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j  作者: 椅子の下のトマト
1章
5/14

5話 『酒場兼宿屋 』

 それから数時間が経った。


 昼食に出向くとは言ったが、ユーリの言う通り、俺の身体は案外かなりの疲労を溜めていた。

 横になるとすぐに眠ってしまう。しかも熟睡した。



 閉まっていた窓は半分開いていた。

 誰かこの家(家なのかは分からないが)の人間が寝ている間に入って来て、開けたのだろう。

 少し蒸し暑い気温だ。心地よい風が部屋に流れてきている。

 誰かは分からないが、これは感謝だ。



 時計が設置されてないので正確な時間は把握が出来ない。

 だが、外の空は鮮やかな橙色に染まっている。夕方なのかもしれない。



 俺は立ち上がり、部屋を出た。


「えーっと⋯⋯、ここか?」


 廊下に出てみると、意外に建物が大きいことが分かる。奥にスロープがあったが、俺は手前の階段を降りた。


 そこからまた長い廊下を歩き、目先の扉に近付いていくと人の話し声が聞こえてくる。

 ガチャリ、俺はドアのノブを回した。



 途端に奥にいた人が一斉にこちらを向く。

 まだ見慣れないのか、俺はガッチリと体が固まったが、もちろんそこにいたのはグランやユーリ。グランは銃を眺めていて、ユーリは本を読んでいた。

 その近くに、渋い色のソファに腰掛けていた知らない派手な女がいた。

 堂々と金属光りする鋭利な武器を手にしていると、ますます狂った世界だと思う。



 派手な女は俺を見ると下品に笑い、

「よ! 遅かったじゃねーか!」

 と手を振った。



 上品さのカケラもない茶髪の女だったが、見事なほどに美形なのに驚く。

 どの方向から見ても人生をリアルに充実してらっしゃるようだ。


 高偏差値の学校なんかは知らないが、それ以外なら大抵こんな奴いるだろう。茶髪じゃなくてもキャピキャピ五月蝿い黒髪女子が。

 あいつらは信用しちゃいけない。大抵ビッチだからな。



 ただ俺が軽く頭を下げると、満足した顔をしてにんまりとする。

 女はエミリア、そう言った。



 少し見渡すと、


「ミズキ!」


 サキの姿もあった。



 彼女は俺に近寄り、包帯が巻かれた腕や頭に荒々しく触れ、撫り、

 人前で遠慮なく気を乱れさせた。


 心臓が高鳴る。「やめろ」と言う前にパッとサキから離れた。



「だ、大丈夫だよっ⋯⋯! あんまベタベタすんなよ気持ち悪い!!」

「はぁ!? 別に変なイミじゃないし! 勘違いしないでよキモい!」


 サキの顔が見る見るうちに赤くなると、

 彼女は怒って元いた場所へ戻っていった。



 俺は改めて手招きされた椅子に座り、やっと落ち着いた。


 奥から低い声がかけられ、ユーリが本を畳んだ。

 改めてユーリがグラン達を呼ぶと、彼らは立ち上がり食卓に集まった。夕飯の時間だという。


 俺も周りに合わせて食卓についた。

 すると部屋の端に整備された古めかしい台所から良い匂いを漂わせ、料理を運んでくる人影が現れた。

 2人だ。片方は若い女、そしてもう1人は体が大きい黒髭の老人。




「あ! お前!」

「あ⋯⋯っ」


 鍋を運んで来た女を目にした時、俺は大きな声を出し、女を指差した。


 苦笑いをした女は、数時間前俺のズボンを膝下まで下げたあの若い女だった。

 俺が反応すると、周りがなんだなんだ、と注目をする。



 女は恥じらいなしに、

「いやぁ、あたしが昼にこの人を治してあげようと思って部屋に忍び込んじゃって!

