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第三十二話 魔王様、ダンジョン攻略ですか? 後編

「…………」

 アルカは死屍の騎士へと具現化魔法により現出させた剣を向けた。


 その表情からはいつもの無垢な様子が消えた。


 いつもは十六という年齢よりも若干幼い言動が見えているが、こと戦闘においてはこうした白刃を思わせる鋭い表情へと変わる。


「はッ!」

 息を吐き出すや否や勢いよく突っ込むアルカ。加速魔法を使い、風のような速さを見せる。


 そんなアルカに対して死屍の騎士は「……コォ」と短い息を吐き出しつつ、二本の腕それぞれに持った長剣にて受け止めてみせる。


 アルカと騎士における体格差はかなりのもの。それに加えて死屍の騎士はスキルによる力への補正を若干ながら受けているようだ。


「…………ッ!!」

 死屍の騎士への一撃を受け止められたアルカは急いでその場を飛び退いた。


 彼女が居た場所へと死屍の騎士が振るう長剣が突き刺さる。四本の腕があるのだ。

 手数においては単純にアルカが不利である。


 アルカは距離を取りつつ、魔法にてダメージを与える作戦を選んだらしい。


「『アイスアロー』!」

 氷により形作られた十数本の矢がアルカの周囲へと現れ、アルカの指示により死屍の騎士へと一斉に攻撃を仕掛けた。


 死屍の騎士はそれらの十数本の矢を四本の腕を用いた鋭い剣戟にて全て叩き落した。


 だが、それが罠。死屍の騎士、その四本の腕がアルカの放った『アイスアロー』における副次効果にて凍り付き始めた。動きが鈍り始める。


「今!」

 アルカは瞬時に中級魔法である『アイスジャベリン』にて死屍の騎士を串刺しにするべく、ミドルレンジから氷の槍を放った。

 

 タイミング、威力共に申し分のない攻撃だ。


 だが――――氷の槍は死屍の騎士には届かなかった。


 さらに凍って鈍った身体などお構いなしに死屍の騎士はアルカの元へと突っ込んでくる。


「何で――――くぅッ!」

 アルカはそれをまともに受け止めてしまい、その小さな身体を壁へと叩きつけられた。


 アルカには見えていただろうか。死屍の騎士による五本目の腕が『アイスジャベリン』の弾道を反らしていたことを。


 アンデッド系モンスターにおける中級魔法『神に祈らぬ手』。空中をたゆたう新たな手首を現出させる魔法だ。背中に差してあった剣まで抜いて、その手に握っている。


 そして『神に祈らぬ手』は重ね掛けが可能だ。既に六本目、七本目の手が出現して、その手にそれぞれ長剣を握っている。


 個体によってはその出現数が限られるのだが――――どうやら最大まで出せるらしい。

 死屍の騎士の周囲には四本の腕が浮いていた。


 死屍の騎士は腰と背中に四本の剣を鞘に納めている。常に四本の剣を握っているにも関わらず。


 その理由はこの魔法による武器を確保するためである。計八本の腕になった剣戟はA級冒険者ですら苦しめかねない。


 だからこそアルカは最初の一撃で死屍の騎士を葬りさらなければならなかった。


 『神に祈らぬ手』は強力な魔法だが、魔力消費が激しいために常に出現させることはできない。また、一度唱えるごとに再詠唱までにそれなりの時間を擁す。


 よって、死屍の騎士と相対する場合は長期戦になればなるほど、不利である。


「ぐぅ! あぁ!」

 結局、壁際まで追い詰められたアルカは八本の腕を相手にしなければならなくなった。


 アルカの剣捌きは早い。四本の腕であれば対処は可能だったかも知れない。


 しかし、八本ともなれば時間の問題だ。



 ギリギリで身を躱しているアルカだったが、鋭い剣戟に追い詰められ始めた。


 これではなます切りにされるのも近いだろう。



「…………」

 俺は死屍の騎士を一撃で葬り去るべく消滅魔法の準備を整えた。


 アルカへと致命的な一撃が齎されるようであれば、それよりも早く死屍の騎士を葬り去れるように。


 死屍の騎士は魔物の中でも厄介な部類に入る。あれ相手にアルカも善戦した方と言えなくもない。


 しかし、戦況が傾き始めた。


 何故か死屍の騎士が押され始めたのだ。


 気付けばアルカは両手に具現化魔法で現出させた剣を握り締めている。その二つの剣戟で八本もの剣による猛攻を押し返しているのだ。


 …………何が起こっている? そもそもあいつは二刀流なんて使えたのか?


