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FNモデル・ハイ・パワー・マーク3。巨漢の黒服から奪った銃を見た時、因縁を感じずにはいられなかった。数週間前の事件でも似たような経緯で同じ銃を手にし、戦った。あの時と同じように、今また叉反は引き金を引く。小刻みに揺れる建物のせいで狙いが不安定だ。
放たれた銃弾は、しかしトウカツの腕から生えた昆虫の顎によって弾かれる。金属音が響き渡った。鋼化しているのだ。
「続ける前に一つ聞かせてもらおう」
お互いに間合いを取った時、叉反は言った。
「少年を一人見なかったか。お前くらいの歳の子だ」
「お前……ボクが本気でそれに答えるとでも思っているのか?」
「知ってそうだからな。多少無茶してでも答えてもらう」
「嫌な大人だ」
姿勢を低くして、トウカツが斬りかかってくる。しかし、トウリンやゴククのようなプレッシャーは感じない。斬撃を紙一重で躱し、体勢を変える刹那を狙って銃口を突き付ける。
「無駄だ。この狭い通路ではお前はモンストロの力を活かせない。いかに動きが良くてもこの距離ならもう外さない。刃を下ろせ。お互い、こんな事をしている場合ではないはずだ」
「そう言うのならさっさと死ね」
刃を振り回すようにトウカツは回転。引き金は引けない。叉反はバックステップで距離をとる。トウカツもまた、迂闊に突っ込んできたりはしない。
「まるで飾りのような銃だ。撃つ気がないのか?」
「お喋りしている暇があるのか? 悠長な事だな」
トウカツの顔が忌々しげに歪んだ。その時だった。
『――……兄さん、聞こえるか? 今すぐ逃げろ。 想定外の――』
マントの内側から子供の叫び声が聞こえてきた。ゴクク。トウカツの表情が俄かに変わる。直後、立っていられないほどの大震動が叉反達を襲ってきた。大轟音。崩落音。トビ達が逃げた方向からだ。
「ちっ。一体何が――」
トウカツの呻きが、通路の奥から響く声によって遮られる。咆哮。確信は持てないがそんな感じだ。だが、今くらいの大きさは――……
「残念だが、お前の相手をしている暇はなくなった」
ばちばちと緑電を発しながら、トウカツは言った。
「勝負はお預けだ。妹達の借りはいずれ必ず返す」
言うが早いか、雷の如き瞬速でトウカツは壊れたエレベーターの中へと消えた。放電音だけが次第に遠のいていく。
殺してやる。借りは返す。因果ばかりが積もっていく。だがため息をついている暇はない。叉反は踵を返し、トビ達の後を追った。
震動。そして爆音。
途中何度か足を取られそうになりながらも叉反は走り、そして唸り声が徐々に大きくなっていくのを聞いた。何かがいる。この先に、尋常ならざる何かが。
位置で言えば、犬の男が倒れていた辺りだろう。朦々と塵や埃が立ち込めていて、口と鼻を腕で覆う。周囲は瓦礫の山だ。慎重に進まなければ。
地響きのような、奇妙な震動が続く。何だ。とても考えが及ばない。ある種予感のようなものはあるが、あまりにも荒唐無稽だ。
いや、しかし。俺は見た。この事件の始まり。犬の男がモンストロによってその体を巨獣に変えた瞬間を。もしあれが、さらに大きな規模で起こったとしたら?
