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 風に煽られながら、梯子が急速に巻き上げられていく。爆音で耳がいかれそうだ。レベッカはすぐ上だが、今下手には動けない。下は菊月の山だ。万が一にでも落ちれば、彼女を追う術はない。

 レベッカは気を失っている。とすれば、どうする。もうヘリコプターの間近だ。ここから俺達が無事帰るには……。

「やるしかねえ……」


 ヘリを奪う。操縦なんざした事ないが、打てる手はそれしかない。中にいる操縦者にやらせるか、いずれにせよ出たとこ勝負だ。

 生唾を飲み込む。梯子がレベッカごとヘリの中へ巻き取られていく。俺ももうすぐヘリに乗り込む――

 いや、待て。何かおかしい。だいたいさっきから俺がぶらさがっているっていうのに、何で誰も顔を出さない? 何だって悠々と俺を放置している? 上から銃の一発でも撃てば、それで終わりだってのに。ヘリの中で始末するつもりか? いや、まさかとは思うが……。


 巻き上げられる梯子に合わせて、俺はヘリの中へと転がり込む。途端にぶっ放されたりする事を覚悟していたが、罵声一つ飛んでこない。代わりに聞こえたのは、機械の動作音だ。梯子を巻き取ったローラーが台座ごと後ろへスライドする。ヘリコプターの扉ががくんと動いて閉じた。ガチャガチャと音がしたから、たぶんロックが掛かったんだろう。

 俺が乗り込んできたっていうのに、ヘリからの反応は皆無だ。

「……誰もいない?」


 ヘリの機体は大きく、座席配置は少しばかり妙だ。先頭のコクピット、後部座席が二つあるだけで、あとはさながら貨物機のように広めの空間が取られている。奥のほうに窓はなく暗がりだが、荷物はないらしい。

レベッカは梯子機のすぐ前で倒れている。緑電の拘束も解けていた。

「おい。おい、レベッカ」

 彼女の頬を叩く。瞼が震え、開く。青い目が俺を見上げた。


「ト、ビ……?」

「よかった。大丈夫か」

 頭を抑え、少し辛そうな顔を見せたが、やがてレベッカは口を開いた。

「ここは?」

「ヘリの中だ。白王が呼んだらしい。あんたを組織だか結社だかのアジトに連れて行く気なんだろう」


 何故だか少しつっかえながら、俺は言う。

「――助けに来た。すぐに何とかする」

 レベッカはきょとんとした目で俺を見る。ああ、よせよせ。わかってんだよ似合わない台詞だって事は。でもそんな事言ってる場合じゃねえだろうが。

「操縦席見てくる。どうも無人機らしいからな」


 戸惑ったような顔をしているレベッカに俺は早口に言った。……ああ、待て、そうだ。忘れるところだった。

「それとこれを返しておくよ」

 そう言って俺は彼女に電撃銃を差し出す。彼女の手がそれを掴むと、俺は先頭へ目を向けた。

「あ……」

 レベッカが何か口走ったが、俺はさっさとコクピットへ向かった。とにかくのんびりはしていられない。仮に無人機なら、行き先の設定を弄って目的地を変えられるかもしれない。


 コクピットには案の定誰もいない。にもかかわらず、操縦席は二席用意され、計器や操縦桿は独りでに動いている。まるで幽霊が操縦しているみたいだ。前面の窓からは空と、地上の木々が少しばかり見えるだけで、ここがどこなのか判断しようがない。ヘリっていうのは長距離を飛ぶものではないらしいから、案外あの施設から離れていないかもしれないが。

「何か、何かないか……」


 ――操縦席の間にあるパネルが点滅している。タッチ式らしい。

 くそ……。下手に触るのはまずいだろうが、ひとまずはこいつから探ってみるしかないか。

 恐る恐る左手の人差し指でパネルに触れようとした、その時だった。

『――おはようございます。当機は只今自動操縦にて飛行中です。登録ナンバーを入力し、音声認証をお願いします。本部操縦者名簿に顔写真検索をかけています。動かないで下さい』


 突然、いかにも好印象な男の声がスピーカーから流れ、目の前のパネルにキーボードが表示される。おいおいおい。冗談じゃねえぞ、またこの手のかよ! 

