プロローグ
突然だが、ど根性大根を知っているだろうか?
今からおよそ十数年前、兵庫県相生市のとある歩道脇に生えた大根がマスコミに取り上げられ全国で話題になった。柔らかい土ではなく硬いアスファルトを突き破って日の目に出たそれは、ど根性と形容するに相応しいもので、その力強さに当時、女子みたいな名前と気弱さからクラス内でいじめられていた小一の俺は魅せられた。学校からの孤独な帰り道は校内を歩くとき以上に下を向きながら「うちの町にも生えてないだろうか」と見回しながら歩き、よく電柱に頭をぶつけたものである。それが周りから虐げられる日々の中での唯一の拠り所だったのかもしれない。何かにすがりたかった――崇拝する対象が欲しかったのだろうと今さらながら自己分析してみる。
結局のところ、我が町でど根性大根を見つけることは叶わなかった。いつの間にか俺が探すのに飽きてしまったというのもある。安っぽい崇拝だと思われるかもしれない。その通りだと自分でも思う。しかし、状況が変わったのだ。
散り際の桜がハラリと舞う四月。学年が一つ上がり俺は二年生になった。当然のようにクラス替えも行われる。初めて経験するクラス替え。俺はそれに期待と同時に不安を寄せた。前者は「今度のクラスではいじめられないんじゃないか」というもの。後者は「今度のクラスでもまたいじめられるんじゃないか」というものである。
結果はなんと前者。おそらく先生方の配慮で今までのいじめの主犯格が別のクラスにされていたのがファクターとして大きかったのだろうが、それとは別にもう一つあった。一個下の我が妹、淀江五花の入学だ。
学校では借りてきた猫のように大人しく無口なくせに対照的に家では活発で饒舌になるという所謂、内弁慶だった俺にとってまさにそれは向こう脛を蹴られるような由々しき事態だった。
(どうしよう……五花にだけはバレたくない)
その頃は兄を慕って、よく川原で摘んできたタンポポを俺にプレゼントしてくれるという可愛げのあった妹。その五花に自分が学校では気弱でいじめられていることを知られるなんて死んでも御免だ。死んだ方がマシ。しかし、そんな状況に陥ってしまう直前まで俺は何も行動を起こすことはできず、ただただ黙って一年間をやり過ごして終わった。
(この新しいクラスではなんとしてでも……)
五月の中頃には一年生、二年生合同で計四人のチームを組んで身体や頭を使ったゲームを体育館で行うレクリエーションがある。何ともはた迷惑な催し。もちろん五花もそれに参加する。そのときに一人寂しく佇む兄の姿を見せないためにせめて話くらいはできる友達を作らなければならない。
そうして、俺は変わった。いや、元からあった自分をさらけ出したと言う方が正鵠を射ている。流行りのSNSで言うところの公開範囲を家族内から全員に変えた感じだ。
去年も同じクラスだった何人かは勇気を振り絞って自分を露出しだした俺を見て戸惑いを隠せずにいたが、時機にそれも慣れからなくなり向こうから何気ないことでも話しかけてくるほどになった。
ああ、さよなら、過去の俺……。ボンジュール、ヌーベル俺!
……とまあ、フランス人になってしまったわけではないがここまでが俺のショタ時代の回想だ。その後、五年間は普通の小学生としてそれなりに楽しい日常を享受することができた。だから、俺は五花に感謝している。「いや、旦那ァ。その妹さん、何もしてないですぜぇ」と言われればそれまでだが、しかし、それでもだ。前述した通り内弁慶だったことを知られるわけにはいかないので、その気持ちを伝えることのできない歯痒さに今でもときおり苛まれたりする。もしかしたらそれの代償行為として俺はムカつく可愛げのない妹の側にいるのかもしれない。
その妹――五花は今、俺と同じ布団で寝ている。
閑話休題。
そんなこんなでいつの間にかど根性大根への信奉心を忘れてしまっていた俺。というより冷静に考えてみればただの大根だ。そもそも植物にはゆっくりなスピードであるにしても硬い石やアスファルト、コンクリートをも突き破って成長する特質がもともとあるらしい。だから、ど根性大根はなんら凄いものでもましてや信奉に値するものでもない。
(でも、さすがにこれはおかしいだろ)
部屋の奥に鎮座する漆黒の19V型プラズマテレビ。その画面に映し出されたものを目にした俺は驚愕する。荘厳な一本の落葉樹。それがなんと硬いアスファルトを突き破って往来のど真ん中に生えていたのだ。
(今日って、エイプリルフールじゃないよな……)
しかし、無慈悲にもそれは十二月二十五――クリスマス早朝のニュースであった。