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j  作者: 椅子の下のトマト
1章
4/14

4話 『違う場所』

「や⋯⋯り⋯⋯じゃダ⋯⋯、なの⋯⋯なぁ⋯⋯」



 ーーんん。



「うーん⋯⋯。あ、⋯⋯い、⋯⋯⋯うか」



 ーーあれ、

 なんか心地が良いな。

 なんだこの気分は。すごく良い気分だぞ。



 俺は⋯⋯、マジか。

 俺はまだ生きているのか。

我ながらとんでもねー生命力だぜ。ゴキブリ並みなんじゃねぇの?いや、クマムシか?

 ん?クマムシだっけ⋯⋯?




 そんなことはどうでもいいか。



 どうしたんだっけな。

 電車乗ったら事故って⋯⋯くっせぇバケモンに襲われて⋯⋯サキを助けようとしたら⋯⋯



 そうだ。脚が取れたんだ(・・・・・・・)



 なのになんだろう。

 今はその脚に感覚もあるし、しかも何か温かくて柔らかいものが当たっているような⋯⋯。



 う、っわ⋯⋯。 気持ちぃ⋯⋯。



「そういえば⋯⋯こも、怪我⋯⋯んじゃない? ⋯⋯よいしょっと」



 ーーん?


 しかも若い女の声がするぞ?


 感覚が戻ってきた。いったい⋯⋯俺は、





「ーーあの⋯⋯?」



 痛みも血の匂いもない柔らかい場所で俺の目は再び開いた。自分の置かれた状況を把握すると、違う意味で呼吸が止まった。


 俺がいたのはふかふかのベッドの上で、

 隣にまさかの、ーー女?



 女の声は夢じゃなかったってことか?

 ってんな悠長なこと言ってらんないんだが。




 目の前にいたのは違和感のない赤っぽい髪をした、

目が大きな美少女。

 女の体から生えた細い二本の腕が真っ直ぐ迷わず、俺の下半身。



 ⋯⋯俺のズボン、いやパンツまでを膝まで引き下ろしていた。




 バチリと合った美少女の目は琥珀のような色をした綺麗な瞳で、

 じっと俺を見るその下で、

 異常なほどに顔を真っ赤に染めていた。




 ベッドの上で横になる俺という『男』。

 そして、

 男の象徴を自ら露わにした露出激し目の服を着た『女』。



 元気がなかった俺のが下品にも見る見るうちに大きくなってゆく。

 女は何をしようとしたのか、

 最初から俺の下半身に顔を近付けていて⋯⋯目の前に俺のが。



 この状況で想像されるのはどんなに健全でない男児であっても同じだろう。

 今、死を直面して生き残った俺に童貞を捨てる絶好のチャンスが⋯⋯ーー




「きゃぁああーー!!」

「ぶひぃふほぉおっっ!!」


 ばちん。



 勢いよく飛んできた手の平に頰が襲われ、

 俺は無力にもベッドに頭をついた。



 すぐに女は部屋から逃げるように叫びながら出て行った。

 男に犯されそうになったか弱い女のように、必死に。



 意外にも威力があった美少女のビンタが、じんじんと頰を熱くする。確実に赤く腫れている。



 ざけんな、襲われたのは俺だっつのクソがぁ!!

 つかなんで俺のパンツ下げたんだよ、そうゆーつもりだったんじゃねーの!?

 溜まってたんじゃねーの、ねぇ!!



 怒りを抑えながら気がついたのは、寝ていたこの部屋が建物の上の階だということだ。

 逃げた女がバタバタと階段を駆け下り、

 下の階にいる他の人に



「あいつが! あいつが!!」


 と声を荒げていたからだ。



 ーーということは、ここに人が来るんじゃねーか? お? そういうことか?



「げっ! やべぇ!!」



 俺は咄嗟に脱がされたパンツを履こうと立ち上がった。

 その様は側から見たらアホにしか見えないはずだ。



 あんな美少女に俺のアレが見られてしまった! しかも目の前で! もうちょいで、く、⋯⋯口が触れる触れる近距離で!!


