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第二十九話 魔王様、女同士ですか?

「いやぁ、美味しいですねぇ、ししょ……サタンさん!」

 アルカは笑顔で次々と食事を平らげていく。小さい身体付きの癖して意外と大食漢であるらしい。


 何だか恐ろしげなプレッシャーを感じる中、こいつだけは平常運転だ。



「ところで」

 そんな中、マリナが一言発する。


 感じるプレッシャーが更に強まったような気がした。


「改めて二人はその……どういったご関係なんですか?」

 マリナの目が細まる。獰猛な魔物を彷彿とさせた。


「どういうって……前にも言ったが、ほら、師弟関係だよ。俺がこいつに弟子入りしたんだ。色々と教わりたいからな」


「ホントに?」

 プレッシャーが強まった。思わず防御結界でも展開しそうになった。


「本当だが」


「それにしてはおかしくないですか?」


「何が……」


「何故、一緒の部屋で暮らしているんですか?」


「いや、お金が無いからな。冒険者であれば普通だろう」

 確かそういう事もあると、聞いたことがある。


「そんな事はありません! 男女なんですよ!」


「男女とは言っても、アルカとは歳の差が離れている。問題は無い」


「問題大有りですよ! 年頃の乙女はその……色々と難しいんですからね!」


「それは知っている」

 反抗的な態度を取られると部下から何度も聞かされたいた。主に酒の席でだが。


「知っていません! その乙女は色々と凄いんですからね! 男親が気になるんです!」


「気になりませんよ!」

 そんな中、アルカが口を挟んだ。


「ボク、大丈夫です! 過酷な環境にあるのも修行の内ですから!」


「こう言っているが……」


「こう言っているが、じゃないんですよ! 私だったら何をしているか分かりませんよ!」


「え? マリナさんだったら何をしているんですか!?」

 アルカがマリナへと興味津々な視線を向けた。


「……言葉のあやです。気にしないでください」

 マリナが俯きがちにそう答えた。アルカは「そうですか。後学の為になるかとは思いましたが……マリナさんがそう仰られるのであれば気にしません!」とまだ食事に戻った。



「サタンさんはこの状況を何とも思ってないと!?」

 凄い剣幕で迫るマリナへと、俺は答える。


「いや、まあ手狭ではあるが……」

 とは言え家族一緒に寝ている家庭など幾らでもあるだろう。


 であれば生死を共にするという意味で家族と同様に強固な仲となる冒険者パーティー同士が同じ部屋で寝ることなど、そこまでおかしくはない筈だ。



「……埒が明きませんね」


「え?」

 疑問を返す俺へとマリナは言う。



「サタンさん。少しだけ席を外して貰っても宜しいですか?」

 二の句を許さない言い方だった。


 二人で話したい? その意味を俺は察する。


 成程、そうか。マリナはアルカと友人になりたかったに違いない。


 マリナは冒険者ギルドに勤め、普段は男とばかり話している。


 さらにはこんなおっさんを相手にしなければならないのは中々に疲れるだろう。



 そんな中、若い女であるアルカがやって来た。友人になりたいと思うのも当然だ。



 そうなると俺が邪魔というのも納得だ。女特有の話というのもあるのだろう。


「分かった。少し散歩した後、戻ってこよう」

 そう言い残した俺は、酒を片手に食堂の外に出た。


 そして、何となく感じていたプレッシャーから解放される。



 あれは一体何だったのだろうか。俺は酒を呑んでいる内にやがて気にしなくなった。




――――




「……さて」


 邪魔者はいなくなった。いや、気になる人を邪魔者扱いなどどうかとは思うが、あそこまで朴念仁な方だったとは……。マリナは一人、溜息を吐いた。


 それでも時間を掛ければ距離を詰められると思っていた。

 妻帯者では無い様子だったし、おそらくは仕事人間だったのだろう。それでも百年以上恋愛に触れていないと思えるほどに鈍感だったのは計算外だったが。


 そんな中、現れたのが伏兵のアルカだった。聞けば一緒に部屋で暮らしていて、しかも……それ以上の仲である疑いもある。


 早急に真相を確かめなければ……ッ! マリナは決意を固めた。


「アルカさん、ちょっと良いですか?」