刹那、轟いた咆哮と緑電の眩しい輝きが答えとなった。濃霧めいた粉塵が閃光とともに散っていく。差し込んだ陽光の下、叉反はそいつの姿を見た。
四足の竜。吼え猛り、稲妻を纏うその姿は、そうとしか言いようがなかった。あの緑電光がモンストロの影響を証明している。という事は、あれもまたフュージョナーの形態変化の結果だというのだろうか。元は人間だった存在が、あそこまで急激に変貌するというのか。
驚く暇もまた、叉反には与えられなかった。視界の先、上層階から人影が飛び降りる。危なげなく着地したその小柄の影の正体を叉反は一瞬で見てとった。
「白王!」
瓦礫を飛び越え、叉反は駆けた。奴の先にもまた人影があった。瓦礫を背に身を隠すようにしている二人。トビとレベッカだ。
「動くな! 一歩でも動けば撃つ!」
射程距離ぎりぎりの位置で、叉反は叫んだ。
大仰に白王は両手を挙げた。振り返りながら、にんまりと笑う。
「それはいいけどね、探偵。あいつに気付かれたよ?」
巨影が驚くほどスピードで向きを変えた。言われるまでもない。だが、この状況では一度に二つの脅威を相手には出来ない。
瞬時、叉反は竜を撃った。撃ちながら、惹きつけるようにその視界へと入っていく。とにかく二人からこいつを引き離さなければ。
『――ふん。面白いな。お手並み拝見させてもらおう』
意識の裏から響く怪物の笑いを聞き流し、叉反はさらに撃った。スピードリロード。残る弾はこれで全て。
這い回る竜が咆哮した。叉反に狙いを定めたのだ。さながら地獄の剣山のように牙が並んだ口を開き、突進してくる。速度が段違いだ。叉反の全力疾走など、一瞬で距離を詰められてしまう。もはや元が何だったのかさえわからない瓦礫の山に巨竜は突っ込んだ。破片が粉々に飛び散る。転がりながら回避した叉反の上を鉄骨が飛び出した天井の残骸が飛んでいく。攻撃を避けるだけではない。何か一つに当たっただけで即座に死ぬ――そんなイメージが脳裏を駆け抜けた瞬間、とてつもない衝撃に叉反の体は吹っ飛ばされる。
骨が砕け、内臓が潰れた。尋常ならざる量の血が口から吐き出され、叉反は地面に叩き付けられる。身震い。攻撃でさえない。奴が体勢を立て直す動作でさえ、触れればそれで終わりだ。
『くくく、馬鹿を言え。死なせんよ。もっと俺を楽しませろ』
炎。叉反は自分の体が燃え出すのを見た。熱いが、苦しくはない。体中が炎に包まれている。自己治癒を実行した時の何倍もの速度で、今受けた傷が塞がり再生していく。
「これは……」
『俺の力を持ってすれば、このくらいは当然だ。さあ、足掻いてみせろ。圧倒的なモンストロの力に。この俺に縋っておけば良かったと後悔するがいい。さあ、やってみせろ!』
哄笑に言い返す間もなく、巨影が迫る。振り回される尾。まるで大木が襲ってくるかのよう。自分でも信じられないほど力を振り絞り、叉反は跳躍する。逃げ切れない。さながらトラックに激突したかのような衝撃で背中を叩かれ、ボールのように叉反は跳ね返る。墜落。体は破損すると同時に再生していく。
駄目だ……反撃の手などない。
「探偵――! ――レスを!」
誰かの声が聞こえる。レベッカ。しかし、よく聞き取れない。耳は再生の途中だ。銃で竜へと狙いを付ける。だが、銃はすでにその形を保ってはいなかった。銃把から上はほとんど全て消失している。腕は筋肉がズタズタに傷つけられたせいで震えている。その腕もまた炎によって包まれていく。
三度、この身を襲う衝撃。もはや痛みさえ感じないまま、体は宙を舞う。
――これが誓いを破った者の末路か。殺さない。殺したくないと思いながら、殺されたくないあまりに人を撃った者の。そう、あの事件から、俺の心にはずっと後悔が渦巻いていた。殺さずに済ます事が出来たのでは? そのための技術だったのでは?
『馬鹿を言うな。死地において、お前は相手を殺さないで助かると本気で思っているのか。今のお前は何だ?』
甘い。甘すぎる。殺し合いはどちらかが死なねば決着しない。お前の後悔は、ただ覚悟のない者が吐く妄言だ――
炎が全身を包んでいく。本当に何度でも蘇らせるのだ。たとえ、俺の心臓が止まっても。俺を苦しめ、俺の間違いをせせら笑うためだけに。
