忍の一日。
し、し、心臓がッ!! 口からポロッて!! 出ちゃいますよ主様!!
ふと目が合い、耐え切れずそらしてしまいました。こんなに近くにいるのに、目を合わせられないんです。あの瞳をみると吸い寄せられる気分になります。そして、心の奥底まで見透かされる気分になります。
鼻が擦り合わさって、唇から漏れたあの艶やかなお声で、私の名を呼ぶ。
「千景」
ああ、私は…あなた様に名を呼ばれるだけで、心が震えてしまうのです。心の底から、愛しさがこみ上げてくるのです。きっと、今の私は顔が真っ赤になっています。どんなに鉄仮面な顔をしても、あなたの前では難しい。
忍なのに、主に使える身なのに、どうしようもないこの想い…。
「ぬ、主様…」
だから、逆らえない。御冗談を、と申し上げられない。だって、本当はどこかで期待している。このまま…と思っている己がいることに、気が付いています。でも、これ以上は…ヤ、バ、イッ!!
だだだって、あんなきれいなお顔が眼前にあるんですよ!! そろそろ、鼻血ロケット発射をカウントダウンしてもいいですか?!
「あ、あ…」
主様が、私の腰に添えていた手に力を入れ、グッと引き寄せられる。―――う、嘘…でしょ。
腕を握っていた手が、私の指を絡めるように握った。 ―――え、ちょっと待って!!
ゆっくりとお顔が近づいてきて、あとちょっと。もうちょっとで、合わさる。
もう、無理…!! 思わず目をぎゅうっと瞑った。心臓が、大きく跳ね上がるように鼓動を打ちまくり、私の脳内はオーバーヒート寸前ですよ!!
―――もう、死んじゃう!!
そう思っていたら、うん?! あれ…。あれれのれ~?
気が付けば、主様の気配がないではありませんか。さ、さっきまで目と鼻の先にいた…よ、ねぇ?!
恐る恐る、目を開けた。あれぇ~?! 布を引きずる音と一緒に、回廊の角を回って去っていく主様のお姿があるではありませんか!!
「千景、初心でかわいかったですよ」
そう、主様のつぶやきが私の耳を突き刺した。ああ、忍の耳はどんなささやきでも聞き取ってしまいます。
っと、いうことは…。
「ああ、謀られた…」
真っ赤になった顔を両手で覆った。思わず脱力する。
「またやられたあああああああ!!」
悔しくて、恥ずかしくて、思わず叫んでしまいました。ああ、女子としてハシタナイ。
でも、正直ホッとしました。謀られたことの怒りより、安堵の気持ちが勝っています。複雑な心境ですが、残念な気もちょおおおおおおおおおおおっぴり…あったりして。
まだ、主従関係でいたいのです。私を見てほしい気持ちはありますが、まだ主様の御心がわからないから。今の関係を壊したくないから。
今は、このままで。