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j  作者: 椅子の下のトマト
1章
7/14

7話 『ヘタクソ』

 朝だ。


 目覚ましをつけない学生としては自堕落な生活を送っていた俺は、現在何時かは知らないが遅めの起床だということは認識した。


 空いた窓を除覗くと、まだ小さい子供ですら声を張り上げ走り回っている。

 腰を曲げた爺さんは杖をつく。

 どっかの母親はママ友かなんかとお喋りを楽しみ、何人かは洗濯物を干す。


 もちろんこの建物からもだ。

 下の階から愉快な声が部屋に響いていた。

 朝っぱらから酒を呑む客の声だ。



 眠い目を擦り、部屋を出る。

 下の階には予想通り、

 ミラやジェイデンの姿はない。



「おはよう、よく眠れた? 気持ち良さそうに眠っていたから起こさないように言っておいたんだけど、起こした方がよかったかな?」


「⋯⋯別にどっちでもいいけど」


 2人以外は全員集合している。

 まだ会ってそう時間は経っていないが、

 ユーリの笑顔はどうも慣れない。

 顔に嫌悪感が出ていないか不安になる。

 大丈夫かな。



 テーブルにはお椀が被せられた朝食が1食分、置かれていた。

 その場にいたエミリアが「それアンタのだから食べといて」と指を指し、大人しく食卓についた。



「そういやサキは?」


 ゴクンと、味わったことのない飲み物を飲んだところ俺は聞いた。

 あぁ、と反応をしたエミリアの視線を追うと、


 そこからサキが現れた。


 咄嗟に俺は、「その格好何⋯⋯?」と目を丸くしてしまった。



 血で汚れた優等生校の制服はすでにここの人間に処分をされ、

 昨日までは、1枚ワンピースを着用していた。

 が、今はどちらかというとグランのような服装。

 レザー素材のベルト、グランほど全体像は茶色ではないが。


 モン○ンのよう、と言えばそうかもしれない。(初期装備)



「どっか行くのか?」

「ちょっとそこまでアタシとな」



 答えたのはエミリアだった。

 思い出した。

 そういやサキ、今日からよくわかんない訓練だかなんだかやるんだった。


まぁ、つってもこいつらだってここまで世話焼いてくれたんだし。

変は変だが死にゃしねーだろ。


俺は気にせず、んじゃいってらっしゃい、とだけ言い、

普通に美味しい朝食を食べた。



「いやいや、あんた何言ってんのさ」

「いてっ」


ズンズンと寄ってきたエミリアがペチンと俺の頭を叩いた。

頭を撫りながら「なんだよ」と睨むと、容赦なく頰を掴まれる。

俺もいい歳した男だ。

そう歳の離れていない女に殴られ、そして頰を掴まれる。

プライドのクソもねぇ。



「アンタも行くんだよ!」


口に柔らかい肉を運ぼうとした手が止まった。



「はあぁ!? だってお前もう行こうとしてたじゃん!」

「アタシじゃねぇ! グランだよ!」

「ぐ、ぐらん⋯⋯?」



チラッとグランを見ると、

奴は変わらない怠けた表情で手を挙げた。


⋯⋯。



「意味わかんねぇよ!」


嫌だよ、俺!

千歩譲って訓練だとか鍛えだとかは許そう。

サキの言う通りあんなおっかないバケモンに襲われちゃあ丸腰もどうかと思うし、

一応俺も生き残った身だし、サキみたいに何かあるかもしんねーだろ!?

ほら、異世界転生ものってあるじゃん、そうゆうの!



ならせめて女がいいんですけど!?

なにが良くてヤローと2人きりになんなきゃいけないんだよ!


嫌だ、嫌だ!



ーーなんて言ってる間にエミリアとサキは扉から出て行き、


唖然とし口を半開きにした俺と、

怠そうな態度のグラン、

なにが起きても笑みを絶やさないユーリが残った。



ーーーーーーーーーー


「⋯⋯なんでもいいけど何この服」

「何って。それで十分だろ」

「ぐぬぬ」



現在地は、

酒場から徒歩10分。


ある程度栄えた大きな通りを過ぎ、

何個か続いた錬成場を過ぎた、端の端。

辛うじて腐っていない土があるだけの広場だ。

サキはもっと前にあったここより整備された場所にいる。



しかも俺の服装。

ファンタジーのクソもない、高校の体操服のようなものだった。

馴染みはある、落ち着く。

けど違うだろ、これは違うだろ。

どうみても差別じゃん!



