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j  作者: 椅子の下のトマト
1章
12/14

12話 『シルバ』

 それからまた、長い期間が過ぎた。

 30日、ほどだろうか。



 俺はアトラスの酒場で働く期限を終え、他で働くことになった。

 他といっても、どこかに就職活動をするということではない。

 魔物退治の依頼があるように、掃除や家庭教師、ペットシッターやベビーシッターの仕事がある。

 それらを受けて、依頼をこなすという流れだ。



 嬉しいことに、酒場をやめることになったときジェイデンとミラが惜しく思ってくれていた。

「ずっと1人だったから、ミズキくんがいてくれて楽しかったよ」

「またやりたくなったら戻ってこいよ! とか言ってそんなことはないか!」

 と。



 まさか、俺もここまで続けられるとは思いもしなかった。

 俺なんてまだ現実世界で言えば3週間4週間の短い期間だったが、とても長く感じた。

 やはり、軽くバイトなんて考えちゃいけないな。俺の年代の奴らは平気で高校生の間ずっと同じバイトしたりするもんな。


 今になってどれだけ凄いことか分かったよ。




 酒場をやめて7日。

 すでにある家の庭の掃除や、ペットシッターを経験した。ああ、あと家庭教師もか。

 ペットシッターでは、見たことがない動物もいれば馴染みのある犬や猫もいた。一時期動物を飼ったことがあったり、色々と触れ合うことがあったからなかなかいい評価を得た。楽しいし。



