8話 『サキVSエミリア』
その頃。
街から徒歩3分のある広場に私とエミリアはいた。
初め、やはり改めて目の前に本物の武器を見ると変な汗が出る。
だがエミリアはその見た目に似合わず(失礼)、とても丁寧で心の準備などのケアもしてくれた。
まず、彼女の剣さばきを見る。
エミリアは全般の剣術を得意とし、しかもそれを生業にしていると話した。
詳しくは話してもらえなかったが、街にいた制服を着た住人を見て回っている人を見て思った。
この先の、また私が目覚めたあの森もその1つ。
彼女は魔物を駆除、または撃退する役割なのではないか。
ミズキがまだ起きていない時、夜中だ。
下の階から物音がするなと覗いてみると、疲れ果てたエミリアが帰ってきたことがあった。
昼間からお酒を飲み騒ぐ姿が嘘のようだった。
腰に短剣、そして彼女が一番得意な双剣を抜くと、
錆びた血がベッタリと付いていた。
たぶん、間違いはないと思う。
エミリアは私の身体能力が異常だと言う。
つい先ほど、ジャンプをしてみてと言われしたところ、思いの外高く飛んでしまった。
だが彼女も想像以上に高い身体能力の持ち主だった。
近くの鍛冶屋から貰ってきた廃棄予定の硬い素材を練習に斬るのを見せてもらったとき、鳥肌がたった。
少しも止まらず、瞬きをする一瞬で太い鉄棒は幾つにもバラバラになってしまったのだ。
流れるような動作はとても綺麗だった。
いつの間にか憧れをも抱く。
しかもエミリアは魔術も使える。
言わば、『魔法剣士』と言うものだろうか。
見せてくれたのは、火の魔法だった。
火、水、風、土の中の1つ。火だ。
何もないところから火を出し、
メラメラと物体を燃やしてみせる。
パチンと指を鳴らすと跡形もなく消える。(ただ指を鳴らす必要はなく、エミリアのカッコつけだった)
他に合わせ技と言って、器用な人は2つ同時に、
また3つ同時に、という風に魔術を扱うことも出来る。応用編、ということだ。
応用編というと、魔法剣士である彼女はそれ以上にまた器用なことをした。
どうやら魔法道具、魔法武器などというものが存在していて、
エミリアの双剣もそれの一種。
体内の血のように流れ、溜められていく魔力を武器に接続。
計り知れない集中力で武器と身体を一体にし、武器に魔力を帯びさせる。
すると金属製の双剣が、
火を纏い、
また金属が水に変幻、
風を操る道具に、
そして、地面を変化させる効力を持ち合わせたり。
効果は武器を使う術者次第。
武器との相性など。
実に奥が深い、エミリアは笑った。
だから毎日毎日丁寧に双剣を磨いているんだ。
「基礎さえ出来れば何だって出来るさ」
エミリアはそういうが、やはり凄いものは凄い。
ーーーーーーーーーー
「よし! じゃあ今までやったことやってみるか。 アタシが剣を構えるところに振ってみな? 怖がるんじゃあないよ、アタシを見くびらないことだ。
絶対にサキがくるところに構えてるからね」
「おっけ!」
木剣を手放し、鍛冶屋で借りてきた片手剣を構える。
ふぅ、と呼吸を整え、
「はっ」
エミリアの腹部を狙って剣を振る。
カキィンと鋭い音が耳を貫くと、ドクンと胸が高鳴った。
ーー本物だ。
やはり緊張感は侮れない。
しかし、それを上回るほど何故か私は
『楽しさ』と『興奮』がどんどん噴き出した。
感じたことのないほどのアドレナリン。
無事に守られると、私の腕はすぐにエミリアの逆腹部。
次に足、そして頭部。
キィィン、カキィンと絶えずに鳴り続け、
額から何粒も汗が流れる。
「ねぇ、サキ」
「なに、エミリア」
「少しだけ、ーー遊ぼうか?」
エミリアの口元が歪んだ。
私の口元も同じ形をした。
「いいよ」
するとエミリアの剣は『盾』ではなく、『剣』に変わった。
今度鳴った金属音はエミリアが守った音ではなく、私が守った音。
ーー初めて剣を交わすことが出来た!
