第二十四話 魔王様、弟子ですか?
キラーファング討伐任務はティアルカの冒険者たちに多くの被害を出しつつ、幕を閉じた。
冒険者たちの遺体は依頼達成より二日後、冒険者ギルドティアルカ支部の主導により回収。丁寧に弔われた。
身寄りのある者、ない者と冒険者たちの出自は様々だが、今後のギルドはそれらの処理に尽力するそうだ。
村に残っていたドルガの取り巻きの多くはギルドの依頼設定ミスを指摘していたようだが、冒険者が依頼において死ぬことはそう珍しくはない。
冒険者は危険な稼業であることは疑いようのない事実だからだ。
冒険者に若い者が多いというのは、それだけ若い内に死んでしまうケースが多いのである。
ギルドも死亡リスクを出来るだけ減らすために冒険者ランクや依頼難易度を作成、冒険者にあった依頼を紹介していくようにはしているものの、今回のようなイレギュラーな任務ではギルドも対応しづらい。
結局リスクはギルドではなく、冒険者個人個人が負うものとされている。ギルド規定にも「冒険者が依頼請負時に被るリスクをギルド側は認知しないものとする」と書かれている。
死ぬことも仕事の内。それが冒険者なのだ。
今回の依頼請負人数は計二十四名。内、二十一名の死体が確認された。
生還したのは二名。その内の一人は勇者見習いであったアルカ=ベイスト。
今回の任務における実質的な功労者だ。
キラーファング討伐もほぼ一人で成し遂げたものだとギルド側は報告を受けている。
本来であれば冒険者ランクの査定にも大きく影響するほどの功績だが、アルカ=ベイストは勇者見習いであるだけに報酬金という形のみで功績に対する成果が支払われた。
今回の依頼討伐における中心人物であったドルガ=マクラインは死体を確認されていない。行方不明者という扱いとなっている。
捜索などは少なくともギルド主導では行われない。幾らドルガが村の冒険者において中心的な人物であっても、ドルガ一人のみの捜索にあてられる予算はないらしい。
さらにドルガ=マクラインにおいてはギルド規定違反も報告されている。
生還したとしてもランク格下げは免れないだろう。
今回の依頼において奇跡的に生還した見習い冒険者、サタンはキラーファング討伐任務においての貢献度合いはそう高くないものだと報告されたが、それでも危険な依頼より生還したという部分を評価され、ランクはFまで上昇した。
ただ、今後ティアルカは冒険者において慢性的な人手不足に陥ることを加味した上での判断であったが。
――――
キラーファング討伐任務より三日が過ぎた。
「ししょー! お疲れではないですか? 肩をお揉みさせて戴きます!」
「…………」
「ししょー! お腹は減っていませんか? 食堂に行ってご飯か何かを貰ってきましょう」
「…………」
「ししょー! ボクに出来ることがあれば何だって言ってください! 何だったら、その……ちょっとエッチなことでも……、ボクはししょーの弟子なんですから、とっても恥ずかしいですけれど、強くなるためならその覚悟くらい……」
「ちょっと待て」
相手するのが面倒で放っておいたが……さすがにそろそろ何かしら対応しなくてはいけないらしい。
「はい、なんでしょうか!」
アルカは俺の眼前にて正座した。
場所はティアルカにある冒険者専用の宿。
俺と二人きりになったアルカは終始、こんな感じだった。
小動物のように忙しなく動き回っている。
そう言えばこいつ、最初はドルガに良いように使われていたような気が。
世話焼きというか……根っからパシリ気質だったのかも知れない。
「まず、その……ししょーって言うのは……」
「ししょーはししょーです! 今まではサタンさんと呼んでいましたが、正式に弟子になる以上は敬意を以て呼ばないといけませんから!」
「……それ、外では決して呼ぶなよ」
「はい、分かっています! 二人きりの時だけです!」
それはそれで誤解を招きそうな表現ではある。
「あと……確かに俺はお前を弟子に取ることに了承した。それは認めよう」
「はい! ししょーはそれを認めてくださいました! ありがとうございます!」
俺は元々、こいつ――アルカを殺すつもりだった。
ほんの一端ではあるが、アルカの目の前で力を示してしまったのだ。
俺は人間領で目立った行動をするつもりはない。
だからこそ口封じのために殺すつもりだった。
その時に言われたのが「弟子にして下さい」という一言だ。
今から自分を殺そうという奴相手に弟子入りを志願するとか何を考えているんだこいつ……と呆れ果てた。いや、アルカはそれを知らないとしても、なんて間の悪い奴だと思っていた。
だが、俺はすぐさま考え直す。
俺が魔王であった頃は全ての行動における責任は自分で取らなければならなかった。
それが上に立つ者の責任であったし、魔王の矜持でもあったからだ。
だが、今は目立ちたくない。今回の一件でも目立たないために随分と我慢を重ねた。
今後もこのように我慢するというのはあまり考えたくない。
ならば力を解放しても目立たないようになる環境を整えなくてはならない。
つまり――――俺の活躍を肩代わりできる存在であるスケープゴートが必要なのである。
そして、それに都合の良い存在がこうして転がり込んできたという訳だ。
「では、まず。俺がお前を弟子に取るにあたって決めたルールを復唱してみせろ」
「はい!」
