第二十話 魔王様、アルカの過去ですか?
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「ねぇねぇ、お父さーん! お母さんから聞いたよ? お父さんって『勇者』だったんでしょ?」
アルカは父へと駆け寄って、母親から聞いた事の真偽を尋ねた。
アルカは当時十歳。父親が大好きで、父の偉業を聞けばなおの事、それを誇らしく思った。
父は無邪気に笑いかける娘を見て、言った。
「ああ。……だが、昔のことさ」
父は懐かしさをその目に抱いた。
そして同時に、どこか寂しげな表情をしたことをアルカは見逃せなかった。
「どうしたの、お父さん?」
アルカは再び尋ねる。父は肩を竦めた。
「……何でもないよ、アルカ」
そう言って父はアルカを抱き抱える。アルカはそれ以上は聞かなかった。
しかし、『勇者』であった過去を前にどうしてそんな寂しそうな表情をするのか。アルカには理解できなかった。
勇者と言えば誇らしい者たちのはずだ。なのにどうして……。
それからと言うものアルカは『勇者』のことを調べた。そして、父のことも。
父のことを知りたくて、アルカは頑張って頑張って、やっとの思いで父の過去を調べ上げたのだ。
調べてみれば見るほど、父は偉大な勇者だった。数々の功績を残していたし、娘のアルカにはそれを誇りに思えた。
父はもっと自分の過去を自慢した方が良い。アルカはそう思っていた。
ある日、アルカは父にこんな事を言ってみた。
「お父さん! 私も『勇者』になっても良い?」
父に憧れて、自分もそれを目指したい。
アルカはそれを父が喜んでくれると、応援してくれると、そう考えていた。
しかし、父の反応はアルカの想像していたモノとは大きく違っていた。
「…………ッ、駄目だ!」
父はアルカの言葉に大きくかぶりを振った。
しかもその表情には悲壮的な感情が浮かんでいる。
「……なんで? お父さん、なんで『勇者』は駄目なの?」
父はその質問に何も答えなかった。
だが、その表情はアルカが一度も見たことが無いものだった。
下唇を噛んで言いたいことを必死に抑えているような、そんな表情。
その上で何を言って良いか分からない、複雑な心境を思わせた。
父の表情の理由を、アルカは大きくなってから知ることとなる。
「やっぱり……おかしい……」
十四歳になったアルカは「それ」に気付いてしまった。
アルカは聡明だった。十四歳にしては物を知っていたし、きちんとした教育を受けることも出来ていた。
だからこそ、そのおかしさに気付けたとも言えよう。
「……お父さんは凄い『勇者』だったのに、何で、今はギルド職員なんてしているの?」
現在の父はアステア国王都のギルド本部で働く職員であった。
いや、アルカは父の仕事を誇りに思っていた。
父は自分の仕事を「頑張っている者たちを陰から支えることが出来る、遣り甲斐のある仕事だよ」と言っていたし、アルカはその通りだと思っていた。
だが、おかしい。この仕事は元・凄腕の勇者がやるような仕事ではないのだ。
アルカは『勇者』のことについて多くを調べたから知っていた。
父と同じぐらい――いや、それ以下の功績であった『勇者』であっても、今は重要な仕事に就いている。王国騎士や領主、政治の中心である元老院幹部、王族での剣術指南役などなど……。
どれも高い地位、権力を持っている職業だった。
一方、アルカの父は、たかだかギルド職員。他の勇者の現在に比べれば、閑職も良いところであった。
父にその事を尋ねると、父は初めて娘の頬を叩いた。
「アルカ。他人と比べても、それは空しいだけだ。それよりも今、自分に出来ることを頑張りなさい」
そう言って父は娘を叱った。
だが、アルカは父が怒っているようには見えなかった。
怒っているというよりも、どこか自らに言い聞かせているように見えたからだ。
納得できなかったアルカは母にその事を尋ねた。
母は少しだけ悲しそうな顔をした後に、優しい口調で説明してくれた。
父が平民出身であったこと。
平民出身でありながら奇跡的に加護や祝福に恵まれた父は勇者として偉大な活躍をしたこと。
その功績を称えられ、貴族の地位をもらったこと。
だが、父の功績からしてみれば下級貴族という扱いは明らかに差別的であったこと。
