第二十六話 魔王様、声をかけるのですか?
「…………はぁ」
冒険者ギルド、ティアルカ支部受付にて。
新人職員であるマリナは溜息を吐いていた。
片付けなければいけない仕事はたくさんあった。
依頼内容の整理、所属冒険者のリスト管理、冒険者不足をカバーするために他ギルドへの依頼受け渡し、キラーファングの一件の報告処理。
そして――――亡くなった冒険者たち、その遺族たちへの報告処理などなど。
ここ数日はキラーファングの一件を片付ける仕事をギルド内総出で片付けていた。
依頼によって冒険者が大量死することはそう珍しくもない。
冒険者ギルドは安全を保障する機関ではない。冒険者ランクや依頼難易度の設定をどれだけしたところで、死ぬ時は死ぬ。それがギルドに勤める場合における重要な割り切りだ。
だが、比較的新人の部類に入るマリナにとって冒険者の死は簡単には受け入れられない。
今回亡くなった冒険者の多くはティアルカ支部にて横暴な振舞いを見せていた者たちだ。彼らのお陰で色々と頭を悩ませることが多かったマリナは彼らに対して好印象を覚えていたわけではなかった。
だが、亡くなったとなれば話は別だ。
もっと上手く出来なかったのだろうか――――という考えが頭の中を巡る。
当然、今回の依頼における難易度設定はマリナが担当した訳ではない。新人であるマリナにとっての仕事の多くは事務処理。依頼内容の難易度決定はそれなりに重要な仕事の一つなので、マリナが担当できる立場にはない。
だが、それでも。受付を行い、冒険者たちを送り出したのはマリナだ。
頭の中には後悔の念が残る。
幸いだったのが気になっている相手であるところのサタンが生きて帰ってきてくれたという一点に尽きるが、それで帳消しになるようなものでもない。
「はぁ……」
「どうした? 浮かない顔をしているが」
またぞろ溜息を吐いていると、受付にて見慣れた顔の冒険者が声をかけてくる。
白髪交じりの黒髪に、少しだけ皺の入り混じった顔立ち。しかし、鼻筋はすっと通っていて若い頃はさぞ女性受けしていたであろうことが伺える。
だが、普段着としてよく着用している地味なコート姿や、女性に対して一歩引いた姿勢を取る様子からは女慣れしていない感じが何となく伝わってきた。
恐らくは仕事一筋に生きてきたのだろう。そう言った不器用そうな部分もマリナの本能をくすぐった。
だが、こうして声を掛けたりと気遣いの出来る様子から好人物であることが分かった。柔和な笑顔を浮かべつつ、男性はこちらを見つめていた。
「わっ、サタンさん!」
「ああ。今日入っている依頼はどんなものかと思ってな」
「あ、えと、はい! 今日入っている依頼は……こんなものです!」
心臓がバクバクと鼓動を早くする中、それを悟られないようにマリナは依頼表を渡す。
それを一つ一つ、真剣に確認するサタン。
ナイスミドルを思わせる、非常に格好良い姿である。マリナは思わず見とれそうになってしまう。
「ところで――――」
こちらへ依頼表を戻しつつ、言う。
「何かあったのであれば相談くらいに乗るぞ。いつも世話になっているからな」
「え?」
サタンにそう言われて素っ頓狂な声を出してしまうマリナ。
冒険者にそんな心配をさせてしまうなんて……と反省する一方で、確かに喜んでいる自分がいた。
けれども、こんな事で忙しい冒険者の手を煩わせてはいけない。
「いえ、ホントに何でもないんです」
そう言って断ろうとするマリナに対し、サタンは首を振る。
「何でもないようには見えんな。丁度話し相手が欲しかったところだ。時間が空いた時に付き合ってくれないか?」
サタンはそう言って、にこりと微笑む。
(こ、この人は……一体どういうつもりなんですか!? どういうつもりなんでしょう!)
