第十九話 魔王様、女の子と二人きりですか?
満を持してと言わんばかりのアルカの告白に、俺は溜息を吐いてから言った。
「そんな事、最初から気付いていた」
「…………え?」
さらに動揺した様子のアルカ。
だが、俺にしてみればこれは驚くにも値しない。
魔王軍幹部であるラストロの変装ですら見破る俺だ。たかだか人間ごときの変装、しかも相手は魔法やスキルを一切使っていないのだ。
これで気付くなという方がどうかしている。
そもそも隠しているとすら俺は思っていなかった。
「そ、そうですか……今まではどうにか隠しきれていたのですけれど……、さすがはサタンさん、大人ですね」
「…………」
無言。アルカに比べれば年の功こそあるが、性経験すらない俺を大人と言って良いのだろうか。
アルカとの間に静寂が流れた。焚き木の音だけが間を埋めていく。
アルカは再び俺の上着を羽織った。俺とて彼女の裸を見たい訳ではない。人間相手とかそういうの以前に恥ずかしがっている者と一緒にいると、俺も何処か気恥ずかしさを感じてしまう。
俺は歳こそそこそこだが、これについてはまだ達観できるほどの経験値がないのである。
だからアルカが上着で身体を隠してくれるのは正直、助かる。……情けないな、俺。
「それにしても」
静寂を破るように呟いたアルカ。さらに言葉を続ける。
「ボク、結構な重傷を負っていたはずなのですが……。傷も塞がってるし、それどころか傷跡すらない。あと、弓矢には毒も塗られていたような……。もしかしてサタンさんは回復魔法や毒消しの魔法まで使えるんですか?」
「多少だがな」
俺はそう言って頷く。
回復魔法はともかく毒消しは使えないのだが……、治療したのは事実だ。
それに魔力感知して、消滅魔法で毒を消したなどという奇想天外な方法を使ったなど言えるわけもない。
ここは無難に「魔法が使える」と言っておいた方が良いだろう。
「では、その……サタンさんは何故、『見習い』なのですか? それだけの実力があれば村では冒険者として重宝されるはず。ランクの設定ミスでは?」
そして、アルカは当然の疑問に行き着いた。
……ここは多少強引に話を変えた方が良いかも知れないな。
「少し込み入った事情があってな。お前にも『見習い』という事を話せない事情があるのだろう? ここは一つ、お互い干渉しないということにしないか」
「え、でも…………」
アルカは納得いかないという表情を浮かべたものの、結局、口を閉じた。
お人好しなこいつのことだ。自分が事情を話せないのに、相手の事情に触れることは良心が許さぬのだろう。
「これからの予定だが……。お前の服が乾き次第、ここを出て一度、ティアルカに戻ろうと思う。そしてドルガの事を報告しよう。俺だけなら説得力に欠けるが、お前も事の一部始終を報告して貰えれば信憑性も増す」
俺は一旦話を変えて、アルカにそう提案した。
ドルガをさっさと葬りたかったところだが、アルカがいる今は激しい動きを控えたい。
それよりも今は現状を報告して、ドルガの地位を失墜させるべきだ。
ドルガが村を仕切っている今、奴を殺せば少なからず村に大きな波紋を生む。
先程はそれを知っていてなお、殺そうとするくらい腸が煮えくり返っていたが……。
冷静になった今はもう少し利口に動くべきだと分かる。
奴を消す前に、ドルガ中心に回っている村の現状を少しでも変えておいた方が良いのだ。
ドルガが居なくても村が回るような現状を作った後、奴を殺す。
こうした方が村にとっても、そして村で暮らそうとする俺にとっても色々と都合が良いのである。
そもそも奴が村に必要とされているのは、奴が唯一のBランク冒険者だからだ。
しかし、今は奴より強い実力を持つアルカがいる。
アルカがどれだけ村に滞在するつもりかは知らないが、こいつは正義感が強い。村に必要とされれば、滞在時間を延ばしてくれる可能性は高い。
その間に村の現状を整える時間を稼ぐ。この辺りはギルド頼みになるが……さすがにどうにかしてくれるはずだ。
奴を失墜させるための材料もある。「同胞殺し」は冒険者にとってタブー中のタブー。いくらドルガが村で幅を利かせているからと言っても、これは罰を逃れきれないだろう。
そうなって信用を失くさせてから、村の現状改革を行った後、奴を殺す。これが現状で考えられる、よりベターな選択だ。
奴が居なくなることで村の現状が良き方向へと向かう。そうなれば俺が住みやすくなる。
もちろん俺が奴を殺すことで溜飲を下げることにも繋がる。
実に良い結果だ。ここまで上手く行くとは限らないが、こうなればしめたもの。
その後は軽く金を稼いで、当初の予定通り、のんびりスローライフでも送ることにしよう。
「…………」
俺が今後の事を提案する中、アルカが無言になる。
「……どうした?」
無言になったアルカへと俺は声をかける。すると、「は、ひゃい!」と素っ頓狂な声を出しつつ、言った。
「あ、えと……サタンさんの判断で良いかと思います!」
「もしかして他に何か良い案があるのか?」
俺の言葉にアルカはかぶりを振る。
「いえ、ただ……」
「ただ?」
「その……えと、申し訳ないなって思って」
「申し訳ない?」
俺はアルカの言葉に疑問を返した。
「その、ボク、勇者なのに……、サタンさんに色々助けて貰っていて、駄目だなって思って……それに、ドルガさんのことも……」
「ドルガのことならそれこそお前の所為じゃないだろう。むしろ俺が助けられたくらいだ」
「いえ、そうじゃないんです」
「…………?」
どうも要領の得ない会話を前に、俺は首を傾げた。
アルカは少しばかり躊躇しつつも、やがて口を開いた。
「いえ、その……ボク、元々、ドルガさんのこと……彼の悪行を知ってたんです」
「知っていた?」
俺の言葉にアルカは頷く。
「ええ。少しだけ長い話になるのですが……」
アルカはそう前置きした後に、自らの事情を話し始めた。
更新! 残念ながら今日はこれ一回きりの更新となります。モットコウシンシタカッタ……
明日からまた頑張りますので、どうか宜しくお願い致します。