 俺はサーチスキルでアルカのステータスを覗き見た。

 実は今まで彼女のステータスを見た事が無かった。その必要性が今までに無かったからだ。


 驚くべきことに彼女のステータスはFランクの冒険者相当だった。


 持っている魔法やスキルも俺から見れば平凡そのもの。脅威を覚えるに値しない。


 だが、彼女には『祝福』が付いていた。それもとびきり優秀な。


 ――――祝福《英雄への一歩》


 その内容は以下の通りだ。


・魔力吸収率《極大》

・魔法におけるステータス補正《極大》

・魔法における適性判定に補正《極大》

・スキル熟練度における成長率《極大》

・スキル熟練度における効果補正《極大》

・危機におけるスキル発現確率《極大》



 はっきり言って俺が見た祝福の中でも最高クラスの性能と言ってまず間違いなかった。


 ステータスは所持している魔力総量によって左右されている。

 よって生来的な魔力総量が低い人間は生まれたばかりの頃はステータスが低い。


 一方、魔物や魔族は生来的に魔力総量が高いために生まれたばかりからそれなりのステータスを所持している。


 成長によって魔力総量が増えるに従って多少の成長はする。だが、それで大きく魔力総量が変化するわけではない。


 しかし、生き物は相手を倒した場合にその魔力を若干ながら吸収できる。

 それを経験値と呼び、吸収した魔力量によって生物のステータスは大きく変化するのだ。


 アルカの場合、魔力吸収率《極大》という成長補正が掛かっているために敵を倒して得られる経験値が常人の何十倍も大きい。


 つまり今がFランク冒険者の相当のステータスだろうが、関係はない。


 こいつは放っておけば誰よりも成長する。それだけの可能性がある。


 その他の効果もえげつないものが揃っていた。



 見れば彼女のスキルの中に点滅していたスキル名があった。


 そのスキルは『二刀流』スキル。LVが付いていないところを見ると、まだ取得されていない。


 だが、直に点滅が終わり、スキル名の横にはLV.1と表示された。


 

 彼女は今、この瞬間、二刀流スキルを習得したのだ。


 死屍の騎士の剣戟に対応するために。『危機におけるスキル発現確率《極大》』という祝福効果で以て。



「らぁあああああああ!!!」

 アルカは更に死屍の騎士の猛攻を押し返し、遂には圧倒するようになっていた。


 その瞬間、二刀流スキルのレベルがLV.2に上がった。



 当然、こんな簡単にスキル熟練度が上がる訳がない。

 彼女は成長補正を受けたのだ。『スキル熟練度における成長率《極大》』という祝福効果を受けて。



 アルカは両手に具現化させた長剣で以て、死屍の騎士の発動した『神に祈らぬ手』を斬り落としていった。


 死屍の騎士にはもう一度、『神に祈らぬ手』を発動させるたけの魔力や生命力は残されていないらしい。


 勝敗は決した。最後にアルカが死屍の騎士を横薙ぎにて両断する形で勝負の幕は閉じた。



「勝ちましたよ、ししょー!」


「……ああ、そうだな」

 俺は汗だくとなった彼女を見つめた。


 身体の至るところに生傷をこしらえている。疲労感も大きいように見えた。


 しかし、アルカはそれでも笑顔を見せる。


「ところで、ししょー」

 アルカは言う。


「もしかしてボクのこと、覗いてました?」


「……ああ」

 返答しつつも、俺は初めて彼女に怖気を感じた。


 俺はアルカのスキルの中に『直観スキル』があることに気付く。


 スキルはLV.1。本来、このレベルにおける直観スキルはほとんど役に立たない。

 精々、「その気がする」程度。


 しかし、アルカは確信を持って俺の感知スキルに気付いていた。


 感知スキルは熟練度を高めることで、隠密効果を持つ。俺の感知スキルはマックスであるLV.10。隠密効果は常時と任意の両方がある。任意による隠密効果はそれなりに魔力を使うために今は使用していない。だが、常時効果のみでも十分に感知されないレベルだ。


 それは直観スキルを使ったところで同じことだ。


 だが、アルカはそれに気付いた。熟練度がLV.4に達しているならば分からないでもないが、LV.1にて気付いたのだ。


 俺はアルカの祝福《英雄への一歩》における祝福効果『スキル熟練度における効果補正《極大》』の恐ろしさを思い知る。



「さぁ、ししょーのお陰で大分ダンジョンの攻略がスムーズに行きました! 魔石を回収して早くダンジョンを出ましょう!」


 そう言ってアルカは元気よく部屋の奥にある玉座へと向かった。


 俺は再び消滅魔法の準備を開始した。


 今度は死屍の騎士ではなく、アルカを殺すために。


 準備が終わった。もういつでもアルカを殺せる。それこそ赤子の手を捻るよりの簡単に……。


「ししょーも早くこっちへ! この魔石ってどうすれば良いんですか? この空中に浮いているのキャッチすれば良いんですか? それとも壊します? ねぇ、ししょー!」

 何も知らないアルカが呆けた声を発した。


 その声を聞いて、俺は消滅魔法を解く。


「ああ、今行く」

 こいつはいつでも殺せる。


 別に今でなくとも良い。暫くの間、俺はアルカと共に行動するはずだ。


 それであれば厄介になる前に幾らでも対処できる。


 それにこいつには利用価値がある。


 暫くの間、俺の隠れ蓑になって貰わなくてはならない。


 それに何より、魔王は俺以外にもいるのだ。



 俺と、もう一人の魔王が。


 ならば今殺すのではなく、出来る限り利用した方が良い。


 手懐けて、そして敵へとぶつけるのだ。


 これは幸運だ。もしこいつが相手の魔王側に渡っていたらと思うと……ゾっとする。



「ほら、ししょー! 魔石です! 来てくださーい!」


 処分を保留にすることを決めた後、俺はアルカの元へと向かった。

  

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