第三十話 魔王様、新しい依頼ですか?
「さて……そろそろ金でも集めるか」
朝。宿屋の一室にて俺は今日からの方針を定める。
キラーファング討伐依頼より帰ってきて以来、結果的にだらだらと過ごしているが、そろそろ更にゆっくり暮らすための資金作りをしなくてはならないだろう。
「ししょー! ようやくししょーと一緒の冒険が始まりますね、楽しみです!」
横では俺の独り言を聞いていたアルカがばんざーいと嬉しそうに両手を上げ下げしている。
「一緒の冒険ならこの前やったじゃないか」
「以前の依頼ではボク、ししょーの弟子じゃありませんでしたからね! だから今回すっごい楽しみなんです!」
笑顔をみせるアルカ。いや……そこまで期待されても困るのだが。
「いや、実際師弟関係って言っても俺は何をすれば良いんだ?」
弟子など持ったことのない俺は困惑する。
下の者を教育する機会というのはあったが、それでもそれは魔物や魔族相手の話だ。
人間の弟子なんてどう教えて良いか正直分からん。
その質問に対してアルカはこう答えた。
「いえ。正直言ってししょーとボクとではかなり実力に差があるようなので、まずはししょーと一緒に行動することで、その強さの秘訣を掴んでいきたいと思っています! それで適宜アドバイスでも戴ければ、と」
「そんな事で良いのか」
「はい! ししょーが宜しければ!」
アルカは元気よく答えた。
それで良いならこっちは楽で良いが……。
まぁこちらも相手を利用する立場。名義を借りる以上、それ相応の代価は支払わなければならない。
とは言えこいつの場合、金銭や報酬などでの支給では納得しないだろう。
適度にアドバイスを送る必要があるらしいが……魔王が勇者にアドバイスを送るってのはシュールに過ぎる。
だが、まあ今は魔王では無いし……気軽に考えておこうか。
「それに、その残念ですが……少なくともししょーとは別の部屋にて宿泊しなくてはいけませんからね。その分の資金調達は必要でしょう」
そう口にするアルカ。
彼女によれば昨日、マリナと食事を一緒にした時に「部屋は別々にするように」とお願いされたらしい。
そう言えば俺もそんな事を言われていた。正直、特に問題は無いように思えたが……。
さすがにギルド職員にそこまで言われては俺も何かしら行動しなければ。
しかし、マリナは働き者で頭が下がる。冒険者一人ひとりの生活までフォローしないといけないのか……。人間でありながら魔王軍でも雇いたいほどの働き者である。
また金集めが目的ではあるが、それとは別に出来る限り高難易度の依頼を熟しておきたい。
現在、ドルガが行方不明の状況ではあるものの、未だティアルカはドルガによって村を支えられていたという空気が蔓延している。
これらの空気をある程度一変させるためにも、勇者であるアルカが居れば問題ないという空気を作りたかった。
金集めと村における信用を得る。その二つが暫くの目標になる。
「そう言えばししょーは装備を整える必要はないのですか?」
「装備?」
「はい。キラーファング討伐の時も、ししょーはまともな装備を着けていなかったので」
アルカの言葉に「そう言えば」と返す。
見習い冒険者であった時はそもそもモンスターと戦う機会というのを与えられていなかったので、適当な軽装で依頼を熟していた。今は地味な色のコートを着けている。
「まあししょーくらい強ければ装備なんて整えなくても良いのかも知れませんが」
「いや、そうは言わないが」
TPOを弁えた服装することは組織に属する以上、必要なことだ。
Fランクの冒険者になったのだから、それ相応の装備は着けておいた方が良いだろう。
「ボクはししょーが裸でも問題ないと思ってますよ!」
「それは問題大有りだ」
ドルガの一件とは別の意味でティアルカに居られなくなってしまう。
「そんなししょーが更に強くなる……これは素敵です。ひゃくにんりき、です!」
「…………。そりゃどうも」
「じゃあししょーの装備を買いに行きましょう! お買い物です!」