 これ以上ないくらいに心臓がバクバク暴れ、パンツを履いたがソレは収まらなかった。



 ⋯⋯やばい! 人が来る!


 急いでズボンも履こうとしたその時、




 ーーあれ。


 冷たい手が太腿に触れた。



「⋯⋯脚⋯⋯付いてる」



 色々ありすぎて気が付かなかったが、

 あのバケモノに切られたはずの二本の脚が両方ばっちり付いていた。


 全く障害がない。ジャンプも出来るくらいに、しっかりと付いていた。


 もしやあの出来事がすべて夢かなんかか、とも疑おうとしたが、

 切断されたであろう部分に赤い線が刻まれてあった。



 痛みも酷くない。強いていうなら少し転んで擦ったくらいの痛さだ。



 おいおい、⋯⋯嘘だろ。



 思わず身震いをした時、

 コンコン、と部屋の扉がノック音を発した。


 反射的に「はい」と返事をすると、半開きだった扉から青年が顔を覗かせた。



 病的に肌が白い、白髪の青年だ。

 青い目が不自然には思えない容姿だった。


 足が悪いのだろうか。鉄製の車椅子に座っていた。




 落ち着いた表情でニコリと微笑んだ青年は、車椅子をベッドまで近付けて停止した。



「起きたみたいだね、おはよ。⋯⋯どう? 気分は」

「き、気分⋯⋯?」


 なんだよ、てっきりさっきの女のこと言われんのかと思ったじゃねーか。

 気分は⋯⋯悪くはない。



 ーーいや。そうじゃねーだろ



「サキ⋯⋯、サキは!? サキはどうした! お前らが俺を助けたんだろ、近くに女いたろ! サキはっ⋯⋯」

「ダメだよ、落ち着いて。君はまだ怪我人だ」



 車椅子の男の肩を掴み大声をあげると、

 青年は笑顔を崩さずに肩から手を離した。



「大丈夫、安心して。一緒にいた女の子は無事だよ、ピンピンしてるから」



 どうやら俺より早くに目覚めたらしく、今は他の部屋で安静にしていると青年は言った。

 後遺症も残っていない。


 その言葉を聞いた瞬間、心から安心をした。

 よかった、と小さく呟き、ベッドの上に静かに座った。



 精神的に余裕を得た俺はやっと自分のいる場所を見渡した。

 小さな部屋だ。たぶん誰かの寝室なのだろう。

 大きな木製の本棚には、渋い色の背表紙を持つ本が何冊も詰め込まれている。



 ベッドの横に設置された窓、掛けられた淡い黄色のカーテン。

 鉢には見たことがない青い花が三本。

 すべての家具や小物の雰囲気が、どこか古めかしい雰囲気を醸し出していた。



 何が何だか分からないが、落ち着ける場所なのかもしれない。

 一応この不気味にずっと笑ってる男は⋯⋯悪い奴じゃねーよな? たぶん。




「ユーリ、昼飯出来たってミラちゃんが⋯⋯」



 そこへ、ガチャリとノックなしに部屋に誰かが入ってきた。

 また男だ。年は二十代前半くらいだろうか、筋肉質な男だ。



 ユーリと呼ばれたのがこの車椅子の男か。

 ユーリは筋肉質な男をグランと呼び、「今行くよ」と返事をした。



 なんとなくグランという男を見ると、どこか怠そうな目と目が合う。

 黒髪だが刈り上げた髪が俺の先入観を刺激し、ピクッと体が震えた。



「なんだお前、生きてたのか。死んだかと思ったわぁ」



 イカツイ表情をした男が笑い、小さな子供をあやすかのように頭を軽く叩いてくる。

 挙句には、よーしよしと鼻歌を歌い出す仕舞い。

 流石に俺はムカッとし、雑にその手を払った。


 だが、

「しかも活きもいいのね」

 と懲りずに男は俺をからかい続ける。



