葵タンを土下座させた奴に激しい怒りを感じてしまう呪い
葵は不安な気持ちのまま登校した。何か呪いをかけられた。しかも土下座する板野にピンポイントで突き刺さる呪いだ。どうしよう。何が起きるんだろう。相変わらず飛鳥は葵に呪いの内容を教えなかった。
葵はゆっくりと教室に入った。なるべく板野に見つからないようにそろりそろりと入った。だがそれも無駄なことだった。
「おい、葵!」
葵はビクっとして声の持ち主を見つめた。板野だ。即効で板野に見つかった。
「葵、挨拶はどうした」
「は、はい、おはようございます」
板野の厳しい声が響いた。
「何だ、お前、今日は随分頭が高いじゃないか」
うわぁ、来たぁ、土下座のリクエストだぁ、葵はどうなるか激しく不安だった。土下座したら衣服が分子分解して消えないだろうか、土下座したらまた自殺騒ぎを起こさないだろうか、葵は激しく不安に陥りながらも板野に土下座した。
「板野さん! おはようございます!」
板野は満足気に頷いた。葵は恐る恐る板野を見上げるが、板野の体に変化はない。あれ? 衣服も消えていない。あれ? 呪いは大丈夫だったのかな、良かったぁと葵は安堵した。
「よし、葵、あたしの友達に土下座しろ」
その時、佐藤が葵の側にすっと現れた。佐藤だけない、嶋野などのイジメっ子集団、クラスメイトの男子女子、皆がいつの間にか板野の周りに集まっていた。佐藤が口火を切った。
「板野さん! 葵タンに土下座させるなんてどういうつもりですか!」
「ああん!? なんだてめぇは! うるせぇよ!」
板野の拳が佐藤に届く前に、嶋野が板野の拳を素早く掴みあげた。
「そうだ! てめぇ葵に土下座させるってことは、俺を敵に回すに等しいぞ!」
空手部の中根が指をポキポキ鳴らせながら板野を脅した。
「葵に土下座させたヤツは俺は女でも容赦しねぇ」
柔道部の尾形も殺気を放ちながら板野に近づいた。
「ああ、俺も得意の大外刈りでお前を投げてやる」
野球部の近藤も怒りに燃えた瞳で板野を睨んだ。
「俺たちが本気だしたら、お前をフルボッコにしてやんぞ」
葵は困惑しながら男子たちを止めた。
「や、やめてください。女の子に暴力振るうのはダメですよ。殴るなら僕にしてください。いつも僕を殴ってるじゃないですか」
嶋野が厳しい声で葵に注意した。
「葵、てめぇには関係ねぇ。俺は板野が許せないんだよ」
板野は男子から殺気を放たれて、女子のグループに逃げ込もうとした。だが、そこも味方ではなかった。
「板野さん、葵くんを土下座なんてどういうつもり?」
「そうよ、前から板野さん偉そうに葵くんに土下座させて、何様のつもりなの?」
「葵くんはあんたの奴隷じゃないし。クラスというチームの中心よ!」
板野は激しく狼狽した。男子だけではない。女子も板野の敵だ。というかクラス全員が板野を殺す目つきで見ている。板野は強がって叫んだ。
「あんだてめぇら! いつもの光景じゃねぇか! お前らだって葵をイジメてたろ! 何今更言ってんだ! やりたきゃやってやんぞ!」
板野がファイティングポーズをとった。そしてクラス全員の怒りが板野に集中した。一瞬即発の事態だ。今にも板野に皆が殴りかかりそうだ。葵は板野をかばって必死に叫んだ。
「みなさん! やめてください! いつものことです! 板野さんに暴力を振るわないで!」
空手部の中根が拳に力を溜めながら言った。
「葵に土下座させたヤツはゆるせねぇ。葵どけ、俺が内臓を破壊してやる」
葵は必死に中根を押さえつけた。
「どうして! やめてよ! 板野さんはみんなの友達じゃないか! 僕はいいよ! 僕はグズでノロマなイジメられっ子だから我慢するよ! 板野さんは僕をイジメるけどみんなには優しいじゃんか! やめてよ!」
葵は必死に皆を制した。だが呪いの力は凄まじかった。板野への怒りはまったく消える気配はなかった。誰かの蹴りが板野に直撃した。
「てめぇ! 何するんだよ!」
板野が蹴った男を殴り飛ばした。それを合図に一斉に板野にクラスメイトが襲い掛かった。板野はあっという間に地面に倒される。葵は板野に覆い被さるようにして板野を守った。
「くらえ! 板野!」
「葵に土下座させやがって!」
「人の心を持ってねぇよ!」