『覚悟を持て。人を殺す覚悟を。そうすれば力を与えてやる。奴はもう元には戻れない。ただの怪物だ。殺す意義さえ存在する。甘いお前にはうってつけの相手だ。ふふ、ははははは!』
獅子の男を殺した後。叉反は確かに思ったのだ。もし、もし仮に、殺さぬまま相手を圧倒する事が出来るなら。夢想と笑われても仕方ないが、もしそんな、奇跡のような力を手にする事が出来るなら。
もう二度と、誓いを破らずにいられるなら。
「グゥルウウガァアアア!!」
焼け付くほどの激しい閃光が視界に満ちる。緑電の咆哮。雷の柱だ。身を癒す炎に包まれながら叉反は笑う。これは、欠片一つ残るまい。
激しい光の奔流が叉反を飲み込む。終わりだ。これで――
〝――馬鹿を言うな。他人の全てを奪わんとするなら、自分もまた他人に全てを奪われるのだ。私はその覚悟を持って生きている〟
叱咤するようなその言葉は、一体誰の物だったのか。
〝覚悟も矜持も、信念さえも持たない奴が私に意見するな。己なき愚物め。弁えろ〟
鋭く心を突いた言葉。生と死を目の当たりにしたあの日――
〝自分の道は自分で探せ。誓いがあれば死んでも離すな。一度果たせなくとも持ち続け、貫き通せ。そうやって、生きてみせろ〟
――俺に、その資格はあるのか? 叉反は自分自身に問う。
愚問だ。そんな事を問う自体、覚悟を持っていない証拠。
本物ならば。本物の覚悟を持つならば、まず何よりも先に立ち上がってみせろ。
光の奔流が消えていく。燃え盛っていた炎とともに。
「……ほう」
白王のそんな呟きが聞こえた。巨竜が、わずかに動きを止めていた。あるいは竜自身さえも、これで終わりだと思ったのか。
「そういえば、妙だとは思った。犬の男の傷を見た時に」
一人、叉反は言葉を紡ぐ。己の考えを確かめるために。
「トビや俺の傷は瞬く間に治ったというのに、トウカツに切られたあの男の傷は、治りが極端に遅かった」
それだけではない。最初にあの男と戦った時、叉反は内なる怪物に半ば意識を乗っ取られていた。あの時もまた、彼の回復速度は鈍っていたのではないか?
「二度と人間の姿には戻れないとまで言われた男が、形態変化を繰り返した。これは一体何を示すのか」
怪物が沈黙している。ついさっきまで饒舌だった怪物が。
巨竜の口が再び開かれる。電光。さっきよりは小さいが、それでも叉反を飲み込むほどの放電。間髪入れず吐き出された超電流に対して、叉反は右腕を掲げた。
――炎は俺の中にある。俺の手の中に。
瞬間、渦巻いて生まれた炎の塊が超電流を受け止め、掻き消していく。
「結論は、こうだ。俺に埋め込まれた物はモンストロの力を打ち消す性質を秘めている」
怪物の苦々しげな顔が、叉反には見えた。
『……だから、何だと言うのだ。俺の力は俺の物だ。炎が出し入れ出来たとて、それ以上を俺が許すとでも――』
「許す許さないの問題じゃない」
覚悟は決めた。もう、迷わない。
「お前は俺だ。最後まで付き合ってもらう」
今こそ、今こそ過去を乗り越える時。
『何を、何を言って――!』
さあ、行こう。叉反は言った。
――闇の彼方に、手を伸ばす。その先に赤い星が燃えている。
「――――超越」
星を掴む。その瞬間、灼熱の炎が叉反の体を包み込み、燃え盛るままその身を焼き尽くしていく。
炎に痛みはなかった。全ての細胞が燃え尽きて、新生していく。
炎に苦しみはなかった。あらゆる感情は浄化され、再構築される。
血が巡る。心臓のように鼓動する、赤い星から生まれた血が。
新たな肉体は鎧のようでもあり、生身そのものでもあった。熱を帯びた赤い皮膚と、硬質さを持つ銀の皮膚。頭の頂きから尾の先まで、全てが刷新された肉体。
「超人態……」
白王の微かな呟きでさえ耳に届く。今しがたの、レベッカの言葉が甦る。彼女は名を呼んだのだ。この力の名を。赤色巨星。大火。火星の対抗者。
蠍の心臓。
「アンタレス」
次の瞬間、叉反は跳んだ。炎を纏った拳が、巨竜の脇腹を打つ。肥大化したその体を大きく窪ませ、巨竜は苦悶の声を上げる。もはや、元の体ではあり得ない膂力。
殴られたその箇所から、緑の粉光が剥がれ落ちる。それが何かは直感的にわかった。肉体に留められなくなったモンストロエネルギー。アンタレスの炎が触れる度、その身から分解されていくのだ。
すかさず振り回された尾の一撃を、叉反は蹴りで迎え撃つ。エネルギーが散り、巨体が揺らめく。
