月のない夜はお迎えを希望
「コンバンハ」
微かなその声に振り返った。
薄暗い街灯に僅かに照らされた道に、自分以外の人影はない。
空耳とは、疲れているのかな。
「コンバンハ」
再び、微かな声。
もう一度振り返るが、やはり姿は見えない。
あぁ、これは末期症状だろうか。
なんの末期かは知らないけれど。
点在する民家は、家主が眠り、物音一つしない。
蛙や亀が住み着く道端の溜め池も、今は息を潜めている。
遠い街灯の先でおぼろげに見える墓地は、当然静まり返っている。
草木も眠るとはこういうことか、というような静けさ。
月も星も見えず、頭上には呑み込まれそうな闇の塊が広がるのみ。
そんな中。
「コンバンハ」
はい、こんばんは。
投げやりに答えた途端、
ただでさえ暗い視界がさらに暗くなる。
「夜道はキケンだよ。お嬢サン」
全てを覆う暗闇の中に、赤い三日月のようなものが見えた。
思わず、笑ってしまった。
自分でもその理由は分からない。
貴方こそ、こんな時間にどうしたの。
「ナニを言ってる、お嬢サン」
冷たいような。
暖かいような。
「ムカエニキタヨ」
遠い記憶に微かに残る、覚えのある顔が見えた気がした。