「ふぁ、ふぁんでふか? あれ、さふぁんふぁんは?」

 口にガッツリとチキンを頬張ったまま、喋るアルカ。


 おそらくは「何ですか? あれ、サタンさんは?」と言ったのだろう。


 そこまで一心不乱になるほど食事に夢中だったのか……。女子力という意味では危険は無さそうに思えた。


「ほら、アルカさん。はしたないですよ。食事中に話しかけたのは申し訳ありませんでしたが、ちゃんと飲み込んでから喋ってください」

 何度も頷きつつ、アルカは噛むスピードを早めた。



「んぐっ、んぐ……んっ、はい! 何ですか、マリナさん!?」


「ほら、その前に頬にソースが付いてますよ」

 常備していたハンカチで彼女の頬を拭いてやる。


「ありがとうございます、マリナさん!」


「いえ、どういたしまして」

 どこか気が抜けてくるように思えた。


 ……やっぱりサタンの言う通り、ただの師弟関係なのだろうか。


 いや、ここはさらに追及しなければ! マリナは決意を固くした。



「あの、アルカさんはサタンさんと一緒に暮らしているんですよね?」


「はい、勿論です! 師弟関係ですから!」


「でも……それはおかしくないですか?」


「おかしい?」


「はい。だって男と女で一緒に暮らしていたら、それは、その……男女の仲と言ってもおかしくはないでしょう?」


「男女の仲?」

 アルカは一瞬、キョトンとした表情になったが、しかし「ああ」と手を叩いた。


「そういう心配はないですよ。だって相手がボクなんですから」


「どういうことですか?」


「だってそうじゃないですか。ボクは子供で、サタンさんは大人ですよ。お付き合いするような事は無いですよ」


「…………」

 そっちか――――ッ!! とマリナは内心叫んだ。


 どうやらこの娘、女としての自分に無自覚な様子だった。


「そりゃあ一緒の部屋で眠ってますけれど、それだけですよ」


「いや、それは……」


「確かにサタンさんだって男の人です。そりゃあ、その……えっちな事を考えたりするでしょうし、サタンさんがその、求めるなら、弟子として……じゃなかった師匠としてそういう奉仕もしないといけないのかも知れませんけれど……、でもよくよく考えたらサタンさんはボクよりずっと大人ですから。相手にするのはきっと大人の女性ですよ! ボクもそれくらいは分かっていますから!」

 えっへんと言わんばかりにアルカは胸を張る。


「…………」

 こ、この娘、性に関しては凄い子供だ!


 しかもその癖、押し倒されたら受け入れる態勢万全だ――――ッ!!!!


 確かにマリナから見てサタンは性に対して頓着がないように思えた。


 性に対して少しでも理解ないし興味ある男性であれば、マリナが食事に誘った時点で多少なりとも反応を見せたはずだ。


 だが、「アルカと一緒に」と言った際、特にガッカリする様子は見せなかった。

 この時点で二人きりになってどうこうという気は無いように思う。


 マリナは容姿はともかく、プロポーションにはそれなりに自信があった。冒険者相手に粉を掛けられたことも少なからずある。

 ドルガの取り巻き相手でもこれだけはきちんと断わっていたが。


 

 にも関わらずサタンは全く靡かない。女として自信を失くしてしまうと同時に、身体だけを求めるような下種な男でない事に対する好感度は若干上がった。


 とは言え。

 可愛い女の子と一緒に暮らしているとならばどうなるか分からない。性欲を完全に抑えきる人間など居ないのではないだろうか。


 それに相手がアルカ。若干あどけなさを残しているものの綺麗な顔立ちをしているし、何より暴力的なまでの大きさを誇る胸は驚異的過ぎる。


 男性はおっぱいが大好きだと聞く。何かの弾みで魅力的すぎるアルカのおっぱいに手を出したとしても全く不思議ではない。というより何が詰まってんのかと思うほど、大きい。柔らかそうでハリもある。マリナですら触ってみたいと思えた。



「あの……着替え、とかはどうしているんですか?」

 おずおずと聞くと、アルカは何でもないかのように答えた。


「着替えですか? ボクが服や装備なんかを着替えている間はサタンさんが気を遣って部屋の外に出ていってくれます。そこまでしなくても良いとは思うのですが……」


 そこまでする必要あるよ! どれだけ男の視線やら何やらに頓着が無いのか、この娘はァ!


