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第二十三話 魔王様、右拳ですか?

「うっ……」

 アルカが嘔吐感を覚えたのか、手のひらで口を覆った。


 目の前の光景から目を背けたアルカは思わず、『光源魔法』を解除する。この惨状をはっきりと見るのが躊躇われるためだろう。

 

 だが、冒険者たちが野営のために付けていた松明の火が辺りをゆらゆらと照らしていた。大量の血や臓物が否が応でも目に映った。


 大量の臭気が込み上げている。血の匂いと、そして生臭い肉の匂いだ。


「大丈夫か?」

 俺はアルカへと声をかける。


 人間は同族意識が強いはずだ。ここまで大量の死体があれば、平静を保つのは人間にとって至難だ。


 しかし、


「……だいじょうぶ、です」

 アルカは嗚咽を飲み込んでみせる。


「サタンさんは……大丈夫ですか?」


「ああ」

 彼女へと視線を向けつつ、頷く。


 俺が「大丈夫でない」とするならば、それは獲物を横取りされた怒りを覚えているということだ。


 この冒険者共にはいずれ制裁を加えるつもりでいた。

 それを俺は見逃してしまったのだ。


 何度となく機会はあったはず。だが、見逃した。


 慎重になり過ぎていたのだろうか……。


 いや、そうとも言い切れない。今は敵地、慎重に動くに越したことはないだろう。



 だが、もっと上手くやれたかも知れない。反省するところは多いにあったはずだ。



「一体……なにが、あったんでしょうか?」

 アルカの問いに俺は想像していた答えを返す。


「まあ、殺され方からして、魔物に殺られたんだろうな」

 かつて魔王城に居た頃、千里眼スキルで見ていた人間の惨状を思い出しつつ、言う。


 ……まあこんなにも大量の死体を見るのは珍しいが。 


「魔物、ですか? しかし、この辺りの魔物でドルガさん達に対抗できるような魔物はいないはず……対応を誤ったとしてもここまでの事が起こりえるとは思えないのですが」


「そうらしいな。だが、一匹いるだろう。この辺を生息地としていない魔物とやらが」


「……キラーファング、ですか」

 俺の言葉にアルカはポツリ、と呟く。

 

 その表情には疑問が浮かんでいる。


 彼女の言わんとしていることは分かっていた。例えキラーファングと言えども、ここまでの惨状を作り出せるとはとても思えない。


 だが、それ以外の理由が思いつかない。可能性の一つとして俺の部下が、俺を舐め腐っていた冒険者の所業に耐え兼ね、うっかり虐殺してしまったということも、まあ……有り得なくもない。


 だが、部下であるラストロには監視を禁じているし、何よりも俺の部下が制裁を加えたのであれば、こんなに「汚い」惨状にはならない。


 何か俺の予期していない事態が起こっているのは明白であった。


 べこり、と何かが潰れるような音が響く。


 それは冒険者の頭が潰される音だった。俺とアルカは音の響いた方向を見遣る。


 そこに居たのは体長三メートルはあろうかという熊を巨大にしたような巨体、爛々と光った鋭い目はこちらへと向いていて、口から生えている牙や鍵爪、体毛には冒険者の血がべっとりとついていた。


