第十一話 魔王様、呑み仲間ですか?
日銭を稼ぐ仕事にすらありつけなくなった俺は、その日、あてどなくブラブラと村の中を散歩していた。
実際、仕事がないことは俺にとって悪いことではない。かつて魔王として君臨していた俺が、こうして日がなブラブラするのなんて生まれて初めてのことだろう。
この解放感! 重圧に追い回されていない日々! 厄介ごとが入って対応に追われることもない……この瞬間の何と清々しいことか!
皆が働いている中、こうして暇を潰すという背徳感がなんとも心地良い。
これで他冒険者が俺の横を通り過ぎる度、「早く辞めちまえよ、おっさん」とか「恥ずかしくないのか、無職」とか言ってこなければ、もっと素晴らしい一日であったことは間違いないだろう。
実際、ドルガの処理についてはどうするべきだろうか。
いや、消すのは簡単だ。殺害、洗脳、呪いなどなど……奴を消す手段なんて幾らでもある。
なんだったら今からあいつの元へと乗り込んでいって、その頭を掴み、頭蓋ごと握りつぶせばそれだけで解決することだ。
Bランクの冒険者? あの程度の能力で魔王へ挑んでいるというのなら、それは馬鹿としか言いようがない。
雑草を踏み潰す感覚で、俺は奴を消すことが可能だ。
だが、それでは面白くない。
せっかくの「敵」なのだ。手に入れた玩具をすぐに使い潰してはつまらないのだ。
まあ、いざとなればどうとでもできるさ。今はこの「暇」を存分に楽しむこととしよう。
「おい、日もまだ沈みきらないってのに、暇そうだな?」
そんな中、またも俺は道行く者から嫌味をぶつけられた。
またドルガの取り巻きか……。そう思ってそちらへと視線をやると、
「大変そうだな、サタン」
「あんたは……」
そこにいたのは冒険者ではなかった。
年相応にくたびれた顔つき、しかし身体は鍛えられた者のそれだ。
それを鎧で覆い、腰には剣をさしている。
「……ラルカ、だったか」
それはティアルカに来た初日にあった衛兵だった。
「覚えていたか、その歳で痴呆ってことはないらしいな」
ラルカはくっくと喉を鳴らす。
村の連中はドルガの影響か、俺に話しかけもしないのだが。彼は俺へと笑いかけていた。
「良いのか? 俺に話しかけてると他の奴らが良い顔をしないんじゃないのか?」
「あぁ? ああ、ドルガの腰巾着どもか。情けねぇ奴らだ、俺のところにも来たよ。『冒険者見習いに口を聞くな』ってな」
どうやら奴ら村中の者たちに俺へと辛く当たるように言って聞かせているようだ。
なんというか、それは、まあ……ご苦労なことだ。
しかし、ラルカは豪快に笑って見せた。
「一蹴してやったよ。『テメェらの指図は受けねぇ』ってな。大体ムカつくんだよ、奴らは。自分らだけで村を守っているものだと思ってやがる。衛兵の俺にさえ、その態度だ。こちとら二十年近くこの村を守ってるってのによ」
肩を竦めて、ラルカは言った。
村の連中の中にも、ドルガの言いなりにならない奴というのもいたようだ。
「あいつらがこの村に来たのなんて極々最近だぜ? 若ぇ奴が調子に乗ってんじゃねぇよ。……ま、つうわけで俺はあんたの肩を持つぜ、サタンよぉ」
そう言ってラルカは俺の肩をバシバシと叩いた。
人間ごときが馴れ馴れしいと思わなくもなかったが……、しかし、今回ばかりは許してやろう。
組織において他人に流されない思考をする奴は重宝する。ラルカもまた、重宝するに値する人間のようだ。
「サタン。俺の仕事が終わったら一杯やらねぇか?」
「悪いな、金がない」
「馬鹿野郎、無職のお前に金は払わせねぇよ。いや、冒険者見習い、だったか? ガハハ」
そこまで言われては俺も断わるわけにはいくまい。
日が暮れた後、俺はラルカに連れられて村の食堂へとやって来ていた。
「酒場じゃなくて良いのか?」
俺の言葉にラルカは首を横に振った。
「この時間、酒場には冒険者が集まっているのよ。そんな連中の横じゃあ楽しく酒が飲めねぇ」
「なるほど」
納得する俺をしり目に、ラルカは慣れた様子で食堂の女将に注文をしていた。
「ラルカさん。食堂で酒を頼むのなんてあんたくらいだよ、まったく」
恰幅の良い人の良さそうな女将は酒瓶を持ってこちらへとやって来た。
「そう言いつつ、あんたは用意してくれてんじゃねぇか」
「まぁね、いつもご贔屓にしてもらっているよ」
そう言って女将は酒瓶とつまみになりそうな品物数種をテーブルの上に載せていく。
「そっちのあんたは噂の見習い冒険者って奴だろう? その歳で新たに冒険者稼業なんて変わってるねぇ。ドルガの奴ら相手に大変だろう」
「いや、大したことはない」
「ははは、そうかいそうかい。その様子じゃあ、まだギブアップはしていないようだ。ここに来ればサービスしてやるからさ。精々頑張んなよ」
そう言って女将は奥へと引っ込んだ。
「気の良い店主だろう? 昔っからここで食堂やっててな、作る料理も上手い。まぁその料理を自分でバクバク食うからああして、ちょっと太り気味なんだけどな」
「……あんた、引っ叩いてやろうか」
奥からドスの聞いた声が響く。その声にラルカはびくり、と震えた。
「ククク……」
「どうした、変な声で笑いだして。そんなに俺が女将に怒られたのが面白いか?」
「いや……そうじゃない。ただ、今、ようやく人の住む村に来たって気がしていてな」
「そりゃよかった」
そう言ってラルカと酒を交わした俺は、女将の作る料理に舌鼓を打ちつつ、酒を飲む。
ラルカの言う通り、女将の作る料理は絶品だった。
それはあくまで人間基準であるが、人間の身体が旨いと言っていた。
魔王である俺はそこそこ旨いモノを口にする方だったが、これは旨いというより温かい食事という方が適切だろうか。
村の中にこう言った「何度でも食べたい」料理を出す食堂があったのはありがたい。
これからも通うことになりそうだ。
「そう言えば……」
深酒をして呂律が回らなくなり始めたラルカは思い出したかのように、言った。
「この村に、どうも『勇者』が来る予定らしいぜ」