打撃では埒が明かない。
叉反は己の内側から炎を呼び起こした。体内から熱が放出され、右拳を包むように一つの球形を成していく。高く掲げたそれは、燃え盛る炎の星だ。竜が、一気に消耗した竜が叉反に狙いを定める。巨体の筋肉が撓み、跳ぶ。その口で、叉反を喰らわんと。
叉反は避けなかった。すでにすべき事は決まっている。巨竜の口が叉反を飲み込む。光が失せた暗闇。その中で輝く大火球の拳。
解き放つ。
直後、激しい火炎のエネルギーが爆発するように巨竜の内部で溢れ出し――
次の瞬間、遡る瀑布の如き勢いで緑の粉光が炎とともに天へと向かう。
後には、二人の人影だけが残されていた。右ストレートを振り抜いた後のように拳を掲げた超人と、そして、背に鰐の鱗を持つ、倒れ込んだ男の姿が。
消し去った。巨竜と化すまでに蓄積されたモンストロエネルギーを、アンタレスの力で消し去ったのだ。
激しい疲労感が、間を置かず叉反を襲う。体は元に戻らないが、叉反は思わず膝をついた。口元がマスクのように変化していなければ、まず嘔吐しているだろう。超人的な力の対価を要求するかのように、全身を締め付けられるような苦しみがやってくる。
ぱん、ぱん、ぱん、と乾いた音がした。
「お見事だ。アンタレスの稼働実験は見事に成功した。まさか新たなる超人の誕生を目にするとはね」
ぬいぐるみのような手袋で白王が手を叩く。言葉の上では褒めているようで、その実全く感情の籠らない声。
その姿が消える。途端、腹部への食い込むような衝撃。抵抗出来ない。意識が保てない。
「これでお前を逃がす事は出来なくなった。探偵尾賀叉反、是が非でもお前を連れて行く。我らが結社の元へと」
倒れ込んでいく体。淡々とした白王の言葉を耳にしながら、叉反の意識は闇に閉ざされていった。
探偵の体が崩れ落ち、白王がそれを受け止めた。少年の冷たい瞳が叉反と、その向こうに倒れ込んだ男を見比べる。
「本当に驚いたよ。カウンターモンストロ、まさか超獣態までも元に戻してみせるとは」
白王の傍らで電光が弾け出す。瞬く間に緑電が繋がり、四足獣の姿を象る。小柄な、一匹の虎。白王はその上に、探偵の体を放り投げる。
「運んでおけ。僕はそこの女を連れて帰る」
電流が紐のように叉反の体を拘束し、緑電の虎は頷くとくるり背を向けて走り出す。
「……」
覚悟を決めたように、レベッカが立ち上がる。手に、あの小さな拳銃を持っている。電撃を放つ銃を。
「……待てよ」
俺はポケットのドライバーを掴んで、立ち上がる。見ればわかる。勝ち目はない。最悪の状況がさらに悪くなりやがった。
「あんたは逃げろ。ここは俺が何とかする」
無理矢理レベッカを後ろにやって、俺は言った。
白王は顔色一つ変えなかった。
「どけ、失敗野郎。無駄な時間を使わせるな」
ばちばちと手袋の爪から電流が弾ける。緑電。あまりのプレッシャーに内臓が底冷えする。俺は一般市民だ。こんなわけわからない凶暴な子供の相手なんざとても出来ない――
なんて事は、もう言ってられない。今、俺が踏ん張らなきゃ後ろの女が攫われる。元を糺せば俺は巻き込まれただけだが、それでも不逞の輩に女が連れて行かれるのを見過ごすほど人でなしじゃない。
ドライバーを構え、俺は言った。
「馬鹿言えよ。どかしたきゃ屋上の時みたいにやってみりゃいい、子猫ちゃ――」
爪先から雷が迸り、俺の顔面を撃ち抜いた。脳天が焼ける。くそ! こんなん死んじまうに決まってる。皮膚が音を立てて焦げていく。ドライバーが手から滑り落ちる。体は姿勢を保てず倒れる。
「どけって言っただろ」
俺の体を白王は屑ゴミのように払う。地面に転がった。クソガキの足がレベッカへと向かう。
「レベッカ・シャーレイ・アンダーソン。お前は無駄な時間を取らせるなよ。余計な事さえしなければ死体を増やさずに済むんだ」
ふざけんな。もう俺が死んだものだと思っていやがる。顔こそ黒焦げだが、俺はまだ生きている。すぐ死ぬ予定もない。
「馬鹿言わないで。もう二度と貴方達の手伝いをするのは御免よ。トビも探偵もわたしが助けてみせる」
「口先だけはご立派な先生だ」
脳髄を電流が走る。案の定だ。遠くから響く爆音に紛れて、静かに俺の頭部に緑電が走る。
クソガキめ、そのお喋りが命取りだ……!
