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j  作者: 椅子の下のトマト
1章
6/14

6話 『8年前』

今から8年前。

俺とサキが小学四年生の頃の話だ。


あの頃はまだ近所にサキの家があって、

学校の帰り、

また午後はよく2人や、他の友達を交えて遊んでいたものだ。


人生初の受験、小学校受験に落ちた俺は小さいながら自分の無力さを痛感し、

友好的な性格ではなかった。


だが近所に住んでいた同じ小学校に通うサキ、

佐木由香里の積極的な態度や行動に、

俺は少しずつではあったが、クラスや学校に馴染むことが出来た。



サキは小学生の頃から頭が良かった。

一年生からずっと同じクラスで、

単元ごとのテストは毎回1位。


順位はなかったが、授業中の発言、テストの点数はほとんど100点。

よく互いの家で勉強をした、

よくテストの点を競っていた。

嫉妬を抱く前に俺は憧れを持っていた。




しかもサキは学力だけでなく、体育の成績も良かった。

毎年リレーの選手に選ばれ、

運動会の学年別の発表の時もみんなの手本。

男子に混じってのドッジボールでは、

誰よりも人にボールを命中させ大活躍。



「サキちゃんは頭がいいな」

「サキちゃんはすごく運動が得意だな」



すごく、楽しかった。



そんなある日のことだった。


俺はいつも通り学校の授業を終え、家に帰ろうとしていた。

女子の友達と下校するサキが珍しく、


「ミズキくん! 一緒に帰ろうよ」


と、言ってきた時だ。



一緒に話しながら帰宅路を隣合わせで歩き、

サキの家より手前にある俺の家の前で足を止めた。


蝉が五月蝿い季節だった。

教科書や体操服を両手いっぱいに持った、

夏休み数日前。


もう少しで夏休み休みだから、一緒に宿題して遊ぼうね。

そう約束をした。



「また明日ね」


家の大きな門を開けようとした時、

サキが突然俺を引き止めた。


覚えている。

男勝りでちっとも女の子らしくなかったサキが

ほんのり顔を赤らめていたからだ。


思い出せば、いつもは履かないピンク色のスカートを履いていたような気がする。



「ね、ミズキくん」

「どうしたの? サキちゃん」


俯いていたサキはガバッと顔を上げ、

目を見開き、

大きく口を開けた。




「わたし、ミズキくんが好き! ずっと、ずーっと!