「ボコボコにしちまえ!」
「誰か金属バット持ってこい!」
「水! 水かけろ!」
誰かがバケツに水を入れて板野にぶちまけた。それでみんなある程度満足し、そして板野の様子を見て青冷めた。
「葵、あんた……」
葵は小さい体を必死に伸ばして、板野に襲い掛かる暴力を全て防いでいた。さすがに水は少し板野にかかったが、攻撃だけは全部受け止めた。葵に攻撃するつもりじゃなかったからか、クラスメイトの衣服は分子分解されなかった。
「やめて、やめてよ……」
葵はボロボロになりながら皆を制した。右目が潰されて鼻血も出ている。それでも板野を庇った。
「どけよ! 葵! 板野を殴るんだよ!」
中根は板野への怒りに燃えていた。葵は必死に叫んだ。
「やめろよ! イジメなんかやめろ! 僕はいいさ! どうせ僕はイジメられるに相応しいさ! チビでグズでノロマで親もいない! でも板野さんをイジメる理由なんかどこにもないだろ!」
葵はゆっくり中根に向かって立ち上がり叫んだ。
「どうしても殴りたいなら僕を殴ってから行けよ!」
中根は板野への怒りに燃えていた。そのため、すっかり忘れていた。
「じゃあテメーから殴ってやんよ!」
中根が葵を殴ろうとした瞬間、中根のチンポがズバシッと勃起して衣服が分子分解されて消えた。
「ムキッ!」
中根は全裸になってチンポを押さえて倒れこんだ。4度目だ。もう女子は汚物を見るような目つきで中根を見ていた。中根は女子の中の地位の「超キモイ奴」というカーストの最底辺に落ちた。
「みんな、板野さんを殴るなら、僕を殴ってからにしろ!」
葵はクラスの中心にいて欲しいとはいえ、最底辺のイジメられっ子、というカーストの地位は変わらない。何人かの男子が一気に殴りかかった。そして全員チンポがドキュンと勃起して衣服が分子分解されて消えた。
「ウキャ!」
男子は股間を押さえて倒れこんだ。そこでみんな改めて思い出した。葵に攻撃すると何故か衣服が消える。そして何故か男はチンポまで勃起する。みんな板野への怒りに燃えていたが、葵が庇っている以上攻撃はできない。みんな板野に唾を吐きながら席に戻っていった。中根を始めとするチンポを勃起させた男子は必死にジャージに着替えていた。
「葵、あんた……」
板野が涙目で葵を見ている。
「板野さん、怪我なかったですか」
「ああ、あたしは平気だけど……」
葵はパァと爽やかに笑って言った。
「よかったぁ。板野さんに怪我がなくて」
板野は草原を楽しそうに駆ける子犬のような笑顔の葵を見て絶句した。クラスメイトは葵の怪我なんてどうでも良かったが、唯一の友人である佐藤は救急箱を持ってきてくれた。
「葵タン、これで手当てをしましょう」
「うん、ちょっと目が良く見えないんだ。洗いたいな」
葵は佐藤の体を借りて洗面所に行き顔を洗い消毒した。いつも殴られていた葵だ。葵にとっては大したことなかった。ただやっぱり顔に攻撃をくらうと痛いなぁ、と思っていた。
「葵……ありがと」
板野が葵の元にきて小さく呟いた。葵はにこにこ笑顔を浮かべた。
「平気ですよ。僕は大丈夫です」
板野がぽろぽろ泣きながら言った。
「なんで、あんたは、いつも殴られても笑ってるのよ……」
板野は感情を爆発させた。
「あたしのせいで殴られたんだよ! 何でそんなニコニコしてんのよ!」
葵はにこにこ笑って言った。
「だって、板野さんが無事だったじゃないかですか」
板野は声を上げて泣き出した。葵はどうして泣いてるんだろう? なんかあったのかな? と、首を捻りながらふらふらと席へ戻って行った。
板野への怒りの呪いはすさまじかった。女子は怒りを板野を無視する、という攻撃で表した。男子はヤリマンビッチという最低のあだ名をつけて板野をバカにしていた。葵は休み時間に飛鳥にメールを送った。
[飛鳥さん、僕に土下座させた女子がクラスメイトからイジメらてます。これが呪いですか?]
飛鳥からの返事はすぐに返ってきた。
[そうよ。葵タンを土下座させた奴に激しい怒りを感じる呪いをかけたから。一緒にイジメてやりなさい]
葵はそれを見て恐怖した。激しい怒りを感じる呪い? なんだそりゃ!? 葵は必死にメールを返した。
[呪いの怒りはいつ消えるんですか?]