恐怖など微塵もない。感動してしまった。
足を、腹を、頭を、腕を。
次々と狙われその度に私の剣はエミリアの剣を追ってゆく。
剣の軌道が面白いくらいに見える。
次どこに剣がくるのか、予測するのが楽しくてしょうがない。
剣の扱いが楽しくてしょうがない。
毎日毎日ペンを握って延々と無言で問題を解いているのとは大違いだ。
塾でひたすら受験勉強をしていた時間がつまらなかった。
なんて面白いんだ。
私とエミリアは笑っていた。
エミリアは片手剣でなく、双剣を使っていいかと聞いてきた。私は何も考えずに、いいよ、と答える。
片手剣を放り投げ、背中に装備した双剣を、
私の剣を避け、抜く。
受け止めると腕を打つ重さがズドンと襲う。
思わず顔が引き攣った。
その時、
「やばっ⋯⋯!」
額から流していた汗が、ツーと右目に入ってしまった。
反射的に目を瞑り、右半身の動きが一気に鈍くなる。エミリアの双剣は容赦なく私の右肩を狙ってきていた。
ーーまずい!
そう思った時、身体が一回転。
交していた剣を滑らせ後方に足をおき、
左脚をエミリアに伸ばし、
思い切り上へ蹴り上げた。
途端彼女は驚いた顔をしながら避け、
私は欠かさずに後ろへジャンプをした。
「⋯⋯ふふっ、危なかったかも」
さすがにあの場面で目を擦る余裕はなかった。
エミリアは目を丸くして、笑う私を見て双剣を収めた。
「⋯⋯見事」
パンパンとエミリアは手を叩いた。
「昔武術というか、色々やってたんだ」
「へぇ、だから⋯⋯。
けどそれにしては中々自分の身体使いこなしてるよ、結構驚いた。
初心者とは思えない出来だ、すぐに追い越されちゃいそう」
「そんな。さすがに追い越すことはないでしょう」
「どうだかな。ま、そう簡単に追いつかれちゃ困るけどね」
ーーーーーーーーーーー
その後、私たちは休憩することになり、
エミリアが街の市場で買ったパンに様々な見たことない食材を挟んだサンドウィッチを食べた。
彼女は私に剣術を教えるのが楽しいと言ってくれた。いつか、もし私に魔力があるようならまた一緒にやりたい、とも。
私もエミリアも体力がかなりあるのか、少し息が上がっただけで、
休憩を挟めばまたもう一回出来そうな気がしていた。
もう訓練だとかそういうのじゃなく、2人とも楽しんでやっているような感じだ。
「かーっ! うめー! これで酒があったらなあ」
「昼間はやめたら?」
「分かってねーなー。昼間に呑むから美味いんだろうが!」
この世界の飲酒年齢は22歳。
そしてエミリアは22歳。今年から法的に呑めるようになってこの酒の強さ、⋯⋯この人の体はどうなっているんだろう。
かなりのカロリーを摂取しているのにこの細い体も信じ難いが、そうか
それをも消すほど身体を動かしているんだろうなあ。
これを食べてもう少し経ったらまた再開しよう。
彼女がそう言い、話していると
「ん? あれは⋯⋯」
ふと顔を上げたとき、見覚えのある姿が視界に入った。
黒い髪の男だ。
「ありゃグランだな。おーい、グランー!」
1人で道を歩いていたのは、酒場に住んでいるグラン。
まだあまり話したことはないが、
この人も見かけによらず優しい人だ。
エミリアもだが、容姿は派手なギャルと遊んだチャラ男にしか見えない2人だが、
性格は意外にも優しい。
グランに至っては温厚なところもある。
私が今まで会ったあの類の人に、あまりいい印象がなかったからだとは思うけど。
エミリアが手を挙げたのに気がつき、グランは私たちはの近くへ近寄ってきた。
グランは欠伸をして、「お疲れ様〜、剣術の練習はどうですか〜?」と尋ねる。
相変わらずゆっくりとした口調だ。
本当に容姿と似合わない。
「エミリアの教え方が上手で凄く楽しかったよ」
敬語で話していたが、
