを繰り返した。
とは言え、仕方ない。こんなマジックアイテムを所持し、尚且つ使用できるものなど、魔族であっても限られているだろうから。
「簡単に言えば、この結界内における時間の進みを極端に遅くした。結界の外における1秒がこの中では何千時間と過ぎることになる」
「……何故、今そんなことを」
「分からないのか?」
俺はグラスラへと向かって、こう言った。
「貴様の遊びに付き合ってやると言っているんだ。貴様は言ったな。『痛みが快感になる』と。そして『気が長い方である』とも口にした。
だが、俺も相当に気が長い方でな。それこそ百年にも渡る長期的な激務にも耐えることが出来るほどにな。
貴様には礼がある。俺の貴重な時間を貴様に使ってやろう。一ヶ月か? それとも一年か。貴様はその間、何回死ねるのか…………ククク、楽しみだ」
「なッ――――あ、貴方は……一体……ッ!!」
「お前は先ほど、俺をただの人間ではないと言ったな。勿論だ。俺は人間の姿をしていても、貴様と同じで人間ではないのだからな」
「人間ではない……? なら一体なんだと言うんだ!?」
「サタン。ただ、ほんの少し前までこう呼ばれていた――――魔王、と」
「まおう……魔王、だと!?」
あからさまに動揺を浮かべたグラスラ。俺は喉を鳴らした。
「楽しみだよ、グラスラ。壊しても壊しても壊れない玩具というのは存外、久々でな。それに今度の玩具は今までよりもずっと丈夫そうだ」
「な、何故…………何故、魔王が……こんなところに……しかも人間などと……」
うわ言のように声を漏らす。その言葉が、俺の嗜虐心をそそった。
「気にするな。ただの休暇だ」
そう言って俺は彼へと微笑んでみせたのだった。
更新遅れ気味で申し訳ありません……。
ちょっとね、仕事がね(言い訳)
とにかくもう少し早めの更新ができるように頑張りますので、どうぞ宜しくお願い致します。