飛鳥からの返事がすぐに返ってきた。そしてその返事を見て葵は青冷めた。
[死ぬまで消えないわよ。可愛い葵タンを土下座させる奴なんて、それほどの報いを受ければいいのよ。いいザマだわ。ウフフ]
葵は激しく動揺した。休み時間でも男子は「ゴミ箱にゴミ入れようぜー」といって、ゴミを板野に投げている。まずい。この怒りは一生消えない。板野さんへの怒りが死ぬまで続く。当然、板野はその日からイジメられることになった。
お昼の時間になった。板野は友達にも無視されて誹謗中傷のメールをばら撒かれて、男子にはゴミ扱いされて、完全にイジメられて心に大きな傷を受けていた。葵は板野の席に向かって行った。
「板野さん、一緒にお弁当食べようよ」
板野は涙目で葵を見た。葵にこれまでしてきた行為を全て自分が受けている。板野はイジメられっ子の当事者になり、初めて葵へのイジメを激しく後悔していた。それでも接してくれるのはイジメていた葵だけだ。板野はあまりの惨めさに涙がこぼれそうだった。
「板野さん、僕、板野さんのお弁当楽しみにしてたんです。僕、人にお弁当作ってもらえるなんて初めてなんです」
板野は驚いて葵に尋ねた。
「あんたの母親は作ってくれなかったの?」
葵は恥ずかしそうに言った。
「うちは満足に食事も与えてくれなかったんです。僕すごく楽しみなんです!」
板野は涙目で弁当箱を2つ取り出した。自分の分と葵の分だ。佐藤も葵の元にやってきた。
「葵タン、板野さんと食べるんですか?」
「うん、一緒に食べようよ」
佐藤は激しくイヤな表情を浮かべてしぶしぶ席についた。佐藤の中には激しい板野への怒りが残っていて消えない。だが葵が言うのならばしょうがない。
「うわぁ、とっても美味しそうです」
板野の弁当はお世辞にも上手とはいえなかった。夕飯の残りものと卵焼きを詰めただけだ。板野は料理を基本的にしない。ただ葵は人の作ってくれるお弁当がこんなに美味しいとは知らなかった。そこには味だけではない何かがあった。
「すごく美味しいです。板野さん、ありがとうございます」
板野がそれを見てぽつりと呟いた。
「ふぇ? なんですか?」
板野の瞳から涙がこぼれた。
「……ごめんね。葵……いつも、あんたをイジメて……ごめんね……」
板野は顔を覆って泣き出した。葵はビックリして板野を見つめ、佐藤は「ヤリマンビッチが何言っても許されると思うなよ」と思い睨みつけていた。
「……も、もういいですよ……。僕、気にしてないです」
板野は嗚咽を上げて泣き出した。
「も、もし良かったら、僕と友達になってください」
板野はこれからクラスメイトの怒りを買い続ける。葵は自分の呪いのせいなのだから守らなくてはいけない、と感じていた。佐藤は吐き捨てるように言った。
「葵タン、こんな女と友達になる必要ありませんよ。葵タンをイジメて土下座させた女ですよ。死ねばいいんですよ」
「佐藤くん、そんなこと言わないで。お願い」
佐藤はしぶしぶ頷いた。板野は泣きながら葵に告げた。
「ごめんね。ありがとう……。本当はあんたのこと、嫌いじゃなかったのに、いつの間にかイジメようになっちゃってて、なのに友達になってくれるなんて、本当にありがとう……」
板野は泣きながら葵に詫びた。葵の中にあった少しのわだかまりもそれで全て消え去った。板野とは素直に友達になれそうな気がした。
部活の時間になった。紺野部長を含めた卓球部は葵がチームの中心として認めてくれたおかげで、今は土下座するようなことはない。楽しく練習することができた。パシリも部長と一緒に買いものに行けばいいだけの話だ。
「いやぁ、葵タンのカットはなんですかねぇ、時が止まったようにすら感じますねぇ。あの揺れるボールがコートに返ってくるなんて不思議ですなぁ」
「佐藤くんのスマッシュが切れ味鋭いからだよ。僕なんて返すのが精一杯なだけだよ」
葵たちは部活を終えて卓球談義に花を咲かせていた。今日も掃除もみんなが感激して手伝ってくれた。
部活を終えて帰ろうとすると、紺野部長が葵を呼び止めた。
「おい、葵」
「どうしました部長?」
紺野は葵の顔を傷を見て尋ねた。
「お前、その顔の傷どうした?」
葵は照れ臭そうに言った。
「これは、ちょっとイジメにあったんです」
「顔を殴られるなんて今までなかったじゃないか」
「えへへ。珍しいですよね」
紺野は何かを考えるように葵の顔をじっと見つめた。葵はきょとんとした顔で紺野の顔を見つめた。紺野の顔が赤く染まっていく。
「なんだ。見るんじゃないよ」
「は、はい。すみません……」
紺野は咳払いをひとつして葵に告げた。
「私が傷がよくなるおまじないしてやるよ。目を閉じな」
「おまじない? 何ですかそれ」
紺野はじれったそうに言った。
「いいから早く目を閉じろってんだよ!」
「は、はい!」
葵は目を閉じた。なんだろう、呪いかな。呪いじゃないよな。ビンタかな、ビンタだったら衣服が分子分解しちゃう、そう思っている葵の唇に何か湿っぽく柔らかいものが触れた。
(あ、あれ!?)