 なんか面倒臭そうな部活の三年の先輩という感じがする。制服を崩して着て。クラスの中心を気取るやや不良タイプ。

 接しづらい、出来ればお近付きになりたくないタイプだ。




「⋯⋯なんなんだよ。お前ら誰」

「へぇ? 命の恩人になかなかな態度だな。カワイくないガキだなぁ」

「ガキガキうるせーよ!」

「あれぇ! そんなこと言っていいのかぁ?」


「ほらグラン、からかうんじゃないよ落ち着いて」

「へーい」



 ユーリの言葉に男はだらけた声で返事をしると、大人しくベッドから離れ、壁に寄りかかった。

 腹が立つことに男は、ずっとこちらを見ながらニヤニヤし続けている。



 俺はこいつと合わねーな。


 心の底からそう思った。


 気がつけば無意識に男のことを睨み続けており、ユーリという青年に俺まで落ち着け、と言われてしまった。


 このせいで筋肉質な男はまたにやける。

 とんでもねーくらいうぜぇ。




「ごめん、僕ら名乗るのが遅れたね。

僕の名はユーリだ。ユーリ・トーラス。で、そこのはグラン。グランウィル・ウォーカーだ」



 助けたのはこの白髪の男、ユーリではなく、

 いかにも脳筋な風貌のグランの方だと言った。


 倒れて血塗れになった俺らを見つけ、

 1人でここまで運んできた。

 笑顔でこんな異常なことを言い終えたユーリは、どこか奇妙な雰囲気だった。



 グランに顔を再び合わせると、

 軽く頭を下げる。

 俺もつられるように、コクンと小さく頭を下げた。



「君のことはサキちゃんから聞いているよ。ミズキくん、でしょ?」



 先に目覚めた彼女がユーリ達に話したのは、


 気が付いたらあの森の中で一人で立っていた、

 大きな生き物に突然襲われた、

 一緒にいたもう一人の男の名前は『ミズキ』。



「⋯⋯あの、ありがとう、ございました」



 綺麗に包帯で巻かれた腕を掴み、呟いた。


 変な気分だった。

 人にお礼だとか、もう何年も言ってないし、感じてもこなかった。

 さすがに今回は命を助けられた、らしいし。



 照れが隠せなかったがために俯いたままだったが、

 ユーリは笑い、

 グランは「どういたしまして」と、はにかんだ。




「目が覚めたとはいえ、君も疲れているだろう? まだここで寝て休んでもいいよ。

 あ、それともこれからお昼ご飯食べるから一緒に食べる? サキちゃんもいるよ」


「いや、まだいいや。もう少しここで寝てる⋯⋯もしかしたら行くかもしんねーけど」

「そうかい? じゃあ僕たちは行っているよ、よく休んで」

「⋯⋯ありがとう」



 ほとんど崩れた敬礼を軽くグランは俺に向け、

 二人は部屋の扉から出て行き、

 再び静かな空間へと変わった。



「ふぅ」



 起きたと思ったら次々と新キャラ登場かよ。

 背中いてぇ、ちょー疲れたわ⋯⋯。


 ボフンと背中を枕元に倒し、息をついた。


 頭上には天井。

 見たことのない修飾。どっかのお屋敷みたいな木製の柱が何本も取り付けてある。



 まだまだジンジン痛む太腿にまた手をつける。

 ベッドに解けた包帯が散らばっていたから、本当は巻かれていたんだろうが、


「あの女かーー⋯⋯」


 たぶん俺のズボンを下ろした時に外されたんだろう。とんでもないことしてくれる。



 太股の裏側も見てみると、そこにも赤い線が刻まれていた。

 不思議なことに脚を取り付けた縫い目がない。

 手術を受けたことがないから分からないが、傷跡ってこんなに綺麗になるものなのか?