動揺しつつも、やがては頷いていた。
休憩時間に話を聞いてくれる。上司部下の関係ならともかく、お客様である冒険者相手であれば話は別だ。そこまで気を遣う必要のない相手に対して話を聞くというのは、つまり脈ありなのだろうか。いや、しかし、でも――――
そんな思考をぐるぐると巡らせつつも、次の休憩時間、サタンと会う約束を交わした。
こんな大変な時に一人浮かれてはいけないと思いつつ、しかし――――
そんな時、マリナは同僚に声を掛けられる。
「あら? どうしたの? 何か良いことでもあった?」
「え、どうしてですか?」
「そりゃああんた、嬉しそうにニヤニヤして笑ってるからさ」
「え、そ、そうですか……そんな」
マリナはその微笑みを隠せないでいたのだった。
――――
「……さすがにここまですることは無かったか」
マリナと休憩時間に会う約束を交わした後、俺は独り言ちる。
アルカは現在宿屋にて待機中だ。いつでもどこでもカルガモの雛宜しく付いて来ようとするので、俺が待機を命じた。
命令には従順に従うが、それにしては圧が強すぎる。それに人間とは言え少女。女とずっと二人きりで居るなんて息が詰まりそうになる。
まあこれから会うマリナも女なのだが……、彼女の顔を見ていると何処か放っておけない様子だったのだ。
部下であのような表情をしている者はたまにいた。仕事に詰まっている、何かミスを抱えて落ち込んでいる顔だ。
ああいう奴は袋小路に陥りやすい。誰かがガス抜きをしてやらなければ、また大きなミスを起こしてしまう可能性が高い。
その誰かがたまたま俺だったというだけの話だ。
本来は同僚がするべき仕事だが……、ギルド内を見ている限り、どの職員も忙しなく働いていて気遣いする余裕が無いように見えた。
ガス抜きをしてやる誰かが俺でも良いのであれば、彼女には冒険者として色々と世話になっている身だ。話し相手になるくらいは吝かではない。
だが懸念材料があった。
「俺みたいなおっさんと二人きりになって嫌がられてないだろうか……」
今の俺は冴えない壮年男性の姿だ。
結婚適齢期を超えているであろう、このおっさん姿にときめく者はいないだろう。
いや、それは良い。もしモテモテになりたいのであれば俺はもっと勇者などを参考にして姿形をそれに寄せただろうから。
だが、それ以上に気持ち悪がられてやいないだろうかという懸念が俺にはあった。
俺も良い歳だ。結婚して思春期の娘もいる部下から色々と苦い話を聞いている。
家に帰れば娘に煙たがられ、その娘とコミュニケ―ションを取ろうとすれば「そんなんでご機嫌取り? 馬鹿にしないでよ」と罵声を浴びせられる。たまの休みに酒を呑めば、「ぐうたら親父」と罵られる。
思春期の、若い娘というのは目上の者に攻撃的だ。
マリナはそれなりに成熟した歳になるのだろうが……、それでも相手は俺のようなおっさん。「何でおっさんと二人きりで、話さないといけないのか」と疑問を抱かれても仕方がない。
それでもガス抜きになればと思い誘ってはみたものの……。
考えても見ればマリナにとって俺は冒険者。つまりお客様の立場だ。
顧客の要請を断る訳にはいかないじゃないか。
もしかすれば無理をしているのではないだろうか。いや、事実そうだろう。
……失敗してしまったなぁ。つい魔王の頃を思い出してしまった。
部下無しに上司は存在できない。であれば部下が困っていたら、助けるのが上司の役目だ。さらに厄介な案件を抱えた段階で、声をかけることが出来れば理想的。
その時の癖が、何となく発揮されてしまったに過ぎない。過ぎないのだが……。
「取り合えず話だけはしっかりと聞こう」
そう考えた後、俺はマリナとの話し合いに望むのだった。