勇者は人間に愛想を尽かしたようです。
昔々のお話。魔王が世界をほぼ全て掌握しようとしていた頃の話。とある国の王様は伝説の勇者の血筋である青年に魔王討伐を命じた。青年は誇りと勇気を胸に魔王の手下達を討ち取り、少しずつ世界を救っていった。そして遂に彼は、かつて先祖が魔王を倒した伝説の装備を纏い、魔王と対面していた。
長く険しい旅の記憶が勇者の脳裏に蘇る。何度となく死にかけた事もあったが、今となっては良い笑い話だ。ようやく目的を果たせる。高揚感に包まれた勇者から自然と笑みが零れた。
双方に少しの静寂が漂う、お互いの出方を窺う様に。目の前にいるのは自分と同等の存在なのだと互いが確信した。が、その静寂を破ったのは魔王の方だった。
「よくぞ来た勇者よ!私が魔族の王 魔王である。私はは待っておった。そなたのような若者があらわれることを。もし私の味方になれば世界の半分をお前にやろう。どうだ?私の味方になるか?」
何処かで聞いたお決まりのセリフ。魔王が寝ずに考え、温めておいたこのセリフ。 彼女がそれを言い終える事はなかった。「はい」でも「いいえ」でも「YES」でも「NO」でも無い。魔王の決め台詞をかき消す様に勇者が言い放った。
「魔王よ!俺をお前の仲間にしろ!」
「へっ・・・・あ、えと・・・」
魔王は唖然としていた。宿敵であり、悩みの種であり、どこか尊敬の念を持っていた勇者が自ら仲間にしろと言っている。ここはもっとお互いの立場からの言い合いをして、戦う場面ではないのだろうか。さては寝不足から勇者の言葉を聞き間違えてしまったのだろうか、いやきっとそうに違いない。そうでなければならないのだ。宿敵である私を倒す事が彼の目的なのだから。
そんな一人問答を続けている魔王に再度勇者は問いかける。
「どうした?俺が仲間になるのが不服か? お前と俺はこの世界で唯一対等の存在。俺が協力するならお前しかいないと思ったんだが?」
二度目の問いかけにも関わらず魔王は自身の耳を疑った。やはりおかしい。こいつは何を言っているのか。私の仲間になるという事は、人間を滅ぼすという事に他ならない。よもやこいつ、私を謀ろうとでもいうのだろうか? 勇者の問いかけに疑心の芽は育っていく一方だった。
「ゆ、勇者よ!…気持ちは嬉しいんだけど、あのー…意図が見えないというかなんというか…」
「やっと会話ができたな。どうなんだ?仲間にするのか?しないのか?」
「い、いやだから。どういうつもりだ勇者!お前は私を倒しに来たんじゃないのか?」
構えていた剣を下ろし勇者は話しだした。
「俺はこれまでの旅で人間の嫌な部分をこれでもかという程に見せられた。どいつもこいつも他力本願。 自分の力で如何にかしようなんてこれっぽっちも考えちゃいない。 何時でも何処でも人類
が考えてるのは金と権力の事ばかり。 正直、愛想が尽きたんだよ。」
下ろした剣を収め、手を差し出しながら彼は言った。
「一緒に世界をぶっ壊してくれ」
魔王は思った。彼は誰よりも人類を愛しているのだろう。だからこそ、堕落している世界が許せなかったのかもしれない。推測や憶測が頭を過ぎるよりも早く、魔王は彼のその純粋な眼差しに惹かれ手を取っていたのだった。
「よし、握手も交わした事だし、自己紹介といくか。俺はローグ・トラベス。皆からはロトって呼ばれてる。お前は?」
「わ、私は魔族の頂点に立つ龍族の王だぞ! 孤高である私に名前などない!」
怒る魔王に構わず勇者が続ける
「龍族の王なのか・・・、じゃあ竜王で」
「な、竜王だと!なんだその厳つい名は!もう少し可愛らしい名前は思いつかんのか!」
「何言ってんだお前。男だから丁度良いだろ?それに、王様ならローブで顔なんか隠してんじゃないよ。」
「えっ・・・いや、ちょっとまて!これは!」
嫌がる魔王から強引にローブをはぎ取ったロトは唖然とした。
凄まじい貫録を放っていたローブの中身は自分と同じぐらいの少女だったのだから。