『登録ナンバーを入力し、音声認証をお願いします。席上カメラからあなたのデータを本部に問い合わせています。動かないで下さい』

 ……やばい。こいつはたとえ運良く正解のナンバーを入力出来たとしても駄目なパターンだ。


『操縦者名簿検索ヒットせず。十秒以上のパネル入力なし――』

 天気でも読み上げるかのようなまったく変わらない口調で声は流れる。俺は踵を返した。急いで後ろに戻らないと――

『登録されていない人物による、操縦席への侵入が確認されました。一時的に飛行ルートを変更し、排除行動に移ります』

「排除行動だと――おわっ!」


 機体がぐんと下がったかと思いきや、緩やかに傾いて向きを変える。何をする気か知らないが、状況が悪くなった事だけはわかる。

「レベッカ!」

 レベッカが顔を上げた。心なしかまだ顔色が悪い。その表情からさらに血の気が引いた。

「トビ駄目! 逃げて!」


 逃げろ? そう思った瞬間、黒い影が俺の目の前を横切り――

 ひどく分厚い刃のような感触が、俺の両目に深々と入り込んできた。

「―――ッ!?」

 たまらず俺は絶叫した。物凄い音を立てながら刃が振動する。瞬時頬骨さえも断ち、抜けて行った。何もかもが一瞬で見えなくなったがそれよりも異常な痛みが俺を支配していた。顔面全ての肉を斬り裂かれたかのような壊滅的な痛み。俺は叫ぶ。喉が勝手に叫び続ける。何かを考える事も出来ない。緑電が傷口まで駆け付けているのが辛うじてわかるが、そんな感覚はすぐに痛みによって吹っ飛んでいく。


「ああああああがあああっ!」

 体が床を転がり暴れる。自分じゃどうしようも出来ない。痛みが、ひたすら痛みだけが神経という神経を苛む。

「トビ!!」

 凄まじい放電音が、ようやく耳に聞こえる。雷電が俺の顔に巻き起こる。骨が恐ろしいほどのスピードで造られ、肉が次々と繋がっていく。目の中が尋常じゃなく熱い。神経が繋がっていくの脳に感じる。


「あああ―――! ぁああ――」

 目玉が元に戻ったのがわかった。瞼の皮がくっついていく。左手を顔にやればべっとりとした血に触れる。俺はゆっくりと目を開けた。ぼんやりとした視界で何かが跳ねた。それと同時に高速の回転音が迫ってくる。

 間一髪身を捩ったものの、そいつは俺の右肩を抉ってきた。機体が不安定な挙動を繰り返しているせいで、うまく立つ事が出来ない。立ち上がろうとしたレベッカが転げ、俺は必死に彼女へと近付く。視力も回復しつつある。


 ポケットの中のドライバーを左手に持った。

「……何だ、こいつは」

 後部座席の背もたれの上で、奇妙な何かがこちらの様子を伺うようにじっとしていた。長方形の厚みがあるボディにバッタを模したような六本足が生え、さらに左右からは二本の腕が生えている。ボディの正面にはカメラと思しきレンズがあり、その両腕の先はどちらも禍々しい回転音を立てるチェーンソーだ。二本とも刃のほとんどが真っ赤に汚れている。俺の血で、だ。


「結社の殺人兵器よ。試作段階だって聞いていたけど――」

 試作段階だって?

 いかれてやがる。こんなモン――……っ!

 機械バッタがチェーンソーを回転させる。バッタ足が稼働し、跳ねる。早い――が目で追えない程じゃない!


