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第一部:1

「未来屋くん、暇だから何かで遊ばないか?」

 欠伸を噛み殺したような声で俺は目の前に居座る男に話しかける。

唐王(とうのう)大学付属図書館二階。そこの奥まったところにひっそりと設けられた談話室では現在、スツールに腰をかけながら対峙する二人の男がいた。

 一人は唐王大学理学部数学科所属の二回生であるこの俺。

「人を書店みたいに言わないでください、お義兄さん。僕は御来屋(みくりや)です。まあ、自分でもあまりこの苗字は気に入っていませんけど」

 もう一人は、たしなめるように言い返してきたこの男――御来屋蔵之助(くらのすけ)である。

 端整で中性的な顔立ちの中に鉄灰色の瞳を覗かせるこいつは唐王大学法学部所属の一回生で、さらに言えば俺の高校時代の後輩だ。電源、非電源問わずゲームと冠するあらゆるものをこよなく愛するゲーマーなので「御来屋=未クリア」と解釈することのできる縁起の悪い自分の苗字をあまり快く思っていないらしい。

「俺もお前に『お義兄さん』と呼ばれる筋合いはないがな」

 で、五花の彼氏でもある。当然、妹の恋愛事情をしっかり把握しているわけではないので断言できないが、付き合い始めてもう二年以上は経っているだろう。それでも倦怠期のようなものは一切垣間見えず、逆にたとえ俺が目の前にいたとしても構わずちちくり合うくらいだ。彼女いない歴が年齢と同一の俺の前でな。

「一種の意趣返しのようなものですよ、先輩」

 そう普段通りの呼称を用いて応える御来屋の顔にはニヒルな笑みが浮かんでいる。相変わらず喰えないやつだ。

「確かに僕はいっちゃんと結婚を前提に付き合っていますが、さすがに今から義兄扱いするのは時期尚早もいいところです」

 曲がりなりにも兄としては妹の彼氏という存在は気持ちのいいものではない。しかし、こうもはっきりと「結婚を前提に付き合っている」と言ってのけられると認めざるを得なくなる。少しだけなら譲歩してやってもいいかもしれない。

「……『兄者』とかなら別に呼んでも構わないんだぜ?」

「いや、馬鹿ですか……」

 御来屋は呆れたように目線を落とし手遊びを始めてしまう。今までの対話を顧みるにこいつが飽き出したサインだ。しょうがない。話題を元に戻してやろう。気遣いのできる男イズ俺である。

「まあ、この話はいいや。とにかく何かで遊ぼうぜ。どうせ七時まで暇なんだからさ」

 今日は十二月二十四日。クリスマスイブ。なので、五花含む俺たち三人は午後七時に集まってクリスマスパーティをする腹積もりだ。

 開催場所はアパートの俺の部屋となる。御来屋は毎朝、電車とバスを乗り継いで大学に一時間もかけて通う実家生。俺と同じアパートの右隣りの部屋で俺と同じように一人暮らしをしながら同じ大学に通う五花は「貞操が危うくなる!」というわけの分からない理由から、そもそも俺を部屋に入れたがらない。そういった事情があって俺の部屋で開催することに相成ったわけだ。

 しかし、いざ今日になってみると何とも不思議なことに俺の部屋はまったく片づいておらず、とてもクリスマスパーティを執り行うことのできる状態ではなかった。それを見て「もういい。私が掃除するからお兄ちゃん出ていって。端的に言うなら邪魔」と言い放った五花の憤怒した顔といったらもう悪鬼羅刹である。

 そんなこんなで部屋を追い出された俺は途中でゲーム屋から出てきた御来屋にエンカウントし、ともにぬくぬくと暖房の効いた談話室でくつろぐことにしたのである。別に左利きというわけじゃないのに右手首に巻きつけたアナログ腕時計にふと目線を落とすと二本の針は直線を伴い四時五十四分を指していた。この時期の日の入りは早く、あと十分もしないうちに光と闇の交替劇が為されるだろう。

