第二十二話 魔王様、惨状ですか?
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「はぁ……はぁ……はッ、は、……畜生! ちく、しょう!」
ドルガは山の中を逃げていた。
ひたすらに逃げていた。
今、自分がどこを走っているかも分からない。見当すら付かない。
さらに言えば、もう追いかけてくるモノはいないというのに。
それでも彼は一人、ひたすらに山道を走り続ける。
「ぎゃあッ!」
途中、山に生えた木の根っこに足を取られて、転んでしまう。
顔面を強打して、鼻血が噴き出る。しかし、彼はすぐに立ち上がってまた、ひたすらに走り出す。
止まったら死ぬような気がした。
肺が爆発しそうなくらい悲鳴を上げている。心臓もうるさいくらいにバクバクと脈打つ。
「なんだよ……なんだよ、あの化け物!」
ドルガの目には涙が浮かんでいた。顔面が涙でぐちゃぐちゃだった。
それでも彼は走り続ける。恐怖に身体を支配されながら。
――――
数時間前。ドルガはキラーファングと遭遇、殲滅に当たっていた。
キラーファングは強力な魔物だ。だが、Bランクの冒険者であるドルガからしてみれば雑魚。よっぽど油断していなければ、周囲が暗闇であろうが、問題なく狩れるレベルである。
だが、その油断は後に恐怖へと変わる。
ドルガはアルカに折られてしまったフランベルジュを捨て、仲間から剣を借りる。
「うらァ! 死ねや!」
武器を構えてから即座に斬りかかるドルガ。
この一撃で仕留めるつもりは無かった。
ムシャクシャした気分をこの雑魚モンスターで晴らす――そのような気持ちで動けなくするために足を狙ったのだ。
だが、
「……弾かれた?」
ガィン、と妙な手ごたえを感じて剣が弾かれてしまう。
「こいつ……中級の物理耐性持ちか?」
物理耐性スキル。剣などにおける物理攻撃を粗方弾いてしまう厄介なスキルだ。
だが、それをキラーファングが持っているなど聞いたこともなかった。
「はッ! 生意気なスキルを持ってやがるじゃねぇか! 獣風情がよォ!」
ドルガは獰猛な表情を浮かべた。
これくらいのイレギュラーはドルガにとっては想定の範囲内だ。
環境によって魔物が想定外のスキルを持っていることなどよくあることだった。
このキラーファングは元々、ここには生息していないイレギュラーなモンスターだ。
物理耐性を持っているのはさすがに想定外だが……、このくらいの対処は出来ないはずもない。
「固定――結界」
ドルガは固定魔法と結界魔法を唱え、キラーファングの動きを封じた。
「グォオオオオ!!」
キラーファングが怒りを露わにして、固定魔法から抜け出そうとするが、抜け出せない。
しかし、想定以上の強力な力で固定魔法が解除されてしまいかねない。
「はッ! やるじゃねぇか、獣風情! だが――――これで終わりだ!」
ドルガは呪文を唱え、またも別の魔法を発動する。
「荒れ狂え――暴炎!」
中級魔法『ラーフファイア』。炎の荒波で相手を飲み込む、攻撃性の強い呪文だ。
それをキラーファングを包み込んでいる結界内にて発動。集約された炎が一点集中されて更に威力を増す要因に繋がった。
山に生えた木々が周囲にあることを考えた上で、山火事になる危険を抑えているという理由もある。
ドルガはその性格上、剣での接敵を好むが、その真価は中級魔法のバリエーションにこそあった。多様な魔法を使いこなし、接敵しても相手を即座に斬り倒すという戦闘スタイルが彼をBランク冒険者まで押し上げた要因になっている。
「すげぇ……ドルガさん」「さすがはBランク、獣なんて目じゃねぇな」
仲間が口々にドルガを褒め称える。ドルガもその賛辞を気持ちよく受け取った。
「おい、テメェラ! 魔法が収まったら即座に消火作業だ! 山火事にでもなったら事だからなぁ、終わったら飲みなおすぞ!」
「はい! ドルガ――――さん?」
仲間の一人がドルガの呼びかけに答える。
だが、彼の言葉はいきなり遠くなった気がした。いや、事実遠くへ行ったのである。
「……え、雨?」
もう一人が、疑問の声色を上げた。
何故なら空には星空と月が見えていたからだ。
頬に当たった「雨」を拭いとる。ねちょり、と妙に粘っこかった。
「――――ひッ」
冒険者は気付く。それが「雨」では無いことに。
それは血だった。血の雨が辺りに降り注いでいたのだ。
その血は頭の無くなった冒険者の首から大量に降り注いでいたのだ。
「え――――ぎゃアァ!」
それに気づき恐怖の表情を浮かべた冒険者の一人が、即座に肉塊へと変わる。
「おい――――何が起きている!」
ドルガは大声で仲間に呼びかける。
松明こそあるものの、辺りは暗い。何が起こっているのか状況を判別するのに時間を要した。
だが、ドルガは気付いた。固定魔法、結界魔法が破られていることに。
そして、辺りを見渡すと燃えた火が高速で移動していることに気付いた。
――――あれは俺達の松明の火じゃない。ドルガは新たに警戒態勢を敷いた。
「おい、テメェラ、あいつを見やがれ! あいつは――キラーファングはまだ殺ってねぇ!」
冒険者たちはドルガの指し示す方向へと視線を送った。
火が高速で動いている。その周囲には大きな影。何かが高速で動き回っている足音が耳にうるさく響く。
「畜生、速ぇ……あの巨体でなんてスピードだ。身体強化呪文でも使ってやがるのか?」
巨体である上、火が点いているだけに暗闇であっても目で追えるのは幸いだった。
しかし、それが見えてしまうだけにそのモンスターがどれだけ常識知らずな速さをしているのか否が応でも分かってしまった。
「――――プギャァ!」
また、仲間の一人が殺られた。
死体は爪で撫でられただけ。にも関わらず上半身は吹っ飛ばされていた。
しかも、ドルガは冒険者が殺された時、一瞬だけキラーファングの巨体を見ることができた。
三メートルを超す巨体。ドルガの魔法で焼かれ、皮膚が爛れている。
しかし、その皮膚は物凄いスピードで再生していた。
(治療――いや、違う! 再生スキル持ちか!)