 それから1日バイトをせず、シルバを歩き回った日もあった。

 もちろん全部ではないが。3日前くらいだろうか。

 この宿屋、酒場がある位置はシルバの端の端の方だ。予想以上にシルバは大きい。

 市1つ分とまではいかないが、駅5、6つ分くらいの大きさだ。

 この端くれでも有名な店はいくつかあった。発展している街だということも納得。



それと、この世界のお金を使って初めてものを買った。

小腹が空いたからパン一切れではあったが。


この世界、いや、この国の通貨の種類は4つだ。


ロンという紙幣。

銀貨、大銅貨、銅貨の硬貨の4つ。


使ってみたところ、感覚でいえば以下のようになると思われる。


1ロン=10000円

銀貨1枚=1000円

大銅貨1枚=100円

銅貨1枚=10円


また、


銀貨10枚=1ロン

大銅貨10枚=銀貨1枚


これは数の通りだ。

1円硬貨のようなものはこの国にはないらしい。

覚えにくくはない仕組みで助かった。



今日俺はペットシッターの仕事だった。

貰った報酬は銀貨3枚。約3千円か。相場は分からないが、やっていけない量ではない。物価の問題もあるからな。


得たお金は宿屋に置かれた共同の金属の箱に入れることになっている。

騙すことはできない。ユーリやジェイデンに俺がいくら貰い、依頼主がいくら出したかきちんと把握されているからだ。

20日経つと、1人1人家賃代が引かれ、残ったお金が個人に戻される。

稼いだ分だけ戻って来るのなら別に不自由には思わない。

異世界に来ても、欲しいものも行きたいところもないからだ。帰れば食事が用意されているから買う必要もない。



宿屋の共同スペースには俺以外誰もいなかった。

グランやエミリア、サキは出掛けている。ミラとジェイデンは隣の酒場、ユーリは多分自室に籠もっている。


今日はもうやることないなー⋯⋯。



背伸びをして、コップに水を汲みゴクンと飲み干した。

そこへ、出入り口が開いた。


「ただいまー」


帰って来たのは、サキ1人だ。

俺を見ると、「お疲れー」と声を掛けてくる。俺も同じように「お疲れ」と返した。


サキはソファに腰掛け、装備した武器を下ろした。



今まではエミリアが持っていた古い片手剣を使用していたが、サキが持っているのは完全に彼女のものだ。

自分で稼いだ金で自分好みの剣を買ったと言っていた。


グランやエミリアのように武器も手入れをするサキを見ることになるとは。人生何があるのか分からないな。⋯⋯いや、すでに俺はもう死んでいたりしてな。



サキが魔物退治をし始めて早30日。

今じゃあ1人で魔物退治をするまでに技術を上げていた。

シルバの街のみで行なっていたが、だんだんと街を離れ、少し遠くの小さな村にまで行くようになった。

大きな街から離れるほど魔物の出現率が上昇する。設備が大きな街ほど充実していないからだ。


そこは魔物退治があまり行き届いていないので、魔物のレベルも高い。そこへ1人で出向くサキ。やはり早い。


そういえばかなり前、エミリアが自慢げに新聞を見せにきた日があったな。

サキが大きく載っていたのを思い出す。

魔物退治を行う人間は優遇される。名前が売れると、その度に新聞に顔や名前が載せられるのだ。



「見ろよ! ここまで育てたのはあたしだぞ!」


我が子の成長を喜ぶバカ親のようだったなぁ。



新聞に名前が載らせる。それは戦闘を生業にする冒険者や戦士の目指す最初のゴールだ。名前を広めるチャンス、そう簡単には載らない。

しかしこれを、魔物退治をし始めて10日の若い女がやり遂げてしまった。かなり、優秀な人間だということは俺だけでなく新聞を見た誰しもが思うだろう。



「お前魔物退治とかよく出来るよな。怖くねーの?」


どんな答えが返ってくるのかはもう予想がついていた。

剣術を楽しい、初日から対人間で剣を振り回した奴がいう答えは⋯⋯


「怖くないよ。だって、絶対に魔物に当たるもん」

「そ、そうか」


いや。予想以上の答えだった。


ーーーーーーーーーーーーーーー


異世界で目覚めて約50日。この世界での1ヶ月が過ぎた。

この日の夜は久しぶりにメンバー全員が揃った夕飯だ。

家庭教師のバイトをすると、その家でご馳走になったりもするからミラとジェイデンの料理を食べるのも久しぶりだった。


エミリアはまた酒を強請り、ミラに断られる。

ジェイデンとユーリは仲が良いのか2人で何か話し込んでいた。

俺はといえば、サキやグランとでどうしようもない話をするだけだ。


エミリアも話に入ってきて、ある話題へと話が変わった。


サキ、グラン、エミリアの3人が明日、〝魔獣退治〟へ行く。サキは初だ。


魔獣と魔物は全くの別物だ。

簡単に違いを上げると、魔術を使うのが魔獣で使わないのが魔物だ。

魔物は自信に身体強化ブーストとかけているが、主に物理攻撃。しかし、魔獣は違う。


身体強化ブーストはもちろん、魔術師のように魔術を操る。

炎を操る魔獣もいれば水を操る魔獣もいる。非常に厄介だ。

魔物とは比べ物にならないくらいに凶暴で危険。これを倒せるのは、限られた人間だけだ。

ポッと出の冒険者などじゃ、対峙すれば確実に死ぬ。


話を聞いているだけでおっかない。



「最近多いんだよ、この手の依頼が。仕事あるから助かるは助かるんだけどねぇ」


魔獣は魔物ほど繁殖力はないらしいが、普段と比べれば確実に多いとグランは言う。

魔物退治に慣れたサキが、2人に着いて行くことになったということか。


サキは恐がる様子を見せず、興奮状態にあった。

表情がそう言っている。


よって、明日からこの3人は不在ということになる。

移動時間を含め約3日、彼らは忙しい。



そういえば、ジェイデンがこの場にいるのは珍しいことに俺は気付いた。

一応あの酒場で働いていたからな、定休日がいつか知っている。

違和感を持ったのは、明日が定休日じゃないからだ。



「なあジェイデン。店の準備はしないの? 明日休みじゃないだろ?」


そう聞くと、ジェイデンは大きな声で笑った。

かなり上機嫌だ。


「そうか、知らないか! サキも知らないな!