「⋯⋯あと何でお前までいるんだよマジで」

「だって暇だしぃ」


にこぉと笑みを浮かべるユーリまでもが、ここにいる。

もうその笑顔、悪意にしか思えねぇ。



もうツッコむのすら疲れたわ。

そう言うと、ユーリは全く様子を変えずに「じゃあ始めようか」と声をかけた。



「君は完全な初心者だけど安心してね。グランの専門はその銃、銃術士だからさ」

「そーそー。お手柔らかに〜」



やけに晴れた表情。

魔術を使わない者は、グランのような銃、また

剣、斧、弓など様々な武器を専門とし操る。

中にはもちろん非っ常に物好き、或いは暇人がそれ以外に手を出し二刀流なんて輩もいるらしい。

だが、グランは一応・・銃を専門とした男。

剣術は基本中の基本、ではあるが苦手だと答えた。



渡されたのはおもちゃ屋なんかで売ってそうな木剣。

ただのバカなのかそれとも本気なのか、

ユーリは本物を使おうと言っていた。

運良くグランがまだ、まともなようで木剣に変わったのだ。



剣にも種類があり、今回やるのは主に『刺す』のに特化した西洋剣術のようなもの。

刀、日本刀とは全くの別物であるのは素人の俺でも見てわかった。



『頭の左右どちらかに剣を構え、切先を相手に向ける』

『体重をかけ、相手に剣を振る』

『腕力に頼るな、いや、腕力を捨てろ』



よって剣の術者でもないグランと、

よくわからない年齢の予想もつかないユーリに教えてもらわねばならない。


さっきからユーリが剣の技術やテクニックを語っているが、

まずさっきまで持ったこともない奴にそんなこと言っても通じるわけないし。

てかまず、


「まてまてユーリ、そうじゃないんじゃね?」

「え、そうだっけ?」

「確かこう⋯⋯、あれぇ〜ちげぇ」

「なんかかっこ悪くない?」



女子高生じゃねんだぞ、コラ。

エミリアは剣全般を得意とする女子剣士。

なんで俺だけこんなふざけた野郎とやんなきゃいけないんだ、え?



「まーいいか! やったほうが早いよね」

「え」

「ほら、さっき言ったみたいに構えてみて」



復習の時間が突然終わり、俺は無理矢理剣を構えさせられた。

剣は頭の左右どちらかに構えろ、そうは言われたが。



「いや、まて! なに勝手に始めようとしてんだよ!」


危ない危ない。

いつの間にか相手のペースにハマってしまっていた。



「構えとかそういうのより気にすることあるだろーが!」

「あ? 何かあるっけ」


「あるよ! 俺まだ一度も触ったことないんだぜ!? 戦いとか何ってレベルだし!

まず恐怖心だとか抵抗だとかをどうにかしねーとやっても意味ないし、体力とか必要な筋肉とかもないんだから怪我するに決まってるだろ」

「怪我? んなのミラがいるんだから大丈夫だよ」



なんてこった。

グランまでイかれてやがる。


だが俺は懲りずに抗議をした。

いくら専門じゃないといっても筋肉しかないグランが剣を持てばさすがにビビる。


死なないだとかそういう問題じゃない。



「ミズキくんさぁ、大丈夫だよ。ここら辺の子はみんな5、6歳の時には親やら学校で剣術くらいやってるよ? みんな最初は怖がるけどやってみたらそうでもないって」



そりゃ〝ここ〟のガキは大丈夫だろうな!

なんてったって環境が環境なんだから。

俺だって最初っからここにいたら今よりはもっとマシなこと言ってただろうよ!



「うるせぇ! 今日はやめだ!」



ーーそう言おうとした時。




カチャッ。



「⋯⋯え」


小さな金属音に体が固まった。

ヒヤリと寒気を感じ、一筋の汗が頰を流れた。



目の前には黒い丸。

それを囲う金属。


銃口だ。


グランが腰にかけ、酒場で丁寧に磨いていた銃。

二丁持っていた片方、ショットガンか何かか?

いや、どっちでもいい!