「僕はあまり暇潰しでゲームはしたくないんですけどねえ……」

 ぼやきながらも御来屋はわきに寄せていた紺色のメッセンジャーバッグをごそごそとしだす。まるでのび太くんに上手いこと言いくるめられてしぶしぶ四次元ポケットを漁るドラえもんみたいな挙動。こいつと五花曰く「暇潰し目的でゲームをしないのが真のゲーマー」らしい。だからか俺の申し出に応じるのは些か不本意なのだろう。

「――じゃあ、これとかどうですか?」

 御来屋がおもむろに取り出したのは手の平に収まるくらいの大きさの直方体の箱かける二であった。

「『戦国強者レキシング』……? スターターパック?」

 武将やらの歴史上の人物がコミカルなタッチで描かれた箱の前面上中央にでかでかと目立つように記された文字を俺は読み上げる。

「はい。ちょうどイブの今日にリリースされた最新カードゲームです。同名の人気漫画をモチーフにしたもので一月からテレビアニメ化も決定しています。本当は、いっちゃんとやる予定だったんですが、まあ、この際いいでしょう」

「なんかクソな感じがプンプン丸なタイトルとパッケージだなあ……」

 てか、これパクリじゃね? 怒られねえの?

「そんなこと言っては駄目ですよ。僕には見えます。この『戦国強者レキシング』が一大ムーブメントとなる未来が」

キラキラと鉄灰色の瞳の光沢を見せつけながら熱弁をふるう御来屋。もしかしたらこういうたまに現れる子どものような純真さに五花は惚れたのかもしれない。

「分かった分かった。とりあえずやってみるよ。で、ルールはどんな感じなんだ?」

 そもそも俺の暇を潰すためにこのゲームを出してくれたのである。文句を口にするのは筋違いというもの。なので俺はこれに臨むべくルール説明を促した。

「どうぞ。僕はすでにネットでの事前情報で熟知していますけど」

 すると、御来屋は涼しい顔で箱から取り出したデッキと一緒に説明書を手渡してきた。なんていうかこの時点ですでにかなりのハンデを背負っている気がする。気に喰わない妹の彼氏になんて負けたくない。俺は穴をあけるくらいの心持ちで渡されたそれを熟読しにかかった。

 しばらくして――。

「ふむふむ……ヒューマンカード、アイテムカード、メソッドカード、タイムカードなどの多種多様なカードをいかに上手く組み合わせるかが勝利のカギとなっているわけか……」

 あっさりと前言撤回。このゲーム、なかなか面白そうである。

「何か分からないところはありませんか?」

 美容師が客のシャンプーのときに「かゆいところはありませんか?」と尋ねるような声色で訊いてくる。まあ、美容院なんて生まれてこの方一度も行ったことないけど。シャンプーなしの千円カットの店で十分事足りるのだ。

「いや、ない。大丈夫だ」

 それなりに要領がいい方ではあると自負している。過大でも過少でもない妥当な自己評価。

「では、始めましょうか。先攻は先輩に譲ってあげます」

「おう、サンキュな」

「いえいえ、ノーサンキューですよ」

 こいつは「No,thank you.」を「礼には及ばない」的な意味と勘違いしているらしい。アホか。こういうたまに抜けたところも「可愛い」とか何とかで五花の心を掴んでいるのかもしれない。いや、別に妹の専門家というわけではないので憶測でしかないが。

 デッキをシャッフルしながら俺は何の気なしに部屋の南に構えるアルミニウム枠で区切られた窓に目を向ける。すると、それは結露によって己の外界を見せる役割を放棄していた。サボっている。サボタージュである。しかし、今回はその怠慢を見逃してあげてもいいだろうと思う。どちらにせよ外はすでに虚無な闇に覆われ黒しか示そうとしないのだから。白いモヤがかかっている分、マシというものだ。

「――俺のターン。ドロー」

 こうして、俺たちの決闘(デュエル)は口火を切られた。

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