第三話 魔王様、山賊ですか?
魔王様、軽い活躍回。
壮年男性に変装した俺は意気揚々と山の中を歩く。
ここでふと、疑問が湧いてきた。
俺が今居る、この場所についてだ。
今回、転移魔法の設定は人間の領土の中、ランダムに飛ばされるように選んだ。
よって今、俺がどの辺りにいるのか、俺自身ですらよく分からない。
安定した植生であることから、まず人間の住めぬ土地ということは無いだろう。また、草木を確認できるので標高の高い場所ということもない。気候は暑くもなく寒くもない感じ。俺の身体はマグマの中ですら耐え、どれだけの零下に放り出されても問題ない抵抗力を誇るが、今回は我慢大会ではない。気候は安定している方が良いに決まっている。
それに出来れば人間が住んでいる土地の方が良い。普段は憎き人間たちだが、それは俺たち魔族に害をもたらす勇者などの極々限られた人類にのみ向かう感情だ。
ほかの人類になぞ、まず好きか嫌いかを問う感情がない。
ただ、旅行というのはその土地の者と交流してこそ、楽しみが生まれる。今回は人間の領地に来たのだから、人間の中に混じってこそ面白い。
強力な魔物の多く住むエリアであれば、人間のいない可能性もあるが……。
さて、ここはどうだろうか。
当然、この場所を確認する方法はある。千里眼スキルを使えば方々を探ることは簡単だし、感知スキルを使うだけでも位置の予測は付く。
だが、それでは面白味にかける。仕事では効率を求めてきたが、今はプライベート。
楽しむためには迷うのも一興ということだ。
そんな中、生き物の気配を察知した。足音から考えて人間、しかも複数だ。
どうやら人間領に来て、初の人間へとお目に掛かれるらしい。
「おい、おっさん!! こんなところを一人で、しかも武器無しで歩いているなんて…………災難だったなぁ」
現れたのは無精ひげを生やし、髪はボサボサ、拙い武器で武装した雄の人間の集団であった。
身体は至るところが汚れており、臭気も漂う。……虫以下だな、こいつらは。
うちの魔王軍は清潔感を重要視している。士気に関わるし、何より見すぼらしくては信用に関わってくる。
見た目が良くなくては、中身がどれだけ良かろうが話にならないのだ。
それを……人間とやらは衛生観念がないのか? どれだけ恥知らずなんだ。
いや、確か勇者たちはそれなりに清潔だったし、装備にも品があった。
つまり、この見た目だけでこいつらが人間として最底辺なのが分かる。
そんなのが一人だけでなく、ワラワラワラワラと出てきた日には……頭が痛くなってくるというものだ。
そんな風に考えていた俺を、怯えていると勘違いしたのか、男たちはニヤニヤと笑っていた。
「おいおい……おっさん! この山は山賊が出るって知らなかったのか? それを装備もなし、護衛もなし、一人って…………有り金差し上げますって言ってるようなものじゃねぇか」
「迷子か? だったら俺らが案内してやるぜ? ま、行くつく先は奴隷商人辺りだけどな!」
「おっさん! 怯えて声も出せねぇのか? 命乞いでもしたら見逃してやるかもだぜ? 女なら兎も角、おっさんに興味ある奴はこん中にいねぇしなぁ」
ギャハハ、と耳障りな声で笑う集団。
どうやら彼らは山賊であるらしい。まあ魔族領にも、こういう輩が居たが……。
とは言え俺が七十年も前にあらかた取り締まってしまった。今の魔族領は魔物が歩く分には、まず何の問題もない治安の良い場所になっている。
人間、遅れてるなぁ……。
ただ、軽装のこいつらが生存できている時点で、ここは人間が住むには何不自由のない土地であることが分かった。
それに丁度良い。こいつらの強さで、この場所が大体どこであるかは判別できるはずだ。
「ええと……お前ら。よく聞け」
「ああッ、誰が喋って良いって言ったよ!?」
俺が口を開くや否や、山賊の一人がそう言って威圧してみせる。弱い奴相手ならいざ知らず、俺相手に威圧なんて滑稽でしかないのだが。
つうかそもそも、さっき怯えて声も出ねぇのかとか言ってたじゃねぇか……。出したら出したでこれとか……、会話もままならない。
「程度の低いお前ら相手に、俺が敬意を払うつもりはさらさらない。そもそも会話の通じるか分からないお前ら相手なら荒事の方が分かりやすいだろう。良いからかかってこい」
