第二十一話 魔王様、期待ですか?
「……え? どうして、ですか?」
アルカは呟いた俺の言葉に、疑問を返した。
だが、こんなものはつまらない――いや、滑稽ですらある。
「『勇者』……こんなにもつまらなくて、愚かで、馬鹿な連中ばかりだとは思わなかった。俺は奴らに――――期待すらしていたのに……」
俺は魔王だ。『勇者』の連中を忌々しく思うのは当然だ。
だが、その一方で俺は奴らに期待していた。
魔力において魔族よりも大きく劣る低俗な人間でこそあるが、それでも魔王の前に立とうとする蛮勇を俺は認めていたのだ。
加護や祝福――――そのような魔族では持ち合わせない力を以て、全身全霊で立ち向かってくる。
だからこそ、俺も手加減はしない。
全力で叩き潰すし、何人もの魔族や魔物を屠られた怒りを晴らす。
だが、魔族は人間とは比べられないほどの遥かな長い刻を生きる。それ故に自らを上回る可能性を持つ生物には畏敬を覚えるのだ。
勇者に屠られた魔族も、彼らを恨みつつも、どこか畏敬や尊敬を覚えていたはずだ。
強い者と戦い、そして滅びる。それは魔族の終わり方として決して悪くはない。
魔族の本質は闘争心だ。それを満足させた相手にはそれなりの敬意を払うのもまた、礼儀の一つである。
そして、俺もまた、全てを賭して戦う勇者をある種、尊敬していたのだ。
だが――――結果はどうだ。
彼らは地位や生まれに固執し、重要なものが見えていないではないか。
個人個人は立派であっても、種として、組織として、国としては愚かという一点に尽きる。
結局、奴らは全力ではないのだ。全身全霊など、出鱈目。
彼らは片手間でこの魔王たる俺と戦っていたのだ。
そんな奴らに、俺の首は差し出せない。
……とは言え、魔王個人ではなく、魔族・魔物を統べる者としては喜ぶべきことには違いないが。
そう言って『勇者』を蔑む俺に対し、アルカは怒りを露わにした。
「そ、そんなことはありません! 『勇者』は『勇者』はきっと――――」
「本当か? そう言い切れるか?」
「それは、その――――」
「お前、男に変装していたが……それも結局はつまらぬ柵があったのだろう? 女では『勇者』として正当に評価して貰えないから」
「ど、どうしてそれを――――」
動揺を口にするアルカに対して、俺は溜息を吐いた。
やはりか。俺の前に現れた勇者に女は一人もいなかった。取り巻き共に女はいても、勇者自身は皆、男だ。
それに加えて勇者見習いであるアルカは女であることを隠していたと言った。
繋がりがないとはとても思えなかった。
「『勇者』はその……男性の職業なんです……。登録こそ出来ますが……その、女であるというだけで勇者としては取り合ってもらえないことも多くて……」
地位差別。生まれによる差別。性差による差別。
理不尽に過ぎるとはまさにこの事だ。
人間は本気で、魔王(俺)を倒す気があるのだろうか。
「アルカ。お前は父を正したいと、理不尽を正したいとそう言っていたな?」
「……、はい」
「女であることを否定されたお前も結局は理不尽を受け入れているじゃないか。笑わせるな、何が『勇者』だ」
俺は思わず口調を荒げた。
つまらぬ柵に固執する人間たちに愛想が尽きたからだ。
それはアルカとて、例外ではない。
こいつは善人だ。理不尽に抗う強さを持っている。
だが、そんなこいつでも――――結局は人間。つまらない柵には捕らわれるしかないのだ。
しかし、
「……サタンさん、ありがとうございます。そう言って戴けて」
アルカはそう言って見せた。
「ボク、その……間違ってました。世間を認めさせるならサタンさんの言う通り理不尽を受け入れてはいけないんです。ボクはボクのやり方で『勇者』を目指します。魔王を――――倒します」