アルカは元気よく返事をした後、俺の決めたルールを口にする。
「一つ! ししょーについて詮索しないこと! 二つ! ししょーの情報を周囲に漏らさないこと! 三つ! ししょーの立てた功績などは全て弟子であるボクが背負うこと! 四つ! ボクがししょーの弟子ではなく、ししょーがボクの弟子であるというように周囲には思わせておくこと!」
俺がアルカを弟子に取る条件として提示したのが、これら四つだ。
若干ニュアンスは違っているものの、大本で変わってはいないから良しとしよう。
ここで重要なのが俺の情報が周囲に漏れないことと、俺の行ったことを全てアルカの行ったこととして周囲に知られることだ。
アルカは見習いであれども勇者だ。しかも実力はそこそこ。
スケープゴートとしては最適だ。実力は申し分ないから、どんな偉業を成し遂げようとも周囲はそれを信じ込むだろう。
あとは……こいつがベラベラと周囲に喋らないことを祈るのみだが。
当然、これを抑える方法もある。呪いなどを用いて周囲に吹聴しないようにする方法だ。
俺の情報を口にした瞬間に口を噤む、あるいは死ぬような呪いをかけるということも出来なくはない。
だが、今回において人間への過干渉はあまり好まれることではない。
出来れば下手な呪いや魔法を使うことは控えたまま、生活していくのが理想だ。
仕事ではない、プライベートでまで気を張った生活を過ごすのが御免被る。
俺はもっと楽に、楽しく生活していきたい。人間とも仲良くとまではいかないが、自然に、上手くやっていきたい。
ならば、力を使っての過干渉は避けるべき。特に人間の自由決定を損なうような事は出来るだけ避けたい。
アルカが俺の情報を喋ったら……まあ、その時はその時だ。こいつを殺して顔を変えて、次の場所に行くだけだ。
それまではアルカを「信頼」するとしよう。今までの感じからそういう事をするような奴とも思えないし。
「お前は何で俺の弟子になるなんて言うんだ?」
弟子として認める前、最後に俺はこいつにそう聞いた。
その時、アルカはこう答えたのだった。
「ボクは今回の一件で、自分を情けないと思ったんです。ドルガさんの一件にしても円満に解決することはできませんでしたし、冒険者さん達は皆……。それに最後はキラーファングさえも倒すことは出来ませんでした。サタンさんが強くなければきっと……貴方も。ボクは強くならなければと思いました。父の――お父さんの正しさを証明するよりも前に……ボクはまず目の前の人たちを守れるようにならないといけない」
「だから、か?」
「そうです。だから――ボクはボクより強い人にまず教えを請わないといけません。ですから、どうか……お願いします!」
その時のアルカの態度は真摯なものだった。
俺をたばかっているようには見えなかったし、なにより「信頼」できた。
俺はこいつを利用し、こいつは俺を利用する。
そういう双方に得を齎す関係こそ、素晴らしい。
とは言え、誤算だったのが……こいつが思った以上に師匠という存在に対して敬意を払う奴だったということである。
宿は二人用で一部屋取っている。正直、別々にしたかったのだが、
「ボク達は冒険者! お金は極力使わないべきです! それにボクはししょーのお世話をしないと!」
と言って勝手に二人部屋を取ってしまったのだ。
キラーファング討伐依頼での功績はこいつのものという事にしている。当然、報酬金もこいつが受け取った。アルカは全て俺へと渡そうとしたが、断わった。
スケープゴートとして今後は色々と名前を借りることになるのだ。少なくともそれ相応の報酬を渡しておいた方が飼い慣らしやすいだろう。
よって今回の宿代はこいつ持ち。金を出して貰っておいて部屋についてとやかく口出しするのも憚られた。
しかし、こうベタベタとされるのは辛い。
師匠相手とは言え……ここまで敬意を示されるものなのだろうか。
「一つ良いか?」
「はい、何でも言ってください、ししょー!」
「お前はドルガ相手にもこの調子だったのか?」
ドルガはこいつの事を「気に入っている」と言っていた。
ドルガは承認欲求が強いタイプだろう。ここまで甲斐甲斐しくされるのであれば、まあ、そりゃあドルガも気に入るに決まっている。
しかし、アルカはそれを大袈裟に過ぎるほど否定した。
「そ、そんなわけないじゃないですか! ドルガさんはBランクの冒険者! 一緒に行動するにあたって敬意こそ払っていましたが……、それはあくまでも一冒険者としてです! こんな事をするのはししょー相手だけですよ!」
「そうなのか。だが、そこまで否定せんでも」
「いいえ、そこだけはきっちりと否定させて戴きます! ボクのししょーはししょーだけですから!」
アルカはそう言って胸を張った。
現在は胸当てなどを脱いだ軽装。童顔には似合わない大きな胸が強調される。
男装時、胸が目立たなかったのはさらしなどで抑えていたからだそうだ。
アルカはそれを聞いてもいないのに言っていた。
「では今後とも宜しくお願いしますね、ししょー!」
そう言ってアルカは頭を下げるのだった。
今回で第三章は以上、次回から第四章へと移ります。ここまで読んで戴きましてありがとうございました!
私が思っている以上に多くの人達の応援を戴けているようです。本当に嬉しい!
今後も早めの更新を心がけますので、応援して戴ければ幸いです! 宜しくお願いします!