 ぐるる、と凶暴そうに唸るキラーファング。……見逃すつもりはないらしい。


「どうやら冒険者を殺ったのは、こいつで間違いないようだな」

 俺が警戒態勢を敷いた途端、キラーファングはこちらへ向けて突っ込んできた。


 速い――――どうやら身体強化スキルか何かを積んでいるようだ。


「サタンさん! 下がってください!」

 アルカが前へと出る。具現化魔法を用いて長剣を右手に握り締めると、強化魔法で加速。キラーファングの体当たりを跳ね返してみせた。


「ガアァ!? グルルゥゥゥ!!」

 吹き飛んだキラーファングだが、すぐに態勢を立て直す。


 今、アルカは加速に加えて、腕力向上魔法まで使っていたようだ。

 具現化魔法は一級品、切れ味は抜群だろう。



 にも関わらずキラーファングは大したダメージを受けていない。

 どうやら物理耐性まで備えているようだ。


 しかも浅い傷ながらキラーファングの傷は見る見る内に修復していった。


 ……確かにこいつはただのキラーファングではない。

 冒険者が無残に殺されるのも納得だ。


 それをアルカは瞬時に判断したのだろう。すぐさま呪文を唱え始めた。



「『フロストロック』!」


 アルカが叫ぶと同時にキラーファングの足元が凍り付く。

 氷による足止め呪文だ。そして、続けざまにアルカは次の呪文を唱え始める。


 かなり長い時間を要する呪文だった。だが、アルカの身体中から魔力の奔流が迸っているのが分かる。


 明らかに上級魔法。足止めに使っていた氷がパキリ、と悲鳴を上げた。

 しかし、それより早くアルカの魔法が完成する。


 キラーファングの元へと出現したのは氷の竜巻だった。氷を纏った竜巻による魔法効果でキラーファングが氷漬にされるはずだ。


「やった! これで――――」

 アルカはガッツポーズをしてみせた。


 しかし、その瞬間、


「グァア!」

 竜巻が晴れぬ内に、キラーファングがアルカへと向けて突っ込んでくる。

 身体の節々が凍り付いてこそいるものの、動けなくするほどではない。


 どうやら魔法に耐性のあるスキルを持っているらしい。物理耐性に魔法耐性……絵に描いたような厄介なモンスターだ。


「!?」

 アルカは一瞬の隙を突かれて、キラーファングの一撃を貰ってしまう。


 空中へと吹っ飛ばされるアルカ。その後に地面へと落ちたかと思うと、勢いそのままに転がる。


「……うっ」

 止まった後、身体がピクリと動く。キラーファングの一撃は剣でどうにか防いだ様子が見えていた。

 だが、怪力をまともに受けてしまったのだ。


 簡単に立ち上がれるとは思えない。


「さ、サタン……、さん! にげ――――」

 アルカは悲鳴に近い声を上げた。


 キラーファングの目がこちらへと向いたのが分かった。


 次なる獲物を見つけたとばかりにキラーファングがこちらへと駆けてくる。



 アルカがキラーファングを撃退できれば何もする必要はないと思っていたが――――


 ここまで来れば仕方なかった。


 それに俺とてムシャクシャしているのだ。



 辺境の魔物風情が……誰の獲物を横取りしている?


 一体、誰に断わって――――その生意気な目を向けているのか。



 キラーファングは体当たりしてきた勢いで、鋭いかぎ爪にてこちらを襲ってきた。


 普通の人間であればこれを喰らっただけで絶命してしまうだろう。

 アルカなどの鍛え上げた人間でも、かなりのダメージを負うことは必至だ。



 だが――――こんなもので俺をどうこう出来るはずもない。


 俺はキラーファングの右前脚で放ってきた横薙ぎを左手で払うと、空いた右拳でキラーファングの胸元へと軽いジャブを放り込んだ。


 だが、キラーファングの物理耐性などものともしない俺の右拳はキラーファングの胸元に直撃。生み出される衝撃波がキラーファングの胸元から背中にかけて貫通して、大量の肉や血を飛び散らせた。


 キラーファングの巨体がその辺に転がる冒険者たちと同じく死骸となって、その場に倒れ伏した。


「…………え?」

 少し離れた場所でアルカがぽかんと呆気に取られた表情をしているのが分かった。


 俺は彼女の方向を見遣ると、ゆっくりとそこへと歩いていく。


 勿論――――アルカを殺すためだ。



 見られたからには生かしては置けない。俺がここで平和にのんびり暮らしていくためには、この事を人間に知られるわけにはいかないのだ。



 それは相手が誰であっても――――勿論、アルカであっても同じ事だ。



 俺が大きな労力をかけて生かした相手。恩もあるし、尊敬もしている。


 だが、俺の障害となるのであれば話は別だ。



 俺は俺の「敵」となる者に対して容赦はしない。



 アルカは地面に倒れ伏しながら俺を見上げた。


 彼女は何を考えているのだろうか。


 俺を化け物だと――――そう思っているのだろうが。



 いや、そんな事は最早関係ない。今や死ぬ行く存在、考えるだけ無駄だ。



「……最後に。何か、俺に言いたいことはあるか?」

 俺は遺言があれば聞こうと思った。


 俺が「出来るだけ人間を殺さない」というルールを破り、最初に殺す人間だ。

 

 遺言を覚えておくことで、その「ルール違反」を覚えておこうとしたのだ。



 アルカはごくり、と唾を飲み込むと俺を真っ直ぐに見つめて、こう言ったのだった。





「サタンさん。ボクを…………貴方の弟子にしてください」


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