それを母親から聞かされたアルカは父に申し訳なく思った。
そして、歯がゆく思った。
この世界の、この国のルールを。
つまり父は平民出身であるが故に功績に見合った褒美を貰えず、さらにはギルド職員という閑職に甘んじているのだ。
考えてもみればアルカは父の偉業を調べるのに大きな労力を費やした。
それ自体がすでにおかしかったのだ。
父くらいの偉業であれば調べる以前に、知っていて当たり前だ。
事実、アルカは父くらいの功績を上げた勇者の名前は知っていたからだ。それくらいの勇者であれば噂伝いで知ることができる。
にも関わらず本に載っていた父の偉業はわずか数行にしか記されていなかった。他の偉業については何冊にも渡って、偉大なる冒険譚として書き上げられていたにも関わらず。
『勇者』の多くは世襲だ。『勇者』の子供は『勇者』を名乗ることが多い。
何故なら加護や祝福の多くは親や子へと受け継がれる。
強い親の子供は強い。『勇者』の家系はそうやって何代にも渡って自らの『勇者』を育て上げてきたのだ。
だからこそ、『勇者』はその生まれを重視する。いや、勇者だけでない。今現在におけるほとんどの職業は生まれを重要視されるのだ。
その者がどんな功績や努力を行ってきたかなど、些細なことでしかない。
おかしな制度だと思った。少なくともアルカには。
だが、そのルールを作っている者たちの多くも、優秀な家系の出身だ。
だからこそこのルールは変わることのない絶対のルールだ。
この国は根本から強い者は強いという考えの元に作られていたのだから。
しかしだからこそ――――アルカは『勇者』となった。
この理不尽を正したくて。自らが正しさを証明すれば、父の偉業が正しく評価される。
それを信じて、十六歳になったアルカは旅に出たのだ。
――――
「ボクは『見習い』からスタートすることになりました。ボクはそこまで強くはありませんが……しかし、弱くもない、と思います。けれど、所詮は二代からなる『勇者』の家系。評価には値しないとのことでした」
アルカは自嘲気味に言った。
自嘲したのは自分なのだろうか。それともそんなルールを敷く国に対してだろうか。
「ドルガさんのことはギルド職員である父を通して知りました。父の元へと送られてきたギルド職員による密書を、ボクが偶然見ちゃったんです」
「なるほど」
俺はアルカの話を聞いて、妙な納得を覚える。
アルカは非常に正義感が強い。さらには俺のような理不尽に貶されているような人間を放っておかない。
それは命を賭して、他人を守るほどのもの。
はっきり言って異常だと思っていた。
人は簡単に他人を守れない。それが自らを犠牲にしたものであれば尚のことだ。
とは言え、アルカは俺を守っていたのではないのかも知れない。
アルカは俺を通して、理不尽を正していたのだ。もっと言えば父を。
「父には黙って出てきました。止められることは分かっていたから……でも、ボクは、我慢できなかったんです。変えたかったんです……この世界を。ボクが正しさを証明して、そして誰も無視できないほどの偉業――――例えば、魔王を倒せば……この理不尽は正されるんじゃなかって」
「…………」
俺はこいつに同情してやることはできない。
何故なら俺こそが魔王だからだ。それは「元」であっても同じことだ。
俺はこいつの正しさのために死んでやることはできない。
俺は俺の為ならば、こいつを躊躇なく殺すことができる。
だが、こいつのこの行いを――こいつの正義までを否定する気にはなれない。
何故なら人は理不尽に抗う生物だから。
理不尽たる強さを持つ俺へと抗ってくる者たちを俺は知っている。
だが、奴らも結局は理不尽を敷いていたのだ。
……つまらない連中だ。『勇者』とは。
「でも……ボクは貴方が受ける理不尽すら、正すことが出来ていません。こんなことでは『勇者』失格です……父の正しさを、ボクは証明することができない……」
アルカの目には涙が流れていた。
半裸で涙を流す女の子と二人きり。……何だこれは。試練か?
こっちの経験値がゼロの俺にはどうすれば良いかは分からなかった。
……とは言え、言いたいことはある。
俺は浅い息を吐いた後、言った。
「勇者とは……こんなにもつまらない連中だったのか……」