「さあ、その銃を捨てろ。さもなくば――」
頭部が治癒する中、俺は白王目がけて手の中のスイッチを押した。射出音とともに飛来する刃が白王を直撃する。
「……あ?」
掠れた声で少年の視線がこちらを見た瞬間、俺は叫んだ。
「逃げろ、レベッカ!!」
レベッカが一瞬戸惑った顔を見せる。馬鹿野郎、早く行け。近くのバールを拾い、俺は突っ込む。一分も稼げないかもしれない。いや、逃げるきっかけさえ作れればいい!
「早くしろ!! 行けえ!!」
あらん限りの声で叫び、俺は白王の頭部目がけてバールを振り下ろす。視界の端で赤い髪が揺れた。そうだ、さっさと行け!
振り下ろしたバールが止まった衝撃に、俺はつんのめりそうになる。バールは曲がっていた。手袋の甲が受け止めていた。
ナイフの刀身を体から抜き取り、白王が下から俺を睨みつける。どうみたってそこらの中坊くらいのクソガキなのに、その身に纏った気配はガキのそれじゃない。今さらながら、やばい奴に喧嘩売っちまった。
ナイフがつけた傷口に緑電が走る。俺は動けないでいた。目の前のガキが放つ強烈な凄み。殺気に取り込まれて。
「スペツナズナイフなんて、似合わない武器を持っているんだな」
静かに、極めて静かに奴の口が動く。
「……ちょっとしたコネでね」
まったく俺も大したもんだ。この状況で、こんな軽口が叩けるなんて――
「言ったよな……無駄な時間を取らせるなと!」
白王の体が瞬時に緑電に包まれる。次の瞬間、物凄い力で俺は引っ張られ、投げ飛ばされる。体は瓦礫の山へと激突し、背骨が砕け散るような痛みが襲ってくる。
白王は獣人へと変身していた。頭部は白虎となり、逞しい上半身と人間の腕らしくありながら、太く、爪はまるで本物の虎のように化した二本の腕が見える。
ばちばちと音が鳴る。俺の体はまだ持つらしい。即座に血が止まり、治癒が始まる。
「超再生ぐらいは起こったか。よりにもよってその程度で、この僕の邪魔をしようとはね」
瞬速。奴にしてみりゃステップを踏んだくらいかもしれない。だが、目にもとまらぬ速さで白王は俺に近付き、胸倉を掴み上げる。
「これ以上お前相手にモンストロを無駄には出来ない。二度と再生出来ないように徹底的に破壊してやる」
岩石で潰されてるのかと思うほどの圧力で喉首が締め付けられる。再生が……たぶんこれ間に合ってねえ。ああ、死ぬ。駄目だ死ぬ!
「――――……はああああっ!」
女の叫び声が聞こえた。白王の頭部に瓦礫が叩き付けられ、砕け散る。ぴくりともしない。だが白王を攻撃した彼女は、何かを奴の胴体へ突き刺した。俄かに、掴まれていた腕の力が抜ける。ばたりと、俺は床に落ちる。途端に喉の奥から血がせり上がってくる。顔を向けた地面が真っ赤に染まる。
「……はあ、はあ」
レベッカが荒い息をついた。白王は跪くような格好のまま沈黙している。
「お前、何で逃げてねえんだ」
俺の言葉に、レベッカは必死の形相で俺を睨み返す。
「貴方を置いて逃げられるわけないでしょ! さあ早く立って。この鎮静剤でも効くかどうか」
レベッカの体が不意に吹き飛ぶ。白王の尻尾が揺れ動いていた。次いで衝撃が俺を襲う。再び瓦礫の山へ叩き付けられる。
「……本当に、舐められたものだな」
背に刺さった注射器を捨て、白王が立ち上がる。
「今さら鎮静剤如きでどうにか出来ると思っているとはね。だがまあ、自ら戻ってきたのは良い心がけだ。もうこれ以上、煩わされたくないからね」
白王の足が倒れたレベッカへと向かう。待ちやがれ、とそう言いかけるが、直前、白王が無造作に向けた指先から放たれた電撃が体を打つ。
「動くなよ。どうせお前はもうお終いだ。せめて最期ぐらいは静かに迎えろよ」
白王がレベッカの体を抱き上げる。奴が、俺を見た。屋上の時と同じく、無感情の瞳で。
「ばいばい、失敗野郎」
俺は声を上げる。だが、もう体が言う事を聞かない。
足音が遠ざかっていく。瓦礫の山を背に、俺は立ち上がる事が出来なかった。