 丁度その時に起きられちゃって。いや、ホント誤解だから、ごめんねっ」

 と笑った。



 ズボンを下げたのは、その下にも気付かれていない傷があると思ったかららしい。

 その時手が滑って思わずパンツまで下げてしまった、彼女は応えた。


 少し残念な気分だったりするが。


「治す?」



 理由はどうあれ、俺は問う。

 すると女は、「よくぞ聞いてくれた」と言わんばかりに鍋をテーブルに置くと、

 俺の腕に巻かれた包帯を解き、手を当てた。



 すると俺の腕、いや、女の手から眩い光が発し、

 たちまち温かな感覚を覚えた。


 これは俺が布団で寝ていた時、女が部屋にいた時に感じた温かな感じと全く同じだった。



 数秒光を当てると、彼女はクスリと声を漏らし手を離した。



「まだ覚えたばかりなんだ。サキには聞いたんだけど貴方は傷が酷いのかも。ごめんね、効果がなくて」

「いや⋯⋯、なんだそれは?」



『魔法。治癒魔法さ』

ユーリが応えた。



ーーーーーーーー


 カチャカチャとフォークやスプーンが皿に触れ音がする。

 俺もサキも用意をされた夕食を口に運び、彼らと話をしながら楽しんだ。

 誰かと食卓を囲むなんて、何年ぶりだろうか。



 この夕食の時間で俺とサキはこの場所や概念について聞いた。

 特に口を合わせて彼らに聞こう、とは話していなかったが、頭のいいサキは俺が思ったことをすぐに感知してくれていた。


 得た情報はとても信じられるものではなかったが、

あんな場面に遭遇した俺らには吸収出来ないものでもなかった。



 ここには『魔法』という概念が存在した。

 さっきの女、ミラが行った行為も魔術の一つ。治癒魔法、名の通り傷を治す効果がある。


 そうなるとここはもう日本じゃないだとかそういった問題じゃないことは誰だって分かるだろう。

 ここはあの世界とは別物だ。今はこうとだけ理解してしまおう。



 魔術を使うためには魔力が必要。

 それは全員が全員持っているものではない。

 ここにいるグランやユーリ、黒髭の老人ジェイデンがその例だ。

 彼らは魔力を持たない。


 それに対してミラ、そして派手な女のエミリア、

 彼女らは魔力を持つ。



 魔術は四元素からなり、

 火、風、水、土の四つ。俺でも知ってる。

 それらを器用に操り、実現させる。それに特化した者を魔術師と呼ぶ。


 魔力が無いものは生涯持てないと考える。

 持っている者は、魔力を貯める『器』のようなものを何度も何度も空にして刺激を与え、魔力を上げていく。それが唯一の方法らしい。



 魔術師はかなり優遇される存在で、

 特にウィスタリア国、俺らが今いるこの世界の国だ。

 ウィスタリアには魔術師の数が他の国に比べて圧倒的に少ない。

 あまり深くは聞かなかったが、他の国に流れているらしい。



 ここらへんでユーリとジェイデンが話を反らせ、これ以上は聞き損ねてしまった。

 だがかなりの収穫だ。



 そしてもう一つ。

 あまりにも無知感を出してしまうと変に不信がられてしまう事態を避けるために、

 上手く誤魔化して聞き出した。まとめると、



・時間の概念

 1日8刻。現代日本に換算してみると、

 1〜3時=1刻。

 同じように、4〜6時=2刻、と続く。

 基本的な活動時間はどうやら現代と変わらないと思っていい。

 多少のズレはあるが、そこまで問題じゃあない。


・暦の概念

 1日8刻。

 60日を一括りとし、それを4回。計240日がこの世界の1年。

 こんなこと知って何になるんだとも思うが、サキが熱心に聞いていたから何かあるのかもしれない。

 (俺は知らない)