明日は店は休みだ。なんたって、めでたいシルバ祭だからな!」


「シルバ祭?」


俺とサキが口を合わせて聞いたことのない言葉を発した。



シルバ祭とは、その名の通りシルバにまつわる日だ。

何かやはり重く、ややこしい話になると踏んだ俺とサキはジェイデンの話を止めた。

この夕食の時間に歴史の授業は似合わないだろう。


ただそのシルバ祭というのはこのシルバにとってとても大事な日だということは分かった。

明日から丸2日間、シルバの街は端から端まで盛り上がることになる。


パレードが行われ、メインストリートには様々な露店が立ち並ぶ。

夜には盛大な花火が打ち上げられ、人々は歌に合わせて踊り明かす。



街には色んなところから観光客が訪れる。冒険者もこの日を狙って来ることもある。

なんてったって、他の地から商人がやってくるからだ。彼らには嬉しい、レアな道具が売られているに違いない。



ジェイデンはそのために店を閉めると言っているのだ。

その日こそ店を開けるべきなのでは? と思うが、

「俺だって休みたい!」

だそうだ。おっさんも祭り事は楽しみなのだ。



「だからミズキ。明日は楽しむといいぞ」

「⋯⋯え、まって俺1人で?」


年の近い3人はみんな明日から不在。

俺だけこの街に残ることになれば、自然と1人に⋯⋯いや待て。


「なあに? もしかしてあたしと行きたい?」


ーーええ、ぜひ。



俺は無意識に・・・・ミラを見ていた。

いやいや、年代の近い人がいるじゃないか!!

あの一件から意外に仲良くなったしな! え、なったよね??


「僕のこと忘れないでよ〜」


突然ユーリが横から入って来るが、俺は顔さえも向けなかった。


お前はお呼びでない。



ミラ様ぜひお願いします。

てかそうじゃないと俺ガチぼっちで祭を過ごすことになっちゃうんだぞ!?

家にいても愉快な音楽と男女の声が嫌でも聞こえるんだぞ!?


そんなの地獄に決まってるじゃないか、なめてんのか!



「ごめんね〜。あたし街の集まりでお仕事あるのよね〜」



な、なぬ!?



「あっ、でもそのあとでいいなら」


おおぉ!!


「全然待ちます!」


救われた思いで椅子からも立ち上がる勢いがあったのだが、その隣でなんともいえない威圧を感じた。

ジェイデンだ。少しも隠そうとせず、ギンギンに目を光らせていた。


結局俺が言ったのは、

「明日は1人でゆっくりするよ⋯⋯」

だった。


いやいやまだここで終わりじゃないぞ!

ジェイデンに見つからないところでミラに会えばいいんだからな!