「上か!」

 がぎん! という強い金属音。突き上げた腕が一瞬震えたかと思いきや、何かが俺の頬を掠めていく。ドライバーの真ん中より先が削り取られていた。機械バッタが暗がりのほうへと降りた。

「トビ」

 レベッカが身を起こした。目が、機械バッタを睨んでいる。


「馬鹿! 隠れてろよ!」

「あの機動力を一人で捕まえるのは無理よ。それにたぶん、あれはわたしには攻撃してこないわ。わたしを結社まで運ぶ必要があるのだから」

 小銃を構え、彼女は言った。

「二人でやりましょう。何としてでもこのヘリから脱出するの」


 覚悟を決めたレベッカの目が、それ以上の言い合いを許さない。

「……オーケー、わかった。二人であいつを倒そう」

 手の中のドライバーを捨て、ポケットの中から一本取り出す。武器はこれしかない。こいつで何とかしないと。

 機械バッタはまるで様子を伺うかのようにひっそりとしている。

「つってもどうする。相手は跳ね回るチェーンソーだ。素手ではとても捕まえられねえ」


「ようは動きを封じればいいのよ。左右のどちら側でもいい。足を全部破壊して、小火竜で止めを刺す」

 案外過激な事言いやがる。しかしまあ、作戦はわかった。俺が頷くと、レベッカはこっちを見て、困ったような顔で笑う。

「これ、あと一発しか撃てないからそのつもりで」

「てことは、外したら終わりって事か」


レベッカが頷く。なるほど。奴の動きを確実に止めて当てなきゃならない。

「ドライバーじゃ無理だ。あんたは足を壊せるくらいの武器を探してくれ。俺が引きつける」

 途端にレベッカが責めるように俺を睨む。バッタは沈黙したままだ。いつ襲ってくるかわからない。くそ、そんな睨むんじゃねえ。レベッカは再び視線を前方に向けた。

「さっきの回復で、ストーンのエネルギーをだいぶ消費したはずよ。超再生は起こり辛くなっているはず。気を付けて」


「あいよ」

 機械バッタのカメラが動いた。機体が僅かに傾く。俺は腹を括る。

「行け!!」

 叫ぶと同時に俺は前方へ突っ込む。同時にバッタが跳ね、レベッカが駆け出す。バッタの駆動音が聞こえる。眼前にチェーンソーが迫ってきた。ドライバーを投げつけながら、俺は床を転がる。途端にヘリがぐらりと揺れた。くそ、場所が悪い。機械バッタは自在に飛び回って壁や天井に張り付き、また降りてくる。奴にとっちゃこれくらいの揺れは何でもないらしい。伊達にこのヘリに備え付きになっているわけじゃなさそうだ。


 軽やかに飛び跳ねながら、バッタが接近してくる。足がぶった切られるぎりぎりのところで躱せば、チェーンソーの刃が火花を散らして床を切り裂く。やはり、狙いは俺だけのようだ。レベッカのほうへ行く様子はない。

 好都合だ。このまま時間を稼ぐ。俺はバッタへ突進する。突き出したドライバーは空を切った。バッタは横へ逸れるように跳ねて、再びこちらへ戻ってくる。奴が跳ね上がるその一瞬を狙い、その下をくぐり抜ける。位置調整が必要だ。つかず離れずを保ちつつ――


 チェーンソーが鼻先を掠める。血がぷっと噴き出した。構ってられるか。身を引きながらも俺はドライバーを繰り出す。奴は跳ね上がり、俺の上方へ。

ここだ。奴が俺を切り裂こうチェーンソーを伸ばした瞬間、俺はダンクのようにバッタのボディを上からぶっ叩いた。刃が腕を掠めたが、バッタはそのまま直下に床へ落ちる。再び跳ねようとして――しかし、奴は動けなかった。右側の第二の足が、今しがた奴が床に開けた切れ目に嵌まっている。


「引っ掛かったな……」

 同時に声が聞こえた。

「トビ!」

 レベッカが叫ぶ。その手に握られた大き目のレンチを床に滑らせる。よし、あとはこいつで機械バッタを――

 ぼき、という音がして、俺の前で影が跳ね上がる。切れ目にバッタの足が一本だけ残されていた。跳躍の勢いに任せて引き千切ったのだ。バッタは跳んだ。後方へと――レベッカのほうへと。