「――――なッ」
「なんだとォ!?」
「上等だよ馬鹿野郎!」
山賊たちは口々に喚きだした。こんな簡単な挑発に乗ってくれるとは何と都合の良い生き物だ。若い新人の魔物よりも扱いやすくて非常に助かる。
「糞がァ! 調子に乗りやがってェ!」
山賊の一人がこちらへと斬りかかってきた。
考えても見れば俺へと斬りかかってきた人間はこれで五人目だ。ほとんどの人間は俺へと斬りかかる前に死ぬし、そもそも俺の元へと辿り着けるような強い人間は極々一部だ。
しかし……その斬りかかる姿が余りにもお粗末で笑いそうになってしまった。
まず斬りかかるスピードが遅すぎる。欠伸が出そうになるほどの遅さだ。
使っている剣も、言ってはなんだがしょぼい。これではうちの新人モンスターですら倒しきれないだろう。
基本の姿勢がなっていない。あんなお粗末な態勢では、敵と一刀に伏すことは不可能である。
詰まるところ、やはり勇者は人間の中でもエリートだったのだろう。憎き敵ではあるが、しかしこの山賊に比べれば目に入れるだけの価値がある。
俺はため息を吐くと、右手を掲げ、山賊の剣を受け止めた。
俺にとっては赤子の児戯を止めたくらいの認識だったが、その所作に山賊たちは驚愕の表情を浮かべる。
「な、なにィ!? 素手で剣を受け止めた!?」
「こいつ……魔法かスキルでも使ってやがるのか!?」
「いや、ま、まさか……『加護』持ちか!?」
山賊たちは一気にこちらを警戒するような姿勢を見せる。
ようやく警戒態勢か。まあ命の掛かった勝負で、おっさん相手とは言え相手を舐めた時点で三流以下なのだが。
「は、離せ! 離せェ!」
「おっと」
あまりの力の弱さに気付かなかったが、俺へと斬りかかった山賊の一人は未だ剣を取り戻そうと躍起になっていた。
「どれ、返してやろう」
そう言って俺は剣を持ち上げる。すると山賊ごと持ちあがった。
「え、あ、あぁ……」
山賊が怯えた表情を浮かべる。思ったよりも可愛い顔をするじゃないか。
そして、俺は剣ごと山賊をぶん投げた。
手首だけで投げたので、そう力を籠めたつもりはなかったのだが、山賊は握っていた剣ごと矢のように飛んでいくと、木へと思い切り激突した。
めきょ、という心地の良い音が耳に響く。おそらくは身体が潰れてしまった音だろう。
「おおっと、いかんいかん」
俺は飛んで行った山賊の元へと歩いていく。
俺はこの人間領に来るに当たって、一つのルールを決めていた。
それは――――「出来る限り、人間を殺さないこと」
人間を殺すのであれば魔王軍に居ればいつだって出来たことだ。
しかし、今はプライベート。それに目立つことは極力避けたい。
聞けば人間は同族殺しをご法度としているらしい。
ならば俺もそのルールに従うのが筋と言うものだろう。
歩く俺を遠巻きに見つつ、山賊たちは動かない。
いや、動かないのではない。動けないのだ。
この程度のことで怯えるとは……。情けない奴らだ。
俺は最早虫の息である山賊へと手を翳すと、中級スキルの回復魔法を使用する。
すると山賊の顔は見る見る内に生気を取り戻し、ひしゃげていた身体も治っていった。
山賊たちはその様子を見て、呟く。
「ば、馬鹿力に……回復魔法、まで……」
「こ、こいつ……まさか、凄腕の冒険者か、もしくは国お抱えの騎士かなにか……」
「だ、駄目だ……俺達じゃあ、相手にならねぇ……」
山賊たちは一様に顔を見合わせる。
……組織での判断力が鈍い。俺が将なら逃げる判断を即座に下しているところだ。
それが出来ない、いやしないということは……こいつら、リーダーが別にいるな。
「何やってんだ、お前らァ!」
そんな中、魔物の一種である『一角馬』に乗ってやって来たのは人間の雄。
「お、お頭ァ!」
「た、助けてくだせぇ!」
「おめぇら……何を一人にまごついてんだ……情けない」
そう言って山賊たちに「お頭」と呼ばれた雄は颯爽と一角馬から降りる。
他の山賊たちに比べれば、少しは整えた格好をしており、細身。鍛え上げた身体つきをしている。
「あんた……うちの手下どもを可愛がってくれたようじゃねぇか……」
「お前がこいつらのリーダーか」
山賊のリーダーは俺の言葉にニヤリと笑った。