本当、ミラに彼氏がいないのは絶対にこの父親のせいだな。俺はそう確信した。




「サキ? どうした」


そこへエミリアがサキを気にした声が聞こえた。

俺を睨んでいるように思えたが、⋯⋯気のせいか。


「祭、いいなーって。次はいつあるの?」


くそう、気のせいだったか。


サキは明日からこの街にいない。

小学生の頃近所の祭によく一緒に行ったから、彼女が祭好きなのは知っていた。

サキの疑問にはグランが答えた。



「記念日なんかしょっちゅう作るもんじゃあないからなー」

「えー! ⋯⋯ミズキ、お土産よろしく」

「それお前の台詞じゃない」


サキには申し訳ないが、

異世界に来てやっと何か面白いことが起きそうな予感がしていた。


明日は楽しんでやるか。

ーーーーーーーーーーー



シルバ祭当日。


朝早くから出掛ける準備をする3人の物音に俺は目が覚め、下へ降りた。

全員どっかのゲームにでも出て来そうな格好だ。違和感がないのが逆に違和感だ。

残念ながらサキは世間的には可愛い方だからな。何でも似合うってのもこれじゃ考えものだが。


グランは銃、エミリアは双剣、サキは片手剣。

全員自慢の武器を装備し、シルバの中心地を目指して家を出て行った。中心地へ行けば交通手段が充実しているからだ。


そして時間が経つと、遅めにジェイデンとミラが起きて来た。

ジェイデンは酒仲間と、ミラは街の集まりで家を出る。



昨日はああ言ったが、どっちにしろミラが終わるまで俺は1人。

1人はキツイ。逆を言えば、1人ではなければキツくはないと言い換えることが出来る。



宿屋の人間がほとんど出て行ったあと、俺は時計を見て時間を確認する。

そろそろ行く時間だろうか。


立ち上がり、外へ行こうとしたとき、扉が勢いよく開いた。

開けたのはもちろん俺ではない。開けた人物は、少し視線を下げたところにいる。



「ミズキー! 迎えに来てやったぞ、いこーぜ!!」

「おおっ? いくかいくか!!」


家に来るとは思わなかったが、来た小さな子供は予想外ではない。

小学生くらいの兄妹だ。

近所に住む、ある家族の子供だ。



「君は友達の幅が広いな」


子供に急かされるように手を引っ張られていると、家の中から中性的な声。

振り返ればいる、右目を包帯で隠した白髪の厨二病全開ないい大人が。


くそう、まだこの建物内に残っていやがったか。



「なんだよ、その目は」

「別に〜? お金の遣いすぎには注意するんだよ」

「俺はガキじゃねぇ」


この兄妹は、俺が以前家庭教師で知った子供だ。

まだ3回ほどしか行っていないが、俺は彼ら気に入られたようだった。


俺はこの世界の文字が読めない。

だが文字が分からなくても教えられることはあった。算数だ。

文章題はもちろん無理だ。だが単純計算なら俺だって出来る。数字はやはりどの世界でも共通だ。


親にも気に入ってもらっていて、報酬とは別にお小遣いをくれる。

しかもこの家は給料もいい。金の話になるとゲスいが、この家族は温かく接してくれるので馴染みやすかった。


今日はこの兄妹の子守、といったところか。

親がミラと同じ街の集まりらしく、それが終わるまでの間のみだ。



迷子になられては困る。

この年のガキは面倒くさいからな、目を離すとすぐにどこかへ行ってしまう。

ガッシリと、手を握る必要がある。


そのせいで右へ左へ俺の体は揺さ振られる。


「ミズキー! あれ買ってー!」

「なにぃっ!? 母ちゃんに小遣い貰ってたじゃん!」

「なんだよー大人のくせにー!」


こんな風に兄妹は自由だ。

俺だってガキじゃないがまだ大人でもないぞ。


「⋯⋯そんな目してもやんないぞ」


兄妹の目は俺を見上げ涙ぐんでいる。

最近の子供は学校で魔術を学習しているから、基礎的な魔術はお手の物だ。

この涙も水の魔術を使っているのは明らかなのだが。


「ミズキのケチー」

「兄ちゃんのケチー」



⋯⋯ああ、もう。



結局買ってしまった。

祭時の物価は高過ぎる。


「ミズキ太っ腹〜」


嬉しそうに甘そうなお菓子を頬張る兄妹。

ただ言うことさえ聞けば可愛いのに。


つかあの店員覚えてろ。ガキに紛れて俺をケチって言ったの気付いてんだかんな。



想像以上に街は大騒ぎで、メインストリートは人でごった返している。

この端くれでもシルバはやっぱり盛んな街だ。

俺らは比較的人の少ない噴水広場へ向かい、ベンチに座っていた。



食べ終えると、次どこに行きたいか、兄妹は口論をし始める。

だがふと、妹の方が俺を見上げる。


「ミズキ! シルバ祭のこと知ってるー?」


妹は背負ったカバンから分厚い本を取り出した。

思わず吹く。


「こんなところまで本持って来たのかよ⋯⋯」


さぞ大物になられるんでしょうね、この子は。


妹は目をキラキラさせて、本を開く。



「知らないかなー。まだ俺来たばっかだから」

「本読まないの!?」

「バカ言え、ミズキは文字読めないだろっ」


食べ終えた兄の方が躊躇いもなくそう言った。


この野郎、ろくに算数やろうとしないくせに⋯⋯!