「レベッカ!」

 俺が叫んで走り出そうとした瞬間、レベッカの胸元をバッタの影が横切り、

「――ッ!」

 血が噴き上がった。床や天井に飛沫が飛び、レベッカの体が崩れ落ちる。

「レベッカ――っ!!」


 飛ぶように彼女に駆け寄る。レベッカの服が瞬く間に赤く濡れ始める。

 チェーンソーの回転音がした。バッタの足が軋む音がして、直後脇腹に刃が食い込み、回転して俺の体を抉っていく。

 だが、そんな事構っていられなかった。

「て、めえ……」


 奴が俺から刃を抜くより早く、俺は右手で奴の体を掴む。鳶の爪の先がバッタのボディに僅かに刺さり、俺はそのまま右手に力を込める。

 ばちり。体の中で音がした。緑電が右腕に駆けて来たのがわかった。ばちり。力が籠る。尋常じゃない力が。

「この……野郎!」

 放電音とともにとんでもない力が手に宿った。瞬時に骨格が変化し、鳶の爪が機械バッタのボディを突き破る。部品やケーブルがひしゃげ、液体が漏れてきた。バッタは激しく足をばたつかせ、沈黙する。


 バッタを放り捨て、俺は上着を脱ぐとレベッカの傷口に強く宛がう。駄目だ。血が止まる様子はない。俺みたいに回復してくれりゃいいのに、その兆候もない。

 俺は考えを巡らせる。今すぐこのヘリを出ないと。

「ト……ビ」

 彼女が目を開ける。よかった。まだ意識はある。


 ……やるしかない。

「レベッカ。しっかり掴まっててくれ」

 そう言って俺は左腕で彼女を抱きかかえる。血が流れないように強く抱き締め、立ち上がる。

 ドアの取っ手に右手をかけ、力任せに引っ張る。ばきん、とロックが壊れる。ドアが緩やかに開き、プロペラが回転する爆音が聞こえてきた。風が強く吹き付ける。菊月山の木々が視界の下に広がる。


 左手に力を込め、彼女の肩を抱く。弱々しいが彼女もまた俺の体に掴まっている。

 足を一歩、前に出す。右足の前半に、浮遊感めいたものを覚える。

「俺は――」

 足が震える。こんな時だってのに、体はびびってやがるのか。

 しかし、悪いが、行かせてもらう。


 右足に力を入れ――

「飛ぶぜッ!!」

 同時に踏み込んだ。外へ。

 浮遊感は一瞬、全身が急速に落下していく。俺はレベッカを抱き締める。絶対に放さない。風の中を俺達は落下していく。森はそう遠くない。俺は目を閉じた。荒野の鳥。奴の白い眼。


 奴は――俺だ。

 その瞬間、これまで感じた事もないくらいの電流が、俺の体から湧き起った。あまりも強烈な発光と放電音に何も見えず、聞こえなくなる。いやそれどころじゃなかった。全身の骨格がそれまでの人間のものから大幅に形を変えていくのがわかった。足がひん曲がり、鳶の手が普通の人間の手になったかと思いきや、またも形を変えていく。左腕もだ。激しい放電が巻き起こっていく。おい待てこのままじゃ――


「レベッカ!」

 両腕が強制的に広がった。俺の手からレベッカが離れた。

 その瞬間、俺の意識は光に消えた。



 ――眠りから目覚める時のように、俺の意識は戻る。

 全身に風を感じていた。どころか、自身が風を切っていく感覚がある。時折両腕が自然に動く。まるで泳ぎを覚えた時のように。水の中でどうすべきかわかっているように、風の中でどう動くを体が理解している。 

 ばさり、と羽ばたきが聞こえる。大きい。まるですぐそばに鳥がいるかのような。

 不意に呻き声が聞えた。それでようやく、俺は胸元の重みを思い出す。


「ト、ビ……?」

 レベッカ。気が付いたか。そう言おうとして、俺は口を動かす。声が出ない。代わりに聞こえたのは奇妙にしゃがれた声だ。まるで、鳥の鳴き声のような。

「これは……」

 レベッカの呟きが風に乗って流れる。


 俺は、飛んでいた。風を切っているのは間違いなく俺の翼だ。どういう理屈か、レベッカは俺の体に括りつけられているようだ。不思議そうに触る彼女の手がくすぐったくて、俺は思わず体を揺らす。