・この国、土地の概念

 いった通り、ここはウィスタリア国という。

 その中の特に経済的に、そして文化的に発展している3つの街の1つがここシルバ。

 他に珍しい鉱石を特産物に持つ鉱石業が盛んなヴァルリ。

 国の戦力になる軍人を育てる有名校があり、政治的な施設が密集した1番中心的なアーディティル。

 シルバは少ないながら国のほとんどの魔術師を輩出していることで有名らしい。


 また大統領を頭とし、国は運営される。

 これも難しい話で聞くのを諦めた。必要ならこれからゆっくり理解しても遅くはないだろう。



 以上。この時間で得た情報だ。

 知ってどうなるかは分からないが、無知よりは断然マシだろう。

 名前の形や容姿なんかで下手すれば異変や不信感を持たれることは否めない。

 幸い、人間の作りは同じなのだろう。

 髪の色や目の色はサキも俺も馴染めている。


 赤、黒、茶、金が主な髪の色だ。これは元の世界となんも変わらない。

 目も同様。青目なんかもあるがこれも違和感はないな。



「おーい、ミラー! 酒くれ酒ぇ」

「エミリアこれで何杯目よ? まだここの家賃払っていないんだから無し」

「はぁー!? んだよ、ケチ! 今日この後仕事あるから払うよー、ダメェ?」

「だーめ」



 奇抜な顔にこれまた露出が激しい服装をしたエミリアは酒豪だ。

 ミラに何度も何度も酒を強請っていた。



「ここは『アトラスの酒場』だ」


 そうユーリが言った。


 どこぞのファンタジーの世界観だとツッコミたくなるが、これは本当。

 ミラ、ジェイデンの2人で経営している小さな酒場がここ。巷では人気なのだという。


 またアトラスの酒場は宿場も兼ねていて、稀に世界を旅している物好きな輩が泊まりにくる。

 稀なため、普段はグラン、エミリアが使用している。シェアハウスのように。


 ユーリは古くから店主のジェイデンと知り合いのようで、居候をしている。



 お金を払うとなると、無一文以下の俺とサキは肩身が狭くなる思いだが、

 ジェイデンのご厚意で、


「もう少し元気になるまではここにいていいぞ」

とのこと。


 申し訳ない、と控えめな態度を思わずとるとジェイデンは半ば強引に押し通した。

 金の稼ぎ方も、まずここで生きていく覚悟さえ不完全な俺らは藁にもすがる思いだった。

 有り難く、受け取ることになった。



 どんな状況であれ、夕飯の時間はとても明るい気分で終えることが出来た。



ーーーーーーーーーー



 夕飯が終わり、それぞれ自由時間。


 エミリアは仕事があると言ってついさっき出て行った。

 こんな夜に、とは思ったが聞きそびれた。



 ジェイデンは明日の店の準備。

 ユーリは自室にこもった。

 グランはいつもだらだらしているようで、この時間はもう寝ている。


 俺とサキはミラに部屋を改めて案内され、

 部屋のものは勝手に使っていいよと説明を受けた。



「じゃあ、あたしは店の準備しなきゃ。また明日ね、ミズキ!」


 ミラは一通り部屋の説明を終えると、部屋を出ようとする。

 が、すぐに振り返りじっと俺の顔を見た。



「⋯⋯ちょっと、何よその顔は。もしかして昼間のこと気にしてる? あれは謝ったじゃん、まだ引き摺るわけ〜?」

「はぁ、ちげーよ。そんなんじゃないし」



 もう11人の女(とはいってもほとんどオバさん)に見られているから今更なんだ、とは思うが、

 ミラは俺の意思関係無しに降ろしてきたから今までと違ったのは事実⋯⋯ってそういうことじゃない。



 否定をすると、ミラは少し考えた様子を見せ、

 しばらく経つと、「ああ」と何かを思いついたようにポンと手を叩く。



「ここが不安か! なんか人に馴染めてない雰囲気だもんねアンタ!」


 答えはなんとも言い難いものだった。

 だが彼女は揶揄うことはせずに、困った表情をして優しく息をついた。



「そりゃあんな大怪我して起きたら知らない人達に囲まれてされるがまま、なんかになると焦るよ。仕方ないよ。