いつも怠けて全てを面倒臭そうにしていた目が、

今は生き物を殺すことに抵抗のない無表情な目に見えた。



なんでいきなり、

やっぱりこいつらは危ない奴だったか。


そんなこと、考えたくても考えられなかった。



俺の手は木剣を握りしめ、銃口を向けるグランに切先を合わせた。

足だけは我慢したが、手と腕にこれ以上ないくらいに力がこもった。



その瞬間、グランは銃を下ろした。

腰に再び付け直したところを見ると、隠さずに安堵の息が漏れる。



「ごめんね。怖い思いをさせるつもりじゃなかったんだけど、こっちも時間がないからさ」


ユーリの笑顔が狂気のように思えた。

グランの殺伐とした目と同じくらいにやばい。



「怖いだとか、そんな悠長なこと言ってられないでしょ。

この前の魔物に追っかけ回されるほど怖いことはない。それに対抗するための術がないと⋯⋯それこそ怖くて危ないだろう」


「⋯⋯分かったよ。少しなら、やってやる」



俺は改めて木剣を構えた。

こんなおもちゃ⋯⋯大丈夫だ。おもちゃだ、大怪我する前にすぐに折れるさ。


グランがぐっと剣を握り、



「始め」


ユーリの掛け声とともにグランは動き出した。



一撃目。

一撃目だけなら、上からくるのは分かった。

グランの顔だけは見ないようにしよう、怪我をしないために狙わなくてもいいから体の前に剣を置いておこう。奴は初心者、だといった。


そう、いった。



「がっ⋯⋯!」


フェイントだった。

上から来ると踏んだ俺は素直に頭上へ剣を持っていった。

それはそうだった。

戦いとか知らないが、

俺だってゲームで真正面から攻撃を仕掛けてくるのが分かったら、

わざわざ狙わない。絶対に避けて攻撃をする。



グランの剣は風を帯びたするどい音で俺の肋を直撃。

こうなればもう俺は動けない。


肋骨を抑え、剣を持った手から力が抜ける。

直後、握った手にもう一撃、

剣を呆気なく手放し、慌てて取りに行こうと背中を向けると背中をやられ、



「まて、ストップ!」



降参の意味で手を顔の前に突き出し、膝で体重を支え座り込んだ。

だがグランは全く動じず、


「あ゛ぁっ!」


突き出した俺の手首を容赦なく叩きつけ、

バキィッと木剣があまりの衝撃に砕けた。



「やめろ⋯⋯バカじゃねえの、まだ⋯⋯!?」


手首に叩きつけ真ん中から真っ二つになった木剣は、

筋を見せ鋭さが増していた。

グランは最後のとどめ、と言わんばかりにゆっくり上に上げ

ザンっと俺を目掛けて振り下ろそうとした。



「そこまで」


アザになり腫れた手首を盾にして縮こまっていたところ、

勢いよく向かってきたグランの剣がユーリの声にピタリと停止した。


最後の剣の使い方はもう剣術ではなかった。

コイツは本当に・・・剣術を全く知らなかった。


ただ力任せに手も足もでない奴に向かって振り下ろしていた。



「どう? ちょっとやりすぎちゃったかな⋯⋯」


「ちょっとじゃないだろ!」



さすがに我慢の限界だ。

俺は残った体力を全部消費する思いで罵声をあげた。


立ち上がり、車椅子に座るユーリの胸ぐらを掴んで睨む。



「あんなただの暴力だろ! 訓練でも鍛錬でもなんでもねえ!!

止めるだろ、イカれてんのか!?」

「本番だったら」


「本番じゃねえんだよ、これは! 全部が全部本番やら戦闘に話をもっていくんじゃねーよ。

こんな物騒なやり方、やんねーのが一番だろ違うか!

ちゃんと段階を踏め、バカが!!」



グランが折った木剣の破片を手に取り感情のあまりに投げようともしたが、

それじゃあコイツらと同じだ。

地面にただ落とした。



「何処にいくんだい」


2人に背を向け元きた道を辿ろうとすると、声色の変わらないユーリの声が頭を打つ。


「帰って寝るんだよ。追い出すならあの家族にでも言って追い出せよ」



転がった俺が使った木剣を蹴り飛ばし、岩にあたり音を立てて折れた。

少しも歩かないうちに後方からまたカチャと銃が向けられる音。

グランがまたあの顔で向けていた。

だが今度はさっきまでの恐怖心は湧かなかった。



「⋯⋯さっき見たけど警備員かなんかと指名手配の看板があった。こんなバカみてぇな所でも人殺しは歴とした犯罪。人生捨てる覚悟があるんなら撃てば?」



銃が下がった。



「ほら、撃てない」



やってらんねえ。

なにが剣術だよ、アホくさ。

一生ここにいたって、街の人間みたいに警備員に守られて暮らせば襲われることなんかないんだよ。



背を向け数秒歩く。

俺の手にはもう痛みは少しも残っていなかった。

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