ははは、ガキにイラついてはダメだぞ俺!



「そうだなー、俺読めないから知らないんだ。教えてくれるの?」


引き攣る笑顔を必死で我慢して、俺は答えた。


子供は自分よりデカいやつに何かを教えることが好きだ。

下手に機嫌を損ねさせるのは何よりも危険。ここは大人しく下手に出る必要があるな。


以上、家庭科で得た知識である。



「兄ちゃんどうするー?」

「仕方ない! 教えてあげるよ!」


そして兄は本に指を沿わせ、口を開く。

だがその瞬間、正面から女の人が現れた。


「アル、ネネー。 大人しく出来たー?」

「ママ!」



おおーっとなんというタイミング!

とかいってちゃんと母さんが来るの見えてたんだけどね。


兄妹の母親は俺らに近付き、「さあお兄さんにバイバイしてっ」と言っていた。


「やーだー! まだお話の途中ー!!」


今度は魔術ではない本当の涙を流していた。

ああはいってもやっぱまだ小さな子供だな。上から来ていた兄が泣いているのを見ると、そう思ってしまう。



「ダメよー、お兄さんも忙しいんだから。 ミズキくん、ごめんなさいね」

「いえいえ。楽しかったので大丈夫ですよ。じゃあなー」


泣き止んだ兄と、残念そうにしていた妹に手を振り俺はその場を離れた。



妹が開いた本の文字が思いの外細かいもんだから焦った。

絶対有りもしない伝説語られるからな。ちょっとそうゆう気分じゃないからなあ。

また次会ったときにでも聞いてやるか。



「さて、今度こそ1人」


さっきの母親に聞くと、ミラはまだお仕事中だそうだ。あの若さで中枢的な仕事をしているんだろうか。



仕方ない。ユーリの所でも行こうか。仕方なくな!!


宿屋から出たとしても近くを回っていると言っていたから、その近くに行けば自然と会うだろ。

ここからちょい遠いけど行くかなー。



そのとき。



バアァァァアンと耳が壊れるほどの爆音がシルバを襲った。

音だけじゃない、俺の正面、酒場とは逆方向、そして魔物がいる森の方向。取り囲むように太陽より激しく光った炎が舞い上がった。爆発が起こったのだ。



一斉に人々の声が静止し、爆音がひとりでに鳴り響いた。


「う、うわあぁぁ!!」


途端に状況を把握した。

祭の騒がしさとは違った興奮が生まれる。

人々は大混乱、悲鳴をあげ、我先にと走り始めた。


俺はまた、その爆発と大きくなり続ける炎から目が離せなくなっていた。


「やばっ⋯⋯!」


逃げ遅れた。


俺がいた方向が爆発とは真逆の方向だったために、何百人もの人が襲ってくるように走って来た。

肩がぶつかり、簡単に俺は混乱の下敷きへ。

何人にも足で踏まれ、呼吸すら出来ない。



まずい、このままじゃ危ない。


必死で人の波を越え、やっとの思いで建物の間へ転がり込んだ。

そこでやっと、呼吸を整えた。


だが心臓の高鳴りは抑えられない。


耳を塞ぐほどの悲鳴の奥から聞きたくないある声がした。



「ガァァアア!!」


心臓が止まるかと思った。

獣の声だ。


いや違う。バケモンの鳴き声だ。


「は、⋯⋯はは。マジかよ」


容赦なく思い出したくない記憶が頭を駆け巡る。

あのバケモノがサキを襲う光景。

俺を襲う光景。

もう感じたくない激痛。吹っ飛んだ脚。



ーー呼吸が出来ない。

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