葵は目を開けられなかった。すたすたと紺野部長の足音が遠ざかっておいく。え、えぇ? 葵はゆっくり目を開いて、周囲を見渡してみる。誰もいない。そして自分の唇には微かに甘い香りが残っていた。
「は、はぁ?」
葵は何が起きたのかさっぱりわからなかった。ただ体育館の照明だけがその現場を見ていた。
葵にはとりあえず飛鳥の待ち合わせ場所まで急いで走った。何かよくわからないことが起きたが、とにかく飛鳥だ。何はともあれ飛鳥だ。
「飛鳥さーん!」
「あ、葵タン……」
飛鳥はマスクをして葵を出迎えた。
「飛鳥さん、風邪ですか?」
「うん、そうみたい。なんだか体調悪くて」
葵はとっても心配になった。呪いの副作用じゃないだろうか。そして単純に体調が心配だ。飛鳥はそんな葵の心境を察したのだろう。マスクを外して可憐に微笑んだ。
「大丈夫よ、大したことはないんだから……あら?」
飛鳥は葵の顔の傷に気づいた。
「葵タン、これどうしたの?」
葵は迷ったが正直に打ち明けることにした。
「あの……実は、土下座した人を庇って、それでたぶん蹴られたんです」
飛鳥は驚いて葵を見つめた。
「ど、どうしてかばったの!? だって葵タンを土下座させた奴よ! こんな可愛い葵タンを土下座させる奴をかばってもしょうがないじゃない!」
葵は悲しそうに言った。
「でも、可哀相です……。僕のせいで殴られるなんて、見て見ぬフリできません」
飛鳥は葵のあまりの優しさに胸が詰まった。ぎゅっと葵を抱きしめて言った。
「葵タン、葵タンは本当に優しいんだねぇ。お姉さんが悪かったわ。もっと違う呪いをかけてあげれば良かった」
葵は笑って言った。
「もう呪いはいいです。もう十分友達も増えて学校は楽しくなりました。飛鳥さんには本当に感謝してます」
飛鳥は本当に愛おしそうに葵を抱きしめた。
「葵タンは本当に良い子だねぇ」
「そんなことないです。飛鳥さんに会えて、僕は本当に幸せです」
飛鳥はその言葉を聞くと、葵のおでこに自分のおでこをくっつけた。
「飛鳥さん、もう呪いはいいですよ」
「うん。じゃあ、これが最後の呪いね」
葵は飛鳥の顔を不安そうに覗きこんだ。
「これが最後ですか?」
「うん。葵タンは知らないと思うけど、私ずっと前から葵タンのこと知ってたの。葵タンが中学の頃から、葵タンのこと知ってたの」
葵は驚いて飛鳥に尋ねた。
「そ、そうなんですか、全然知りませんでした」
「うふふ、学校も違ったし、駅のホームで会うだけだったけど、葵タンの学校に友達がいて、葵タンのことも聞いてたのよ」
葵は顔を曇らせた。葵は中学から基本的にイジメられていた。両親もいなくて、かなり暗い少年だったはずだ。
「だから葵タンを救うために呪いを勉強したのよ」
飛鳥はそっと目を閉じた。葵は飛鳥の優しさを感じ、そっと目を閉じた。
「………ふじこふさですてるてくょでつきこぬんださつつごうこれちゅくおおでてつこのなかしのはらさなだ」
飛鳥はお経のような文句をどんどん大きくさせていき、最後にとびきり大きい声で叫んだ。
「ふんだらぼっち!」
飛鳥は葵にキスをしてゆっくり離れた。
「きっと、これが最後の呪い。もう葵タンをイジメる子はいないわ」
葵は不安になって尋ねた。
「ど、どんな呪いなんですか」
飛鳥は可憐に笑って言った。
「それは明日までのお楽しみ」
葵は不安だった。最後の呪い。いったいどうなってしまうのか心配だった。