堅苦しいから敬語じゃない方がいい。と言っていたので、
タメ語で話すことにした。
「教え方が上手だってぇ。感情論ばっか並べるようなヤツのくせにな」
「ああん? サキが言ってんだから上手いんだよ、アタシは!」
「えー、じゃあ俺も教えて欲しいなー。剣苦手だし」
「アンタは致命的にヘッタクソだもんな! ミズキが可哀想だよ」
会った当初からだが、エミリアとグランはいつもこの調子だ。
私は少し後ろに下がって聞いていようとしたが、
「そういえばミズキは? あいつもやることになったんだよね?」
ミズキの名前が出ると、私はグランに聞いていた。
するとグランは髪をかき、はははと苦笑した。
「それがね〜、あんま相性がよくないようで。見なかった? 多分こっち来たと思うんだけど」
ついさっき、だとグランは言った。
剣を放り投げ、こっち方面、酒場方面へ歩いて行ったというが私たちは見ていない。
丁度その時街に行って市場を回っていたから、入れ違いになっていたのかもしれない。
エミリアはそう答えた。
「無茶言いすぎたのかもな〜。俺剣出来ねーから教えらんなかったし。仕方ないよね」
「無駄に怪我負わせたりしてないだろうね」
「どうだかなー。帰ったら謝らないと俺が怒られちゃうわ」
残っていたエミリアが買ったサンドウィッチを手に取り、彼はパクリと食べた。
「じゃあ俺は帰ってゴロゴロしようかな。ミズキに何かお土産買ってあげようかしら、なんて」
そう笑って、グランは踵を翻した。
数歩歩いた時、ぐるんと振り返った。
私を人差し指で指差し、目があう。
「サキちゃんってさ。運動神経⋯⋯身体能力が凄いんだっけ?」
「え?」
ニコと微笑みグランは問う。
何を突然。変な感じがしたが、「そうだけど⋯⋯」と返事をする。
グランは何かを納得したような様子で、
小刻みに頷いた。
「⋯⋯ふうん。⋯⋯そういえば屋根直してくれたんだよね、ありがと〜」
「あ、いえ⋯⋯そんな」
最後まで意図が分からない質問。
今度こそグランは背中を向け、酒場の方向へ向かって歩いて行ってしまった。
「⋯⋯変な人だね」
「だろー? ユーリもだけどあいつらマジで気味悪りぃから気をつけな、なんて!
うしっ、休憩終わり! 続きやろ、続き!」
ーー気味、悪いかぁ。
「⋯⋯うん。やろっ」
ーーーミズキ視点ーー
その日の夜。
思いの外サキとエミリアは息が合ったようで、今晩は2人でデートだと。
こちとら機嫌が悪いんだが。
グラン剣が苦手と言うのは俺でも分かった。
めちゃくちゃしていたからな。
俺はさっさと酒場に帰り、布団に潜る。
すると休憩に入ったミラが家に帰って来ては、
「剣術はどうだった?」とイタイところをついてきた。
言い訳すら思いつかず、俺は「やめた」と答えた。
我ながらクソ野郎である。
だがグランとユーリもどうかと思う。
さすがにあれじゃあ絶対誰か死ぬ。グランは危なすぎる。
カッコつけて1人で帰ろうとはしたが、やけに道が入り組んでいて帰るのも一苦労。
布団に入って寝る前にミラが帰って来たせいで、俺は寝づらくなってしまった。
しばらくするとグランが帰宅。
「あれ、帰ってる。どっか行っちゃったのと」
「⋯⋯うざ」
酒を持つと人が変わるオヤジのようだ。
彼は武器を持つと人が変わる。
ヘラヘラとした態度を見てしまうと、怒る気力もなくなる。
「ほれ、何も食ってねーだろミズキ」
差し出してきたのは、紙に包まれたハンバーガーのような食べ物だった。
分厚い肉が目立つ、なかなかボリュームがある体に悪そうな食べ物。
グランの方を見ると、差し出したものと同じものを食べていた。
⋯⋯受け取ると負けた気になる。
ただヤツが食うその様が美味そうで美味そうで涎が口内に溜まる。
いや、ダメだ。取ったら負けだ。俺は殺されそうになったんだぞ!?