 何となく、男女の仲では無さそうなのが分かった。サタンがそれっぽい事を言っていた気がするが、それは聞き間違えたのだろう。マリナはそう判断する。



「ひとまずは……部屋は早いところ、別々にするべきだと」


「そうですか? では、サタンさんに相談してみますね! サタンさんにも大人のプライベートがあると思いますから!」


 そうなのだろうか。他の女が居るのであれば正直、嫉妬してしまうことは分かりきっている。だが、その一方でそうであった方が良いかもなぁ……、とマリナは思った。


 ここまで靡かないのでれば距離の詰めようがない。性欲が枯れ果てていない事を祈る。



「あと一つ、サタンさんですが……」

 これも確認しておかなければならない。


「サタンさんってその、どう思ってますか?」


「え?」

 疑問を返すアルカに対して、マリナは言う。


「その……サタンさんって、やっぱりもう良い歳じゃないですか。冒険者ランクだってその見習いから最近、Fになっただけだし……。サタンさんくらいの歳なら身を固めていて欲しいものだとは思いません? それなのに昼間も働かずにフラフラとしていて……ちょっと情けないなあとかって」


 マリナはちょっとだけ挑発してみるだけのつもりだった。


 当然、サタンを乏しめるのは気が引けるし、何より陰口を言うのなんて気分が悪い。


 だが、変な関係っぽい二人の仲を確かめる以上、必要なことだと判断した。




「そんなことありません」

 その結果は、アルカの無表情だった。

 表情を見ただけで、真剣に怒っているのが分かった。


 いつもはコロコロと人懐っこい笑顔を浮かべているアルカの怒った表情を見たのは、マリナにとってはこれが初めてであった。



「サタンさんはその、ボクには難しいことは言えませんが、凄い人なんです。ボクだってサタンさんが居ないとどうなっていたか……。だから、ボクはししょーに――――とにかく。特に知りもしないで悪口を言うのは良くないですから」


「申し訳ありません」

 マリナはすぐさま謝った。


 事情もすぐに説明した。アルカの真意が知りたかった、と。


 まあ真意を知りたかった理由については一先ず濁しておいたが。『何故サタンを弟子にしたのか知りたかった』という事にしておいた。


「ごめんなさい! そんな事とは知らずに、怒ってしまって、その……」

 こちらが悪い事をしたのにも関わらず、アルカは謝ってくれた。


 良い娘だと思う。そして、下手な事はしない娘だとも思った。


 だからこそ、より一層、先ほどの真剣な想いが伝わった。


「…………」

 アルカを見て、マリナは思う。


 今はそういう仲ではないと言う。


 しかし、これからは分からない。


 

 でもそれとは別に、この可愛くてお茶目な女の子とは仲良くしたいとマリナはそう考えていた。




――――





 ひとしきり夜風を浴びてから俺は食堂へと帰ってきた。


 席を見ればマリナとアルカが仲良く喋っていた。


 やはりマリナはアルカと友人になりたかったのだろう。何故か感じていたプレッシャーも消えている。



「もう大丈夫か?」

 

「ええ、ありがとうございます」

 マリナに尋ねるや否や笑顔が返ってきた。俺は胸を撫で下ろした。


「サタンさん」

 野菜炒めに手を出そうとしたところで、マリナがこちらへ言った。


「貴方は罪作りな方ですねぇ」


「罪?」

 そりゃあ魔王時代は人間にとってみればたくさんの罪を犯したとは思うが……。


 そんな俺を見て、マリナはクスクスと笑っていた。


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