ずーーっとミズキくんが大好き!」




何を言われているのか理解が出来なかった。

体が全く動かず、サキの顔から目を逸らすことが出来なかった。



サキのことはもちろん嫌いじゃなかった。

いや、どちらかと言えば好きだったのかもしれない。


好きであれば、

「僕もだよ」と応えてあげればよかった。


逆に恋愛感情がないようでも、

「ごめん」

⋯⋯いや、そう言わなくても返事はするべきだった。



サキは俺がとんでもなく動揺していることに気が付いたのか、

焦り始め両手をパタパタさせた。


「い、いきなりすぎたよねごめん!」

「返事は今じゃなくてもっ⋯⋯!」



俺は返事はおろか、顔さえも見ることはしなかった。

異常なくらい居心地の悪さを感じてしまった。





ーーついに俺は逃げた。


驚き呼び止めるサキを無視し、

全力疾走で家に逃げ込んでしまったのだ。


2階への階段を登り、自室に飛び込む。

見られないほどに縮こまり、窓の外を見ると、



「あっ⋯⋯!」



サキは両手で顔を抑え、泣いていた。

顔を真っ赤にして、しばらくずっと、泣いていた。




次の日から俺は顔を合わせづらくなってしまい、

サキを避けるようになってしまった。

数日はサキが、


「ごめんね、気にしないで!」


俺に話しかけてきたが、それすらも無視をした。



ある日には、

「あの、気にしないで⋯⋯いいよ?」

「忘れて!」



ーー好きなんて言って、ごめんね。



結局、一言も話さずに夏休みを迎えた。

最終日にだけサキが家を訪ねてきたが、家政婦に出させ俺はいないと言ってくれと頼んだ。



次の日。

学校へ行くと、サキはいなかった。



担任が言った。

「佐木由香里さん、由香里ちゃんはお父さんの転勤で転校することになりました」と。


彼女本人の希望で、

お別れ会や事前報告はしない。そう担任の口から発せられた。



なにがなんだか分からなかった。


サキがいなくなってしまってからだ。


なんであんな態度をとってしまったんだろう、

なんで逃げてしまったんだろう、

なんで返事をしてあげられなかったんだろう。



『好きなんて言ってごめんね』

だなんて言わせちゃいけなかった。



遅かったのだ。

気付くのが遅かった。


後悔しても遅かった。




数年後、高校3年生になった。

あの電車内で会ったのがあれから初めてだった。


サキはあんなことがなかったかのように明るい様子で俺に話しかけ、

笑いかけた。

それに甘えてしまったんだ。


電車が揺れ、目が覚めたらバケモノに襲われた。

サキは迷わず俺を助け、逃げた。



電車で会って俺に話しかけてくれた、

ましてやあそこで俺を知らない人のように振る舞うことも出来たはずだ。

俺なら、⋯⋯そうしたのかもしれない。

だがサキは俺に話しかけた。

嘘でも明るく、死に直面する有り得ない状況でも俺を助けた。



ーーだから。



『サキ!』

『サキ!』

『サキ!』



俺はまだ謝ってもいない。


ずっと優しく接してくれたサキを見捨てて死ぬなんて、

出来るわけがなかった。


あの時、バケモノに襲われた時、

俺はサキを助けることだけを考えた。

自分はどうなってもいいから、サキだけは助ける。



それだけを思って、俺はあの時走ったんだ。


ーーーーーーー



情けねぇ。

俺は情けねぇよ。


今までずっと忘れようとしていたなんて。


⋯⋯ただのクズ野郎だ。



俺は小学校の頃の記憶を抉り返した。

恥ずかしさが腹立つくらいに残っていた。そのせいで俺はサキを避け、いい加減な態度を取っていてしまっていたんだ。


サキに今、遅すぎる今、俺は頭を下げて謝った。



「⋯⋯いいってそんな。もう気にしてないし」


顔を上げて、と肩を掴まれサキの顔を直視すると苦笑していた。

少し恥ずかしそうに俺の情けない顔を見て笑ってくれた。



サキの優しい答えに俺はまた甘え始め、口がしどろもどろになる。


「いや、あのあれは、⋯⋯ほんと」

「ミズキ!」



すると、パンと頰を両手で叩かれる。

驚き、俯いていた顔が今度こそ前を真っ直ぐ向いた。


映ったサキの表情は、機嫌が悪そうに眉を吊り上げていたが、

少しだけ赤くなっていた。




「もうその話は終わりって言ったじゃん! 私が気にして欲しくないの!」

「いや、でも」

「でもじゃない!」


バチン!



今度のは軽くじゃなく、明らかに大きな音をたてて頰を強く叩かれた。

ジンジンと腫れる痛みが熱を帯びる。



「いてーよ、バカ! 加減ってのがあんだろ!」


頰を殴ったサキの手を掴み、我を忘れ大きな声を出してしまった。

謝っている最中、しかも真夜中なのに。

やべ、と口を抑えてももう遅いが、


ふふっとサキの表情がやっと緩んだ。



「アンタはそれでいいんだよ」

「は⋯⋯?」



「もういいんだよ。気にしてるしてないじゃなくて、もういいの。

分かるでしょ? ミズキを怒ってるわけじゃないし、最初から怒ってなんかいないよ。

もちろんあの時は泣いちゃったけどさ。告ったからって友達やめるとか、小学生の私が考えてるわけないじゃん?


⋯⋯今でもミズキのことは嫌いじゃない。あの頃と変わらない、いい『相棒』だって」



そんな悲しそうな顔すんなって!

俺の肩を叩いてサキは歯を見せた。



「今はそんな昔のことを考える暇なんかないんだからしっかりしてよね?」



なんでサキはこんなにも強いんだろうか。

いや、

俺はなんて弱いんだ。


俺はまたサキの強さに甘えて⋯⋯






ーーいや。そうじゃない。そう考えることがもう甘えなんだ。



「⋯⋯そう、だよな」



許す、許さない。

そういう問題じゃない。


もしまだ俺がサキに謝りたい、まだ掘り返したい。

そう思うのなら、


今はきっぱりと気持ちを切り替えて、今を考えないといけないんだ。




「そうだな、今は他に考えねーといけないことがあるもんな」

「ホントだよ! てかまた掘り返される方が恥ずかしいからやめてもらいたいわマジで」

「いや、ゴメンって」



原因が分からずに悶々としていたが、やっと理由が分かった。

他に考えないといけないこと、

そちらを考える必要がある。



頭のいいサキだ。

俺がこんな状態だと分かっていてこの部屋に今来た。

まさにその通りだった。


俺は俺なりに、

この状況について考えないといけないんだ。



「じゃあサキ。⋯⋯お前は俺より早くに起きたんだよな?」


サキは頷いた。



驚いたことに、俺は5日も寝ていた。

サキはその2日前、起きたのは3日目ということになる。


今は全く傷が残っていない。

全部ミラが治癒魔法で治し、世話を焼いてくれていたようだ。

俺にも同じ方法を取ってはいたが、

傷が思ったより深かったのか。効果はなかった。



今日のグランは怠けた様子だったが、4日目に外へ出掛け、

俺が起きた5日目の早朝に帰宅。奴も仕事をしている身。

魔法だとかグランが常備している銃を見れば分かる。仕事内容はなかなかに物騒だと。



また定休日以外は毎日朝から深夜直前までこの酒場は営業される。

シルバの街、ここはその端くれのようだが、

常連客も多い、外に行けば子供が走っている。

この世界(?)の状態なんかは知らないが、平和、だと思われる。




「エミリアがね、もう少し元気になったら私の能力を鍛える・・・とかなんとか言ってたんだ」


「鍛える? なんじゃそりゃ」

「あのバケモノ、魔物って言ってたんだけど、あれに襲われて生きて帰ってくる一般人はいないって」



とはいえ奇跡だとエミリアは言ったようだが、その後。

妙なタイミングでこの建物の屋根が壊れ、その修理をすることになったらしい。

居たのが車椅子に乗るユーリのみ。

サキを屋根に登らせたところ⋯⋯案の定軽々しく飛び乗った。



サキの異常な運動神経も、この世界でも異常なのだという。

魔術⋯⋯とまでは言えないが、ユーリは何故かこれを「鍛えよう」と主張した。



聞けば聞くほどあのユーリって奴⋯⋯胡散クセェんだよなあ。



何に追われてるのかは知らないが、

武術、人によっては魔術を操れる人間はエリートと称される。

現代社会での学歴、のようなものだろうか。



「よく分からないけど、得られるものは持っといたほうがいいでしょう?」


明日からサキはエミリアの元でその奇妙な訓練を行うことになる。


サキは考えた。

魔術、魔物、武器。

これらがある以上は、日本のような状態ではない。

日本じゃないこの地にいるのなら、早く馴染む他ない。

一度死を感じた。

私はもう死ぬ気は無い、と。




「ま、まじですか⋯⋯」




引くくらい前向きである。

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