ーーぐぅ。
「あ」
悶々と考えていると、俺の腹が大きな音を出して鳴ってしまった。
腹を抑えるが。何なんだ止まんねーぞ!
「腹減ってんじゃねーか。ん」
「⋯⋯礼は言わないからな」
「あらお行儀の悪い子」
⋯⋯負けた。
ゴクンと唾を飲み込み、さっき決心したことをいとも簡単に破った。
グランの言う通り、朝飯から何1つ口に入れていなかった。水一滴さえも。
堤紙を破り、がばっと頬張る。
空腹時のジャンクフードはなんて美味いんだろうか。
小さい頃嫌々行った親父の盛大なパーティで食った料理なんかより断然美味い。
「そのたまに出るオネエ言葉やめてくんね、寒気する」
「仮にそうだったとしてもお前は狙わないから安心しろ」
「そういう問題じゃねえ」
いつの間にかグランへの憤りを忘れ、一心不乱に食べていた。
ミラが出してくれた温かいお茶を飲むと、完全に気分が変わった。
なんて単純なんだ、俺は。
「ミズキ」
「あ、何」
追加でミラの手料理を食べ始めた時、グランが静かな声で俺の名前を呼んだ。
「さっき、⋯⋯あれは悪かった。俺が悪い。怪我は平気か?」
グランは頭を下げ、謝った。
こんな気分にさせておいて、俺は戸惑う。
そりゃ死ぬかと思ったし、
イカれてんじゃねーのかとは思ったが。
「いいよ、別に。死んでねーし」
もう一度言う。
俺はなんて単純なんだ。
完全にさっきまでの怒りが綺麗さっぱりなくなっていた。
耐性が、あるのかもしれない。
死ぬ思いなんか元の世界じゃそうそうしないが、
毎日毎日特定の人間に怒りを抱いて生活していると慣れて⋯⋯きてしまうのか?
面と向かって苛立った相手が謝ってきた経験はこれが初めて、
といっても過言ではない。
元の世界の家族こそイカれていやがる。
顔を上げたグランに、
打たれた手首を見せた。
「怪我はほら。治ってっから」
赤く腫れ、太くなっていた手首は元の形に戻っていた。
運良く、骨折までしていなかったようだ。
軽い捻挫かなー、なんて。
「⋯⋯? なんだよ、じっと見て」
「あ、いや」
グランは手首をじっと見て動かなかった。
どちらかと言うと、何かを疑ったような目だった。
声を掛けるとグランはハッとし、
「⋯⋯治った、ねぇ。
ありがとな〜、これで許してもらえなかったらガチで追い出そうとしてたからさ〜」
と冗談ぽく笑った。
ーー冗談、だよな?
グランが俺の肩を抱き、荒々しく足を組む。
そこに、閉まった出入り口が開いた。
振り返ると、車椅子に乗ったユーリがいた。
「ミズキくんいたー! さっきはごめんね、ほらお腹減ってるでしょ、これをあげるよ!」
そして今度は紙袋いっぱいに詰め込んだ果物や、衣がついた揚げ物、フランクフルトにまたハンバーガー。
「ザンネーン、俺のが早かった〜」
「えぇ!?」
またこの空間に騒がしい雰囲気が戻ってきた。
それにしても、2人して同じ考えとは。
俺は物でつられるような男にでも見えたのかよ?
なめてもらっちゃ困るぜ。
⋯⋯ま、今回はこれで勘弁してやるとするか。