「きゃ!」

 やばい。何とか体勢を立て直す。生まれつき鳥だったかのようだ。人間の体を動かす感覚で鳥となった俺の体は動いている。


「……まるでシンドバッドね」

 小さく、だが少しだけ楽しそうに、レベッカが言った。何か答えようと思って、しかし思うように声が出せない。

 まあ、この様子なら傷は塞がっているようだ。

 ――……良かった。

 風は穏やかだ。遠くに見える稜線の上には太陽が輝き、麓の深緑が美しい。


 このままずっと飛んでいたいような、そんな気持ちになる。このまま、この風に乗ったまま、ずっと――……

「ところで、話は変るんだけど」

 レベッカが、真剣味を帯びた声で言った。

「わたし達、どこに向かっているの?」


 

 何もかもが光の中に呑み込まれる。目を開けた時、叉反は自分の状況が理解出来なかった。目に映るのは空だ。雲と、青い空。

 意識がはっきりしてきて、身を起こす。

 辺りは何もかもが灰色の瓦礫だった。かつて清掃工場だった施設は半壊していた。何度か周囲を見回して、おそらくは一階のどこかのフロアだろうと当たりをつける。


 体は元に戻っている。さっきまで対峙していた白王の姿は見当たらない。

「おい……」

 叉反は内なる怪物に話しかける。だが、返事はない。気配も感じられない。服の上に赤い膜のようなものが残っていたが、手で触ると溶けてしまった。

 虚脱感がひどい。どうやら力を使い切ったようだ。超人となった時に感じられていた、あの底知れぬエネルギーを今は感じない。


 左手にはあの〝造られた悪竜〟が握られている。

 生き残った。だが……

「仁……」

 気持ちが焦る一方で、頭の中の冷徹な部分が囁く。怪物の声じゃない。叉反自身の声。この状況を見れば、自然と想起される声。だが、叉反はそれを振り払う。根拠もなく。だが決して認めてはならない。


 仁は…仁はまだ……

「――何て(つら)だ、そりゃ」

 その声は叉反の後ろから聞こえてきた。低く、機械加工されたかのような声。一度聞けば忘れない、あの男の声。

 咄嗟に叉反は立ち上がり悪竜を両手で構える。その動作だけでも精一杯だ。だが……

「おい、そいつを下ろせ。今のお前になんぞ興味はない」


 男は、つくづく不愉快そうに言った。素手だった。武器は何一つ持っていない。男が纏う中世貴族然としたコートがはためく。その肩に小さな子供が抱えられていた。

「そら、返してやるよ。受け取れ」

 男が無造作に子供を放り投げる。思わず悪竜を放り捨て走り、その子の体をキャッチする。四枚の翅に、触角。何事もなかったかのように寝息を立てている。


 仁。よかった。無事だった。

「……お前が助けたのか?」

「こっちの都合だ。おかげで面白い物を見せてもらった」

 男――破隠は機械音混じりの声でそう言った。

「次に会った時はこの間の続きをするつもりだったが、お前がそんなんじゃな。まあ、今日のところはお預けという事にしておいてやるよ」


「また次があるとでも思っているのか」

「さあ。だがお前は嵐場を倒し、今日もまた生き残った。死に辛い体さえ手に入れて、な。運が良ければ〝次〟は存在する。その時は、せいぜい楽しませてもらおう」

 言って、破隠はコートを翻した。まだ建物が残っているほうへ、その足は進んでいく。

 と、途中で不意に男は歩みを止める。背を向けたままの男から声がした。


「おい、探偵。お仲間が来たようだぜ」

 仲間……。顔を上げる。辺りを見回す。破隠が歩き出す。叉反は目を凝らした。

 ――気が付いた。上空をふらふらと飛ぶ大きな影。猛禽だ。あれは……鳶ではないか。

 大きな鳶の腹には、緑色に発光する電流で人が一人括りつけられていた。赤い髪に、ヒナゲシの花が揺れる女性が。

 鳶が、叉反のほうへと向かって降りてくる。翼が羽ばたく。


 穏やかな風が吹いてくる。

 腕の中で、仁が体を動かした。


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