主様と僕。
「おい、ちんくしゃ」
「何用でございますか、宮部殿」
お昼時間。私は会社の裏にある林の樹木で昼食をとっていました。といっても、握り飯一つですが。あとは、練った丸薬で栄養補給をする簡易な昼食です。そこに、宿敵がやってきました。こんな林の中に。
「なんで風を使わなかった」
「愚問です」
忍には、自然の力を借りて意のままに操れる術が使えます。風もまた、その一つ。しかし、その力は非常に強いもの。
「風を使えば、相互が傷つきます。女性にけがをさせるわけにはいかないですし、それを見て主様の御心を乱すわけにはいかないのです」
「へえ、そう」
……何しに来たんだ。
心眼術で相手を探るほどでもない。しかし、警戒するにあたる人間だ。
「何かご用でしょうか。あと五分で主様がお戻りになりますよ」
「あ、いや…」
歯切れの悪い返事。うぬぬ、何か策でも…。
「では、失礼仕る」
闇に溶け込むように消えていく私を、宿敵はずっと見ていました。気持ち悪い。やはり、嫌いです。
社長室へ姿を現すと、専務が失神しそうなほどの大声を上げられたので、瞬時に口封じをしてしまいました。ああ、とっさの判断とはいえ、ご無礼をいたしました。
「千景ちゃん~」
「守屋殿、申し訳ごさらん」
「’前’もそうだったよね。僕、いつもいつも…」
縁は、切れない何かがあるのでしょう。九条院グループの専務・守屋敏様様は、前世では主様の筆頭家臣でした。昔と変わらぬ屈強なお体を保たれておりますが、こう見えて御年50歳。お若いです。
守屋様は、忍である私にそれはそれは御親切にしていただきました。まるで娘のように。しかし、前世では不運なことにとある戦で命を落とされ、主様の落ち込み様は見ていて痛いものでした。しかし、輪廻転生の理でこうしてめぐり合い、今は主様にお仕えできることがうれしいと常に仰っております。これも、紫弦さまのご人徳です。
「紫弦様は?」
「もう少しで戻ってくる」
「では守屋殿、主様によって来る寄生虫どもをどう処分しましょうか」
ああ、私は矛盾だらけの女です。主様の奥方問題を憂い、おなごには優しくをモットーにしているのですが。群がってくるあの寄生虫の処分方法を模索している。……きっと、英語で言うならjealousyでしょう。
「あ~やっぱり、お嫁さん?!」
「ご結婚には興味がないご様子」
うん?! なぜだ。なぜそんな目で私を見つめるのですか、守屋殿。憐みと悲しみと少々バカにするような目で私を見ています。思わず眉間にしわができました。
「はあ、そうだね。千景ちゃん幸せだね。でも…かわいそう」
なんですと!!
カチンときましたが、感情の波を作らないのが忍の鉄則でした。あの『jealousy』や守屋殿へのカチンも、水に流して平静を保ちましょう。