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第十話 魔王様、敵ですか?

「おはよう、マリナさん。俺が受けられそうな仕事はあるかな?」

 笑顔を浮かべるマリナに対して、俺は尋ねた。


 内心では呼び捨てにしている彼女に対して敬称をつけているのは借りがあるからという理由が大半を占めるが、そもそも俺は雌というものがあまり得意ではない。


 この歳まで性経験が無いほど拗らせてしまったのだ。雌との適切な距離の取り方が分からない以上、ひとまずは「さん」付けした方が無難という判断だ。


 一方、マリナの方はといつもニコニコと笑顔を浮かべている、明るい性格の女性だ。

 黒髪のロングヘアで、整った顔立ち。生殖機能に優れていそうなスタイルの良い、女性らしい身体つき。きっと多くの雄を惹き付ける容姿をしていることだろう。


 こういう性格、容姿の雌はモテる。これは人間であっても、魔族であっても同じことだ。

 マリナが魔族で、さらに俺がもっと若ければきっと一目惚れしていたことだろう。


 だが、今はその条件を満たさない。魅力的であることは分かるが、マリナは俺にとっては一ギルド職員に過ぎない。


「仕事ですか……あの、その」

 そんなマリナであったが、俺の言葉に気まずそうな表情を浮かべた。


 いつもは快活な笑顔を返してくれるにも関わらず、どうしたことだろうか。



「その、すいません……今、サタンさんに紹介できそうなお仕事がその、無いんです」

 そう言ってマリナは心底、申し訳なさそうにしていた。


 「見習い冒険者」のランクにいる俺は受けられる依頼は限られている。

 基本的に魔物との遭遇率が低い依頼。


 村での力仕事や、店でのちょっとした手伝いなどが俺のここ三日間の主な仕事となっていた。冒険者というよりは村の便利屋という立ち位置である。


 ただ、この三日間、それなりに仕事はあったにも関わらず……これはどうしたものだろうか。

「その……」

 疑問に思う中、マリナはギルドの一角に溜まっている冒険者たちへと目を向けた。



「すいません……彼らが、サタンさんの受けられそうな仕事は、取ってしまっておりまして……少なくとも、今日、紹介できそうな仕事はありません……すいません」

 マリナの言わんとしていることは分かった。


 俺はどうやら冒険者たちから本格的な嫌がらせを受け始めたようだ。


 俺は今のところ日銭を稼ぐくらいの仕事にしかありつけてはいない。にも関わらず、彼らがその仕事を受けるようであれば、俺はその日銭すらも稼ぐことはできない。


 彼ら冒険者はそれ以外の仕事も受けられるはずだ。彼らのランクがどれぐらいかは知らないが、魔物と対峙するような仕事も多くある。


 それを受けずに稼ぎの悪い見習い仕事をするということは、彼らにとっても好ましくないことのはず。


 それを知っていてなお、俺の邪魔をするか…………面倒な連中だ。



「あ、あの……ちょっとお時間宜しいですか?」

 マリナは俺の手を掴むと、共に店の裏口からギルドを出る。


 そして、周囲に誰もいないことを確認して、こちらへと振り返ると、


「ごめんなさい」

 と深く頭を下げていた。



「いやいや、なにを……。頭を上げてくれ」


「でも、……サタンさんに仕事を紹介できないのは私たちの所為なんです。このままじゃサタンさんは……」


「事情は大体分かっている。ドルガの差し金なんだろう?」

 冒険者たちに俺の仕事を奪うように指示したのは、ドルガだろう。


 こんなねちっこい嫌がらせをしてくるとは思わなかったが……。



「ええ、その、……すいません」

 またも、マリナは頭を下げた。

 そんな彼女に対して頭を上げるように言う。


「謝るのは止めてくれ。少なくともあんたの所為じゃない」


「いえ……その、彼らには彼らにあった仕事が、サタンさんにはサタンさんにあった仕事があるんです。ルール違反では無いとはいえ、それを制御しきれないのであれば、それはギルドの責任なんです」