 考えれば考えるほど混乱する。


 まずここは日本じゃないのは確かだ。

 日本じゃないならここはどこだ、と言われても答えられない。


 全く知らない場所なのだ。

 あのバケモノといい、死んだとしか思えないほど怪我を負ったサキが生きていて、

 この俺まで生きている。



 本棚にあった本を一冊、取り出してみる。

 自分の目を疑った。


 一文字も読めない。


 なにかの象形文字か?

 なにが書いてあるのか見当もつかない。

 いくつかアルファベットに見えなくもないが、形が崩れている。おそらく違うな、その他は見たくもないくらいだ。

 何冊も何冊も手にとっては見たが、どれも知らない文字。



 あとはさっきのユーリ、グランの服装だ。

 とはいってもユーリはまだ現代日本にいそうだった。サラサラとした素材の白い布地の服。右目を隠した包帯が厨二心を擽るが、彼は車椅子に乗っていた。

 怪我人なのだろうか。



 もう1人。グランはそういった問題じゃない格好だった。

 全体的に茶色いレザー素材の服に、顔が隠れるほどの黒いネックウォーマー。

 腰には短剣と、銃を堂々と所持していた。


 どこの厨二病だ。不自然すぎるだろう。



 ⋯⋯おっと。


 だめだ。

 もう考えるな。

 無駄だ、キリがない。



 ガシガシと髪を掻き毟り、チッと舌打ちをした。

 静かな部屋に響く。




 ーーただ、これは夢じゃねぇ。

 夢であってたまるか。

ーーーーーーーーーーー



「この賭けはお前の勝ちかー、ざんねーん。

よかったな、あのガキ生きてて」


「賭けなんかしてないけどね。よかったよ」


 部屋を立ち去ったグランとユーリが、長い廊下をゆっくりと歩いていた。

 車椅子に乗るユーリは階段の奥のスロープに向かう。彼と一緒に、グランもスロープを目指した。




「で、あれから何日経ったっけ?」

「5日、かな」

「ふーん。あいつもギフテッド(・・・・・)?」

「どうだろうね。まだ2人目だからそうだとも言いづらいけど⋯⋯もしそうなら、15年ぶりだよ」

「よく知ってんね、そんなこと。15年前とか、それこそ俺らガキだったよ」

「まあね。もちろん判断は難しいよ。グランが見つけた時の話が本当なら可能性は高くなると思うけど」




 後ろを振り向き不敵な表情をするユーリに、

 ははは、と笑みを零すグラン。


 スロープに差し掛かり、ユーリの車椅子を手に取りゆっくりと一階へ降りて行く。



「マジさ。ブっ倒れてる2人の近くにはそりゃカワイソウなくらいにバラバラにされた魔物がいたんだ。周りの木はほとんどなくなってたからすぐに見つけられたし。

 どうやらサキちゃんの方が先に倒れたみたいでね。 二人とも致命傷だったからそう時間は経っていない。


 ーーそこに魔物の黒い血と別の鮮やかな赤い血。他の人間がそこに来たならl俺は分かる(・・・・・)」




 終始ヘラヘラしていたグランの表情がキリッと整った瞬間。

 ユーリは見慣れていた。



「⋯⋯そうか、そうだね。この5日間、あの致命傷の中回復したサキちゃんと、治癒魔法なしであそこまで回復したミズキ君は異常だ。グラン、分かっているね?」


「ふはっ、もちろんさ。

 あの状態で手を離しちゃいけない。あいつらがこの街の人間じゃないことは確実」



 ビクビクと身体が震え、グランの表情はまるで好奇心旺盛な子供のように輝いていた。

 白い歯をむき出しにして、ニヤリと口を曲げた。


 スロープを降りた先、

 真正面にある閉まった木製の大きな扉をガチャリと開けた。



 そこには、3人の人間がいた。


 黒髭のがたいのいい老人、

 赤髪の若い琥珀色の目をした美女、

 そして茶色い髪をした目力の強い女。



「それで? もう1人はどうだったの?」

「すごく元気さ。サキちゃんと同じ、信じられないくらいに」


「エミリア」

「あん? 何よ、グラン」




「残念なお知らせだ。教育係が必要だってよ」

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