再生スキルは回復魔法よりも治療スピードが遅いものの、呪文や所作無しで常に回復することが出来るという非常に便利なスキルだ。
故に敵にすれば恐ろしい。
回復スピードから考えてもスキル熟練度は低いであろうことは想定出来たが、他スキルもあることを考えると、凶悪過ぎた。
(物理耐性、身体強化、再生スキル――――厄介なスキルがこんなに……奴はただのキラーファングじゃねぇ!)
ドルガはそれを悟った瞬間、面々へと告げる。
「お前ら、ここは広場まで一旦引くぞ! ここで相手出来る奴じゃねぇ!」
ドルガの言葉に冒険者たちは我に返ったように、走り出す。
相手は木々が生えている中でも走り回れるほど小回りが利き、こちらを撫でただけで絶命されるほどの力を持つ。夜目も利き、松明で辺りを照らしながら戦っているドルガ達よりも圧倒的に有利と言えた。
冒険者たちは広場――野営していた場所を目指して走る。
ドルガはその殿を務めた。剣戟威力倍加の強化魔法を唱え、キラーファングが出てくるのに備える。
これならキラーファングの中級物理耐性を突破できる。
「来やがれ、化け物が……ッ」
ドルガは感覚を鋭敏にして、後ろを警戒しながらキラーファングが出てくるのを待つ。
しかし、
「ぎゃあッ!」
ドルガとは違う場所、前方の冒険者が悲鳴を上げた。
どさり、と身体が崩れ落ちる。見て分かる致死の怪我。
キラーファングはドルガを嘲笑うように、他冒険者へと攻撃を仕掛けていた。
(畜生……ここで一端止まるか……ッ、いや、止まればさっきの二の舞だ。とても対応できねぇ!)
ドルガはそれを瞬時に判断し、声を荒げる。
「走れェ! テメェラ、止まるんじゃねぇ!」
「は、はい!」
冒険者たちは泣きそうな声でドルガの呼びかけに答えた。
走っている中、その内の誰かが襲われる。ドルガ以外、中級の物理耐性を突破できる攻撃力を備えている者はいなかった。
キラーファングからしてみれば、これほど簡単な「狩り」はない。
「はぁ……はッ、はぁ……」
ようやく野営していた場所に辿り着いた。
人数は九人。当初は二十人近く居たことも考えると、かなり数を減らされてしまった。
だが、広場であればまだ、応対は可能だ。
広場に残っていた冒険者もまだいるし、何より広い場所であればスピードで攪乱される心配もほとんどない。
「おい、反撃開始だ! あの獣風情に良い気にさせてんじゃねぇぞ!」
――――
「はぁ……はぁ、はぁ……畜生! 畜生!」
ドルガは山道を逃げ回る。
惨めに、敗北者として。
広場での戦いは――――惨敗だった。
一人、また一人とキラーファングに殺されていった。
しかも死体が無残で、その死体が他冒険者へ恐怖を与えてしまった。
開けた場所であっただけに死体をまざまざと見えてしまったのも、敗因だった。
恐怖で身体が強張った冒険者が格上相手に力を発揮できるはずもない。
ドルガが連れてきた取り巻きの女冒険者も殺された。
彼女らとて冒険者の一員だ。このような稼業、死の危険を感じていなかったわけじゃないだろう。
だが、キラーファングに生きたまま食い殺される未来は想像していなかったに違いない。
それを目の当たりにしたドルガは、死を予感した。
自らも食い殺される――――そんな未来を想像してしまったのだ。
仲間も女もプライドすらも失って――――ドルガはその場から逃げ出した。
ドルガが居なくなった広場は正に生き地獄だった。
背中に「ドルガさん! あんたァ……なに、逃げて! 戻れ、戻れェエエエエ!!」という悲鳴が突き刺さる。それでもドルガは脚を止めなかった。
仲間を見殺しにしたのだ。
「畜生! ちく、しょう!」
ドルガは倒れても倒れても、なおも逃げ続けたのだった。