「……奴は、ドルガはこの村ではそこまで大きな権力を持っているのか?」

 俺の質問に、マリナはおずおずと頷いた。



「その、ドルガさんはこの村で唯一のBランクの冒険者なんです。だから難易度の高い依頼は彼に頼らざるを得ないのが、今のティアルカの現状でして……。さらにここ最近は何故かモンスター被害が増えておりまして、彼が居なくなったら被害拡大で、村に大きな被害が齎される危険性も……。だから今のギルドは彼に逆らうことができません」


「以前、あんたが言ってたが……他のギルドから高ランクの冒険者とやらを呼ぶことはできないのか?」

 マリナは俺とドルガが諍いを起こした時、そのようなことを口走っていた気がするが。


「……今の現状は好ましくありません。これを踏まえ、ギルド本部へ要請してはいるのですが……、辺境の村であるティアルカには派遣するのは難しいとのことで。ええと、この前はその、すいません……ついカッとなって言ってしまいました」


「いや、俺もあれで助かった。謝る必要はない」

 しかし……ドルガもこの現状を知らないわけではないだろう。


「ドルガさんはその……我々の現状を知っているのでしょう。以前から何かと問題行動の目立つ方でしたが、ここ最近になってからというもの更に横暴に振舞うようになっていて……。ギルドのみならず、村の者はほとんど彼に逆らうことができません。彼が去ればモンスター被害で困るのは村民全員ですから」


 新参の俺相手ですら、ああして幅を利かせるような奴だ。

 外で同じように、いや……さらに酷い振舞いを見せているのは想像できた。


「さらにその、困るのがサタンさんのような新人冒険者へ排除するかのような行動に出ていることです。ドルガさんに従わなくては今、ティアルカで冒険者稼業を続けるのは困難でしょう。これまでその被害を受けた方はたくさんいました。それで皆、ティアルカを出て行ってしまったのです」


「まあ……普通はそうするだろうな」


「ええ。しかし、これでは新人は育ちません。いつまで経ってもモンスター対策をドルガさんに頼りきることとなります。ですが、現状は悪化するばかり……このままでは」

 そう言ってマリナは小さく溜め息を吐いた。


 マリナの表情には心労が浮かんでいた。


 まあ現状を聞く限り、どうしようもない状態だ。しかもドルガが冒険者として実力を備えているだけに性質が悪い。


 本来、彼を罰しなければならない立場にあるギルドにとっては、心労が絶えないことだろう。



「だから、その……ごめんなさいなんです。サタンさんが酷い扱いを受けているにも関わらず、ギルドではその、対応ができません。私以外の職員もすっかり彼の態度を諦めてしまっていて……」


 ここは不平不満でも並べ立てるべきだろうか。

 

 確かに理不尽だ。しかし、これはギルドに不平不満をぶつけたところでどうしようもないだろう。



「それでその……サタンさんにはこの村を出るか、転職をお願いしたく思っています。正直、サタンさんの実力では、この村で冒険者をやっていくのは難しいんです。サタンさんの生活のためにも……どうか」


「…………」

 冒険者稼業三日目でクビ宣告を受けてしまった。


 いや、俺は冒険者をやっていたい訳ではない。

 なんなら新たな商いの元手となる資金が欲しいだけだ。冒険者でなくとも良いではないか。


 だが、俺は彼女の言葉に首を振っていた。


「いや、もう少し続けていたい。辞めるのが強制でないのなら、構わないか?」


「え、何故!? もう私たちは貴方に依頼を斡旋することは難しいのですが……」


「まあまあ。幸い、ここ三日で稼いだ日銭もある。一週間くらいな何とか暮らせるだろう。その内に何とかしてみせるさ」


「何とかって……どうして、そこまで……」


「どうして?」

 俺は答える。



「敵がいるってのが楽しいからさ」


 魔王をやっていた頃。俺は仕事には恵まれていたが、敵にはついぞ恵まれていなかった。


 時折、勇者を見かけることはあっても、俺へと矛を向けられた者は100年の中で、片手で数えるほどもない。



 正直言ってしまえば、玉座にふんぞり返っているのは存外つまらないのである。



「くく……どう、『処理』してやろうかね……」

 俺は久方ぶりに気分が高揚するのを感じていた。


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