アルカははっきりと口にする。
自分の『勇者』を。
「そうか」
俺はそれに端的な言葉を返した。
肯定するでも、否定するでもない。
ただただ、真っ直ぐな言葉を。
だが、俺はそんな『勇者』を尊敬だけはするのだった。
――――
俺はアルカと共に洞穴を出る。空を見ればゆっくりと白み始めていた。
まだ辺りは薄暗いものの、移動を開始し始める。
洞穴では裸だったアルカも今は装備にて全身を固めている。
改めて見ると幼い男に見えなくもない。そもそも分厚い胸当てや鎧で全身を固めているのだ。重装備とは言えないまでも、身体の線は出づらい。
さらにアルカは黒髪短髪、中性的な顔立ち。男だと勘違いする者がいても仕方がない。
洞穴を出た後は街道沿いに出るべく、山道を歩いていた。
先頭を進むのはアルカ。俺は後へと続く形だ。
アルカは指先に灯った光を頼りに前へと進む。
初級魔法である『光源魔法』だ。光を放つ以外の効果はないが、それだけにこういった薄暗い道を歩く際には役に立つ魔法である。
獣道すらない荒れた山道。転移スキルを使いたいところだが……、アルカと一緒にいる以上、転移スキルを使うことはできない。
元々ドルガ達と共に野営した場所へは出来る限り近づかないようにしていた。よって迂回するだけ荒れた道を選択することとなる。
今は彼らとは接触しない方が無難だ。
俺があいつらに会えば、ドルガごと全員を殺してしまいかねない。
となるとそれを目撃することになるであろうアルカも生かして返すのは困難。
結構な労力をかけてアルカを助けたのにも関わらず、こいつを殺すことになるのは…………まぁ、出来れば避けたいところ。
「ええと……この辺りは、ドルガさん達と野営していた場所でしょうか?」
山道を歩いている最中、アルカが呟く。
確かにここはドルガたちと一緒に居た場所から近い。
アルカがそれに気付いたということは何らかの感知スキルでも使っているのだろうか。
いや、それだったら俺が魔力の使用に気付く。単に周囲の景色やその他で気付いたようだ。
まだ陽は上っていない。周囲は薄暗いと言うのに……、こいつは意外にも鋭いところがあるようだ。
「…………ッ」
そんな中、俺はとある「匂い」に気付いた。
「サタンさん……どうしましたか?」
「いや…………」
アルカが俺の様子に気付き、声をかけてくる。
だが、アルカもその「異常」には気付いたようだった。
「……サタンさん、これは」
「ああ」
俺は頷く。
「血の匂い……しかも強烈な」
風の方向を確かめた。明らかにドルガ達と野営していた場所から風が吹いている。
「…………行ってみましょう」
アルカが口を開く。彼女も今、ドルガ達と出会うのは危険だと分かっているはずだ。
しかし、それでも――――彼女の正義感が無視することを許せないのだろう。
「安心してください。サタンさんはボクがちゃんと守りますから。どうか……」
俺を相変わらず見習い冒険者だと思っているであろうアルカはそう口にする。
肩を竦めつつ、そして言った。
「俺は戦えない。危険と分かったらすぐに逃げるぞ。それで良いか?」
「はい! ありがとうございます!」
アルカは笑顔で言う。しかし、すぐに表情を引き締めつつ、ドルガと野営していた辺りを目指した。
俺も彼女の後を追う。血の匂いがどんどん濃くなっていくことが、分かった。
引き裂かれた肉と噴き出した血の匂い――――間違いない、人間のものだ。
「…………これは」
野営地へと辿り着き、アルカは悲しげな表情を浮かべた。
俺はと言えば、特に驚きはなかった。
だが、人間から見ればこれがどれだけ残酷な光景なのかはすぐに分かった。
俺とアルカの目の前に広がっていたのは、冒険者たちの無残にも引き裂かれた死体だった。