「……俺は今、お金がほとんど無いんだが」
キラーファング討伐依頼の資金のほとんどはアルカに支払われたために俺はお金がない。
しかし、
「何を言っているんですか、ししょー! ボクに支払わせてください! 元々、このお金はししょーの物と言って差し支えは無いんですから!」
アルカはそう申し出る。いや、現状はそれしかないのだが。
「…………すまん」
何だか情けなくなってきた。
さすがに魔王城に帰って、俺の所持してきた財産の一部を持ってこようかとも考えたが……この辺りはツケという事で後で払おう。
――――
その後、俺はアルカと連れ立って村の武器・防具店へと赴いた。
昔見た勇者たちの装備に比べれば、まあ言っては何だが地味な品揃え。だが、特に文句はない。今必要なのは「人に見られても浮かない、Fランク冒険者っぽい装備」だ。
そもそも豪華絢爛で強力な装備を着ければ「Fランク冒険者」としてはおかしい。浮くことはまず間違いない。
俺は店主の見立てで適当な装備を見繕ってもらった。
鉄製の胸当てと同じく鉄製の肩当て、手のひらを覆う籠手。また、長剣を腰に差す。
「素敵です、サタンさん!」
店主の前という事で外行きの呼び方で俺を褒めるアルカ。
まぁおかしくないのであれば、それで良いだろう。
――――
「あら、サタンさん! 装備、整えられたのですね」
装備を整えた後、そのままギルドへと赴くと、受付のマリナが笑顔を見せた。
「ああ、そろそろ依頼も色々熟そうと思ってな」
「おはようございます、マリナさん!」
横にいたアルカもマリナへと挨拶を交わす。
「おはようございます、アルカちゃん」
「えへへ、なんだかその呼ばれ方は照れますね」
どうやら呼び方が変わったらしい。
仲良くなったのであればそれは良いことなのだろう。
「あと……今日はサタンさんとご一緒なんですね」
「はい! 師弟で依頼を、と」
「そうですか」
若干ながら虚ろな目を浮かべた後に、
「……良いなぁ」
ぼそり、とマリナがそんな事を呟いた。
ギルド職員ともなればいつも同じ場所にいるからか、気が滅入るのだろうか。
「あ、ええと……依頼ですね。本日、受けれれる依頼はざっとこんな感じです」
マリナが依頼リストを前に差し出す。
俺はそれを受け取ると、ざっと眺めた。
そしてお目当ての依頼を探しだす。
と言うよりもここ数日である程度目をつけていたのだ。
「では、この依頼をお願いする」
「はい、分かりました! ……え、この依頼ですか?」
マリナは確認しつつ、言う。
「これ、Bランクからの依頼なんですが……あの」
依頼受付を希望したのは適正Bランク依頼であった。
ダンジョン攻略依頼。
それは冒険者に依頼されるもの中でもかなり難易度の高い部類に入る。
「ああ。だが、Bランク相当の実力と認められているアルカがいる。問題ない」
先日のキラーファング討伐依頼にて、アルカは見習い勇者でありながら特別にBランク相当の冒険者としての実力を持っているとギルドには認められていた。
彼女が一緒にいるならば制度上、俺がBランクの依頼を請けることに問題は無いはずだ。
だが、
「あの……大丈夫ですか?」
マリナが心配そうに見つめた。
まぁ、先日、あのような事件があったのだ。ギルド側がそれを心配するのは無理からぬことだ。
「大丈夫だ、心配しないでくれ。それにこれは師匠であるアルカの指示でな。これで良いんだよな、アルカ?」
俺はアルカの主導であることを意識させるべく、アルカへと確認する。
「はい! その依頼です、その依頼が受けたかったんです! さすがはボクの弟子ですね! では、ししょーであるボクに任せてください!」
その意図を呼んだのか、アルカは大きな胸を思い切り張った。
「…………」
マリナはしばらく無言で考えた後、
「分かりました。この依頼、正式にサタンさんとアルカさんへと発注します。その……くれぐれもお気をつけくださいね?」
マリナによる正式な手続きがなされた後、新たな依頼が始まった。