 ⋯⋯グランは気怠そうで何考えてるか分かんないし、エミリアなんかだらしないし、酔っ払って服脱いだりするけど、安心して!!」



 いやいや、後半なかなかに安心出来ないんだが。



「あの二人はもちろん、ユーリも凄く優しいし、あたしら家族もすっごく仲良いんだよ。

あたしが保証する! ⋯⋯だから大丈夫だよ。ゆっくり休んで?」



 ミラは俺の肩を強く掴み、強い目をした。

 おちゃらけた彼女ではない。



「⋯⋯分かってるよ。みんないい奴ばかりだ、勿論、お前も。ゆっくり休む、ありがと」


 家族のこと、ここの人間のことを熱弁するミラが新鮮に思えた。



 ーー俺はそんなこと、他人に思ったことなんかなかったから。


 それは俺の意思だ。間違い無いのだが、

 ミラに少しだけ、羨ましさを抱いた。


ーーーーーーー



夜中。


「⋯⋯ねれねぇ」



気が付いたら俺は目が覚めていた。

昼間からずっと寝ていたからだ。さすがに眠れなくなるのも納得だ。


窓から月の光が差し込み、手元くらいなら微かだが見えている。

なんとなく俺はもう一度、太腿の傷を確認した。



ーーおーい、マジか。



昼間ははっきりと赤い線が一周あったのが、

今じゃ跡形もなく綺麗になくなっていたのだ。


どんな手を使ったらこうなるんだ。

さすがにこの短時間で治るわけねーだろ。


ミラの魔法かなんかか、とも思ったが彼女は笑って

「効かないわ〜」と言っていたのを思い出す。



即効性のある治療薬でも存在するのだろうか。

魔法だとか魔力だとかバカげたことをいうこの世界なら有り得ない話じゃないのは分かる。





「だれだ」


突然、部屋の外に物音がした。

声を掛けると、


「ごめん、私。⋯⋯入っていい?」



サキの声だった。


こんな真夜中に何の用だ、

と思ったがサキの弱々しい小さな声に俺は返事をして、

扉を開ける。


声の通り、不安げな様子だった。



サキは部屋に入り、ベッドの側に置いた椅子に腰を掛ける。

俺はというと、異常に緊張をしてしまっていた。



二人きり。

こんな状況に限って俺は仕舞っておいたある記憶・・・・が蘇り、

心臓がバクバクと震える。


彼女とは反対方向、

扉の横で俺は壁に寄りかかった。



「どうしたんだよ、こんな時間に。⋯⋯ね、寝れない、とか?」

「まぁ、そんなとこ。傷、平気?」



ベッドに散らばった血に染まった包帯を見たサキ。

もう大丈夫だよ、とだけ応える。


明らかに不自然な態度だ。

電車内で会った時と同じ、サキの顔すら見れずに俯く。

彼女の声もバケモノに追い掛け回された時の俺への自然な態度、

同じように全く存在していなかった。




「ねぇ、ミズキ」

「な、なに」



この温度。

思い当たりが、ないわけじゃない。



「⋯⋯アンタまだ小学校の時のこと引き摺ってんじゃないだろうね?」

「ナ、ナンノコトカナ〜?」

「ちょっとやめてよ、そういうの!」


「⋯⋯別に、そんなんじゃねーけど⋯⋯」



ガタン!


サキが椅子から立ち上がり、ズンズンと俺に近付いて

胸ぐらを勢いよく掴んだ。


「ちょっ⋯⋯、やめろよ寄るなって!」


これ以上ないくらいに激しく赤面し、サキの手を払った。

しかし、彼女はガシッと掴み直し、

俺の目を直視した。



「ほら、やっぱ気にしてんじゃん」

「⋯⋯っ」



頭が真っ白になる俺にサキは容赦なく睨む。

手を離したいが、今のサキは何故だか運動神経がいい状態。

離そうにも力の差が歴然としていた。



数秒後。


はぁ、とため息が漏れる。



「⋯⋯ごめん。分かったから、⋯⋯手、離して」


サキの目を見て言うと、彼女は手をゆっくり離した。



ーーもう今更誤魔化せないか。




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